天井裏のウロボロス

夙多史

Section2-2 四本の宝剣

「まったく、土曜は見たい深夜アニメがたくさんあるってのに、なにが楽しくて電波が届いているのかも怪しい山奥まで行かなきゃならないんだよ」
 出発して間もなく、紘也の右隣に座っているウロがふてくされたように唇を尖らせていた。紘也の左隣には当然のようにウェルシュが陣取り、小テーブルを挟んだ向かい側には紘也から見て左から香雅里、愛沙、孝一という並びになっている。
「文句言う割には、ずいぶんと楽しそうに見えるぞ」
「なあに言ってんですか、紘也くん。こう見えてもあたしは幻獣界で『クイーン・オブ・ジ・インドア』の名を擅恣し続けているんだよ」
「引き籠りにしか聞こえないな」
 彼女はそこまでヒッキーな感じではないと思うが、どうでもいいので横に置いておく。
「ところで今日の夕飯なんだが、カレーとバーベキュー、どっちがいい?」
「バーベキュー!! まったく、紘也くんてばわかってないね。キャンプと言えばバーベキューに決まってるじゃあないですか。口の中で蕩ける霜降りの肉、それを優しく補助する野菜たち、他にも自分で釣り上げたアスピドケロンなんかも塩焼きで食べるとおいしいんだよね。あっ、食べ終わった後はみんなで花火しませんか?」
 とウロは得体のしれない謎空間――ウロボロスの秘密無限空間とやら――に手を突っ込んで、コンビニにでも売っていそうな花火セットを取り出した。
「めちゃくちゃ楽しみにしてるよな! いつの間に買ってたんだその花火!」
「まあまあ、細かいことを気にしてたら長生きできないよ紘也くん。あたしが紘也くんの分もアスピドケロン釣ってあげるから落ち着いて」
「……ウロボロス、アスピドケロンは海の魚です。川にはいません」
「それ以前に幻獣だからな! 島くらいでかい怪物だからな! いたとしても食わないからな!」
 せっかくスルーしていたのに二度目は突っ込まざるを得なかった紘也である。
「ところでマスター、ウェルシュのお守りは持ってきていますか?」
「ん? ああ、あのアミュレットのことか? それなら一応持ってるけど?」
 幻獣契約を交わす際にウェルシュから受け取った六芒星のペンダント。彼女の〈守護の炎〉を結晶化したらしく色は鮮やかな真紅である。それを持っていくようにと、昨夜紘也は彼女に散々念を押されていた。
「肌身離さず、ウェルシュだと思って身につけていてください」
「何度も聞いてるよ。だからこうして持ってるんだろ」
「なっ!? 腐れ火竜だけずるい!? あたしも、あたしもなにか紘也くんに――」
 無限空間に手を突っ込んでポイポイとガラクタを散らかし始めるウロ。どこのネコ型ロボットだと蹴り倒してやりたいが、そうすると負けな気がする。
「紘也くん紘也くん! これをあたしだと思って受け取って! 身につけるだけで悪霊退散、ウロボロス印の浄化結界を術式で込めたタリスマンです」
「――ってわさびのチューブじゃねえか! いらねえよそんなもん!」
「まあまあ、そんな遠慮なさらずに。もろたもろた言うたらあかんで」
「やかましい!」
 全力で断ったのも虚しく、強引にポケットに捻じ込まれてしまった。どこまでもウェルシュと張り合いたいらしい。そしてわさびを貰って紘也にどうしろと言うのだ。ウロの目にでも流し込めばいいのだろうか?
「秋幡紘也、そろそろコントはやめてもらえないかしら?」
「コントじゃねえよ!」
 腕を組んだ香雅里が半眼で紘也を睨んでいた。なんとなくイライラしているように見受けられる。原因は不明。
「これからのことを話すわ。静かに聞いてちょうだい」
 至って真面目な顔になる香雅里。と、孝一と愛沙も話に加わるように僅かに身を乗り出してくる。
「そうだな。着いたらまず、テントを張らないとな」
「お昼ごはんの準備もしないとね」
「ええ。その後は川で遊んで、夕ごはんを食べて、八櫛谷の天然温泉に入って、夜は――って違うわよ! キャンプはカモフラージュだってあなたたちが言い出したんでしょ! そんなの適当でいいのよ!」
「意気込んでコンロ組み立てていたのは誰だっけ?」
「あーもう! 黙りなさい、秋幡紘也。あなたは聞きたいんでしょう? 私たちが行う『儀式』のことを」
 そのことか、と紘也は納得した。確かに気になっているし、それは宝剣の護衛をするからには知っておきたいことだ。香雅里も話しておくべきだと判断したのだろう。だが――
「いいのかよ。ここだと、孝一と愛沙に聞かれちまうぞ」
「いいのよ。言っておけば危険な場所に近づかないでしょうし」
 香雅里はこの二人に関して完全に諦めているようだった。〝危険な場所〟があるということに引っかかりを覚えるが、好奇心だけでそういうところへ飛び込むほど孝一たちは馬鹿ではない。だから、紘也も教えておくことに異存はない。
 一応、釘を刺してみる。
「二人とも、絶対に危ない場所には入るなよ。特に孝一」
「おう、任せとけ」サムズアップで返す孝一。
「わかったよぅ」ふんわりニッコニコの愛沙。
 なんか激しく不安になった。
 香雅里は皆が聞く姿勢になったことを認めると、一呼吸置いてから話し始めた。
