天井裏のウロボロス

夙多史

Section5-5 主の復活

 不思議な感覚だった。
 よくないもののはずなのに、魔法陣から出力される力を紘也は『優しい』もしくは『温かい』と感じていた。あれが転生術――生命の誕生を意味する術式だからだろうか。逆に気持ちが悪いほど善良だった。
 あんなに激しかった緑色の輝きはリベカがなにかを唱えた途端に安定し、オーロラ状になって中心部――愛沙に収束されていく。
 紘也には見ていることしかできない。
 本当に?
「いや、まだ間に合う! 足掻けるだけ足掻いてやる!」
 妨害されたくらいで、これまで鍛え上げてきた魔力制御ができなくなるなどありえない。それは魔術を使えない紘也個人の唯一の武器なんだ。使えないのではない。使い難くされているだけだ。
 ――集中。
 ――集中。
 ――集中。
「うっ」
 例の眩暈で思考が鈍る。だがここで制御を手放してはいけない。
 魔力制御妨害も魔術だ。向こうで香雅里とユニコーンが戦っているし、リベカもほかの術式を使っていた。となれば、妨害魔術は範囲ではなく個人。紘也にかけられただけの術式ならば、内側から異物を見つけ出し、その魔力供給ラインを手繰り、己の魔力を逆流させて根源を破壊する。
 魔力干渉の応用技術――〈呪返し〉。
 できるはずだ。〈結界破り〉より高度だが、妨害魔術のせいでやり難いが、できなければそこで終わりだ。
 ――終わらせない!
 足手纏いになるために紘也はここまで来たわけじゃない。愛沙を、親友を救うためにいるのだ。
 もう一人の親友とも約束した。必ず助ける。
 こんなところで無力にも捕まっているわけには、いかない。

 ――消えろ!

 リベカのいる方向から小さな破裂音が聞こえた。途端、紘也は水中から陸に上がったように全身に纏わりついていたなにかが払われる感覚を得た。
 魔力の制御に自由が戻る。成功だ。
 コンマ五秒後、紘也を縛っていた光の十字架が跡形もなく砕け散った。そちらも魔力干渉で魔術の構成を乱して打ち消したのだ。
 束縛から解放されて地面に足がつく。山田にも同じことをやっている暇はない。紘也は一刻も早く愛沙を助けるため前へ足を動かす。
 と、異変に気づいたリベカと目が合った。
「秋幡辰久の……息子……っ!?」
 物凄い形相で睨まれた。まさか妨害魔術まで使って破られるとは思わなかったのだろう。用意周到過ぎたために生じた油断だ。
「じゅ、十字は死を滅ぼす聖徳なる矛!」
 光の十字剣が我武者羅に飛んでくる。だが紘也は止まらない。さっきは反射的に動いてしまったが、よく考えればこういうあからさまな『攻撃』は避ける必要すらなかったのだ。
 紘也は走りながら握った真紅のアミュレットを突き翳す。出現した赤い炎が紘也を守護する強固な盾となり、光の十字剣を一ミリも通さず弾き返した。
 この程度の魔術でウェルシュ・ドラゴンの〈守護の炎〉は貫けない。
 紘也はついに魔法陣の内部に足を踏み入れる。
「愛沙ぁあっ!!」
 叫ぶ。踏み込む。手を伸ばす。
 だが――
「ぐあっ!?」
 今まで優しかった緑色の輝きが力場となって紘也を弾いた。魔法陣の外まで吹き飛ばされた紘也はすぐに起き上がるが、そこで見たものは紘也から再び走り出す意思を奪ってしまった。

 緑色の輝きが全て愛沙に収束し、その体をゆっくりと宙へ浮かせていたのだ。

 オーロラ状の輝きと相まって神秘的な光景に誰もが声を出せない中、ある程度の高さで停止した愛沙がすっくと上半身を起こした。意識を取り戻したのかと思ったが、違う。なにかが取り憑いたように眠ったままの愛沙の体が勝手に動いている。
 愛沙は瞼を閉ざしたまま、カクンと顔を上空へ向ける。
 すると、彼女の額に幾何学的な紋様が浮かび上がった。直後、その紋様から一条の透明な光が天へと昇った。
 透明な光は雲を貫いて空に消え――約一秒後、再び雲を霧散させて落雷のごとく降り注ぐ。

 祭壇の上に立てられた、電信柱のような長大な丸太に。

 まるで避雷針だ。
 今まで全く気にしていなかったが、あんなところに丸太を設置しているのはどう見ても不自然だ。今の現象を見た感じだと、あの丸太は恐らく魔法陣と同等以上に重要な魔術的ファクターだったようだ。
「なんなんだ、あの丸太は」
「たぶん、神木よ」
 いつの間にか香雅里が紘也の隣に並び、同じように丸太を見上げていた。振り向けば背後に氷の山、いや城が建造されており、ユニコーンとの戦闘に決着がついたのだと思われる。どちらが勝ったのかは訊くまでもない。隣に勝者がいるのだから。
「神木ってことは……」
 神木とは、神道において神籬ひもろぎとしての木、または森全体を表す御神体のことだ。同時に〝依り代〟〝神域〟〝結界〟の意味も含有する。一般的には神社・神宮・教会などの聖域に存在する神聖視された樹木を指す。
 輪廻転生。
『主』の復活。
 ここで神木を用いたとなれば、使われる魔術的記号は〝依り代〟だ。
「見て! 秋幡紘也!」
 香雅里が神木を指差す。愛沙から放たれた透明な光を直撃した丸太は、まるでロウソクが溶けていくようにみるみる縮み、一メートル半ほどになったところで形状を変異させる。
 人の形に。
 まず二本の脚が生え、続いて二本の手が生えた。そして一つの頭ができあがり、体の端から端まで精密に『人間』として調整されていく。茶色だった部分が肌色に変わり、フサッとした銀の髪の毛が頭から肩甲骨にまで流れる。
 人としての肉体が完成して終わりではない。神木の残滓はその体を覆う衣服も形成していく。スカート部分がチューリップ状になった白いワンピース型の神官服に、腰に巻いた緑色の大きなリボン、極めつけは頭に被された冠に似た帽子だ。
 それらの事柄がほとんど一瞬の内に行われた。
 透明の煌めきが周囲を漂う中、神木だった物は一人の人間となってそこに立った。
 唖然とする紘也は、あまりにも予想外な姿に無意識な声を漏らす。

「お……んなの子……?」

 そこに出現した存在は、どこからどう見ても十四、五歳程度の少女だった。

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