天井裏のウロボロス

夙多史

Section4-4 天明朔夜

 天明朔夜は孝一たちのイメージとはかけ離れた行動を取り続けた。

「うぇえええええええんママぁああああああああああああん!!」
「どうした、ガキ? ママとはぐれたか?」
「うぇえええええええん!!」
「男が簡単に泣くな。周りに迷惑だろ。一緒に探してやるよ」
 まだ幼稚園に入ったばかりな子供の頭を撫でて落ち着かせ、一緒に親を探したり。

「Where is the Soya Station?(蒼谷駅はどこですか?)」
「It is the station if you go straight this road(この道を真っ直ぐ行けば駅です)」
 道に迷っていた外国人に駅の場所を丁寧に教えたり。

「献血にご協力くださーい!」
「オレの汚れた血でも問題ないか?」
 呼びかけに応じて献血車の中に入ったり。

「おらそこの学生ども! 空き缶ポイ捨てしてんじゃねえよ!」
「あ? なんだこのオッサン?」
「ぎゃはっ、俺らにお金くれるってさ」
「わーいなんて親切なオッサンだぁ」
 ……。
 …………。
 ………………。
「お前らの今日の予定は夜まで街の掃除な」
「「「はい! すいませんでした!」」」
 不良少年たちを更生したり。

「引っ手繰りよ誰か捕まえてーっ!?」
「どけ邪魔だげぶあっ!?」
「ほら、もう盗られんじゃねえぞ」
「あ、ありがとうございます!」
 挙句の果てに引っ手繰り犯まで捕まえて警察に届けてしまった。

 そして今は――公園のベンチに座ってハトに餌をあげている。ハトも天明朔夜を全く警戒していないのか、まるで懐いているかのように肩や頭に止まったりしていた。
「どうなっているんでしょうか、孝一先輩」
「なんかすごく良い人に見えるんですけど……」
 孝一たちは公園の茂みに隠れて様子を窺っていたが……ナオヤとアカネも困惑している。奴は本当に昨日あれほどの狂気を撒き散らしていた暗殺者と同一人物なのだろうか?
 最早、見ているだけでは疑問は晴れない。
「接触するぞ」
 孝一は後輩たちが慎重に頷くのを認め、茂みから出て天明朔夜の前へと歩み寄った。
 バサッと餌に群がっていたハトたちが飛んで逃げた。僅かな羽根が舞い散る中、ベンチに座っていた青年が顔を起こす。
 孝一と目が合う。
 ニヤっと口の端が歪んだ。その狂気を孕んだ微笑になぜか安心してしまった。
「やっと来たか。遅かったじゃねえか」
「白々しいな。オレたちの尾行には気づいていたんだろう?」
「いいや。お前たちの〈気配遮断ステルス〉は完璧だったってことだ。だが、近くにいるとは思っていたぜ」
 気づいてはいなかったが、勘ではわかっていたということか。だとすれば、孝一たちに見られていることを前提に行動していたはずである。
 あの好青年が孝一たちを惑わすための演技だとすれば、一体なんのために?
「なぜあんたは――」
「待て待て、ここで話し始めるのか? まあ、オレとお前らなら公衆の面前で誰にも気づかれずに殴り合いくらいはできるだろうが」
 天明朔夜は周囲をざっと見回すと、公園の入り口の向こう側を指差した。
「そこにファミレスがある。話は昼飯を食いながらでいいだろ。奢ってやるよ」
 立ち上がり、歩き出す。孝一たちは顔を見合わせると、変に抵抗する意味もないので大人しくついて行くことにした。

