自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百二十一話 「信じるだって。当たり前だよ」


 どうやら俺は、完全に死んだらしい。
 何故なら、すぐ目の前に俺の死体があるからだ。
 転生じゃなくて単なる召喚だから、生きて帰れると思ったんだがな。

 もう少し、油断せずにやっときゃ良かったよ。
 後悔先に立たずというのは、こういう事を言うんだろうな。


 その事で失ったものは大きい。
 だが、得るものもまた大きかった。

 例えば、断片的な記憶だ。
 俺自身が何を考えてこの世界『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』を書いたか。
 みんなが何を考えて動いてきたか。
 ……その中にヴェルシェの記憶は無かったが、それはいい。

 これだけあれば充分だ。


 ……メイのやつ、まだ俺にしがみついて泣きじゃくってる。
 俺のために泣いてくれるのは嬉しいが、そろそろ戦いに戻ってくれよ。
 魔王を倒してからでいいだろ。
 しまいにゃポーションを傷口にダバダバと流し込んで、心臓マッサージを始めるし。
 もういいんだ。
 もういいんだよ、メイ……。

 ファルドも、アンジェリカも、その表情は暗い。
 頼むよ、みんな。
 せっかく、最後まで重苦しい雰囲気にしないようにって事で、魔王をあんな性格に設定したんだぞ?

 ああいう奴はな、もっと緩くツッコミでも入れながら戦えばいいんだよ。
 で、愛と勇気と友情・努力・勝利!
 とかやって、めでたく凱旋パレード決めてやればいいんだ。

 ……魔女の墓場と、ヴェルシェとレイレオスのせいで、それも難しいだろうがな。

「あー、お友達がくたばっちまったようだが……ご愁傷様って言ってやったほうがいいか?」

「うるさい……!」

 あ、ヤバい。
 ファルドがまた修羅モードになっちまった。
 くっそ、せめて俺の声が届けばいいのに!

「ぐッ……」

 ここで、レイレオスが膝をつく。
 致命傷は喰らっていなかったが、細かいダメージが蓄積していたんだろう。
 後はさっきの魔王の技も、じわじわと効いたのかもしれない。

「あれあれあれあれー!? もう根負けですかァー!? ……つまらん」

 魔王が存分に煽っているが、レイレオスは立ち上がる気配が無い。

「丁度いい。借りを返す!」

「駄目だよ、ファルド君! 憎しみに支配されちゃ駄目!」

「どいてくれ、メイ」

「他ならぬ、シン君の言葉だよ!?」

 メイ……ありがとな。
 ちゃんと俺の言葉を聞き取ってくれたんだな。
 だが、魔王を放置するのはやめてさしあげろ。

 ほら。
 後ろで炎を避けながら、肩を竦めているじゃねーか。

「アンジェリカ! 最大火力だ! 全部、焼き尽くしてやれ!」

「そうね……こんな事になるくらいだったら、やっぱり放置してやれば良かったのよ!」

「メイ。優しさと甘さは違うんだよ。許すか許さないかの次元なんて、とっくに過ぎているんだ」

 剣戟と炎が飛び交う。

 魔女の墓場なあ……話は通じないかもしれないが、全部を諦めたらそれこそレイレオスと同類になっちまうぞ。
 憎しみながら、何もかもを壊しながら生きていても……いや、ファルド。
 お前、まさかそのまま刺し違えるとか言うつもりは無いよな?

 言っておくが、俺はそういう発想が大嫌いだ。
 生きるっていうのは悪い事ばかりじゃない。
 確かに、世の中にはクソ野郎で溢れているだろう。
 なんでこんな奴ばっかり得をしているんだって、理不尽に感じる事だっていっぱいある。

 だが、そういうのばかりに目が行って、毎日顔をしかめながら生きてみろ。
 どうせすぐ死ぬと、粗末な生き方をしてみろ。

「その太刀筋……お前さんも、この坊主と同じかね、勇者くん。
 預言者なんざ、本来はこの世界にゃ存在しない筈なんだぜ? 元からいなかったと思えば、いくらか気が楽じゃないか?」

 よくもまあ魔王は戦いながらこんな長台詞を、適切に息継ぎしながら噛まずに言えるよな。
 何でもありなのが魔王だが、これじゃあダレちまうぞ。

「いなかった事になんて、できるわけ無いだろ! シンは俺を勇者である前に、一人の人間として見てくれた!」

 そういや、そうだったな。
 懐かしいな……あの時は、口からでまかせだった。
 それがいつの間にか、嘘から出た真というか……。
 気が付けば、たまに一言も会話が無くても、お互いにカバーし合えるような関係になっていた。
 何となくファルドの考えが解るようになっていた。

「熱いねえ!」

「うるさい……お前もレイレオスも、まとめて葬ってやる!」

 だから、それじゃ駄目なんだって。
 頼むから、俺の遺言を聞いてくれ。

 しょうがない、触れてみよう。

 ファルドや……わたしの声が聞こえますか……。
 今、あなたの心に直接話しかけています。

 お?
 ちょっと魂のざわめきを感じるぞ。
 すごいな霊体!

