天井裏のウロボロス

夙多史

Section4-12 最後の一噛み

 劉文海は気分よく鼻歌を歌いながら、絨毯のような巨大和紙に乗って蒼谷市の上空を飛行していた。
 地上からナイフの雨に和紙をズタズタに引き裂かれるまでは。
「おわったったぁあッ!?」
 劉文海はビルの屋上に激突する前に慌てて和紙のパラシュートを開く。なんとか勢いを相殺し、一息ついたところでパラシュートを何者かに切断された。
「あれれぇーーーーッ!?」
 今度こそ問答無用で落下したが、高度はそんなに高くなかったので腰を強く打った程度で免れた。
「あったたたた…………もう、酷いやないかい! 孝一はん!」
 劉文海が腰を抑えながら顔を上げる。周囲のビルの屋上も含め、あちらこちらに人影が散見できた。
 完全に包囲されている。
 一歩でも動こうものなら、喉元にナイフが突き立つだろう。
「落とし前ってもんをつけてもらおうか、劉文海」
 諫早孝一――彼ら『ラッフェン・メルダー』の暗殺者たちの生き残りを束ねるリーダーが眼前に立っていた。
「いややわぁ、ボクは秋幡紘也を狙ってたわけやあらへんで?」
「白々しい。ウロボロスの血が目的だったことをオレらが知らないとでも?」
「耳が早過ぎて恐いわぁ。どこで監視しとったんや」
 彼らの情報収集能力はやはり凄まじく、それだけに惜しい。『払暁の糧』に組み込めば今よりも幅広い情報戦や暗殺を行うことができる。今回はあわよくばその『引き抜き』も兼ねていたのだが、劉文海はかなり初期の段階で不可能だと判断していた。
 劉文海は漢服の懐に手を入れ――真後ろから朱銀の刃を突きつけられて動きを止める。
「おっと、余計な真似はさせねえぞ、クソ魔術師」
「あれ? ちょ、それボクの妖刀やん!? いつの間にスリよったん!?」
 恐らくパラシュートを斬られた時だろう。あの人影が彼――天明朔夜だったらしい。
 彼も『ラッフェン・メルダー』の生き残り、それも最強と謳われた暗殺者だ。今まではソロで暗殺業を営んできたようだが……劉文海は妙案を思いついてつい口元をニヤケさせた。
「まあ、ええわ。その妖刀の役目は終わったさかい、あんちゃんにプレゼントしたる」
 これは本音だ。今から天明朔夜を相手に奪い返すほどの価値はない。
「その代わり言うたらなんやけど……どや? ボクらの仲間にならへんか? あんちゃんの実力なら文句ないで?」
「は?」
「待遇は保証しまっせ?」
「……そいつは、なかなか面白そうな提案だ」
「せやろせやろ」
「おい」
 諫早孝一がなにか言いたげにしていたのを、天明朔夜は手で制した。
「オレは別にお前らの仲間になっても構わねえよ。ただ、一つだけ注意事項があるから聞き逃さねえように耳の穴を綺麗に掃除しとけ」
 天明朔夜はわざとらしく耳掃除を始めた劉文海を睨め下ろし、少し間を開けてから凄むような口調で告げる。

「オレを仲間にするってことはつまり……お前らクソ魔術師ひつじのむれの中に暗殺者おおかみを入れるってことだぜ?」

 ゾクリ、と背筋に氷の杭でも打ち込まれたような感覚が劉文海を襲った。『殺気のない殺気』が容赦なく突き刺さって吐きそうになる。
「中から喰われても責任は取れねえなぁ」
「たはは、そら堪忍やで」
 天明朔夜を誘うことは諦めよう。彼を引き入れることは簡単だろうが、その後で組織が崩壊し兼ねない。危険過ぎる存在だ。
「孝一はんは、ボクをどうする気ぃや?」
「殺しはしない。あんたはいろいろと重要そうだ。抵抗できないように縛って連盟に引き渡す」
「さよか。せやったら、もうちょっと早う襲撃しとくんやったな」
 劉文海は上空を指差した。フッと自分たちの周りに楕円形の影が落ちる。
 見上げた孝一が瞠目した。そこには『払暁の糧』のシンボルが描かれた、鯨のような巨大飛行物体が浮遊していたのだ。
「飛行船!?」
「おい後輩! クソ魔術師から目を逸らしてんじゃねえ!?」
 天明朔夜の言う通り。
 周囲の意識を逸らしたその一瞬で、劉文海はマジシャンのように〈八卦〉の転移陣を発動させていた。
「逃げるんはこの短時間で三度目や。ほな、さいなら」
「チッ!」
 諫早孝一の悔し気な表情を最後に、劉文海の視界が暗転する。
 そして次に光が戻って来た時、そこは赤い絨毯の敷かれたどこかのエントランスだった。いや、『どこか』ではない。ここは先程上空に見た飛行船の中だ。
「ご無事ですか、文海様」
 周囲には『払暁の糧』の構成員たちが恭しく頭を下げている。組織のナンバーツーに対する態度としては合格点だが、劉文海は少々苛立ちを覚えていた。
「いやいや、これが無事なように見えるんなら、おたくらの目は節穴やで」
 劉文海は自分の背中を指差す。
 そこにはまるで剣山のように無数のナイフが突き刺さっていた。転移する直前に諫早孝一たちにやられたものだ。敵ながら天晴とはこのことだ。
 横一線に斬り裂かれている傷は天明朔夜に違いない。彼が魔術師でなくてよかった。もしそうなら劉文海は今頃ゾンビ化して味方を襲っていただろう。
 血を流し過ぎたせいか、意識が朦朧としてきた。
「とりあえず、医療班呼んでくれへん?」
 最後にそれだけ命じると、劉文海の意識は暗闇の中へと沈んでいった。

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