天井裏のウロボロス

夙多史

Section3-8 純潔の白き一角獣

「紘也くん紘也くん、もう少しソフトに起こしてくれたら嬉しかったウロボロスさんがここにいるんですが?」
「……まだ体がじんじんします」
 半島の上空に二対の竜翼が羽ばたいていた。片方は巨大な鱗を重ね合わせたような無骨で金色の翼、もう片方は蝙蝠に似た赤い翼。ウロボロスとウェルシュ・ドラゴンである。
「ソフトにやっても起きなかったんだよわかれ!」
 ウロボロスの背中にサーフィンでもするように立っている紘也は苛立ちを込めて返した。空はすっかり暗くなっており、月光に照らされる半島の景色は祭の準備が中断されているせいか薄暗い。鷺嶋神社へと続く道に街灯らしい街灯は少ないのだ。
「どうせ紘也くんが言うソフトってのは、ほっぺたペシペシする程度でしょ? そんなことで起きるウロボロスさんじゃあありませんよ!」
「威張るな! だから魔力干渉したんだろうが」
「そこは思い切ってぶちゅっとキスしてくだされば一発で目覚めますよ! キスですよキス! 王子様のキス! マウストゥマウスです! なんでその発想に至らないんですか!」
「至ってたまるか! 冗談抜きでやばい状況だったんだぞ! 俺は確実性を取る!」
 それにキスで簡単に目覚める程度の眠りなら紘也も苦労はしない。目覚めるとしても、やらないが。
「……マスター、愛沙様が攫われたというのは本当ですか?」
 ウェルシュが本題を切り出してきた。ウロとだけ会話していたら永遠にそこへ辿り着けなかった気がする。
「ああ、『黎明の兆』はなぜか愛沙を狙ってたんだ。山田なんて蚊帳の外もいいとこだった」
 その山田も一応叩き起こし、孝一の安否を確認するように脅し……もとい命じた。あの青年の言葉を信じるなら孝一はまだ生きているはずだ。
 愛沙を悲しませたくないから紘也たちは殺さない。その言葉を信じるなら。
 信じられる根拠はないが、あの時の青年の目は本気だったように思う。敵なのに、どういうつもりなのか紘也には全く理解できない。愛沙を攫った理由も含めて。
「なんだろうと愛沙ちゃんに手ぇ出したからには、そいつらにはギッタンギッタンのベッタンベッタンのぐっちょぐちょになることを繰り返す無間地獄を見せてあげますよ。他に理由はいりません」
「……ウェルシュも跡形もなく〝拒絶〟します」
 本気になる紘也の契約幻獣たち。普段の行いはアレでもこういう時には本当に頼りになる。
「……見つけました。愛沙様と幻獣の臭いです」
 ウェルシュが鼻をすんすんさせて敵の気配を感知する。紘也たちの前方、蒼谷市街へと続く半島の道路を白い影が猛スピードで駆け抜けていた。そいつの肩には気絶していると思われる愛沙が米俵のように担がれている。
「オラてめぇ愛沙ちゃんを返しやがれぶっ殺しますよ!!」
 勇ましく叫んでウロは急加速する。ドラゴン族の魔力による飛翔は青年の足よりも圧倒的に速かった。
「進路を塞ぎます」
 そう言ってウェルシュが空中に魔法陣を出現させ、真紅の火炎を青年の前方へと放射した。地面に届いた〈拒絶の炎〉はその場で壁を作るように高く燃え上がり、青年の足を止めることに成功する。
「あっちゃー、もう追いつかれちまったか」
 立ち止まった青年が振り返る。その顔には冷や汗が滲んでいた。
「流石に、俺様じゃドラゴン族にゃ勝てんのだけど……どうすっかねコレ」
 なにかをぶつぶつと呟く青年。逃げ切る方法でも考えているのだろうが、ウロボロスとウェルシュ・ドラゴン、二体のドラゴン族に追われてはそう簡単に逃げることなどできはしない。
「どこのどいつか知りませんが、覚悟はいいですか? ダメでもぬっ殺しますが」
「あの男を〝拒絶〟します」
 竜翼を羽ばたかせ、ウロとウェルシュは一気に青年の下へと飛翔し――