「これから向かう八櫛谷の奥には、強力な妖魔が封印されているの。そしてその封印は年を重ねるごとに弱まっている。だから私たちは数十年に一度、妖魔の封印を強化し、再封印を施さなければならない。それが明日行われる『儀式』よ」
「妖魔の封印……」
 紘也は思わず唾を飲んだ。彼女の言う『妖魔』とは紘也たちで言う『幻獣』と同義だ。封印とは基本、滅ぼすことが不可能だと判断された存在にしか使われない。それほどの幻獣が八櫛谷に眠っていると思うと寒気がしてくる。
 ピッ、と香雅里が一枚の護符を取り出した。二本の指に挟まれたそれは、小気味よく破裂すると、代わりに一振りの刀となって彼女の手に握られる。紘也が護衛を任された葛木の宝剣――〈天叢雲剣あまのむらくものつるぎ〉だ。
「封印は一年の中で八櫛谷の地脈が最も活性化する時期に行う必要があるの。その時間は明日の正午。この〈天叢雲剣〉に地脈の力を集めて封印するってわけ。だから宝剣強盗に狙われるかもしれないからってこの刀を使わないわけにはいかないのよ」
「オレから一つ質問してもいいか?」
 と一般人代表の孝一が挙手した。香雅里が「なに?」と質問を許可すると、孝一はおもむろに〈天叢雲剣〉を指差し、
「その刀が次に狙われると予想できたのはどうしてだ?」
「ああ、そのことね。簡単よ。これまでに宝剣強盗に盗まれた剣が、盗まれた順に〈八重垣剣やえがきのつるぎ〉〈沓薙剣くつなぎのけん〉〈都牟刈大刀つむがりのたち〉だからよ」
「な、なんかすっごく難しい名前だね」
 聞き慣れない名前に愛沙が眉を顰めた。紘也は頭の隅にある曖昧な知識を引っ張り出し、自信がないまま呟く。
「それって全部〈草薙の剣〉の別名だったような……?」
「そうよ。でも、それぞれ別の剣であり性質も形も全く違うわ。共通しているのは、ある妖魔の体内から見つかったということ。八櫛谷に封印されている妖魔はその一体よ」
〈草薙の剣〉を体内に持つ妖魔。紘也はそいつの名を予想できた。いや、どうやら孝一や愛沙にも心あたりがあるようだった。
「かがりんかがりん、それってなんて名前の幻獣?」
 あまり興味なさそうにウロが訊ねる。
「教える必要はないわって言いたいけど、もう察してるみたいね。――『ヤマタノオロチ』よ」
「……やっぱりな」
 紘也の予想は当たっていた。ヤマタノオロチは日本神話に登場する八頭の大蛇だ。八つの谷と八つの峰に跨るほど巨大であり、水害の象徴とされている。日本神話では、主人公の一人である『スサノオ』によって出雲の地で退治されており、その時に尾から出てきた刀が〈天叢雲剣〉なのだ。
 流石に有名な話だ。ウェールズの国民的象徴であるウェルシュは首を傾げているが、孝一や愛沙だって知っている。
「あー、オロちんね」
「待てウロ。なんだそのフレンドリーな呼び方は? 知り合いなのか?」
 紘也はあえてスルーしなかった。
「いえいえ。ただ三百年ほど前にヤマタノオロチ族の一人と友好を交わしてるだけで、そのなんとか谷に封印されてる奴があたしの知り合いだとは限りませんよ。いやぁ、懐かしいなぁ。あたしが傷心旅行してる時に優しくしてくれたんですよ、オロちん」
 遠い昔を懐かしむようにウロはぼんやりと虚空を眺め始めた。もっとも、紘也にウロの回想シーンへ突入する気など微塵もない。
「そうだったな。幻獣名とはつまり種族名だったな。ところでお前は何歳なんだ?」
「紘也くん紘也くん、女性に年齢をき――」
「蛇だからいいだろ」
「よくないよ! なぜならあたしはドラゴンだから!」
 どうしても教えてくれそうにないので紘也は諦めた。少なく見積もっても三百数歳であることがわかっただけでもよしとしよう。なにがよしなのか紘也にもわからないけど。
 ふと、紘也はウロの年齢とは別にあることが気なった。
「なあ、ウェルシュ」
「はい。なんでしょう、マスター」
「お前の『ウェルシュ・ドラゴン』も種族名ってことは、本名もちゃんとあるんだよな?」
「はい。あります」
「なんていうんだ?」
 好奇心のまま訊ねると、ウェルシュはポッと両頬を紅潮させた。
「……マスターは、ウェルシュに放送コードに引っかかることを言えと仰るのですか?」
「お前もかっ!? だから逆に気になるんだよそういうの!」
 種族名を一人称にしているのはあざとくもキャラを作っているのだろうか。きっと親父がそうしろと言ったに違いない。紘也は実の親を疑うことにした。
「ははは、天然のコントだな。お前ら三人で芸人を目指したらどうだ?」
「孝一くん、いいねそれ! あたしと紘也くんで夫婦めおとツッコミ。腐れ火竜がボケ。完璧じゃあないですか! コンビ名は『ウロボロファミリーとその下僕』で決まりだね!」
「ずるいです、ウロボロス。ウェルシュもマスターとめおとツッコミしたいです」
「ヒロくんたちが芸人さんを目指すのならわたし応援するよぅ」
「目指さねえよ! 誰が幻獣とコンビなんか組むか!」
「いいじゃないですか紘也くん! あたしと二人で頂点目指しましょうよぅ!」
「やかましい!」
 ――グサッ!
「ノォオオオオオオオオオオオ目がぁああああああああああああっ!?」
 そのままワイワイガヤガヤと賑わい始める車内。なにかを忘れていることに紘也が気づいたその時、バン! と小テーブルが勢いよく叩かれた。

