天井裏のウロボロス

夙多史

Section3-4 秋幡辰久

 同時刻。某国上空。
 地上からではとても視認できない遥か高みを、猛スピードで飛翔する影があった。
 風を切り裂き、白雲を爆散させ、その影はただまっすぐ東へと向かって突き進んでいる。
 もしも近くの飛行機などからその影を目撃した者がいれば、翼の生えた人、あるいは竜のように見えたことだろう。
 ――日本……そこに、あの糞野郎が……。
 ギリリ、と奥歯を鳴らす。
 蝙蝠に似た両翼を力強く羽ばたかせる。
 突き進む。突き進む。突き進む。
 ――ボスには悪いけど、私は傷が癒えるまで待ってられない!
 眼帯の下が疼く。抉られてがらんどうとなった右眼が、本来そこにあるべき宝石の在処を告げている。連盟の医療施設で聞いた通り、日本にあるのは間違いない。
「――ぶち殺す!!」
 あいつの面を思い返すだけではらわたが煮え返る。
 ――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!

「うぉおおおぉおおぉぉおぁあああああああああああああああああああああッ!!」

 雷鳴のような咆哮を轟かせ、手負いの幻獣ヴィーヴルは怨念に取り憑かれるまま再戦の地へと翔る。

        ∞

 場所は戻り、鷺嶋神社裏の天然ビーチ。
「敵の正体がわかったってことか?」
 紘也の問い返しに対し、葛木香雅里はタオル地のパーカーを羽織りながらどこか不満そうに顔をムスッとさせた。
「『黎明の兆』っていう、主に西ヨーロッパで活動してる魔術的宗教結社よ」
「魔術的宗教結社?」
 魔術結社と呼べる組織には様々な形態がある。有名どころで例えるならば、無償で病人を癒すことを名誉とした『薔薇十字団』、魔術を取り入れた石工ギルドの『フリーメイソンリー』、そして階級制度と昇格試験システムにより魔法学校の呈を成していた『黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』辺りが列挙されるだろう。
 もっともそれらは百年以上前に存在したとされる伝説であり、紘也に『黎明の兆』という名の心当たりはない。宗教結社らしいから、なにかを信仰している組織なのは間違いないと思われる。
「ただ、正体って言えるほど全貌の知れた組織じゃないらしいわ。規模は連盟がその気になれば軽く潰せる程度だし、これまであまり表立った行動を起こさなかったから調査が入らなかったみたい」
 彼女の不満はそこらしい。確かに組織名しかわからないのであれば情報として微妙だ。しかし――
「これまでってことは、なにかやったんだな?」
「ええ」香雅里は小さく首肯し、「妖魔……幻獣が世界中に無差別召喚されてすぐ、『黎明の兆』はそれらを保護し始めたらしいの。連盟の幻獣狩りに対抗するようにね。もちろん、保護した幻獣をきちんと管理してくれていれば大した問題にはならない」
 香雅里は紘也にも理解しやすいように『妖魔』を『幻獣』と言い換えて説明する。
「けれど、奴らは保護した幻獣を使役し、ヨーロッパ全域で魔術施設の破壊や魔導具の強奪を行ったのよ。一般人にも被害が出て、連盟が派遣した調査員も返り討ち。その後に忽然と姿を消したかと思えば、昨日、日本での活動が確認されたってわけ」
「それがペリュトンの件?」
「そういうこと」
 今までヨーロッパで活動していた組織が突然日本に現れた。連盟に勘づかれて逃げてきた、とは考えられない。連盟を恐れているなら目立った行動はしないはずだ。そもそも野良幻獣の保護だけでも充分に目をつけられてしまう。
 目的は依然としてわからない。
 だが、野良幻獣を保護した途端に大きな動きを見せた理由は想像できる。
「幻獣の無差別召喚はそいつらが強気になれるだけの戦力を提供しちまったってことか」
「そうね」
 香雅里も予想していたらしく神妙に頷いた。父親が引き起こした実験失敗はどれだけ面倒な事件を呼べば気が済むのだ、と紘也はつくづく溜息をつきたくなった。
「あの親父、今度会った時は面倒事の数だけ殴ってやる」
「マスター、その、元マスターにあまり酷いことは……」
 アホ毛をオロオロさせながらウェルシュが父親の弁護をしてきた。
「そうだな、殴る方も痛いし……ならウェルシュ、親父の髪の毛だけを〈拒絶の炎〉で焼いてくれ」
「髪の毛ですか?」
「ほら、髪の毛なら痛くないだろ」
「……えっと、了解です」
 契約成立。しばらくローブのフードを外せない頭にしてくれる。
「秋幡紘也、冗談を言えるほど今回の敵は甘くないわ。返り討ちに遭った調査員の中には秋幡辰久の契約幻獣、それもドラゴン族がいたって話よ」
「えっ?」
 紘也は息を詰まらせた。調査員というから連盟の魔術師だけかと思っていた。ドラゴン族も強さはピンキリだが、それでも一体いれば小・中規模の魔術結社なんてひとたまりもない。それが返り討ち……なるほど、敵が強気になるわけである。
「親父も調査に関わってたのか?」
 そこも少しだけ意外だった。今は野良の幻獣狩りの方に専念していると思っていたが……。
「もしかしてあなた、自分の父親が連盟でどういう役割に就いているのか知らないの?」
「正直、全く知らない」
 香雅里は意外そうに目を見開いて顎に手をやった。そして少しばかりの逡巡後、なにかを決めたように紘也をまっすぐに見詰めてくる。猫のような吊り目と整った美人顔を直視してしまい、ドキリ、と紘也の心臓が大きく脈打った。
「秋幡辰久がどういうつもりで自分の事情を教えていないのか知らないけれど、あなたは知っておいた方がいいわ」
 重い口調で話す彼女からただならぬ真剣さを感じ、紘也は閉口して固唾を呑んだ。
 一泊の間を置き、香雅里の口が開かれる。

