天井裏のウロボロス

夙多史

Section0-1 プロローグ

 それは、滅亡主義団体『朝明けの福音』が全世界に復興宣言をしてから数日後のことだった。

 アイルランド南西――カミーノール。
 断崖絶壁の下にある細かい砂で占められている小さなビーチに、何日も海を漂流していたように衰弱した一人の青年が流れ着いた。
 焼け焦げて襤褸切れのようになった服。傷だらけの体。今にも事切れそうに短く呼吸する彼は、とてもただの事故で海に落ちただけとは思えない有様だった。
 ――俺は、生きているのか。
 奇跡的に失っていない意識が、彼の置かれた状況を把握するために力なく視線を彷徨わせる。寂れた小さな砂浜。打ちつける波。体に残った僅かな魔力が底を尽いた瞬間、彼という存在はこの世から完全に消滅してしまうだろう。
 ――指一本も動かせんとは……王たる俺が無様だな。
 思い起こすは数日前。幻想島アトランティスでの戦い。
 ――いや、敗戦の王には相応しい惨めな末路か。
 ドラゴンすら屈服させる〝王威〟を持っていたはずの彼だが、プライドを賭けた最終決戦で明確な敗北を喫したのだ。
 悔しくはある。
 だが、あれほどデタラメな力を持った高位存在に再戦してやろうという気力は湧かなかった。そもそも、自分はこのまま野たれ死ぬ。再戦も糞もあったものではない。
 潔く死を受け入れる。
 それも、王たる者の器だ。

「あ、あの……大丈夫、ですか?」

 怯えたようなアイルランド英語の声に、彼は閉じようとしていた瞼を押し留めた。視線だけを動かし、自分を心配そうに覗き込んでいる少女の顔を見つける。まだ幼い。十五歳は超えていないだろう。
 ――人間か?
 そう声にしようとしても、口が動かない。
「きゅ、救急車……でも、わたし、電話が……誰か」
 狼狽えた少女が助けを求めて周囲を見回す。が、寂れたビーチには他に人などいない。波の返す音だけが虚しく響いている。
 ――俺に構うな。斬り捨てるぞ、人間。
 目だけでそう訴える彼だが、少女には伝わらなかったようだ。
「……ッ」
 助けは来ないと判断した少女が意を決したような表情になる。
 ――おい、なにをッ。
 彼は驚愕した。なにを思ったのか彼女は彼の腕を持ち上げ、自分の肩へと回し、棒切れのような華奢な体に精一杯の力を入れて引きずり始めたのだ。
「絶対に……助けるから……」
 耳元で囁かれた力のない声を最後に、彼の意識は深い闇へと沈んでいった。

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