天井裏のウロボロス

夙多史

Section5-7 術式の発動

 眠ったように瞑目していたヤマタノオロチが、そっとその十六の目を開く。
 魔力が身体に満ちた。これでしばらくはマナの乖離を起こすことなく暴れられる。手始めに真っ先に逃げ出したあの人間どもから磨り潰してやろう、とヤマタノオロチは移動を再開する。
《――ん?》
 ヤマタノオロチの進路を塞ぐように、人間の姿をした竜族の少女たちが浮遊していた。一方はフィンのような金色の翼を、もう一方は西洋の竜らしい蝙蝠のような赤い翼を羽ばたかせ、余裕綽々といった顔つきでヤマタノオロチを見据えている。
《己ら。まだ消滅していなかったか》
「あのくらいじゃあ強靭無敵のウロボロスさんにダメージなんて与えられないよ!」
「ウェルシュの〝守護〟を舐めないでください」
 流石に竜族はしぶとい。あの時のヤマタノオロチは封印解放直後だったため全力の半分も振るえていなかった。倒し切れなくても特に不思議はない。
 しかし今は違う。充分な魔力を得たヤマタノオロチを、もはや奴らごときでは足止めすることもできない。
 ――そう考えていた。
「さてと、ちょっとばかし本気見せちゃいますか」
 金髪の方――ウロボロスが自分の手首に噛みついた。その瞬間、ウロボロスの魔力が果てしなく増大していくのをヤマタノオロチは感じ取った。
「ウェルシュも〝拒絶〟特化モードに移行します」
 ボワッと赤髪の方――ウェルシュ・ドラゴンの足下から真紅の炎が爆発した。炎は消えず、西洋鎧のように彼女にまとわりついて燃え猛る。魔力の絶対量は増えていないようだが、変化前とは比べ物にならないくらい高まっている。
 だが――
《その程度で吾に挑むつもりか? 愚かな。『人化』も解かぬようでは恐るるに足りん》
 他の竜族とてもう少し賢明な幻獣だと思っていたヤマタノオロチだったが、評価を改めることにした。
「へえ。あんたのそのモード、けっこう魔力が高まるんだね」
「はい。ですがこのモードだと〝守護〟は使えません。〝拒絶〟に新しい対象を追加することもできません」
「デメリットばっかじゃあないですか! 意味ないんじゃあないの?」
「……そんなことはありません。より〝拒絶〟が強力になります」
 ウロボロスとウェルシュはヤマタノオロチの言葉など聞いてもいなかった。
《己らは邪魔だ。失せよ》
 八つの口が鬱陶しい蝿二匹を撃砕せんと水流砲を射出する。が、それは紙一重のところでかわされた。
「速っ!? なんかさっきより強くなってない!?」
 ウロボロスが吃驚の声を上げる。魔力増大前であれば今の攻撃で終わっていた。
《相変わらず避けるだけは上手い。ならば。避けられぬ攻撃をするまで》
 ヤマタノオロチは魔力を練り上げ、八重の声で詠唱する。
《吾の〝霊威〟は水気を繰る。水気は波濤と成りて万物を打ち砕かん》
 ザン!! とヤマタノオロチの前方に水の壁が出現した。巨大隕石が海に落ちたかのような〝津波〟が部分的に山奥から発生するという異常事態。津波はウロボロスやウェルシュもろとも八櫛谷の一部を呑み込み、洗い流した――かのように思われた。
《なに?》
 ウロボロスとウェルシュは健在していた。それどころかあらゆるものを押し流すはずだった津波の中央に大穴が穿たれ、勢いを失って力尽きるように流れてしまった。
「はふぅ、ここまででっかい無限空間を開いたのは初めてですよ」
 ウロボロスが両手を前に翳していた。彼女の付近の空間が広く歪んでいる。それは大口を開いた竜の頭部のようにも見えた。
 空間の歪みが正常に戻る。と、ウロボロスの後ろから真紅の炎鎧を身に纏うウェルシュ・ドラゴンが飛び出した。
「全力の〝拒絶〟で跡形もなく消滅させます。――〈拒絶の竜息リジェクトブレス〉」
 ウェルシュの正面に巨大な炎の塊が現れ、竜の頭部を形成する。その口にあたる部分から凄絶な火炎流が噴射された。
「突っ込まないよ! もう絶対に突っ込まないよ! ええ、突っ込みませんとも! てことで――飛剣〈ウロボロカリバー〉乱れ斬り!!」
 ウロボロスは適当な技名を叫んでいるが、結局はただ剣身が伸びるだけだった。
 大気を焼く火炎流も、伸長する大剣も、受けたところでヤマタノオロチは傷もつかない。
《くだらない。吾の〝霊威〟にそのような攻撃など通用せん》
 ヤマタノオロチは常に自らの体を〝霊威〟で守っている。あの二匹も強力な特性を秘めているようだが、〝霊威〟はそれすらも無力化する。
 だというのに、奴らは効果がないことを理解していない。
「――〈拒絶の炎剣〉」
 真紅の火炎剣が飛ぶ。
「――〈ウロボロカリバー〉!!」
 大剣の剣身が伸びる。
「――〈拒絶の竜息〉」
 火炎流が咆哮する。
「――〈ウロボロカリバー〉!!」
 大剣の剣身が伸びる。
「――〈拒絶の炎剣〉」
 真紅の火炎剣が飛ぶ。
「――〈ウロボロカリバー〉!!」
 大剣の剣身が伸びる。
「――〈拒絶の竜息〉」
 真紅の火炎剣が飛ぶ。
「……間違えました」
「あんた馬鹿じゃあないの!?」
 ちまちまと無駄なことを続ける二匹に、ついにヤマタノオロチは憤慨する。
《己ら! 吾を馬鹿にしておるのかっ!》
 山をも砕く水流砲が乱れ飛ぶ。苛立たしいことに一発もあらなかった。
「怒りっぽいなあもう。もっとカルシウム摂取した方がいいんじゃあないですか?」
《五月蝿い! 己らの頭は虚ろか! あのような攻撃は効かんと教えた!》
「んなこたあ知ってますよ」
《なんだと?》
「ウェルシュたちの勝ちです」

 刹那、ヤマタノオロチを中心点とした四つの光条が上天を貫いた。

《む? これは?》
 八つの首で四方を警戒するヤマタノオロチ。四の光は天空で拡散・融合し、超大な魔法陣を生成する。
 ウロボロスが悪役のように歯を見せて哄笑をする。
「はっはっはっは、あたしたちの目的はあんたをここまで誘導することだったんだよ!」
「……ヤマタノオロチ滅殺術式の発動を確認しました。ウェルシュたちは撤退します」
 高速飛行で何処へと退避するウロボロスとウェルシュ。彼女たちが術式範囲内から脱出するや否や、天空の魔法陣から輝く液体がヤマタノオロチへと降り注いだ。
《なっ!? 吾の〝霊威〟が削がれただと!?》
 信じられないというように血色の目を見開くヤマタノオロチは、件の光条と魔法陣が未だに消えていないことに気がつく。
 その直後、さらに驚愕することとなる。
 魔法陣から十の刀身と十の柄を持つ光の剣が現れ、神の裁きのごとくヤマタノオロチの頭上へと落下した。

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