自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百三十二話 「サレンダー。そこのエルフには、そう呼ばれていた」


「ていうかさぁ! お前、放置した作品なんだろ? 黒歴史なんだろ? ……やめたんだろ? 執筆」

 追いかけっこはまだ続く。
 ヴェルシェの奴、殴られてもフラつかないし、疲れてるそぶりも見せない。

「ああ、やめたよ」

「なんたって、今更、こんなにお熱になってんだよ?
 そのままにしてりゃあ、時間を無駄にしないで済んだのに。才能無いの判ってたんだからさ」

「仕方ないだろ……確かに、この世界に召喚された時は、なんで今更って思ったよ。俺に何を望んでるんだって」

 さっさと元の世界へ帰りたいとすら思った。

「思い通りにならない事だって、沢山あった。悔しくて、悲しくて、苦しくて……どうすりゃ良かったんだって、運命を恨んだ事も!」

 ムーサ村は村人達の手で壊されてたし、魔女の墓場は二百倍の数に増えてたし。
 レイレオスには勝てないし、エマとニールは殺されるし、本来は出るべきじゃなかった犠牲が山ほど出た。

「だが、それ以上に、嬉しい事だって、いっぱいあった!」

 仲間達の新しい一面。
 強敵を一緒に頑張って倒して、難所をくぐり抜けた喜び。
 まだ捨てたもんじゃないって、素直に思えた。

「くっせぇー! 鼻が曲が――痛ッ!」

 そりゃ痛いだろう。
 罠の影響で転がっていた石を、思い切りぶつけてやった。
 中学校時代はノーコン王子と呼ばれたこの俺の、渾身のデッドボールだ。

「何だかんだ言って、俺は、この世界が好きだ。この世界を愛してくれる、みんなが好きなんだ」

 あと十歩。
 それだけあれば、ヴェルシェには追い付ける。
 反対側からメイがヴェルシェの背中に蹴りを入れる。

「その人達に俺が何をしてやれるかは判らないよ……だが、これだけは言える!」

 ヴェルシェの胸倉を、がっちりと掴む事に成功した。

「それを何もかも、テメーの物差し一つで否定する奴を、俺は! 絶対に!! 許さないッ!!」

 俺は、とにかく殴った。
 例えるなら“君が泣くまで僕は殴るのをやめない”の要領で。
 可愛いツラが台無しだな。

「う、ぐぐ……」

 そして、仕上げだ。
 霊体になってた間に覚えた、新必殺技を使ってやる。
 俺が、この時の為だけに理論書をこさえた魔術……!

「喰らえ、俺の最初で最後の詠唱魔術!」

 ヴェルシェの心臓付近に、拳をコツンと当てる。

「万物の観測者ユグラドシルよ、彼の者より黒きこよみを映し出し、我が前に示せ! 黒歴史解読レガシー・リマインドッ!!」

「く、あ、あああッ!!」

 白と黒が明滅する光に、俺とヴェルシェは包まれた。

 膨大な情報の奔流が、俺の魂に流れ込んでくる。
 長い映画を早送りで見ているような感覚で、ヴェルシェの書いた作品を、魂で直接読む。

 それが、この黒歴史解読という魔術の性質だ。
 レジーナに理論書を渡して、組み上げてもらったこの魔術。
 精神への負荷がハンパないが、その効果たるや恐ろしいものだ。

 何せ、相手が隠したがっている過去を暴いてしまうのだから。

 ヴェルシェ。
 お前が、俺の作品にコメントをしていたのに、気付いたんだ。
 それに数々の発言から、お前も小説を書いていたと確信した。
 ユーザーは退会しましたと表示されてたから、作品を見る事は叶わなかった。

 だが、お前に訊いて話してくれるものでもないだろう。
 本当はお前を説得するつもりで考えたが……お前は、やりすぎた。

 だから……。
 お前に罪を悔いてもらう為に、この魔術を使う。

「……作品読了フィナーレ!」

 俺の鼻からも、鼻血が垂れている。
 肉体への負荷も尋常じゃないらしい。
 頼むから、脳味噌まで垂れるなよ。

「な、何をしやがった……!」

「……ッ、こ、この一瞬で、お前の小説を、読んだ。
 なるほど、正統派ダークファンタジーか。嫌いじゃ、ないぞ……こういう作風」

 こいつの作品は『シュバルツバルトの子供達』という、ダークファンタジーだ。
 200話近く、総文字数は300万文字……つまり一話平均15000文字(そこに投稿されているサイトでは3000文字から、多くても5000文字が平均だ)という骨太な小説だ。

 文体も三人称で、全体的に起伏を抑えたものだ。
 黒背景に白文字というスタイル設定のお陰か、重厚な雰囲気作りもある。
 ……嫌いじゃないっていうか、これで感想ゼロっていうのが納得出来ないレベルで普通に上手い。

「だが、読み手に対する配慮が足りなかった。書籍媒体と違って、ネット媒体っていうのは色々と目が疲れるんだ。
 それに、スマホやガラケーからの閲覧にも留意しなきゃいけない。
 あと、お前……慣れ合いとか嫌いだろ」

