天井裏のウロボロス

夙多史

Section1-2 無限なる大蛇

 幸い、陰陽師たちは深追いしてこなかった。
「じゃあな、紘也。また明日だ」
「今日はビックリしたよぅ。えっと、ヒロくん、また学校でね~」
「ああ、二人とも気をつけて帰れよ」
 なんの変哲もない言葉を交わして紘也は親友たちと別れた。あんなことがあったにも関わらず平然としているとは、なんとも肝の据わった親友たちだと感嘆する紘也である。
 蒼谷市の共同墓地から自宅まで徒歩で約二十分。すぐそこに市民公園が見えることから、既に半分ほど走破していたようだ。
「コンビニでも寄ってから帰るとするか」
 リアル鬼火に追われ、陰陽師に追われ、明日筋肉痛になったら孝一を恨んでやるくらい走った。夜は涼しいとはいえ、夏場にこれほど運動させられると喉の渇きが尋常じゃない。
「そこゆく少年、夜の一人歩きは危険ですよ」
 声は上から降ってきた。最近聞いたことのある声、それもついさっきだ。
「そんなあなたには幻獣ウロボロスの護衛がピッタリ! 今ならなんと無料キャンペーン中でございますよ!」
 胡散臭い通販みたいなことをほざくは、ペールブロンドの美少女。どういうつもりなのか街灯の上で仁王立ちしてふんぞり返っている。きっと馬鹿だからだ。どうでもいいけどスカートなのにそんなところに登らないでほしい。白いのが丸見えだ。
「さあさあ、お買い求めは天に向かって『助けてウーロボーロスー!』と純真無垢な少年ボイスで叫んでくれるだけでオーケー! 目に若干の涙を浮かべていればなお――って待て待て待てい! 無視して通り過ぎようとするなぁッ!?」
「……チッ」
「オゥ!? 史上最高級の舌打ちで返されたっ!?」
 現れていきなりテンションの高過ぎる少女に三時間ほどみっちり近所迷惑について説教したいところだが、生憎と関わり合いになりたくない。
「無関係無関係。俺はなにも見てない聞こえてない、と」
「ああちょっと待って待ってってば! あたしは紘也くんに用があるんだよ!」
「俺にはない。以上。さようならもう二度と合わないだろう」
 スタスタと速足で辞去する紘也。少女は街灯から飛び降りると、猫よりも軽やかに着地して紘也に抱きついてきた。温かく柔らかな弾力ある感触が二つ背中から伝わってくるが、紘也は立ち止まらない。寧ろブースト。
「あうぅ、お願い、話を聞いてぇ~! は な し 聞 い て ぇ ~ !」
 ズルズルと引きずられながら涙目で懇願する少女に、すれ違った酔っ払いのサラリーマンがぎょっとしていた。この状況、傍から見たらなんと思われるのだろうか?
「むぅ、ちゃんとあたしの話を聞いてくれないと、紘也くんはおろか周りの人たちの日常も破壊されることになるんだよ。具体的には『死』という形で」
 ピクリ、と紘也は反応してしまった。今の言葉だけは聞き逃すわけにはいかなかった。
「こうなったら強硬手段だね。丁度あそこに交番があることだし、半裸で駆け込んで『あそこの人が強引に……ヨヨヨ』とでも言えば――」
「ま、待て! 落ち着け!」
 喋りながら上着を脱ぎ始める少女を紘也は慌てて止めた。交番に駆け込まれることも嫌だが、先程の『日常の破壊』や『死』という言葉について詳しく追及する必要が出てきたからだ。
 あまりにもわざとらし過ぎて引き止めてもらうための罠かもしれないが、墓地で襲って来たウィル・オ・ウィスプの件もある。全部が芝居ではないような気がした。
「うんうん、やっとお話しする気になったみたいだね♪」
 少女は満面の笑みだった。なんだろう、殺意が……。
「わかった、話は聞いてやる。だがその前に、お前は一体なんなんだ? 普通の人間じゃないんだろ」
「おやや、その質問にはとっくに答えた気がするよ? ……よく聞き取れなかったのかな。あの時は邪魔入ったし。最悪のタイミングで現れやがってあの和風魔術師どもめ」
 不満そうな表情でぶつぶつと呟きながら、少女は服の乱れを直す。
「まあいいや、挨拶は大事だからね。改めてきちんと名乗りましょう。――耳の穴かっぽじってよく聞けい! 吾輩はウロボロスであーる!」
 腕を組んで仰け反るように形のよい胸を張る少女。なんでアホみたいに尊大になるのか謎だった。
「ウロボロスって言えば、〝無限〟を象徴とする自分の尻尾を咥えた蛇のことだろ」
「イエス! そのウロボロスさんです!」
 ウロボロスは、自らの尾を食んだ長大な蛇として描かれる幻獣だ。蛇が脱皮を繰り返して新たな体に生まれ変わることから、〝無限〟〝永遠〟〝循環〟〝再生〟〝連続〟などの象徴とされている。その他にも自分の身を食い続けるとなにも残らなくなるため、〝貪欲〟〝無〟〝消滅〟などを意味することもある。国や宗教で意味は異なってくるみたいだが、不老不死を追い求める錬金術師たちには重要なシンボルとなっているらしい。
 そんな昔に読んだ父親の魔術書の知識と、眼前の少女とを照らし合わせてみる。
「ただし、一つだけ間違いがあります。あたしは蛇じゃあないんだよ。ドラゴンなのです! ザ・ドラゴン!」
 まあ、象徴なんてものは正直どうだっていい。問題は、この外見はどう見たって人間でしかない少女が、その無限の大蛇だと名乗っているところにある。
 ――馬鹿げている。
「あんたがウロボロスなわけないだろ。さっさと本当のことを話せよ」
「オゥ!? 全然信じてもらえてない!?」
 オーバーリアクションで驚きを表現する少女に、紘也は怒りのボルテージが上昇するのをどうしても抑えられなかった。
「今は『人化』してるからこんな姿なんだよ。本当の姿はそれはもうズバババシャキーン! って感じですっごいんだよ。というわけで、はい信じたぁ!」
「信じねえよ! なにそんな催眠術に失敗したような顔してるんだよ! 信じてほしかったら、まずはその本当の姿とやらを見せてみろ!」
「ふむ、それはできない相談だね。あたしが真の姿を解放した日には、この街なんてそれだけで壊滅しちゃいますもん」
 紘也は押し黙った。もしかして、この子はアレなのかもしれない。アレ、そうデンパ。だとすれば、彼女の中ではそれが真実であり、紘也がなにを言っても無駄でしかない。非常に面倒臭い相手だ。
「なあ、デンパさん」
「誰がデンパさんだぁッ!?」
 怒られた。
「ふ、ふん、『人化』を解かなくても信じてもらえる方法くらいあるんだよ!」
「そうか。じゃあ、やってみろよ」
「言われなくても」
 少女がやけくそ気味に言った次の瞬間――紘也は驚愕した。少女がおもむろに自分の左手を口元に持っていくと、その手首に思いっ切り噛みついたのだ。
 手首から先が脱力したように垂れ下がる。つー、と赤い液体が白い肌の上を滑る。立てた歯が深々と刺さっている証拠だ。もし今、あの口を離したら、大量の血液が噴き出して明朝のニュース番組を飾ることだろう。
「お、おい……!?」
 自殺するつもりか、と狼狽していた紘也だったが、ようやくその異変に気がついた。
 食い千切らんばかりに自分の手に噛みついている少女の周囲が、まるで陽炎のように揺らめいていた。ペールブロンドのウェーブヘアーが生き物みたくうねっている。俯いているため表情は窺い知れないが、彼女の中でなにかが起こっていることだけは確かだ。
 ビリビリとした静電気とも違う感覚が全身を打つ。やがてそれは見えない力となり、道路を、塀を、電柱を、周囲の家々までも地震が起こったようにガタガタと振動させた。
 魔力だ。彼女の魔力がありえないくらい膨れ上がっている。
 魔術師の血のおかげか、ほとんど直感的に紘也は看破した。
 彼女の魔力の膨張は止まることを知らない。激しい揺れに驚いた付近の住民たちの悲鳴が聞こえる。紘也は魔力の圧力にぐらつきながらも、どうにか少女に近づき、その小柄な両肩を力強く押さえつけた。
「わ、わかった、もういいやめろ! 信じる! 信じるから!」
 すると、少女の魔力が急激に小さくなっていくのを感じた。放出されていた圧力が消え、揺れが収まり、少女に纏うようにして揺らめいていた空気も正常に戻っていく。
 フフフ、と地の底から沸き起こるような笑いが漏れた。
「フフ、フハハハハハハハイェーイ! 信じたってことはあたしの勝ちだね、紘也くん! 罰ゲームとしてあたしにキスしなさいッ! さあしなさい! それしなさい!」
「今のはウロボロスの〝貪欲〟か?」
「オゥ!? 華麗にスルーされた!?」
 と、揺れの被害に遭った住民たちがわらわらと外に出てくる。自分たちの――ていうか少女のせいだとバレる心配はないだろうが、これ以上ここで話はできそうにない。
「あや? 結界張るの忘れてましたね。――って、お?」
 紘也は少女の細い手首を掴み、くたびれた足に鞭打って全力で疾走した。

