天井裏のウロボロス

夙多史

Section4-8 〝連続〟の特性

 石造りの際議場では儀式の要となる術式に用いる魔法陣が完成に近づいていた。
「どうやら葛木の連中が乗り込んできたみたいだな。どうするよ、リベカ?」
 たった今愛沙を連れて際議場に到着したユニコーンが開口一番に軽い調子で尋ねた。愛沙は西洋の遺跡にありそうな際議場を見て感動半分、不安半分の複雑な表情をしている。
 リベカはユニコーンと愛沙の到着に作業を止めて振り返ったが、先に対応したのは彼女の側近である神父だった。
「ユニコーン、貴様、勝手に転生体を連れ出すとは何事だ!」
「おいおい、馬鹿言うなよ金魚の糞。あんな脆い場所に留まってたら愛沙ちゃん死んでるぜ? 咎めるならあんな場所に監禁部屋を作った奴だろうよ」
「ぐぅ……」
 先の衝撃で監禁部屋が崩壊したことは報告されていたのだろう、神父はぐうの音だけ漏らしてそれ以上反論できなかった。
「彼女の警護、ご苦労様ですわ、ユニコーン。それより丁度よいところに来ました。術式はもう直に完成いたしますわ」
 リベカは自分の契約幻獣を労いながら手振りで神父を下がらせる。しぶしぶ後退する神父に面倒臭そうな視線をやってから、ユニコーンは先程の質問を訊き直す。
「んで? 葛木家はどうすんのかって俺様は訊いたんだが?」
「侵入者の対処は既に行っていますわ。あまり人員を割いていないのでここまで辿り着くことは時間の問題でしょうが……まあ、許容範囲ですわね」
「『主』ってのが復活すりゃあ、葛木家なんて目じゃないと?」
「それもありますが、『主』の復活こそが『黎明の兆』としての・・・・最終目的ですの。葛木家がどんなに早く辿り着いても、その目的は既に達成する段階まで進んでいますわ」
「へえ」
 復活は目的の過程ではない。『その先』をこの組織は目的としていない。凛然とそう述べたリベカに、ユニコーンは興味深げに目を細めた。
「では、彼女をこちらに」
 ビクリと愛沙が肩を震わせる。ついつい庇ってやりたくなったユニコーンだが、今はリベカの命令に従うだけである。愛沙は『主』の転生体。リベカたちが乱暴に扱うことはないだろう。
 リベカは引き渡された愛沙の額に、トン、と軽く人差し指を押しつけた。その指に魔力の光が僅かに籠る。
「あっ……」
 途端、愛沙の体が弛緩した。崩れ落ちる彼女をリベカは壊れ物を扱うように優しく抱き止める。
「おい、なにをした?」
「言ったはずですわ。その時が来れば再び眠っていただく、と。意味は言葉通りですわ」
 リベカの腕で瞼を閉じる愛沙は安さかな表情で規則正しい呼吸をしていた。確かに気絶させられたわけではなく、普通に眠っているように見える。
 と――
「リベカ様、魔法陣の描画が完成しました」
「際議場を囲む石柱にも全て指示された通りの術式を刻み終えました」
「リベカ様、神木を運んできましたが、どこへ設置すればよろしいでしょう?」
 駆け寄ってきたシスターたちがそれぞれの作業の報告を行う。
「そうですか。では彼女を陣の中央へ寝かせてください。それと神木は祭壇の上へ」
「「「はい」」」
 指示を受けたシスターたちが慎重に愛沙を魔法陣の中央に運んでいく。同時に電信柱のような長い丸太が際議場の最も高い場所――祭壇に固定される。
 あれが神木だ。一見普通の丸太に見えるが、北欧にある魔術師連盟の施設に保管されていたものをユニコーンが盗み出したのだから間違いない。
 広々とした際議場の床に描かれた巨大魔法陣。
 それを取り囲む石柱にも仕掛けられた恐らくは補助的な術式。
 陣の中心には『主』の転生体である鷺嶋愛沙。
 そして、離れた場所に避雷針のように設置された神木。
「なあリベカさんよ、そろそろ俺様にも教えてくんねえかな? これらを使って、どうやって『主』ってのを蘇らせるんだ?」
「あなたが心配するようなことにはなりませんわ」
 ユニコーンの性格をリベカはよく理解している。純潔の乙女を傷つけようものなら、ユニコーンはその瞬間に敵となるのだ。
「鷺嶋愛沙の体にも心にも傷は残りません」
 それを踏まえた上で、リベカは淡々と告げる。