「貴様ら、誰の許可を得て王たる俺の前を飛ぶ?」

 やたらと尊厳な男の声が聞こえた刹那――ズン。重力が何十倍にもなったかのような『力』が紘也たちに圧しかかってきた。
「のあッ!?」
「――うッ!?」
 ウロとウェルシュは飛行し続けることもままならず地上へと叩き落とされてしまった。どうにか地面と衝突する寸前にウェルシュが〈守護の炎〉を発動させたが、一歩遅かったら少なくとも紘也は死ねていた。
「だ、誰ですか!?」
 ウロが夜空に向かって咆える。
「王に名を問うとは無礼な爬虫類どもだ」
 満月を背にして降下してきたのは、青白い髪を逆立てた二十歳前半と思しき青年だった。背中に猛禽類に近い巨翼を生やし、獲物を狙うハンターのような鋭い目で紘也たちを捉えている。
「――ッ!?」
 青髪の青年の姿を視界に入れた途端、紘也にかかる重力が増した。それは物理的な力のようだが、錯覚だ。自分では足下にも及ばない遥か高みにいる存在を前にしたような、屈服しなければいけないという本能から来る精神的な重さ。
 格が違う。
 そう相手に訴えかける、絶対的で圧倒的な存在感。
 指先一つでも動かそうものなら、その僅かな空気の流れだけで紘也は吹き飛ばされてしまいそうだった。
 一発で紘也は理解する。
 こいつは、あっちの騎士服の青年よりも遥かにやばい。不意打ちとはいえ、ドラゴン族を二体も打ち落とした時点で只者ではないだろう。そのドラゴン族であるウロとウェルシュも、重圧に押し潰されて地面にへばりついていた。
 恐らく、この青髪の青年こそが『黎明の兆』の切り札だ。
「旦那ぁ~!」
 と、騎士服の青年が大仰に愛沙を抱えていない方の腕を広げる。やはり仲間だったようだ。
「まったくいいタイミングで現れるじゃないの! 俺様惚れちまうよ? ――あ、いやごめん、やっぱ生理的に無理」
 なにを想像したのか「おえっ」と気持ち悪そうに舌を出す騎士服の青年。青髪の青年はそんな彼をゴキブリでも見るような目で睨み、言う。
「貴様はさっさとその娘を連れて行け。この場は今を持って王の遊技場へと変わる」
「へいへい、俺様もとばっちりなんて受けたくねえしな」
 騎士服の青年は面倒そうに踵を返す。だがその前方にはウェルシュの〈拒絶の炎〉でできた壁が轟々と燃え上がっていた。
 が――
「『人化』解いて、さくっと運ぶわ」
 騎士服の青年の体が純白の輝きに包まれる。
 その輝きは人型から次第に姿を変え――