「秋幡辰久は、連盟の筆頭懲罰師よ」

 告げられた事実を、紘也はどう受け取っていいのかわからなかった。
「懲罰……師?」
「不正や不当を働く魔術師や魔術組織を直接的に裁く執行者のことよ。連盟の内部外部関係なくね。秋幡辰久はその懲罰師たちを束ねる大魔術師なの」
「……へえ」
 世界魔術師連盟がいわゆる『悪の秘密結社』を潰すことも行っているとは知っていたが、紘也の父親がそのトップだとは聞いていない。妙な実験を繰り返しては失敗し、他はと言えばその辺にいるぐーたら親父となにも変わらない。大魔術師などと讃えられているが、紘也にとっての父親のイメージはその程度だった。
 ただ、それを聞いて驚いたり悲しくなったり、まして父親に幻滅したりはしなかった。
「それってさ、別に俺、知っても知らなくてもよかったんじゃないのか?」
 割とどうでもいい、が紘也の素直な感想だった。あの父親が連盟でどういう役割を担っていようと魔術を捨てた紘也には関係ない。三体の幻獣と契約してしまっているが、それで紘也が魔術師に戻ったわけではないのだ。
 関係ないからこそ、父親も話さなかったのではないか?
 そんな紘也に香雅里は、わかってないわね、と呆れたように嘆息した。
「いい? 秋幡辰久は大魔術師と呼ばれる前から数多くの強大な魔術結社を討ってきてるの。人類を滅ぼす魔術を研究していた滅亡主義団体『朝明けの福音』、魔術師専門の暗殺集団『ラッフェン・メルダー』、世界的な魔術テロ組織『G∴R団』。特にこの三つが有名ね。大魔術師の称号を与えられたのもそうやって功績を積み重ねてきたから。――で、あなたはそんな危ない奴らからの恨みを一緒くたに買ってる秋幡辰久の息子なのよ? 今まで無事に一般人でいられたことが不思議でならないわ」
「それは……」
 紘也はなにも言えなかった。なにも知らなかったからだ。並べられた組織の名は当然として、父親が大魔術師になった経緯も全て初耳である。同年代の他人の方が父親について詳しいことに、紘也は複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「知らなかったのなら、これでもう少し危機意識を持った方がいいわよ」
 紘也を狙う者はなにも幻獣だけじゃないということを香雅里は伝えたかったのだろう。これまで平和過ぎて深く考えなかったことだが、たとえ父親が懲罰師とやらでなくても紘也には充分に狙われる危険性があったのだ。
「……ウェルシュも知りませんでした」
「いやそこは知っとけよ元契約幻獣として」
 などとツッコミを入れる紘也の声に覇気はなかった。今まで無事に一般人でいられたことが不思議でならない。確かにそうだ。残党が出ないほど完璧に殲滅できていたのか、それとも……。

