天井裏のウロボロス

夙多史

Section5-6 三組の合流

 それから何分、何秒くらい経っただろうか。孝一の目からすうと血色が脱色され、そのまま彼は意識を失った。完全に〝霊威〟を排除できたのだ。
「……本当に効いたし」
 藁にも縋る思いだったとはいえ、正直、紘也も驚いていた。
 肩で息をしながら紘也は孝一の上から身をどける。わさびのチューブは念のためサバイバルナイフの入っていた胸ポケットに入れておいた。
「はぁ、はぁ、ウロに、でかい借りができたな」
 紘也は彼女のお願いを一つ聞く約束をしているのだが、多少無茶な要求でも呑んでやることにした。そうでないとこの借りは返せない。
「ヒロくん。コウくんは、その、大丈夫?」
 今にも泣き出しそうな、というか既に涙目の愛沙がフラフラと危なっかしく歩いてくる。
「ああ、なんとかなったみたい、だ……?」
 はたと紘也は疑問に思う。孝一は危うく妖魔化するところだった。では、愛沙はどうして無事なのだろうか?
「愛沙は、えっと、なんともないのか?」
「ふぇ? わたし? わたしは大丈夫だよぅ」
 孝一を気遣いながらふわっとした微笑みを返す彼女は、確かに普段通りの彼女だ。紘也は神経を研ぎ澄ませてみるも、やはり彼女からはなんの魔力も感じない。
 マイペースだから、鈍感だから〝霊威〟にあてられることもなかった? そんな馬鹿な。
 とにもかくにも愛沙は無事なのだ。若干気になるが、それでいいではないか。愛沙は神社の娘だから、きっと力のある御先祖様の守護霊が守ってくれたのだろう。そう無理やりな理論で納得することにした紘也だった。
「そうだ、葛木!」
 思い出したように紘也は向こうで倒れている香雅里へ駆け寄る。彼女が気を失っても結界は働いているようだが、早く気つけしておいた方がいい。もし結界が破れて周囲の妖魔群が殺到してきたら今度こそ死ねる。
 香雅里の上体を抱き起こし、紘也は名前を連呼しながら頬をペチペチと叩いてみた。
 するとすぐに瞼が二・三度痙攣し、ゆっくりと開かれる。
「ん……あ、あれ? 秋幡……紘也? ――ッ!?」
 なぜか知らないが香雅里は紘也の顔を見るなり飛び起きた。そして紘也と目を合わせないまま、
「あ、ありがとう。礼を言うわ、秋幡紘也」
「ああ。えーと、なんか死にかけてたけど、大丈夫なのか?」
 心なしか顔が赤いのはたぶん孝一に首を絞められていたからだろう。
「あのくらいじゃ死なないわよ。それより、諫早孝一は?」
 紘也は視線を投げて孝一と愛沙のいる方向を示す。それを見た香雅里はほっとしたように胸を撫で下ろした。それから彼女は真剣な、術者としての表情に戻って辺りを見回す。
「あとは周りの妖魔をどうにかしないといけないわね」
「根本的な問題も解決してないけどな」
 紘也は遠くにいてかつ巨大に見えるヤマタノオロチを一瞥する。どうも先程から微動だにしていない。ウロたちがなにかやったのだろうか?
 というか、そのウロとウェルシュの姿が見えない。まさかあのチート性能盛り沢山の二人がやられていることはないだろうけれど、紘也は無性に不安になってきた。
「あいつら、どこ行ったんだ?」
 そうぼやいた時だった。
 後ろ。駐車場のすぐ傍にある谷底から、翼を生やした二つの人影が飛び上がってきた。それらは剣身らしき武器を蛇のようにのたうち回したり、真紅の火の玉をばら撒いたりして周囲に蠢く妖魔たちを次々と屠っていく。
「まったくもう! さっきので六回くらい〝再生〟しちゃいましたよ! こんな雑魚幻獣、いくら蹴散らしたところでウロボロスさんの鬱憤はこれっぽっちも晴れないね!」
「……ウェルシュの〝守護〟も貫いてきました。死ぬかと思いました。恐るべきヤマタノオロチです」
 スタ、スタ、と駐車場の上に両足をつく少女たち。ウロボロスとウェルシュ・ドラゴンである。彼女たちが現れてからほんの数秒で、紘也たちを包囲していた怪物たちの殲滅が完了してしまった。どうでもよくないこととして、せっかく香雅里が張った結界まで彼女たちの流れ弾で破壊されていた。
「――ってあんたのせいでしょうが! あんたが変なとこでボケるからむざむざ攻撃を受けるはめになったんでしょうがっ!」
「ウェルシュはボケてなんかいません。本気と書いてマジです。変なところでツッコミをしたウロボロスが悪いのです」
「なんですと!? あーゆーのはその場のノリと遊び心でジュバショバシャーンって決めるもんなんですよ! マジで言ってどうすんですかこの厨二病幻獣が!」 
「ウロボロスにだけは言われたくない言葉です。撤回を要求します」
 ギャーギャーと喚くこと三十秒、放っておいたらエンドレスに罵り合いを繰り広げそうな契約幻獣たちに紘也は歩み寄る。
「ウロ」
 少女二人のうち、ペールブロンドの方の名を呼ぶ。彼女もこちらに気づく。
「オゥ! 紘也くんも無事みたいだね。あたしはホカっと安心しましたよ」
「マスター、ただいま戻りました」
 紘也はウロへ向かって歩を進める。
「さて、紘也くんの姿も見たことだし、ウロボロスさんは力が漲ってきましたよ。今度こそあの八つ頭を――おや? なんか動かなくなってるね。電池でも切れたのかな?」
「ウロ」
 がしっと、ヤマタノオロチを見上げる彼女の左肩を掴み、こちらを向かせる。そうしてから紘也は彼女をまっすぐに見詰め、
「紘也くん? ――ッ!?」

