天井裏のウロボロス

夙多史

Section4-5 愛された兄妹

「ほらほらどうしたんですか? この程度ですか? あたしを止めたければどんどんかかってこいやぁあっ!」
 日下部家の術者にあからさまな挑発をぶつけるウロ。彼女の足下には既に五人の術者が突っ伏していた。死んではいない。全員うまい具合に気絶させただけだ。
 ウロボロスの強さを目の当たりにして他の術者たちの動きが滞る。
「なんですか? ビビってんですか? まったく、よく躾られたチキン野郎だね。見ていて滑稽だよ」
「煽るな! 受け身になってどうすんだよ。こいつらは時間稼ぎを狙ってるんだぞ。一点集中で突破しろ!」
「了解であります、大佐!」
 本当にこの無限の大蛇はどんな時でも調子がいいな、と危うく目眩を引き起こしそうになりながらも紘也は地面を蹴った彼女の後に続く。
 二人を阻止せんと群がってくる封術師たちを、ウロはばったばったと薙ぎ払って突き進む。夕亜ならともかく彼ら程度の封術でウロボロスを封じることなど不可能に近い。だからといって体術で貼りついてこようとも、彼女の腕力なら服についた埃を払うように簡単に引き剥がすことができる。
 だがそんなことは向こうも承知の上だ。果敢に挑んできた最初の五人が証明している。こうなるとウロボロスを止める方法は一つだ。
 祭壇へ到達する直前、がしっと紘也の腕が掴まれる。
 やはり、紘也が狙われるようだ。
 予想していても事前に察知して回避できるほど紘也の身体能力は一般人離れしていない。比べて相手は対人戦が不得手とはいえ経験豊富な魔術師だ。体術で敵うはずもなく紘也は呆気なく組み伏せられてしまう。
「紘也くん!?」
 案の定ウロは停止してこちらに振り返った。そして紘也に関節技を決めつつある男性をライダーキックで蹴り飛ばす。
「アホ! 俺に構わずあいつを止めろ! 放っといても殺されるわけじゃないんだ!」
 立ち上がり叱咤する紘也に、それを補助していたウロは反駁する。
「そんな台詞はフィクションの世界だけにしてもらえるかな。あたしは紘也くんのピンチにはどんなことがあろうとも駆けつけると決めてるんです」
「だったら俺を守りながらあいつも止めろ」
「オゥ!? 自分からハードルを上げてしまった!?」
 自業自得に嘆くウロは軽く黙殺し、紘也は戦況を分析する。
 それにしても敵の数が多い。殺すわけにもいかないからウロに大技を使わせることもできない……。
 そうこう思案している間にも数人の術者が間合いを詰めてくる。幹部と思われる老爺と若い女性、それから八櫛亭の女将だった。
「む、紘也くんには指一本触れさせないよ!」
 ウロは投擲された封術の護符三枚を高速の手刀で斬り払った後、旋風脚で老爺と女性を蹴り飛ばした。
 しかしその隙を突いて女将が紘也に掴みかかってきた。抵抗するも虚しく喉元にナイフを添えられる。
「妖魔ウロボロス、そこから動かないでちょうだい」
「……紘也くん、もっと自分でも護身してくれないと。あたし過労死しちゃう」
 殺す気がないとはいえ人質とはいい作戦だ。ウロボロスをしっかり封じている。敵ながら天晴――と感心している場合ではなかった。当の人質は紘也なのだから。
「なんでだ! なんであんたらそんなに必死なんだよ!」
「夕亜様は私たち分家の者にとっても家族同然のお方だからですよ。他に理由が必要ならいくらでも語ってあげられます。当時危機だった八櫛亭を建て直してくれた時のお話でもしましょうか?」
「いや、いい。あいつが愛されてることはよくわかった」
 文庫本三冊くらい密度が濃そうだ。視線を前に向けるとウロが術者二人に拘束されているところだった。
 確かに彼女の言う通り、護身も満足にできないようでは大きなことなど言えない。
「俺が足手纏いになったらダメだよな。それこそ滑稽だ」
 紘也は女将のナイフを持つ方の腕を掴む。
「な、なにを――あっ!?」
 突如、女将が白目を剥いて昏倒した。理由は簡単。紘也が魔力干渉をし、彼女の魔力を思いっ切り乱してやったからだ。
 ウロを含め、誰もがなにが起こったのかわからず唖然としている。実をいうと、紘也も驚いていた。力の弱い術者なら一時的に動けなくするくらいだと計算していたのだが、まさか失神するとは思ってもいなかったのだ。紘也はまだまだ自分の力を過小評価していたのだろうか。それとも最近いろいろあったから魔力制御のスキルが向上したのだろうか。
 女将には後で謝るとして、なんにしても好機である。
「ウロ!」
「オゥ! なんか今の紘也くんめっちゃかっこよくなかった? んもう、紘也くんはどこまであたしの好感度を上げれば気が済むん――」
「ふざけるのは百年後にしろ! 今度こそ突破するぞ!」
「あいわかりやした! もう回りくどいことなんてしないよ!」
 拘束していた二人をいともあっさりと引き剥がしたウロは、紘也に密着すると恋人にするように自分の腕を紘也の腕に絡め、そのまま高くジャンプする。なんのつもりだと言及したかったが、紘也がそうする前に彼女は空いた手に魔力の球を生成した。
「はっはっは、全てぶっ飛ばしてあげます」
 ラスボスみたく哄笑し、ウロは魔力球を誰もいない地面へと叩きつけた。瞬間、爆光と衝撃波が日下部家の術者を一人残らず壁際まで吹き飛ばした。
 手加減はしていたようで安心する紘也だったが、突然絶叫アトラクションに乗せられたような感覚に着地後も動悸が収まらない。ウロは後でしばき倒そうと心に決める。
 一応周囲を見回す。立っている者は紘也とウロを除けば、向こうで互角に渡り合っている香雅里と夕亜だけだ。
「……マスター」
 と天から赤い翼の少女――ウェルシュが降下してきた。彼女が戻ってきたということはヤタガラスを倒したのだろう。
「――ってお前、ボロボロじゃないか。大丈夫か?」
「問題ありません。ウェルシュは頑丈です。元気です」
 見た目ほどダメージを負ってないのならなによりだ。紘也は表情を引き締め、祭壇の日下部朝彦を見上げる。
「行くぞ、あいつを止める」
「そうは……させん」
 ヤタガラスが消え入りそうな声を出して紘也たちの前に立ち塞がった。翼の一部を失い、体中から血を流し誰が見ても瀕死状態だとわかる。ウェルシュの〈拒絶の炎〉はチートレベルの破壊力を誇るのだが、形を持って生きているということは直撃だけは凌いだらしい。
「……想像以上にしぶといです」
「あんたが甘いんじゃあないの?」
「うるさいです。ウロボロス」
 少しばかりむくれるウェルシュ。それはともかく、立っているのもやっとなヤタガラスに紘也は言葉を投げる。
「もうやめろよ。そんな体じゃ足止めなんでできないだろ!」
「我がどうなろうとも、我が主には近づかせん」
 その時、ヤタガラスの意思に賛同するように周りから『そうだそうだ』と幾多の声が響く。見ると、ウロが吹き飛ばしたはずの日下部家の術者が皆、よろよろと立ち上がっていた。
「朝彦様の邪魔はさせない!」「夕亜様は私たちが助ける!」「一般人の二人には悪いけど我々は夕亜様の方が大切なんだ!」「夕亜ちゃんは絶対に死なせない!」「朝彦様! 早く封印を!」「ここはわしらが絶対に通しはせん!」「二人は私たちの家族なの!」
 四方八方から乱れるように言葉が飛び交う。彼らの必死な声を聞いていると、なんだかこちらが悪者のような気がしてきた。いや向こうが悪だとも言わないけれど。
「どんだけ愛されてるんだよ、あの兄妹は」
 あまりの迫力に紘也は少々気圧されてしまった。