 ――Trrrn! Trrrn! Trrrn!

 その時、ビーチパラソルの下に置いていた荷物の中から携帯電話の着信音が聞こえた。着メロでもなんでもない無機質なベル音を設定しているのは紘也の携帯電話だけである。
 香雅里に断りを入れてから携帯を取り出す。表示されていた文字はなんとなく予想していた通り、『父』だった。
 絶妙なタイミングに戸惑いながら、紘也は通話ボタンを押す。

『後は俺から話そう』

 開口一番の演技がかった渋い声を聞き、紘也は無性に切ってやりたくなった。電源ごと。
「じゃあ、じっくり説明してくれ」
『え? あー、えっとな、サンマの塩焼きには大根おろしがよく合うだろ? これにはちゃんと理由があってだな、焼き魚の焦げにある発癌物質生成作用を大根が抑えてくれるからなんだ』
「そうか、よくわかった。切るぞ」
『ちょ、待った待った! お父様の豆知識のどこが気に入らなかったんだ!』
「用件は『黎明の兆』とかいう組織についてか?」
『さらにスルー!? 今日の紘也少年はいつもより冷たくない?』
 シリアスな気分を一瞬で瓦解させられた紘也は心を無にして対応すると決めたのだ。
「大まかな内容はたった今葛木から聞いたところだ」
『ついに話を強引に進め始めたね!? もうちょっとくらいユーモアに付き合ってくれないとお父様寂し「切るぞ?」待ってごめん切り替えるから五秒ちょうだいお願いっ!?』
 要望通り五秒待つことにすると、電話口から「すーはー」とわざとらしい呼吸音が漏れてきた。大声で驚かされるかもしれないから念のため携帯を耳から離しておく紘也である。
『まあ、葛木さんちから事情を聞いてるなら話は早いわな。紘也少年も知っての通り、厄介な組織が蒼谷市近辺に潜伏してるんよ』
「あんたの契約幻獣もやられたって聞いたぞ?」
『そうなんよ。危うく優秀な部下も失うとこだった。完全に俺の失態さ。各地を襲わせた幻獣は雑魚ばかりだったが、どうも切り札を隠し持ってやがる。しかもいくら探知魔術で探しても尻尾すら掴めないときた。奴らの総帥――リベカ・シャドレーヌは狡猾な女だが、連盟を煙に巻けるほどの術者じゃなかったはずなんだがなぁ』
「おい、まさか敵の大将と知り合いなのか?」
『いやいや、書類上の知り合いさ。組織の存在が確認された時点で幹部以上の魔術師は調査済みってこと』
 やはりこのタヌキ親父は底が知れない。紘也に教える気のない情報をまだいくつも握っていそうだ。
『とにかく気をつけろ、紘也。俺が伝えたかったことはそれだけだ。まあ、下手に首を突っ込まなけりゃお前に害が及ぶことはないと思うがね』
「そうであってほしいな。魔術師や幻獣のドンパチは余所でやってもらいたい。実際に今まで、そうやってくれてたんだろ?」
『んん? なんの話?』
 父親が影で戦ってくれていたからこそ、紘也の平和が守られていた。そう考えてしまえば感謝してもし切れないが、本人が惚けている内は心の中に仕舞っておこうと思う。
『ああ、そうそう、それともう一つあったわ』
「忠告だけじゃなかったのかよ!」
 この人のいい加減さはきっと天然だ、と紘也はさっきまで抱いていた感謝の念が加速度的に薄れていくのを感じた。
『奴らにやられた俺の契約幻獣が失踪した』
「は?」
 なんか今とってもマヌケな台詞が聞こえた気がした。
『ヴィーヴルなんだけど、たぶん奴らを追って日本に行ったと思うんよ。もし見かけたら俺がそっち着くまで保護してくんないかな? 人化した姿はウェルシュが知ってる』
「いや待てふざけんな! あんたの契約幻獣ならしっかり管理しとけよ!」
『てわけでそこにウェルシュいる? ちょっと代わってくんない?』
「聞けよ話!」
『まあまあまあまあ、そんなツンツンしちゃやーよ♪』
 ピキリ。
 額から変な音を鳴らす紘也は危うく携帯を地面に叩きつけるところだった。なんとか怒りを抑えつけて隣のウェルシュに携帯を渡す。
「ウェルシュ、親父が代われって」
「元マスターがですか? 了解です」
 ウェルシュは紘也の携帯を受け取ると、一言二言喋ってから席を外した。紘也には聞かれたくない話なのだろうか?
