自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百十八話 「お前達の背中は、俺が守ってやる」


 約束の日。
 おそらく、ここがターニングポイントだ。
 俺達はガルセナ峡谷を進み、流血回廊へと向かっている。

 ちなみに今回はテレポートじゃない。
 座標が登録されていないからな。

 だから、ひーちゃんに乗ってきた。
 メンバーはファルド、アンジェリカ、メイ、俺の四人だ。
 ルチアには申し訳ないが、信じて待つしかない。

 ここまでで俺達はヴィッカネンハイム邸で稽古したり、装備を整えたり、色々済ませた。
 紙とペンが必要なアレとかソレとかな。
 後は、その……俺とメイ、ファルドとアンジェリカは愛し合ったりもした。
 一応は思い残す事が無いようにしたかったのだ。
 縁起でもないことを言うなと怒られそうだが、大丈夫だ。
 死ぬつもりは無い。


 ああ、そうだ。
 他の仲間達についても話しておこう。

 ドーラ(と愉快な仲間達)、オフィーリア、レジーナ、ロミヤ、ジェヴェン、離反組の灰色連中、ルーザラカ、ミランダ(と楽団の人達)、セレジー、画家(名前は結局教えてくれなかった)。
 彼ら彼女らはヴィッカネンハイム邸で防衛任務だ。

 結界が無い以上、いつ攻めてきてもおかしくないからな。
 特に、魔王討伐で俺達が留守にしている間は。
 帰ってきたら更地だったとか、絶対に嫌だからな。

 後は、そうだな……。


「……ファルド。道を開くだけじゃ、駄目だ」

「まだ言うんだ」

「おそらく本当に最後の予言になると思うが、魔王はお前にしか倒せない」

「……」

 原作では、そういう設定だったんだ。
 魔王を倒せるのはファルドだけと、そう書かれていた。

 魔女の墓場が、どのタイミングで攻撃を仕掛けてくるかは解らない。
 だが、魔王を倒すのは通過点でもありターニングポイントでもあるんだ。

 ここでファルドが負けたら、絶望へのカウントダウンが始まる。
 誰も魔王を倒せる奴がいなくなるし、仮に誰かが倒せたとしても……。
 それで実権を握る奴らが、まともに大陸を統治してくれるとは思えない。

 俺達の残してきたものを根こそぎ破壊する連中だ。
 そんな奴らに、この世界を任せてはおけない。

 だから今の俺の役目は、ファルドをここまで導く事だ。
 本来は、それだけで良かった筈なんだ。


 *  *  *


 冷え切った溶岩のような質感の大地。
 その中心には、石畳の敷き詰められた円形のスペースがある。
 地面は、止めどなく流れる赤い水で濡れている。
 空も足元と同じく、まるで凝固した血液のように赤黒く染まっており、同じ大陸とは思えない。

 ここが流血回廊。
 訪れた人は誰もが背筋を凍らせる、最果ての地だ。
 歴史書によれば、かつてグレンツェ帝国の皇帝がこの地で消息を絶ったという。

 ついにここまで来たのかと、感傷に浸っている余裕なんて無い。
 聖杯は一つ足りないし、片付けるべき問題は相変わらず山積みだ。
 ルチアもいないしな。

 遠くに、飛行船が停泊している。
 おそらく、あれが魔女の墓場だ。

 道中で殆どお迎えが来ていなかったが、まさかこっちで盛大に歓迎されているとはな。
 声に出して言うのは初めてだが、言っちゃうか?

「ざまあみろ」

 念願の魔女も沢山いるみたいだな。
 たっぷり歓迎して貰えよ。

「――なんてな。一応、助けに行くぞ」

 見殺しにしたとか因縁付けられても困るし、何より俺はそんなの望んじゃいない。

「構うもんか! 死ぬまで放っておけばいいんだ!」

「そうも行かんだろう。春の聖杯は、どっちかの枢機卿が持ってるんだぞ」

「そう、だよな……」

 希望は捨てないでくれよ、ファルド。
 今までお前が助けた相手の、その半分以上は味方になってくれただろ。

「全滅してから回収だと、魔王軍に取られちゃうかもしれないもんね」

「アンタ達……アイツらが私を殺そうとしたの、忘れてないわよね?」

「もちろん忘れてない。だがよ、殺そうとした相手に助けられるって最高に屈辱だろ?」

 その後で寝首をかこうとするんだったら、その時は今度こそ見捨ててやればいい。
 まあ十中八九、そういうクソが湧いて出てきやがるんだろうがな。
 はぁー胸糞悪い!

