天井裏のウロボロス

夙多史

Section5-3 巨大な霊威ある者

 地球を悪戯に破壊する水流砲の乱射はピタリと止まっていた。
 水流砲の機動砲台たる八つ頭の巨蛇に、二人の有翼の少女が相対したからだ。片や緩く波打つペールブロンドの長髪を、片や二又の紅いツインテールを風に靡かせ豪然と構えている。
 身食らう蛇とウェールズの赤き竜である。
《どこぞの竜族の雌どもが。何故に陰陽師の味方をする?》
 ヤマタノオロチの八つの口が同時に声を発した。
「おやおや? あんたは色魔じゃあなかったっけ? こんな可憐な美少女が目の前にいるってのに欲情しないんですか?」
 無駄にセクシーなポーズを取るウロボロスを、ヤマタノオロチは鼻で笑った。
《吾が愛でるは可愛げある人間の雌よ。人の形を成しているだけの爬虫類になど興味はない》
「あんただって爬虫類じゃあないですかっ!」
「はい、どう見ても蛇です」
《……》
「……」
「……」
《ともかく。陰陽師に味方するようならば容赦はせん。消えよ》
「都合が悪くなったからって強引に戦闘シーンに突入しようとしたよね今!?」
《五月蝿い》
 ヤマタノオロチが八の鎌首をもたげた。それぞれの口が開き、水のエネルギーがそこへ集束していく。あの水流砲を撃つ気だ。
「ハン! そんなことこのウロボロスさんがさせるとでも思ってんですか?」
「阻止します」
 ウロボロスが光り輝く魔力弾で左側の四つ頭を、ウェルシュが〈拒絶の炎〉による火炎弾で右側の四つ頭をほとんど同時に撃ち抜いた。八つの爆発が起こり、ヤマタノオロチの全ての頭が爆煙に包まれる。
 これで頭が消し飛んでくれればよいのだが、その程度の幻獣だったら封印なんてされない。とっくの昔に消滅しているだろう。
 次々に爆煙を霧散させて水流砲が飛んでくる。
「むっ!?」
「ウェルシュの〝拒絶〟が効いていません」
 即座に緊急回避。両者ともヤマタノオロチよりも高い位置を飛んでいたことが幸いして、かわした水流砲は青空の彼方へと消えていく。
 ウロボロスとウェルシュは回避しながら魔力弾や火炎弾をぶち込んでいるが、的が大きいだけ当たりはすれどやはり効いてはいない。
《吾の〝霊威〟は水気を繰る。水気は至高の槍と成りて蒼穹を衝かん》
 健全だったヤマタノオロチの頭部が詠唱を重ねる。次の瞬間、幾本もの水柱が噴き上がった。それらは水竜のごとくうねり、飛翔するウロボロスとウェルシュを狙う。両者は慌てることなく飛燕のように華麗に宙を舞い、水柱のことごとくをかわしていく。
《鬱陶しい》
 苛立たしげにヤマタノオロチが声を重ねる。
「そんな下手糞な攻撃、腐れ火竜には当たっても俊敏なウロボロスさんには当たりませんよ!」
 あかんべいでヤマタノオロチを挑発し魔力弾を叩き込むウロボロスに、ムッとした顔のウェルシュが近寄ってくる。
「ウェルシュも当たってません。あとウェルシュは腐ってません」
「あんたの台詞そればっかりだね。流行らせたいんですか? おっと」
 ヤマタノオロチが水柱に加えて水流砲も放ってきたため、二人は左右に旋回してそれをやり過ごす。
《全く小賢しい。己らはアレか? 蝿か?》
「誰が蝿だコラァッ!! あたしはドラゴンだよ!! くらえ、飛剣〈ウロボロカリバー〉!!」
 激昂と同時に取り出した〈竜鱗の剣〉――もとい〈ウロボロカリバー〉を大半円に振るう。凄まじい勢いで伸長する剣身が生き物のように奔り、ヤマタノオロチの巨体を様々な角度から斬りつける。
「ウェルシュも蝿ではありません。――〈拒絶の炎剣リジェクトエッジ〉」
 ウェルシュは右手に〈拒絶の炎〉による超大剣を生み出し、それを槍投げの要領でヤマタノオロチに投擲する。
「――って待てコラ腐れ火竜! あんたそんな技名叫ぶキャラじゃあないでしょうが! あたしのマネしてんじゃあないですよ!」
「む。これはウェルシュがずっと考えていたことだからいいのです。それにしても技名にはずいぶんと悩みました。電子辞書とはすっかり友達です」
「中学生かあんたはっ!」
 電子辞書片手に延々と格好よさげな名前を書き連ねている姿がありありと浮かんできた。
《吾を前にしてお遊びとはな。だが。己らの攻撃など吾には届いてないぞ》
 ダン! と不可視の力がウロボロスとウェルシュを殴打した。砲弾の勢いで錐揉み状に吹っ飛んだ両者は、竜翼の膂力を全開になんとかホバリングする。
 しかしその直後、足下から激しい水柱が天を串刺しにせんと立ち昇った。今度ばかりは回避する余裕もなく、二人は敢えなく激流の中に呑み込まれてしまった。
《吾の〝霊威〟は水気を凍てつかせる》
 八重の詠唱が轟いた時、二人を呑み込んだ水柱が刹那の内に凍りついた。太陽光を浴びて煌めく氷の塔を、さらに無数の水球が砕き割る。
 壮烈な破砕音。
 降り注ぐ氷塊に混ざり、竜翼の少女たちが力なく谷底へと落ちていく。
《さて。邪魔者は消した。これで存分に憎き人間どもを狩れる――ん?》
 なにかに気づいたように静止したヤマタノオロチは、八つの顔で自らの体を見回す。そして見つけた。八尾の先端から僅かずつ光の粒子となって消えつつある。
 マナの乖離である。
《ふん。目覚めたばかりで暴れ過ぎたか。些か魔力を消耗し過ぎてしまったようだ。補給しなくてはな。幸いここにはアレがある》
 ヤマタノオロチの人間狩りは後回しとなった。

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