「それで、秋幡辰久はなんて?」
 腕を組んで訊いてくる香雅里に紘也は溜息を吐きながら会話内容を簡潔に纏める。
「『黎明の兆』に気をつけろってことと、親父の契約幻獣が連盟抜け出してこっちに向かってるらしいから保護してほしいって」
「援軍ってわけじゃないの?」
「よくわからん」
 紘也は父親にも警告された通り、自分から首を突っ込む気はない。連中のやり方は気に入らないが、向こうがこれ以上紘也やその周囲にちょっかいをかけてさえこなければ放っておくつもりだ。
 香雅里がなにかを諦めたように肩を竦めた。
「とりあえずこの件はウロボロスにも話しておくこと。いいわね」
「オゥ? 呼びましたか、かがりん?」
「ひゃっ!?」
 踵を返そうとした香雅里だったが、背後から何者かに抱き着かれて短い悲鳴を上げた。抱き着いたのは言うまでもなくウロだ。しかし紘也の後方に転がって行ったはずなのにどういう理屈で前から出現したのか? ここは半島のはずだが……。
「う、ウロボロス!? あなたなんで私の後ろから出てくるのよ!?」
「にゅふふ、そんなのかがりんが恥らって羽織ったパーカーを剥ぎ取ってエロいことするために決まってるじゃあないですか! 世界の常識です!」
「そんな常識あってたまるかぁあっ!?」
 と香雅里が叫んでいる間にウロは神業的速度でパーカーを奪い取った。
「ちょっと!? 返しなさい!?」
「よいではないかよいではないか!」
 エロ親父の顔で両手の指をわきわきさせるウロ。赤面に涙目の香雅里は身の危険を感じたのか、自分自身を抱き締めるようにして三歩後じさった。
「おいウロ、いい加減に――ッ!?」
 そろそろ目のやり場的に目潰しサミングが必要かと思ったその時、紘也は気づいた。
 ウロの上の水着が変わっていることに。
「ウロ、お前、その水着……」
「おっと、紘也くんやっぱり気づきました?」
 蛇柄のマイクロビキニはサンオイル、もとい蜂蜜をさっきまで塗っていた場所に落ちている。代わりに今のウロが身につけているものは、ぬめりのある褐色をした表面に八本の触腕がうねる奇天烈な水着だった。
 ていうか、タコだった。
 どこからどう見ても二匹の海洋棲軟体動物がウロの胸にくっついているだけである。
「紘也くん紘也くん、どうですかこのタコ型の水着は? さっき向こうの磯に落ちてたんですよ」
「型の、じゃなくて本物のタコだろうが早く着替えろよ!?」
「ムフフフ、こうしてるとなんかエロく見えませんか? 見えるでしょ? 見えますよね? さあ紘也くん我慢してないで欲望を解放してください! そんでその気になった紘也くんがこのタコを使ってあたしにあんなことやこんなことをはぁ、はぁ、んん、じゅるり……」
「誰がするかアホか!?」
 右手Vの字を解き放つ紘也だったが、恍惚とした表情でヨダレを垂れ流しにするウロは紙一重のところでサッとかわした。
「こいつ、避けやがった……」
「はん! いつまでもグサグサやられてるウロボロスさんじゃあありませんよ! しかし紘也くんもなかなか強情ですね。ならば作戦変更です。これだけはやりたくなかったのですが、仕方ありません。このウロボロス流錬金術で生成した秘薬を使いましょう!」
 ウロはいつもの無限空間から怪しげな薬瓶を掴み抜いた。エリクサーとは違った円錐状の小瓶であり、胡散臭すぎるドクロマークがラベルとして貼られている。
「な、なんだよそれ?」
「説明しましょう! この秘薬を生物が浴びると、無駄に巨大化して生命活動の全てを猥褻行為に注ぐようになります!」
「捨ててしまえ!」
「お断りします! あたしが蜂蜜塗られて蟻の群れに放り投げられたことを根に持ってないと思ったら大間違いですよ!」
 どうもそれが今のウロを暴走させている根源のようだ。復讐方法がさっぱり理解できない。三歩歩けば忘れる奴だと思っていた。
「さて紘也くん、この秘薬をこのタコにブシャシャブジャー! ってぶっかけるとどうなるか……わかりますね?」
「させるか!」
 再びVの字を走らせる。
「だからその目潰しはもう見切ったって言ったで――」

