天井裏のウロボロス

夙多史

Section-End エピローグ

 葛木玄永は独自の情報網で宝剣強盗が夕亜の兄――日下部朝彦ではないかと推測していたらしい。ぎっくり腰は方便で、昨日はそのことについてさらに詳細な情報を得るため各地を奔走していたとかなんとか。おかげで推測が確信に変わり、朝彦があの四本を狙ったことから八櫛谷のヤマタノオロチ復活を目論んでいるのだと悟ったという。それから急いで可能な限りの部下を集め、八櫛谷へと赴いたのだそうだ。
 ヤマタノオロチの最後の一撃は日下部家に甚大な被害をもたらした。重傷者多数。防御に秀でた封術師だからこそ死者が出なかったと言える。少なくとも『大魔術師レベルの術者が十人犠牲になった』よりは軽い被害だろう。
 ここまで被害を抑えられたのは葛木玄永の迅速な対応のおかげでもある。彼はまるでこうなることがわかっていたように、部下を遣わせて各発動地点の術者に避難を促していた。
「年の功と儂の勘は当たるんじゃよ」
 玄永は呵々と声を高く笑った。曖昧過ぎて怪しいものである。
 被害と言えば、ヤマタノオロチ滅殺術式の核として使われた宝剣が未だ見つかっていない。破損した〈天叢雲剣〉だけは葛木家が回収したが、他の三本はどうも水流に呑み込まれ何処へと流されたようだ。八櫛谷は広いため、捜索するのは一苦労だろう。
 ちなみに妖魔化した動物たちはヤマタノオロチを倒しても戻っていない。その掃討作業はとっくに始まっており、葛木の術者たちが宝剣の捜索も兼ねて八櫛谷中に散開していた。

 どうにか被害を免れた八櫛亭で、紘也たちはそのように一通りの報告を聞いた。
 しかし、最も気にするべきは夕亜の容体だろう。紘也の魔力干渉の成果もあり、封印術式の消滅に伴って命を落とすことはなかった。が、心臓に相当な負荷のかかった彼女は意識不明のまま病院に運ばれた。そして先程、命に別状はないと連絡がきて皆は一気に緊張の糸が緩んだのだ。
 と思わせておいて――
「さて、そろそろ件の宝剣強盗の処分を決めねばならんの」
 玄永の言葉が、紘也たちの緩んだ糸に再び緊張を走らせた。
「いいだろう。俺の目的は果たされた。連盟の『永劫の監獄』だろうがどこだろうが構わん、好きなところに連れていけ。それとも処刑にするか? 俺は人を殺しているからな」
 本来は彼一人、宝剣も持たずにヤマタノオロチを誘導するつもりだったらしい。紘也たちイレギュラーがいなければ、彼はそこで死んでいた。だから処刑されることすら恐れていない風である。
「ふむ、処刑か。そうじゃな、それがいい」
「お爺様!? 日下部朝彦は夕亜のために――」
 弁護しようとした香雅里を玄永は手で制した。それから厳格な表情で朝彦に判決を下す。
「宝剣強盗はヤマタノオロチ復活を目論んだ。それは彼の妖魔の絶大な力を得るためだったが、逆にヤマタノオロチに食われてしまった。日下部家は葛木家と手を取り合い、ヤマタノオロチを見事討ち倒した。――まあ、こんなところじゃろう」
 玄永を除く全員がポカンとしたのは言うまでもない。
「お、お爺様、そんなベタな嘘が通用するのですか?」
「おお、そうか。タツ坊の倅の活躍を入れ忘れておったわい。寧ろ一番の功労者じゃからのう。除け者にするのは間違っておるな」
「そこじゃありません!」
 紘也としてもそんな神話の一ページを飾るようなことは滅相もなかった。これほど魔術側に関わっておきながらも、紘也は未だに平々凡々な生活を捨てるつもりはないのだ。
「ふざけるな、葛木玄永。俺は罪を犯した。ならば罰を受けるのは当然だ」
 あくまで落ち着いた調子だが、朝彦は放っておけば切腹し兼ねない勢いだった。
「わかっておる」玄永はあくまで飄々と、「宝剣強盗――日下部朝彦は連盟ではなく葛木の有する監獄へ連行する。だが、そこで罪を償ってもらうつもりはない」
「なんだと?」
「罪の償い方はお前さん自身が決めるんじゃ。釈放後は世界を旅して人々を救って回るのもいいし、日下部家の新しい宗主になるのもいいじゃろう。ただ、これだけは覚えとけ。お前さんが死ぬとなれば、夕亜ちゃんは連盟に殴り込んででも止めるはずじゃ。今回のお前さんのようにな」
 威厳溢れる玄永に射竦められ、朝彦は沈黙した。
「事件の処理は儂らに任せておけ。先程の嘘が通用せんとしても、葛木の力ならなんとでもなるわい。ああ、そうじゃ。〈天叢雲剣〉を壊してくれた件だけは弁償してもらおうかの。収容中は葛木の依頼を無条件で引き受けてもらう、というのはどうじゃ?」
 黙し続ける朝彦はなにを考えているのだろう。精神感応なんて使えない紘也が彼の内心を知る術はない。
 それにしても玄永の寛大さには紘也も驚嘆せざるを得なかった。最後の方の『依頼を無条件で引き受ける』とかいうのがちゃっかりしていると思うけれど、本当に年の功を感じさせる言葉の重みと凄みは、紘也の尊敬に値する人物カテゴリーに登録されるには充分だった。
「どうじゃ香雅里、儂かっこいい? かっこいい?」
 撤回してもいいだろうか。
 その後も細かい事後処理があったが、なんだかんだで落着し、紘也たちは帰路につくこととなった。
「秋幡紘也、貴様には大きな借りができた。この借りはいずれ返させてもらう」
 八櫛亭を辞去する直前に、朝彦にそう言われた。あんたに借りを返されるような事態には陥りたくないな、と皮肉気に答える紘也だった。