「は な し ず れ て る か ら!!」

 香雅里が首まで真っ赤にして怒りを表現していた。
 紘也たちはそれぞれ一発ずつゲンコツを貰い、ウロに至ってはお口にチャックならぬ護符を張りつけられていた。彼女の口を塞ぐことで話を脱線させなくしたのだろう。
「とにかく、これから近づいちゃいけない場所を教えるから、忘れないように脳にしっかりと刻んでおきなさい!」
「そんなことより葛木、オレはもっとその宝剣を見たいんだ。伝説の剣を拝めるなんて機会が今後あるかもわからんからな」
「黙りなさい諫早孝一!」
 その後、車内では一時間ほど香雅里の講義(八割ほど説教)が続くのだった。

        ∞

 紘也たちを乗せ、山間の国道を走る白いキャンピングカー。
 それを、遥か上空から黒い影が見下ろしていた。
「……葛木家、一体なにを考えている?」
 黒い影――三本脚の怪鳥に跨った黒衣の男は呆れを孕んだ口調で呟いた。
 葛木家は、次に狙われる宝剣が自分たちの所有する〈天叢雲剣〉だと気づかないほど無能ではない。戦闘向きではない日下部家を頼りにできない以上、『儀式』には相応の戦力を用意して当然だ。それなのに――
「一般人を招いてキャンプだと?」
 宝剣強盗は考えなしで突撃するほど愚かではない。彼は今朝早くから葛木家を見張り、どのくらいの戦力を揃え、どういった警備体制を取るのかを分析しようとしていた。
 するとどうだ。葛木家から発進した車両はキャンピングカーで、しかも一般の民家の前に停車し、どう見ても一般の高校生と思しき男女数人を乗せていた。葛木家の術者と呼べる者は、運転席と助手席の二人と次期宗主候補の葛木香雅里だけである。
「俺の目を欺くつもりか? 無駄なことを」
 こちらを惑わせるということには成功しているが、そんなことに意味はないだろう。
 だが、考えられることは他にもある。
「余程強力な術者が乗っているのか。他の術者全員が足手纏いになるほどの」
 可能性は充分にある。宝剣強盗はそうであることを前提に行動することにした。
 フン、と鼻息を鳴らす。
「ならば少し遊んでやるか。俺の目的を阻むほどの力があるのか、見極めてやる」
 カラスに似た怪鳥に指示を出し、男も八櫛谷を目指す。

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