「ただ、『力』を失うだけですわ」

        ∞

 アトランティス沿岸の一部が盛大な爆音と共に崩壊した。
 降り注ぐ岩塊を風の力で全て吹き飛ばし、猛禽類の翼をゆったりと羽ばたかせて天地の王は飛翔する。
「よもや異空間にこそこそ隠れていたとはな。不死身なだけの爬虫類がこの俺に攻撃をあてたこと、誉めてやろう」
 グリフォンの体は土埃に汚れてこそいるものの、傷らしい傷は見当たらない。
「避けるだけしか能がないと思ってましたが、意外と頑丈じゃあないですか」
 もう少しダメージを期待していたウロボロスだったが、空間制御と並列して当てた攻撃だからこんなものかと割り切ることにした。
 異空間移動をウロボロスが嫌っている理由は、制御が難しく他のことにあまり集中力を割けないからだ。下手なことをすれば自分が無限空間に〝永遠〟に閉じ込められるなどというマヌケ話ができ上がってしまう。
 無限空間内に長居すれば、いかに不死身のウロボロスと言えど消滅は免れない。
 だったら長居しなければいい。
 移動だけを考えればいい。
 それだけで充分に――
「奇襲になりますからね!」
 異空間移動は瞬間移動とは違えど、結果を見れはほぼ同一だ。ウロボロスの〝連続〟の特性は座標と座標を異空間経由で連結する。
 つまり、一歩踏み出せばそこはグリフォンの背中になる。
「だらっしゃあああああああっ!!」
「チッ!」
 背後から振り下ろされる大剣を、グリフォンは驚異的な反射速度で白刃取った。そのまま横へ逸らそうとするが、ウロボロスは急激に剣身を伸ばしてグリフォンの体勢を崩す。
 伸びた剣身は曲がりくねって再びグリフォンを串刺しにせんと迫る。
「今さらそのような芸で」
 いくら伸びて曲がってフェイントをかけようが、怯むことのないグリフォンには通用しない。軌道を完全に見切られてかわされるのがオチだ。
 だが――
「なに?」
 剣の切っ先が空中で突然消えた。
「そういうことか」
 瞬時に看破したらしいグリフォンが身をかわす。次の瞬間、まったく明後日の方向から出現した刃がグリフォンの翼を掠めた。数枚の羽根がヒラヒラと舞い落ちる様子に、グリフォンは鷹の目でウロボロスを睨む。
「フン、どこまでも多芸な爬虫類だ」
「元々はウロボロス流の収納術ですからね。自分が入って移動なんて普通はしないんですよ!」
 最後の『よ』と同時にウロボロスは後方に魔力弾を放つ。それも突然消えたかと思うと、唐突にグリフォンの背後から出現した。しかしグリフォンも同じ手となれば、先程よりもあっさりした動きで魔力弾を弾き飛ばしてしまう。
「もうついてこられるとか、あんたも大概ですね……」
 この使い方の方が自分で移動しない分、座標もはっきり目視できて負担は軽い。それでも自分自身が異空間に消えるわけではないため、グリフォンにはウロボロスの挙動から方向とタイミングを予想されてしまう。フェイントが効かないことは既にわかっている。
 こういう風に戦うために一度〝貪欲〟の特性で魔力ドーピングを行っているウロボロスにとって、長期戦はあまり望ましくない。長引けばさらに魔力ドーピングの回数が増えていくと予想されるからだ。グリフォンの魔力が尽きる方が先だと思うが、〝貪欲〟は使えば使うほどウロボロスを消滅に近づける。
 最初で仕留められなかったのが痛い。
 せめて次で決めたい。
 そう思ってウロボロスが自分の手首に噛みつこうとした時、グリフォンの真横から六本の紅蓮が襲いかかった。
 特定の対象を触れただけで焼滅させる〈拒絶の炎〉。
「……ウロボロス、ウェルシュも手伝います」
 ウロボロスは別段望んでいないが、ウェルシュ・ドラゴンの援軍だった。真紅の竜翼を背に生やした赤髪の少女は、グリフォンにもう何発かの火炎流を撃ち込みながらウロボロスに接近する。
「必要ないですよ。あんたは帰って紘也くんを守ってください」
「ですが」
「と、言いたいところですが、遠距離が得意なあんたの力は使えそうですねフフフ」
 ウロボロスは悪魔のような笑みを浮かべ、上空で火炎流を全て回避したグリフォンを見上げた。

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