 ……ファルド。
 やられた事を恨むのは、確かに親しい人としてあり得る感情だ。
 だが、それに支配されちゃ駄目だ。
 憎しみの奴隷になれば、お前も魔女の墓場と同じ次元に自分を貶める事になるぞ。

 お前には、アンジェリカがいるだろ。
 破滅を望む必要なんて無いんだ。
 せっかく、俺の信じたパートナーであるメイがアンジェリカを助けたんだ。

 これ以上、犠牲を出さない、今度こそ守る、未来を守る……そう、自分に言い聞かせろ。
 かといって、ジャンヌみたいに他人事としてじゃないぞ。
 フラグっていうと、伝わらないよな……。
 今より少しでも、理不尽な暴力に泣く奴を減らす為に動くんだ。

 俺達の友はみんなそうやって、この世界にしがみついて頑張っている。
 細かい違いはあっても結局は共通している。
 ジェヴェンが魔女の墓場を離反したのも。
 ジラルドがエリーザベトを仲間に引き入れたのも。
 もちろん、テオドラグナもな。
 ルチアだってそうだ。
 何とアイツ、ヴェルシェを騙しながら動いてるんだぞ。

 ざっと説明したが、早すぎたか?
 わかりにくければ首を横に振ってくれ。
 ……頷いちゃったよ。

「……」

 解ってくれたか?
 じゃあ、やる事は一つだろ?

 今ある命を守れ。
 お前の守りたい未来を守れ。
 そう思えないのであれば、せめてアンジェリカが笑って生きていられる未来を想像しろ。
 そんでもって、それを守れ。
 お前になら、それができる。

 俺が保証する!

「――!」

 今まで両目が赤く光っていたのが、右目だけ青く光り始めた。
 ドス黒いオーラを纏っていた剣も、いつかに俺が持っていた時みたいに青白く輝いている。

 やれやれですよ、まったく!
 こんな答えにたどり着くまでに、どんだけ遠回りしてたんだ、俺達は!
 やれセカイ系だの何だのという揶揄が流行った時代があるらしいが、ぶっちゃけドの付く王道だぞ。

 何を恥ずかしがって、ひた隠しにする必要があるんだ。
 世界を救う奴の物語が、セカイ系じゃいけないって割と結構キツい縛りだぞ。
 多少は許してやれよ。

「こいつぁ興味深い! 勇者の目覚めって奴か!?」

「シンの声が聞こえたんだ……せめて、俺の手が届く未来だけは守れって」

 結構ダイジェストだな?
 まあ、全部言われるのもこっ恥ずかしいから、別にいいんだが。

「じゃ、受け止めてみな。この世界に対する、俺の愛って奴を!」

 部屋が揺れ、壁は崩れていく。
 魔王の周囲には黒とも緑とも紫とも付かない、暗い色の何かが集まっている。
 間違いなく、大技を決めるつもりだ。

 アンジェリカ、メイ。
 聞こえるかい……今、あなた達の心に話しかけています。

「ねえ、メイ。聞こえる?」

「うん。シン君の声、あたたかい……」

 やーめーろ!
 こっ恥ずかしいから!
 まったく、感動的なシーンをてめえで台無しにしちまったら世話ないぞ。

 ゴホン。
 魔王は最後の一撃に全てを賭けている。
 これで終わりにするつもりだ。

 その一撃を打ち破れるのは、ファルドの持つ破魔の力だけだ。
 だが、アイツ一人だと耐え切れずに消滅しちまう。

 お前達の支えが必要だ。

 本当は、ルチアや、予言では仲間になる筈だった奴の力も必要なんだがな。
 悪いが……頼んだ。

「だったら丁度いいのがいるわよ」

「ね。あたしが引っ張ってくるよ」

 メイが向かったその先にいるのは、座り込んで俯くレイレオスだった。

「シン君を殺した責任、取ってもらうよ」

「手を貸す理由が無い」

「あっそ。じゃ、魔王を倒した手柄は、あたし達が貰うね」

「……勝手にしろ」

 ま、そんな事だろうと思ってたよ。
 もう魔王のチャージは完了寸前だし、時間が無い。

 アンジェリカとメイでファルドの肩を支えてやれ。
 で、ファルドは剣を構えて、強く願え。

 それともう一つ。

 ――俺を、信じてくれ。


「信じるだって。当たり前だよ」

「そうね」

「ああ……信じるよ。俺の、俺達の盟友の魂を」



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