天井裏のウロボロス

夙多史

Section4-2 ケットシーの契約者

「じゃんけんぽん! あいこでしょっ!」
 葛木家に到着した紘也たちは、客間に通されて情報交換を行っていた。
 紘也の家を破壊した犯人の名前はキリアン・アドローバー。昨日、蒼谷市の各地で建物を占拠し、大規模な術式を展開しようと企んでいた魔術師だ。
「あいこでしょっ! あいこでしょっ!」
 その目的は秋幡辰久――つまり紘也の父親に対する復讐だったらしい。葛木家が連盟に問い合わせ、辰久本人からそう告げられたとのこと。
 キリアンは既に死亡しており、辰久の部下によって葛木家が関与する間もなく死体は回収されている。そこまでならキリアンを処理したのは連盟の刺客ということになるし、実際にそう伝えられたらしいのだが……香雅里はどうも納得していない様子だった。
「あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょったらあいこでしょっ!」
 そんな危険人物が街に入ったというのに、葛木家にはなんの連絡もなかったからだ。
 香雅里も、他の葛木家の陰陽剣士たちも、キリアンとは違う怪しい連中と交戦しているという。
 それが連盟の刺客だったのか、キリアンの仲間だったのか、それとも第三者だったのか。それを現在葛木家が捜査している状況だ。
「いよっしゃあたしの勝ちーッ!」
「……ずるいです、ウロボロス。今のは後出しです」
 ちなみにさっきから後ろがやかましいのは、ウロボロスとウェルシュ・ドラゴンのどちらがヤマタノオロチを回収に行くかじゃんけんで決めていたからだ。
 負けた方が山田回収という大役(大変面倒でやりたくない役の意)を担うということで、両者とも勝負に対する気迫は凄まじいものだった。
「はぁ? 言いがかりつけてんじゃあねえですよ! あたしは正々堂々と勝負していましたよ! ね、紘也くん?」
「お前らドラゴン族の速度で行われるじゃんけんなんて見えるか!」
 紘也の動体視力は悪くない方だと思うが、それも一般的な人間のレベルだ。超高速の世界で入れ替わる手なんて視認不可能。二人がグーチョキパーのどれを出したのかすらわからない。
「ウェルシュ、頼む」
「……マスターの命令でしたら、嫌々ですがウェルシュは了解します」
 あのウェルシュが紘也の頼みに『嫌々』とか口にしてしまうほど山田回収は面倒臭いのだ。紘也も気持ちはよーくわかる。
 よーくわかるから。
「山田を連れて帰ってきたらなにか欲しいもの買ってやるよ」
「行ってきます」
 やりたくないオーラ全開だったウェルシュはその一言だけでキリッとするのだった。
「あ、腐れ火竜ずるい!? 紘也くんからプレゼント貰えるんでしたらあたしが行きます!?」
「……これはウェルシュの任務です。ウロボロスは昼寝でもしているといいです。あとウェルシュは腐ってません」
 ウェルシュは即座に外に出て竜翼を生やすと、ウロにそれ以上の有無を言わせず大空へと飛び去って行った。
「ぐぬぬ……こんなことなら後出ししなきゃよかったです」
「おい、正々堂々勝負したんじゃなかったのか?」
 悔し気に歯噛みするウロには、たとえ泣きつかれても絶対になにも買ってやらないと心に決める紘也だった。
「それで、秋幡紘也。あなたたちを街の外に連れ出したケットシーの件だけど」
 そんな紘也たちの遣り取りなど慣れたというか諦めた様子で、香雅里が本題へと話を戻した。
「そのケットシーの契約者の目的はなんだったの?」
「わからない。だが、俺の家からなくなっている物ならあった」
「それは?」
「あたしのこっそり撮り溜めた紘也くんコレクションです!」
 紘也と香雅里は同時にウロを見た。それからすぐに何事もなかったかのように向き直った。
「ウロボロスの抜け殻だ」
「は?」
「こっそり撮り溜めた紘也くんコレクションです!」
 今度は二人とも見向きもしない。
「ウロボロスの抜け殻って……その、文字通りの意味でいいのかしら?」
「たぶんそういう意味でいいと思う。俺たちはウロを知ってるから馬鹿みたいに聞こえるが、魔術的に見れば相当な価値があるはずだ」
「ですからあたしの紘也くんコレクションもなくなって――」
「ウロ、ちょっと黙らないと俺の右手の指が二本立つことになるぞ?」
「あたしの抜け殻ですもんね! 悪人の手に渡ればなにに使われるかわかったもんじゃあないですよね!」
 紘也が右手をチラつかせてやると、ウロは冷や汗を滝のように掻きながら数歩後ろに下がるのだった。
「そいつが盗んだ証拠はない。そもそもキリアンって奴の仲間だったのか、そうじゃないのか。直接本人を見つけ出して問い詰めないとわからないな」
「目的を達成したのなら、もうこの街にはいない可能性もあるわね」
 もしそうなら紘也たちにはどうしようもなくなる。家を破壊された落とし前はつけたいが、それだけで地球の裏側まで追いかけるほど紘也は執念深くない。
「そういえば、ケットシーは葛木家にバレることを嫌がっていたな」
「なにか企んでいたのなら普通じゃないの?」
 そう、普通だ。
 紘也の父親と連絡を取ることは問題なかった一点を除外して考えれば。
「……もしかして」
 紘也が一つの推測を導き出そうとしたその時、客間の襖がゆっくりと開かれた。