「そ、それが、どうかしたのかよ? いい作品を書く奴はな、放っておいても人が集まるんだよ!」

 お前な……自分でそれを言うのか?
 いや、違う。

「俺の場合は集まらなかった。ああ、クソさ! それは認める! でも、お前の作品が俺より優れてるなんて、絶対に認めない!」

「読者あっての作品だ。そこは歩み寄らないとだろ!」

「うるせえ! あの程度で目を滑らす奴は眼球にグリス塗りたくってるアホばっかりだ!
 俺は啓蒙したかった……ケータイ小説じみた便所の落書きにうつつを抜かして、ヘラヘラしてる馬鹿共を!
 現実はいつも上手く行かない! 中二病作品の読者共が、ふと現実に帰ってみろ! 作品と現実のギャップに苦しむだけだろ!?
 黒歴史って言葉が曲解されて誤用されているのも、中二病に対するアレルギー反応だろ!?
 予防したり、早めに治療してやるのが、親切ってもんだろ!? なのに、お前みたいな雑魚に負けるなんて!」

「そんなんじゃ駄目だ。駄目なんだよ、ヴェルシェ……」

 勝った、負けた……そんな理屈で、読者をダシにしちゃいけないだろ。
 確かに、どれだけの人に感動を与えたかっていう指標としては、他に何もないだろう。
 ブクマも、感想も、評価も。
 それが無ければ、思わず二の足を踏んでしまうだろう。
 だがよ……そうじゃないだろ。

 それに、ヴェルシェ。
 お前は一つ、重大な勘違いをしている。

「中二病も、黒歴史も、大切な友達なんだよ。それがあるからこそ前に進める、俺みたいな奴がいる」

 膝をついたヴェルシェの顔を掴み、ファルド達とレイレオスのほうへと向ける。

「そして、俺に付いて来てくれる、仲間がいる。この世界は、ファルド達は、忘れるべき過去なんかじゃない。
 俺が守らなきゃいけない、今……そして、未来なんだ」

 レイレオスは、今まさにファルドとアンジェリカとルチアが力を合わせ、倒されようとしていた。
 アンジェリカの、魔力を振り絞った魔術。
 ルチアはファルドにスクリーン・エンチャントを掛けた。
 そしてファルドは二人の援護を受けて、レイレオスと切り結ぶ。

「否定に否定を重ねるだけの人生なんて、俺はまっぴらだ。だからこそ俺は――」

 レイレオスは……ついに倒れた。

「俺は、俺にしか出来ない何かを、作り続けていきたいんだ」

 お前には、それを伝えたかった。
 きっと、解ってはくれないだろうが……。

「そんな、馬鹿な……! 俺の、レイレオスが……チートのゴリ押しなんかに!」

 悔恨の涙を流しながら、レイレオスは少しずつ粒子になって消えていく。
 奴は、最期にこう告げた。

『すまなかった』

 ……と。

「レイレオスの武器が憎しみだ。なら……俺達の武器は、お前が言ったんだろ。固い絆って」

「クソが……クソッタレが……!」

「可能性を作る。絆を作る。魔女という、敵になるかもしれなかった人達……人間をやめざるを得なかった人達との、架け橋を作る。
 やっと解ったよ。俺がどうして、勇者と魔女の共同戦線レゾナンスを書いたのか」

「……」

 ひゅっと、風を切るような音がした。
 それから少しして、ヴェルシェはガクリと膝を折った。

「ヴェルシェ?」

 俺は刺されないように警戒しつつ、ヴェルシェを支えた。
 よく見ると背中や腹に、赤い染みができていた。
 コイツ……わざと自分で罠に……!

「シン……俺だって、お前みたいな生き方がしたかった……!」

 おい、ふざけるな。
 ふざけるなよ!
 なんだよ、過去形で言いやがって!

「何を言ってるんだ。お前も元の世界に戻るんだよ! アカウントなんて、また作りなおせばいい!
 作品名はそのままにしろよ! 感想、書きに行くからな!」

「戻れないよ」

「ッ!? なんでだよ!」

「……俺は、自殺して転生した」

「お前……!」

「ラノベではな、悪い事をした奴は、必ず断罪されなきゃいけないんだよ。
 命で償わなきゃ駄目なんだ……主役の正しさを証明する、それだけの為に……!」

 馬鹿野郎。
 この、ガッデム馬鹿野郎!
 最後の最後まで、何も解っちゃいねえ!

 それじゃあお前、償った事にならないだろうが!
 死んで逃げるとか、最低だぞ……!

「シン……えっと」

「信吾だ! 志麻咲信吾しまざき しんご!」

「信吾、それにメイ……騙したりして、ごめんな……」

「ヴェルシェ……」

 それきり、ヴェルシェは動かない。
 メイが駆け寄り、脈を測る。
 しばらくして、メイは首を振った。

「あたしは、こんな奴が元の世界に戻るのは賛成出来ないよ」

「まあ、それが普通なんだが……」

「自分の境遇がどんなにヒドいものだったとしても、それを理由に誰かを苦しめるのは、八つ当たりでしかない」

「だからこそ、生きてやり直して、精一杯償って欲しかったんだよ」

 もう一度、何かを作る楽しさを思い出して欲しかった。
 ヴェルシェが傷つけた人達は、きっと元には戻れないだろう。

 それでも、せめて。
 逝く前に……最期にそれを、思い出して欲しかったんだ。


「――下らない、下らない、クソみたいな理屈だ」

「誰だ!」

「サレンダー。そこのエルフには、そう呼ばれていた」

 赤黒い色の、もやもやした何か。
 ガス状の人影が、目の前にいた。



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