天井裏のウロボロス

夙多史

Section1-5 葛木邸へ

「おい、葛木。一体どこに行くんだよ」
 正門を出たところで、紘也はついにその疑問を口にした。
「私のうちよ。お爺様に会ってほしいの」
 香雅里は素っ気なく返した。風紀委員室という名の拷問部屋に放り込まれるのではないかと内心ビクビクしていた紘也だったが、まだそちらの方がマシだったかもしれない。
 知る人ぞ知る陰陽師の名門、葛木家。そんな平凡な日常からかけ離れた場所に踏み込んで、ただのお茶会だけで済むはずがない。なにかしら面倒事に巻き込まれそうな予感がありありとしてくる。
 紘也の父親と葛木家宗主は旧知の仲らしいが、できるだけ穏便な内容であってくれ、と日常をこよなく愛する紘也は心から願った。
「お爺さんに会う……お爺さんに会う……はっ、まさかっ!?」
 先程から思案顔でぶつぶつと呟いていたウロが、どんな考えに至ったのか血相を変えて香雅里に飛びかかった。
「かがりん! あんた、あたしの紘也くんをご家族に紹介する気だね! 紘也くんに『娘さんを僕にください(キリッ)』って言わせる気だね! さ、ささささせませんよそんな前段階のフラグすら立たせてないのにそんなことさせませんよ例え神様が許してもこのウロボロスさんが神様を呑み込んだ上で否定します!」
「ひゃあっ、ちょ、変なとこ触んないでよ!?」
「触るなと言われたら触りたくなるじゃあないですか。ここか? ここがええんか?」 
「うぅ、あ、や、脇はやめっ」
「うひょひょー、ウロボロスさんに絡まれたことが運の尽きだと思って観念しいや」
「エロオヤジかお前はっ!」
 紘也はウロの後頭部をカバンの角で強打した。ゴチン! と鈍い音がしてウロは道端に突っ伏す。角の堅いカバンなだけに一般人なら気絶は免れないだろうけれど、そもそも『人』ですらない彼女ならすぐに復活するだろう。
 放置して歩を進める。
「で、あんたの爺さんに会って俺にどうしろって言うんだ?」
「それはお爺様に直接訊きなさい。私だって、お爺様がどういうつもりなのか計り兼ねているのだから」
「ちょっとコラちょっとコラそこの二人コラ! 置いてかないでよこの人でなし!」
「人でない奴にだけは言われたくない言葉だな」
 うるさいのが復帰してきたので、紘也はこれ以上香雅里に質問することを放棄した。
 そんなこんなで、なにかと話題に事欠かない身食らう蛇のおかげもあってか、葛木邸に到着する間の数十分間はあっという間だった。
 葛木家の屋敷は西区高級住宅地からやや離れた山の麓にある。陰陽師のイメージにピッタリな和風で趣のある屋敷は、流石は市の有力者なだけあって城のように広い。聞いた話、裏に連なる山々も全て葛木の私有地だとか。
 紘也たちはそこの入口に聳える大門を見上げていた。
「オゥ! でかっ! かがりん家ってこんなに広かったんだね。いやぁ、あたしと紘也くんの愛の巣も大きい方だと思ってたけど、これは月とスッポンだね。いえいえ、太陽とアリくらいかな」
「愛の巣ではない。断じて。まあ、俺は親父に連れられて一度来たことはあるんだけど、昔過ぎてあんまり覚えてないな」
「陰陽師の名家、葛木家。その宗家に入ったことがあるとは羨ましいぞ、紘也」
「カガリちゃんのお家ってすっごく大きいんだね。お庭でピクニックができそうだよぅ」
「……マスター、やはりウェルシュも学校へ行きたいです。一人は寂しいです」
「そんじゃあ、かがりん。早速中を案内してくれるかな」
「ちょっと待ちなさい!」
 突然大声を出した香雅里に、紘也たちは顔を見合わせた。忍者屋敷よろしく敷居を跨ぐ前に注意事項でもあるのだろうか。
「その前に、訊きたいことがあるんだけど」
 片眉をピクつかせながら彼女は言った。紘也たちを代表して孝一が応答する。