「香雅里や、おるかの?」

 そう言って現れたのは、人の好さそうなご老人――葛木家宗主である葛木玄永だった。
「お爺様?」
「おお、タツ坊の倅もおったか。丁度よいの」
 紘也は一応「お邪魔しています」と会釈した。客間に入ってきたのは葛木玄永の他にもう一人――フードを目深に被ったローブの少女も後ろからついてきた。彼女は紘也を見るなり「げっ」と小さく呻いたような気がしたが、気のせいだと思う。
「そちらの方は?」
「タツ坊の使いじゃ。香雅里よ、悪いが今回の件じゃが……葛木家は手を引くことにした」
「!? どうしてですか!?」
 香雅里が瞠目する。紘也も耳を疑った。怪しい要素がてんこ盛りなのに、葛木家はこれ以上捜査しないというのだ。
 それを宗主から直接聞かされたのであれば、その決定は絶対である。
「私が説明します」
 と、父親の使いらしい少女が前に出た。
 ――あれ? この声どこかで……?
 聞き覚えがあるような、ないような。小骨が喉に引っかかっているようなもやもやした感覚。父親の部下だからどこかで会っているのかもしれない。
「今回の件ですが、秋幡辰久が『払暁の糧』から内密に受けた依頼でした」
「ふつぎょうのかて?」
「連盟と取引している魔術師商会のことよ」
 聞き慣れない単語に眉を顰めると、香雅里が簡潔に説明してくれた。
 少女が続ける。
「キリアン・アドローバーは復讐のためにその『払暁の糧』からとある妖刀を盗んでいたのです。危険度の高い商品を盗まれたとなれば商会の信用も落ちるでしょう。だからこそ連盟にも葛木家にも情報を秘匿し、我々だけでキリアンを追い、そして始末した次第です」
 淡々と語られた内容は、一応は納得できるものだった。商人は信用が大事。それを失うことは組織の崩壊にも繋がるだろう。
「なら、私たちが戦った怪しい人たちは?」
「我々、ということになります。なにぶん内密でしたので、あの時は正体を明かせず申し訳ありませんでした」
「……そう」
 頭を下げる少女を香雅里は訝しそうに見ていた。香雅里が戦った者について紘也も少し聞いているが、目の前の少女がそうだとは思えない。
「じゃあなんですか? ケットシーは関係ないってんですか?」
「……ケットシー? 今回、我々の中に契約幻獣を連れている者はいませんが?」
「むー?」
 首を傾げる少女に、ウロは不満そうな顔をしながらもそれ以上の追及はしなかった。紘也もなんだかスッキリしない気分である。
 ならば、ケットシーとその契約者はなんだったのか?
 その疑問だけが残る。
「他に質問はありませんか?」
 少女は不完全燃焼な雰囲気な紘也たちを見回す。そして質問がないことを認めると、彼女は淡々と一礼して踵を返した。
「それでは、要件はお伝えしましたので私はこれで――」
 言いかけた、その瞬間だった。

「ふにゃあぁ! やぁーっと見つけたにゃご主人!」

 畳の床に眩い魔法陣が展開され、猫耳猫尻尾の少女がにゃろんと転移してきた。
「……あっ」
「……あっ」
「……あっ」
 紘也、ウロ、ローブの少女の声がかぶる。
「いやぁ、合流場所に来にゃいから心配ににゃってこっちから探し…………あっ」
 猫耳猫尻尾の少女――ケットシーも紘也たちに気づいてマヌケた声を発した。