 銀の鬣を靡かせる、一角の白馬へと収束した。

「あれは……ユニコーン!?」
 騎士服の青年が見せた幻獣として本来あるべき姿に紘也は目を見開いた。
 幻獣ユニコーン。
 馬に近い体つきをした白い獣の姿で描かれる幻獣だ。通常の馬と異なる部分として山羊の髭や二つに割れた蹄などがあるが、最も特徴的なのは額から生えている長く鋭い一本の角だろう。その角はユニコーン最大の武器であると同時に、毒を浄化する効果があるとされ、薬の材料として高値で取引されていた時代もあったという。
 優美な姿とは裏腹に、その性格は極めて獰猛で国土を荒らす害獣とされるユニコーン。そんなユニコーンが純潔の乙女の胸に抱かれることで大人しくなる話は有名だろう。
「世界の幻獣TCGだと魔術や能力の対象にならない上に、召喚者のライフも回復させる割と面倒臭い奴ですね」
「カードに例えてる暇があったら逃げられる前に愛沙を助けろよ!」
 思わずそう声を荒げてしまった紘也だが、自分たちが地面に縫いつけられた状態だったことを思い出す。
「そんなことはわかってますよ、紘也くん。やろうと思えば動けないこともありません。でも――」
 ウロは珍しく引き攣った笑みを浮かべ、紘也たちとユニコーンの間に立ち塞がる青髪の青年を睨む。
「素直に助けに行きたくても、あいつが許してくれそうにないんですよ」
 腕を組んでただそこに立たれているだけで、ウロはあの青年の横を抜けれないと判断したのだろう。それはウェルシュも同じのようで、無表情ながらも悔しそうに唇を引き結んでいる。
 青年は紘也たちを虫ケラのように見下している。彼から感じる精神的重圧は一切緩むことがない。
 動きたくても動けない。そんな状況。
 ――ふ、ふざけんなよ!
 紘也は全身に力を入れる。魔力も活性化させ、心を縛る重圧を跳ね除けようと努める。
 だが、紘也の努力は無駄に終わる。
「ほんじゃ旦那、俺様は先に帰っとくぜ」
 本来の姿に戻ったユニコーンが変わらぬ調子でそう告げると――ダン! 後ろ脚で地面を強く蹴り、高く燃え聳える炎の壁を、愛沙を背中に乗せたまま一跳びで跨ぎ越えた。なんて脚力だ。
「ウェルシュ! 個種結界だ! 〝拒絶〟の特性であいつを逃がすな!」
「……了解です、マスター」
「無駄だ」
 即座に個種結界を張るウェルシュだったが、青髪の青年はそれを邪魔することなく一言で切り捨てた。
「勿体ないことに、あの駄馬の特性は〝清浄〟だ。この世に発生するあらゆる『異常』を浄化する。無論、個種結界とて例外ではないぞ。なにせ、王たるこの俺の特性も効かぬからな」
 雄弁にも味方の特性を暴露する青年。と、驚愕したウェルシュは目を僅かに見開いた。
「そんな……ウェルシュの〝拒絶〟が、突き破られました」
「なっ」
 ウェルシュの〝拒絶〟が破られたということは、ユニコーンは既に結界の外に出てしまっている。『人化』状態とは速さが段違いだ。今からではたとえ目の前の青年を蹴散らしても追いつけないだろう。
「つまり、話は単純になったわけですよ」
 地面を思いっ切り踏み鳴らしてウロが立ち上がる。ポキポキと指も鳴らし、好戦的に口の端を吊り上げて告げる。
「そいつをぶっ飛ばして敵のアジトを吐かせればいいんです。なんの特性を使ってんのか知りませんが、こんな重みでウロボロスさんを封じられると思ったら大間違いですよ!」
「そういうことでしたら、ウェルシュも加勢します」
 続いてウェルシュも体を起こし、二本の足でしっかりと大地を踏み締める。
「まずはこの重圧を〝拒絶〟します」
 轟ッ!! と。
 ウェルシュを中心に真紅の炎が爆発した。四方八方に広がるそれは紘也やウロも巻き込んだが、まったく熱を感じない。それどころか今まで紘也を縛りつけていた重圧が嘘のように消え去った。
 ウェルシュの放った〈拒絶の炎〉は、青髪の青年の特性だけを燃やし尽くしたのだ。
「ほう」
 感心したように青年が呟く。
「やはり我が〝王威〟の特性だけではドラゴン族は屈服せぬか。だが、それでいい。平伏す愚者を甚振ってもなんの面白味もない。狩りは、獲物が動かなければな」
「はん! さっきから王だのなんだの、何様のつもりですかあんたは!」
 王様だと思う。
「馬鹿なんですか? 自分に酔ってんですか? 気持ち悪いんですよナルシスト野郎が! 頭沸かしてんじゃねーですよ!」
 あからさまに挑発するウロ。相手を沸点到達させて冷静な判断をさせなくする作戦――とまでは考えてないだろう。その場その場でただ思ったことをぶちまけているだけだ。
「言いたいことはそれだけか?」
 青年はあくまで冷静に言葉を返す。他人の言など取るに足らないくだらないものだとでもいうように。
「王への侮辱は極刑に値する。が、どの道貴様らは極刑だ。せいぜい今のうちに吠えておけ」
 瞬間、青年の魔力が爆発的に高まった。まるで局地的に竜巻でも発生したかのごとく周囲の木々が薙ぎ倒されていく。
「すぐに泣くこともできぬ体にしてやろう」
 ドラゴン族の幻獣を二体も相手にするというのに、青年に怯む様子は微塵もない。寧ろドラゴンを二体も狩ることができる、そんな嬉々とした表情をしていた。
「紘也くんはなるべく下がっていてください。危険です」
「……マスター、ウェルシュのお守りはしっかり持っていてください」
 ウロとウェルシュの態度から余裕が消える。魔力自体はドラゴン族に比べれば大したことはないが、彼女たちが深刻に警戒するほどあの青年から感じる『力』は凄まじかった。
「あいつは、なんなんだ?」
 下がる前に、それだけは訊いておきたい。
「あの翼を見てビビビビョーンと来ました。俄かには信じられませんが、恐らく間違ってないと思います」
 猛禽類の、それも鷲に似た翼。
 自らを『王』と称する尊大さ。
 ドラゴンにも臆さない果敢さ。
「あいつは――」
 ウロの口から青年の正体が告げられる。

「グリフォンです」

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