        ∞

 ファミレスは昼食時で混んでいたが、幸いにも最奥の目立たない六人用テーブルが空いていた。
 孝一たちは天明朔夜と向かい合うように座る。
「なんでも好きなもん頼んでいいぞ。遠慮するな。後輩に奢るのは先輩の務めだからな」
 天明朔夜は二冊置いてあったメニューに手を伸ばし、片方を孝一たちに放った。一応受け取った孝一だったが、メニューを開く気にはなれない。
「――って言われても困るわな。決められないなら勝手に頼むぞ」
 孝一たちの困った空気を読んだのか、天明朔夜は店員を呼んでさっさと適当に全員分を注文してしまった。この店で一番高いステーキセットとドリンクバーだった。
「そうやって良い人ぶっているのはなにかの罠か?」
「あ?」
 ようやく孝一が切り出せると、天明朔夜は意外そうに眉を顰めた。
「お前ら、まさかオレを悪人かなんかだと思ってんのか?」
「というより、狂人だな」
 後輩たちも孝一に同調してうんうんと頷く。昨日会った時の天明朔夜は、わかりやすく『危ない人』だった。
「まあ確かに善人のつもりはねえな。だが、オレが憎んでんのはラッフェンの魔科学者共みたいなクソ魔術師だけだぞ? なんも関係ねえ一般人に牙を向けてどうすんだよ」
 やれやれと肩を竦める天明朔夜。なんかもっともなことを言われた。
「困っている人がいる。そこにたまたま暇なオレがいた。オレで解決できることなら助けねえ理由はねえよ。そんな演技をお前らに見せて、オレになんの得があるんだ?」
「少なくとも実際に見ていたオレたちは混乱した。奇襲することも考えていたが、迂闊に手を出せなくなった」
「考え過ぎだ優等生。ラッフェンにいた頃は、オレらがどんなに困っても苦しんでも、誰も助けちゃくれなかった。そういう善意なんてもんは外に出るまで知らなかった。差し伸べられる手がどれだけ救いになるか、同じ場所にいたお前らならわかるんじゃないか?」
「そうだな……」
 道具だった自分たちの命を拾い、人間としての生活を与えてくれた秋幡辰久には感謝してもし切れない。絶対にないことだが、あの人が『死ね』と言えば孝一たちは躊躇わず自分の喉を裂くだろう。
 困っている人がいれば助けたい。それは孝一たちも同様だ。つまりこれは自問自答していることと変わらない無意味な質問だった。
 一つ確認できたことがあるとすれば、やはり天明朔夜は妖刀の支配を受けていないということだ。妖刀に精神を侵されていたら人助けなんてできるわけがない。
「さて、わかったところで本題だ。お前らはオレに、お前らの依頼主のクソ魔術師を殺るように頼みに来た……わけじゃねえよな?」
 射貫かれるような鋭い視線が刺さった。一瞬怯みそうになった孝一だが、冷静さは失わず端的に要件を口にする。
「あんたが奪った妖刀を返してもらいたい」
「こいつをか?」
 ゴトリ。
 天明朔夜はどこからか抜き身の日本刀をテーブルに置いた。丁度料理を運んできたウェイトレスがぎょっとしていたが、模造刀だと思ったのかなにも言わず注文の確認だけして立ち去っていった。
「ていうか、今どこから出したの?」
「なにも持ってなかったはずなのに……」
 後輩たちが疑惑と驚きの目で妖刀を見詰める。天明朔夜は手ぶらな上に身に纏う服も薄手のTシャツとジーパン。普通、日本刀なんて隠せない。
「オレたちも使う暗器の収納術と一緒だ。ナイフならともかく、刀ほどの大きな武器を誰にも気づかれず服の中に隠し持つことはオレもできないけどな」
 孝一たちは魔術師でも幻獣でもない。ウロボロスみたいに別の空間から物を取り出すような魔術は使えないのだ。そうなると、技術スキルで隠し持っていることを悟らせないようにするしかない。
 天明朔夜はステーキを切り分けながら得意気に笑う。
「コツでも教えてやろうか?」
「いや、いい」
 孝一は即座に断り、妖刀を指差す。
「それを素直に返してくれたら無駄に争うこともないんだけどな。もちろん、タダで返せとか虫のいいことは言わない。これは取引だ。条件があるなら可能な限り飲もう」
 法外な金額を吹っ掛けられても払うのは『払暁の糧』だ。孝一たちはその交渉が可能かどうかだけを確認できればいい。
 天明朔夜は切り分けたステーキを口に運び、咀嚼して飲み込む。
「こいつが元々お前の物だったのなら今すぐ返してやったよ。だが違うだろ? こいつはあのクソ魔術師の物。ここで返せば、後にオレの知らねえところで知らねえ奴らが不幸になる」
「それは魔術師商会『払暁の糧』の商品だ。別に文海さん――あんたの言うクソ魔術師がどうこうすることはないし、悪人に売るような連盟の信用を失う真似はしない。なぜそう思う?」
「根拠は臭いと、あとは勘だな」
「臭い?」
「ああ、あいつは絶対なにか悪いこと企んでやがる。そういうクソな臭いがするからクソ魔術師なんだ。オレとしては、そんなクソ魔術師に飼われちまってるお前らを救ってやりたいわけだが?」
「文海さんはオレたちの依頼主だが、雇い主じゃない。そこは勘違いしないでもらいたいな」
 ピタリ、と天明朔夜の料理を食べる手が止まった。
「へえ。てことは、お前らの雇い主は連盟の誰かか。そういや、連盟の大魔術師に日本人がいたな。出身は確かこの街。秋幡辰久だったか」
「さあな」
 痛恨のミスだ。とっくに知られていると思っていたが、孝一たちのことは連盟内部でも極秘。そう簡単に調べられるものではない。余計な情報を与えてしまった。
「なるほど、お前らがこの街でなにを守ってんのかだいたい把握した」
「「「――ッ!?」」」
「落ち着け。殺気が漏れたぞ。今は関係ない話だろう?」
 席を立とうとした孝一たちを天明朔夜は手でいなした。もしも紘也に危害を加えるようなことを口にすれば、その瞬間に三方向から疾るナイフが首を掻っ切るだろう。かわされてしまうと思うが……。
 座り直した孝一たちを見て、天明朔夜は左手のフォークで妖刀を示した。
「本題はこの妖刀を返すか返さないか。後輩の頼み事は聞いてやりたいが……悪いな。クソ魔術師の手に渡るくらいならオレが使い続ける」
「つまり、返すつもりはないんだな?」
「そうだ。どうしてもってんなら力づくで奪ってみろ」
 殺気のない殺気が圧力の幻覚となって孝一たちを襲う。後輩二人は怯んで反射的にナイフを抜きかけていた。
「……そうするしかなさそうだな」
 交渉は決裂した。
 天明朔夜がニヤリと僅かに狂気を滲ませた笑みを浮かべる。
「食い終わったら場所を変える。ここで戦えば店に迷惑だからな。てかお前らちゃんと食え。冷めちまうぞ」
 孝一も後輩たちも料理には全く手をつけていなかった。これはファミレスが出した料理。毒なんて入っていないとわかっていても、敵を前に食事なんてとても喉を通らなかった。
 残すのも勿体ないから食べる。その前に値段はいくらだったかと伝票を確認しようとすると――天明朔夜に奪われた。
「オレが奢るっつってんだろ。後輩なら先輩に顔を立てさせろ」
 そう言って譲らない彼は結局、孝一たちが食べた分もきっちり支払ってくれた。ちなみに万札で支払ったのだが、そのお釣りは全部震災の募金箱に突っ込んでいた。

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