 そこから先は一瞬だった。
 ウロが紘也の隣から消え、次の刹那にはケットシーの顔面に拳を減り込ませていた。

「ぶにゃあああああああああああああああああああっ!?」
 襖を破って屋敷の奥の柱にぶつかるまで吹っ飛ぶケットシー。
「また会えて嬉しいですよケットシーちゃーん。よくもまあノコノコとあたしたちの前にそのツラ出せましたねぇ! 猫鍋にして喰ってやりますよ!」
「にゃ、にゃ、にゃんでウロボロスたちがここにいるにゃ!?」
 殴られた顔面を手で押さえてケットシーが悲鳴を上げた。今回のウロは情けも容赦もなかったはずだが……相変わらず頑丈な体をしている。
「いや待て、それより」
 紘也はハッとしてローブの少女を見る。
「ご主人って、どういうことだ?」
「……」
「確か、親父の部下に契約幻獣を連れている者はいなかったんだよな?」
「……」
 バツが悪そうに立ち尽くしていた彼女は――大きく溜息をついて紘也たちと向き直った。
「……はぁ、バレちゃったら仕方ないわね」
 潔く自白した。見苦しく誤魔化そうとはしなかった。
 彼女が、このローブの少女が、ケットシーの契約者だ。
「そう、私があなたたちの探していたケットシーのご主人。なにか質問はあるかしら?」
 先ほどまでとは違う敬語を省いた口調で、少女は開き直ったかのように紘也を真っ直ぐ見詰めてそう言った。
「お前が俺の家を破壊したのか?」
「秋幡邸を破壊したのはキリアンよ。まあ、仕向けたのは私だから私が破壊したってことにもなるのかしら?」
「キリアンとは仲間だったのか?」
「そうよ。厳密には利害が多少一致していたから利用しただけになるけど」
「ウロボロスの抜け殻を盗んだのもお前か?」
「ええ、そうよ」
「あたしのラブイチャ隠し撮り紘也くんコレクションを盗んだのもあんたですね!」
「ええ、そうよ。……えっ?」
 少女がバッ! とウロを見る。流れで肯定してしまったようだが今のは冤罪だろう。その件については紘也が弁護人になってもいい。
 だが、そんなことなど怒れる大蛇には関係なかった。
「やっぱりそうですかそうなんですかそうだったんですね! アレはあたしの大事な宝物だったんですよ! 大事な……大事な……にゅふふ、喰い殺される覚悟はできてますか?」
「ちょっと待って最後のは知らな――」
「問答無用ッッッ!!」
「逃げるにゃご主人!?」
 ウロボロスが拳を握って躍りかかる。ドラゴン族の拳撃を生身の人間が受ければ間違いなく必殺。数瞬後には真っ赤な花火が爆散するだろうと思われたが――

 突如、天井を突き破って落ちてきた何者かがウロボロスを蹴り飛ばした。

「ホワッ!?」
 少女と同じローブを纏った背の高い女性だった。強大な魔力を感じる。恐らく、人間ではないだろう。
「ご無事ですか?」
「え、ええ、なんとか」
 女性が少女を庇う位置に立つ。
 紘也はケットシーが言っていたことを思い出した。彼女はケットシーの他にもう一体――ドラゴン族の幻獣と契約している。
 ウロボロスを一撃で吹っ飛ばしたこの女性が、それだ。
「あなたたち、なにが目的なの!」
「待つんじゃ香雅里!」
 香雅里が刀を抜いて斬りかかる。だがその達人級の一撃も、ドラゴン族の女性の腕で弾かれてしまった。
 そのまま腕を掴まれて投げ飛ばされる。
「きゃあっ!?」
「こんの、よくもやってくれやがりましたね!?」
 投げられた香雅里と入れ替わるようにウロが再度突撃を仕掛ける。しかし、その拳が届く前に床から巨大な尖岩が突出した。
「くっ」
「ウロ!? 葛木!?」
 串刺しこそ硬質なウロボロスの鱗で免れたようだが、ウロは突き出た岩に絡め取られるようにして身動きを封じられてしまった。
「キャシー、引くわよ。バレてしまったからには早急に事を済ませるわ」
「了解にゃ!」
 しゅたたたっ! とケットシーが駆け寄ってローブの少女たちの足元に転移の魔法陣を描く。
 紘也は追えない。紘也では彼女たちには敵わない。
「待て!? なにをするつもりだ!?」
 だから、問うことしかできない。
「キリアンが残した術式はまだ生きているわ」
「なに?」
 意外にも、ローブの少女は答えてくれた。

「この蒼谷市を、秋幡辰久の故郷を、地図から消し去るの」

「――ッ!?」
「じゃあね。止めたければ止めてみなさい、秋幡紘也」
 そう言い残し、ローブの少女たちの姿は光となって消え去った。

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