 その絹糸のような髪を、優しく梳くように何度も撫でた。

「え? なに? なんで? あれ? ホワッツ? なんで頭撫でられてんのあたし? え? 確かにあたしは紘也くんルートを選んでるけど、どこにこんな頭なでなでフラグが落ちてたんですか? いつ回収したんですか? 攻略ウィキに載ってるかな?」
 絵に描いたように狼狽するウロ。紘也にとっては精一杯の感謝の気持ちを示したつもりだった。強引に押しつけられたとはいえ、あのわさびのチューブ、もといタリスマンのおかげで孝一を救えたのだから。ところで攻略ウィキってなんぞ?
 しばらくは困惑して意味不明な言葉を羅列していたウロだったが、やがて気持ちよさそうに目を細めて撫でられるがままになっていた。
「えへへ、紘也く~ん」
「うっ……」
 猫撫で声を出すウロに紘也は不覚にもドキリとしてしまった。困ったことに心臓の鼓動がテンポを上げてくる。照れを隠すためにも、紘也は撫でるのをやめて背を向ける。
「ウロ」
「はいはい、なんです?」
「今のは忘れろ」
「どゆこと!?」
 愕然とするウロはいつものごとくスルーする。まだ動悸が高鳴っているけれどとにかくスルーする。
 ふと、ウェルシュと目が合った。彼女はよく観察しないとわからないくらい微妙に頬を膨らまし、不機嫌な顔を作っている。その表情が語っている。『……ウロボロスばかりずるいです』と。
「あー」
 思い出せばウェルシュのアミュレットにも紘也は助けられている。不公平はいけないな、と彼女の頭も撫でてやった。ウロよりは短めだったが満足してくれたようだ。
「秋幡紘也、そんなことしている場合じゃないって、ちゃんとわかっているのかしら?」
 今度は香雅里が絶対零度の視線で紘也を睨めつけてきた。無論、わかっているつもりだ。
 紘也は未だ動く気配を見せないヤマタノオロチを見やる。
「あいつを倒さないことにはなにも終わらないよな。ウロ、ウェルシュ、やれるか?」
「もちのろんですよ! さっきは腐れ火竜のせいで不覚を取ったけど、次はあんな八つ頭なんて呑み込んでくれます!」
「ウェルシュもまだ戦えます。あとウェルシュは腐ってません」
 両者ともやる気満々で安心した。そこで紘也は一つ提案する。
「お前らも『人化』を解いた方がいいんじゃないか? ここなら被害も少ないだろ」
 言うと、ウロが首を横に振った。
「いえいえ、それはできない相談なんですよ」
「どうして?」
「美学に反するからです」
「……………………………………………………………………………………………は?」
 紘也は自分の耳を疑った。なにを言っているのだ、このアホ蛇は?
「……弱い者が強い者に勝つからこそ美しい、と元マスターが言ってました。ウェルシュもそう思います」
「オゥ! わかってるじゃあないですか腐れ火竜! そうです、限定解除はウロボロスさん的に超ピンチの時にこそ使って輝くものなんです!」
「さてはお前ら、今までもそんなくだらない理由で『人化』解かなかったな!?」
 さっきまでの感謝の気持ちが全て覆されるほどの馬鹿らしさだった。紘也は衝動的に張り倒したくなったが、ここはぐっと我慢の子。
「いえいえ、多大な被害が出るのは本当だよ。それに〝無限〟と〝循環〟のウロボロスさんはいいとしても、そこの腐れ火竜が『人化』解いちゃったら契約者たる紘也くんの負担が半端ないですよ? ドラゴン族の本体を紘也くんの魔力で維持させることになるので」
「じゃあお前が『人化』解け」
「さーてヤマタノオロチをぶっ飛ばしますよぅ! もちろん『人化』した状態で。『人化』した状態で」
 二回言われた。どうあってもこのアホ蛇は本来の姿になる気はないらしい。
 そろそろ紘也が〈アイズクラッシャー〉を発動させようかと考え始めたその時、上空からバサバサと羽ばたきの音が聞こえてきた。
「ヤッホー! 香雅里ちゃーん! みんなーっ!」
 底の知れない明るい声を発して手を振っていたのは、日下部夕亜だった。彼女はヤタガラスの背に乗り、駐車場へと降下してくる。治癒魔術でも使ったのか、ヤタガラスの傷は完全ではないにしろ癒えているようだった。
「夕亜、よかった。無事だったのね」
 親友の安否を確認できた香雅里は安堵の表情。夕亜とヤタガラスがこうしてここにいるということは、日下部朝彦や他の術者たちも無事なのだろう。
「悪いが再会の言葉は後にしてもらおう」ヤタガラスがそう口火を切り、「お主たちに頼みがある。正確にはウロボロスとウェルシュ・ドラゴンに、だがな」
 その言葉に疑問符を浮かべる面々に、夕亜が後を引き継ぐように口を開く。

「あのねあのね、お兄ちゃんがヤマタノオロチを滅ぼすための最終術式を発動させようとしているの。キミたちにもそのお手伝いをしてほしいのよ」

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