「はぁ、はぁ……で、どうなんだ?」
 二分ほど走ったところで息が上がった。体力には自信のある紘也だったが、数分程度では疲労は回復しない。それにしても少女がケロっとしているのが腹立つ。
「ん? どうしたの? そんな息を荒げて……ハッ! これからあたし襲われる!? ま、待ってまだ心の準備が――」
「さっきのは、ウロボロスの〝貪欲〟なんだろ?」
「再びのスルー!? これで合計四スルーだよ、うぅ……。ええ、そうですその通りです。あたしは自分の身を食らって――まあ、さっきは血を飲んでたんだけど――魔力をぐんぐん高めることができるのですよ! 我が身が続く限り〝無限〟にね!」
 どうして逆切れ気味なのかはわからないが、彼女の左手の甲を見てみる。真っ赤な液体が付着しているものの、傷口は完全に塞がっていた。ウロボロスの〝再生〟だ。食った傍から治り、魔力が高まる、なんてチートなドーピングだろう。
「でも、これは寿命が縮まるからあんまり使いたくないんだよ」
「は? ウロボロスは不死身じゃないのかよ?」
「イエス、もちろん〝永遠〟のウロボロスさんは不老不死ですよ。だけど、今みたいなことを続けてたらいつか消えちゃうんだよ」
 そうだ、自分を喰らうウロボロスは一方で〝消滅〟の意味も持っているのだった。死ぬのではなく、存在ごと消え去るということだ。まだ完全に信じたわけではないが、この少女がウロボロスっぽいことは認めざるを得ない。
「んで、その〝永遠〟のウロボロス様が一体俺になんの用だ?」
「まあまあまあ、そんなに急くことなかれ。長くなると思うから、どっか落ち着けるところで話そうよ。例えば、紘也くんのお家とか」
 確かにこんな道の真ん中で長話はしたくない。先程みたいなことがまた起こらないとも限らないし、この辺りだと、やはり紘也の自宅が妥当だろう。
「わかったよ。話は俺の家で聞く」
「あ、その前にコンビニ寄ってもいいかな?」
 自分もそうするつもりだったことを思い出し、急激に疲労と喉の渇きがぶり返してきた紘也だった。

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