 ぱしっ!

 紘也の右手はウロの瞳ではなく、彼女が握っていた小瓶を弾いた。
「フェイント!?」
「見切られたとわかったなら別の手を考えるのは当然……あっ」
 ウロの手からは離れた小瓶を目で追っていた紘也は唖然とした。

 小瓶は運よくそこにあった小岩に衝突して砕け散り――
 ――運悪くそこにいたヤドカリが秘薬を思いっきり浴びてしまったのだ。

 奇妙な白光に包まれてむくむくと巨大化が始まるヤドカリ。三メートルは優に超えた。
「……」
「……」
 紘也たちはただ呆然とそれを見守ることしかできなかった。
「秋幡紘也! ウロボロス! どうするのよそれ!?」
 一部始終を傍観していた香雅里だけが慌てたように葛木家の宝刀〈天之秘剣・冰迦理〉を取り出して戦闘態勢に入る。
「だ、大丈夫ですよかがりん。効果は三十分ほどで切れます」
「それだけあったら神社の人たちに被害が出るかもしれないでしょ! ここで始末を――ッ!?」
 巨大ヤドカリの円らな瞳が香雅里を捉えた。次の瞬間、ブオッ! と殺人兵器レベルのハサミが彼女に向けて振り上げられる。
 香雅里はバックステップで回避したが――はらり。
 買ったばかりの水着のトップだけが器用に切断されていた。繋ぐもののなくなった水着は重力に従ってヒラヒラと落下する。
「――ッッッ!?」
「オゥ! かがりんナイスぽろりおぐふっ!?」
 グッ、とサムズアップするウロにはとりあえず紘也からチョップを下しておいた。無論、全力で。
「葛木! これを!」
 そしてウロが持っていた香雅里のパーカーを投げ渡そうとする紘也だったが、
「あ、あああ秋幡紘也!? こ、こっち見るなぁああああああああああああああっ!?」
 発火しそうなほど顔を真っ赤に染めた香雅里は勢いのまま巨大ヤドカリを真っ二つに斬断し、片腕で胸を隠しながら全速力で何処へと駆け去ってしまった。
 その後姿を眺めつつ、紘也は呟く。
「……葛木にとって今日は、厄日だな」


「うおっ!? なんだよこれ!? またオレの知らないところで面白いことが起こってたのかよチクショー!?」
 その後、ダイビングから戻ってきた孝一が巨大ヤドカリの残骸を見てとても悔しそうに喚いていたとか。

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