 そして紘也たちが自宅に帰った頃には既に、街は夜の姿を見せていた。
「なあ、ウロ、ウェルシュ、そろそろ終わりにしないか?」
 紘也は疲れ切った顔で溜息混じりにそう言った。
「いえいえ、紘也くん。この程度じゃあまだまだあたしは満足しませんよ」
「ウェルシュもまだです。もっとしてほしいです」
「俺の手、めちゃくちゃ疲れてんだけど?」
 紘也はリビングのソファーの中央に腰掛け、左右から磁石のように擦りついてくる幻獣たちの頭を延々と撫で続けていた。そう、延々と。八櫛谷を発ったその瞬間から数えて優に六時間強。
 この愛撫がウロとウェルシュの『お願い』だった。どうやらあの時紘也に頭を撫でられたのが相当に心地よかったらしく、キャンピングカーが発進するや『紘也くん紘也くん、『お願い』決まりました! 撫でて! あたしの頭をシュシュシャキララーンって撫でて! もちろんあたしが満足するまで!』と言い出したのだ。そんなウロに対抗するかのようにウェルシュの『お願い』もこれになった。
 そのくらいならお安い御用だと二つ返事で請け負ったことが間違いだった。こいつらまったく満足する気配を見せない。
「紘也く~ん♪」
「……マスター♪」
 そして甘い声を発する彼女たちが時々可愛いと思えてしまうから始末に負えない。さらに柔らかくて弾力のあるなにかに挟撃されているため心音が半端ないほど高ぶっている。とりあえず脳内で十二支を無限ループ詠唱することで紘也はどうにか自制心を保っていた。
「大変そうだなぁ、紘也。まあ、やると言ったからには最後までやることだ」
「ヒロくん、がんばって」
「ところで、なんでお前らはまだ俺ん家にいるんだよ!」
 別のソファーに腰掛けてモンバロのストーリーモードを二人プレイしている孝一と愛沙に紘也は突っ込んだ。
 孝一は〝霊威〟に侵蝕されていた時のことを薄ぼんやりと覚えているらしいが、あまり気にしている様子はない。紘也も愛沙も、殺されかけた香雅里ですら彼にそのことを引きずってほしくないと思っている。だからそれでいいのだ。
 愛沙の傷は打撲程度の軽傷だった。それにしても、二人がヤマタノオロチとの決着の瞬間に気を失っていたことは不幸中の幸いだろう。アレを見なくて済んだのだから。
 思い出しただけで震えそうになる。
 長さだけで言えばヤマタノオロチなど比べ物にならないほど長大な蛇、いやドラゴンだった。その姿は別にいい。ウロボロスという幻獣を知識で知る紘也にとっては想定の範囲内だったからだ。
 問題なのは、ヤマタノオロチを文字通り『喰った』という事実その一点に尽きる。たぶん腹の中は無限空間みたいな異空間にでも繋がっているのだろうが、それでも衝撃だった。
 そんなことしやがった化け物がここにいる。
 紘也は気持ちよさそうに身を委ねてくるペールブロンドの少女を見た。やはり、こうしていると普通の少女としか思えない。
 まあいいか。気にすることはない。紘也に害があるわけでもないし。
 そう考えると気持ちがスッキリとした。撫で続けている両手の疲れはスッキリしないけれど……。
「紘也くん紘也くん」
「あ? なんだ?」
「ムフフ、今度はあたしの全身を舐めるように撫で回してください! 紘也くんにそうしてもらうことで、あたしは……はぁはぁ……んんっ……」
「はっはっは、調子に乗るなこのアホ蛇がっ!」
 ――グサッ!
「お目目がディストラクションッッッ!?」
 カーペットの上をのた打ち回るウロに凍てつく視線を投げてから、紘也は悄然とした調子で言う。
「『お願い』タイムは終了だ。ウェルシュももういいな?」
「はい、マスター。ウェルシュは満足です」
 聞き分けのいい彼女は自ら紘也から体を離してくれた。そこで転げ回っているアホ蛇とは大違いである。これでアホ蛇に対抗意識を持っていなければ問題なかったのだ。
「あっ! 愛沙そこは罠だ! 即死の棘がある!」
「ふぇ? あ、あああああああああああっ!? 死んじゃったよ。はうぅ~」
「いやお前らもいい加減に帰れよ十時越えてんだぞ!」
 ずっと契約幻獣たちを撫でていたため、夕食もろくに取れていない腹ペコの紘也だった。






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