「どうした、葛木?」
「どうした、じゃないわよ! 諫早孝一! あと鷺嶋さん! なんであなたたちまでいるのよ! ていうか、いつの間に現れたのよ!」
「あんたがついさっきウロに絡まれていた間だよ」
 傍観者、時にはウロボロスの鎮圧者として一部始終を見ていた紘也が説明した。
「なんでって言われてもねぇ、コウくん」
「単純に、お前らについて行った方が楽しいと思っただけだが?」
「遊びじゃないの! いくら魔術の世界を承知しているって言ってもあなたたちは一般人なのよ。帰りなさい!」
 そう言われて素直に引き下がる孝一たちではない。長年二人の親友をやっている紘也は知っている。エサに喰いついたワニのごとく引き剥がすのは困難だということを。
 紘也も一般人なのだが、と思考だけで突っ込んでいると――くいくい。控え目に袖が引かれた。
「マスター、この陰陽師はいつもヒステリーなのですか?」
「いや、普段は冷静……だと思う」
「そしてそこっ! ウェルシュ・ドラゴン! あなたはどこから湧いて出たの!」
「……ヒステリーの矛先がウェルシュに向きました」
 香雅里の剣幕に気圧され、ウェルシュは人見知りする子供のように紘也の背中に隠れた。
「言われてみると、ウェルシュ、なんでお前までいるんだ?」
 てっきり孝一と愛沙にくっついてきたものだと思っていたが、それはそれでおかしい。彼女は学校ではなく、家にいるはずなのだ。
「ウェルシュは…………そうです。葛木家の宗主様に御挨拶に来たのです」
「本当は?」
「退屈だったのでマスターの匂いを追いかけてきました」
 そんな行動を取るウェルシュの思考回路が紘也には理解できない。ただ、退屈という感情はわかる。家事のできない彼女には、紘也たちが学校に行っている間はモンバロでもしていろ、と命令してある。三日間、一人で対戦格闘ゲームは流石に飽きる。RPGを勧めるべきだったか。
「ありゃ? 腐れ火竜もいたんだ。存在感なさ過ぎて気づきませんでしたねぇ」
 わざとらしく、ウロ。するとウェルシュは僅かにムッとした表情になり、
「……ウロボロス、存在ごと燃やしますよ? あとウェルシュは腐ってません」
「あんたの方こそ存在ごと喰らってやりますよ」
「お前ら、こんなところで暴れたら一週間メシ抜きだからな」
 メシ抜きの一言で両者は睨み合ったまま沈黙する。やがて申し合わせたかのようにぷいっと顔を逸らした。
 一方では、香雅里が孝一と愛沙の説得を試みていた。
「と に か く! ウェルシュ・ドラゴンはいいとして、無関係なあなたたちをここから先に通すわけにはいかないわ」
「無関係とは酷いな。友達だろう?」
「その台詞を口にする奴は信用できないって相場が決まっているわ」
「わたしたちは、お友達。だから、無関係ではないのです」
「あーもう! 調子狂うから鷺嶋さんは黙ってて! まったく、どう言えば納得してくれるのよ……」
 苦戦しているようだ。今まで放っておいたが、紘也だって二人を危険な目に遭わせたいわけではない。助太刀しようかと思ったその時、やけに古めかしい音を立てて門が開いた。

「あー、よいよい、香雅里。構わんから皆通せ」

 門の奥から、白髪に白髭の若干痩せた老人が歩いてきた。今にもスキップでもしそうなほどの笑顔を満面に浮かべているが、この老人がただ者ではないことを紘也は感じた。
「この人、どこかで……?」
 見覚えのあるようなないような、そんな曖昧な記憶を漁っていると、香雅里の口から答えを聞けた。
「お、お爺様!?」
 この老人こそが、葛木家宗主――葛木玄永その人だった。

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