「奴らがどさくさに紛れて俺達を殺そうとしたら、俺は手が滑っちまうかもな?」

「……あ~! その手があったわね!」

「こっちからは手を出すなよ?」

「もちろんだよ!」

 さあ、救出劇の始まりだ!
 敵の魔物達を後ろから奇襲!
 正々堂々と突撃しようものなら、やられかねんからな。

「ギャア!?」
「グエェ!」

 ミノタウロスに、角の付いた巨大狼、羽を生やしたリザードマンみたいな奴までいる。
 魔王軍らしいチョイスだな。
 実に典型的だが、ミノタウロス以外の二種類は初出だ。
 出し惜しみでもしていたのか、本拠地防衛専用の戦力なのか。
 はたまた、俺達の知らないどこかには出てきていたのか。

 どれでもいいや。
 どのみち、倒さなきゃ前に進めない。

「……なあ、ファルド」

「どうした?」

「見覚えのある奴がいるな」

「……見ないようにしてたのに」

「すまん」

 レイレオスは黙々と戦っている。
 だが、いかんせん敵の数が多い。
 アイツ一人でやるにしたって、いずれは根負けして押し切られるだろう。
 いるのは予想できていたが、確かに気が進まないよなあ……アイツを助けるのは。


 *  *  *


 結局、助けちまった。
 その後の魔王との戦いが楽になるだろうっていう、至極打算的な提案をみんなにして。
 レイレオスは黙って背を向けるだけだったがな。
 アイツにとっては、屈辱だったのかもな。

 まあ、それはいい。

「そういや聖杯って、どうやって使うんだろうな。俺の場合は特にそうなんだが」

「あたし、レジーナに教えてもらってるよ。シン君、両手を出して」

「こうか?」

「うん」

 両手で何かを包み込むような形を作ると、手の平の中で光が生まれる。

「――!」

 少しして、光の塊は橙色の聖杯へと変わった。
 これが、秋の聖杯なのか。

 秋といえば、読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋……。
 この世界で全部体験したが、悪くない思い出だったな。

「なるほど。最後の聖杯は、貴方の手の中にあったのですね」

 ジャンヌがおもむろに、聖杯を覗き込んでくる。

「聖女ルチアの言葉に従い、協力します。不本意ですが」

「うっさいわよ。アンタ達が余計な事をしなけりゃ、もっと早くにこれたのに」

「ごもっともです。しかし、今は力を合わせねば諸悪の根源を打ち倒せません」

 あのさあ……。
 仲間が散り散りになるわ、アンジェリカが死にかけるわ、ファルドはダークサイドに堕ちるわ、ファルドの両親は殺されるわ、画家は両手を焼かれるわ、ミランダは舌を斬られるわ、カグナ・ジャタは人類に絶望するわ、ルチアはやさぐれるわで、色々と大変な事になってるのぜぇーんぶお前らのせいだからな!?

 どの口が、力を合わせねばとか抜かしてるんですかねえ?
 助けた礼は無いし、マジでお前ら最低だよ。

「いっそ、この場でぶっ殺してやろうかしら。溶岩に頭から突っ込んだって言えばみんな信じてくれるわよ」

「手伝うぜ、アンジェリカ。どの口で物を言っていると思ってるんだ」

「ファルド、アンジェリカ。気持ちはわかるが、抑えろ」

「だって!」

「お前達の背中は、俺が守ってやる」

 ああ、そうとも!
 お前の言う通りだ、ジャンヌ!

 お前みたいな奴でも、魔王と戦うためには必要だ。
 本当は、大陸中の戦士達が集まって「さあ行くぞ!」ってやりたかったが、お前らのせいで無理だ。
 だからせめて、役に立ってくれよ?
 足引っ張るとかナシだぞ?

「賊軍の分際で、美しい友情ですね」

「言葉に気を付けなよ、枢機卿ジャぁ~ンヌちゃん?
 あたしが君達の首を狙ってるの、覚えてるでしょ?」

「殺したければどうぞ。貴女はそれで気が晴れるでしょう。ですが、お仲間のご家族が無事でいられるでしょうか」

 いやあ、まったく殺伐としていて涙が出るね!
 俺が望んだ決戦前イベントは、こんなんじゃない。

 だが……巻き戻しなんて、できない。
 俺にとっては、これが決戦前イベントなんだ。
 是非も無し。
 受け入れろ、信吾。



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