        ∞

 日下部夕亜の生み出す力場と〈天之秘剣・冰迦理〉が激しく衝突する。
「すごいわね、夕亜。みんなあなたのことが大好きみたいよ」
 この力場も結界の一種だ。反射効果があるため封術師の防御兼唯一の攻撃術となっている。そして夕亜のそれは最高クラス。香雅里が〈冰迦理〉の刃で幾重にも斬りつけようとも、青白い火花が散るだけで打ち破れる気配がない。
 刃が袈裟斬りに振るわれる。力場がそれを受け止め、弾く。すぐさま香雅里は刀を返し、次は魔力を乗せて大上段から叩きつける。
 やはり力場に防がれる。が、今回は〈冰迦理〉の能力を発動させている。狙いは力場から流れる魔力。それを斬り、氷結させて根本である護符を破壊する。
 しかし夕亜も手強い。新たな護符を空中に撒き、氷が力場の護符に達する前に何処へと消し去ってしまった。
 彼女がその気になれば〈冰迦理〉も一瞬で封印されてしまうだろう。だから香雅里は細心の注意を払って刃を振るっている。無論、式神を出したところで無駄なことも承知だ。
「私もね、最初はこうなるとは思ってなかったんだよ」
 何度目かも知れない打ち合いの後、夕亜が囁くように言った。
「短い人生だってわかってたから、精一杯、楽しく今日まで生きようとしてた。たくさんいいことをして、少しでも悔いを残さないようにしてた。でもそれは諦めだよね? 本当はすごく怖いくせに、『自分の死には意味がある、無駄死にじゃない』ってずっと言い聞かせて無理やり納得してきた」
 彼女の顔にはいつもの能天気な明るさはなく、悲愴の色に染まっていた。夕亜、と香雅里は思わず親友の名を呟く。〈冰迦理〉を振るう手が鈍ったが、そこを突いてくるようなことを彼女はしなかった。
 代わりに夕亜はどこか儚げに微笑んで言葉を紡ぐ。
「でもね、お兄ちゃんが言ってくれたの。『お前は生きられる。封印の生贄になどさせん。俺が救ってやる』って。お兄ちゃんラブの香雅里ちゃんならわかってくれるよね? 真面目な顔でそんなこと言われたら、私、嬉しくて涙が止まらなかった」
「私は兄様ラブじゃなくってライクよ! まあそれは置いといて、夕亜の気持ちはわかるわ。私だって夕亜を助けたい。でも、だからって一般人を巻き込むことはできない」
「友達だから?」
「そうよ。いえ、たとえそうでなくとも私たちは陰陽師。人を守らなくてどうするのよ!」
 諭すように言った、その直後だった。

 ピキリ、と。

 罅割れの音がした。
 数瞬遅れて、あれだけ巨大で厚みのあった氷塊が粉微塵に砕け散る。宙を舞う氷が日差しを反射し、ダイヤモンドダストみたいな神秘さを演出している。
 絶望に似た感覚が香雅里を襲う。
「そんな、もう封印が……」
 地面に降ってくる氷の破片が透き通った音を奏でる。氷の中心にいた女性が不自然に浮遊して祭壇上に立ち、四本の宝剣を従える日下部朝彦と対峙する。
 間に合わなかった。

 ヤマタノオロチの封印が、解けた。

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