自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
第百十話 「ますます嬉しいな! 魔王冥利に尽きるぜ!」
気が付けば、フェルノイエの大通りをふらふらとさまよっていました。
夕刻へと近付くにつれ、風は温もりを失っていく。
まるで、この世界と同じです。
そして、私もまた同じ。
心にぽっかり空いた穴は、少しも埋まりません。
アンジェリカのお母さんは、心から反省しているのでしょう。
私にあの人を責める権利なんて、本当は無い。
どうして、あんな事を言ってしまったのか……。
所詮、私の捻じ曲がった性根はちょっとやそっとでは直らないという事ですか。
『ルチアのパパは大金持ちなのに、遊びで教会に入ったんだ!』
『家に帰れ! 魔女になっちゃえ!』
『パパは魔女に浮気したから、ママが自殺したんだ!』
……うるさい。
今更、こんな記憶を見せないでくださいよ。
だから子供は嫌いなのです。
無遠慮に物を言う。
真実がどうだったかなんて知らないまま、大人の言った言葉を鵜呑みにする。
そうして育っていった子供が、月日を経て大人になり、そして繰り返される。
せめて心だけでも、生まれた時から大人であったなら……私はあんな事を言われずに済んだというのに。
* * *
元は駐在所だった瓦礫の前を通りますと、ヴェルシェと枢機卿ジャンヌが道端で休憩をとっている最中でした。
ジャンヌは辛気臭い面持ちで、紅茶を飲んでいます。
あんな顔では、せっかくの紅茶も不味くなってしまうのでは?
「あ、ルチアさん、おかえりなさいッス!」
「私も休憩します。ご一緒しても、よろしいですか?」
「大歓迎ッスよ! ね、ジャンヌさん!」
「構いませんが、気安く話しかけないで頂きたいものです」
「どいひーッスうううう!」
はあ。
本当に、私はこのような所にいて大丈夫なのでしょうか。
そう遠からぬ内に、瓦解していくような気がします。
それはそれで好都合ですけれど、その前には……ケリを付けたい。
アンジェリカさんの亡霊にも、会いたい。
「ルチア。貴女は、私と同じ目をしていますね」
「そうでしょうか」
「ええ。暗く、小さな炎を宿した目です」
「……」
なんです? それ。
ジャンヌさんは何かをこじらせておいでのご様子。
一緒にしないでくださいよ。
不愉快です。
「先日ヴィッカネンハイム邸に向かわせた部隊は、いつ戻ってくるのか」
「ヴィッカネンハイムとは、どなたですか?」
「ああ、貴女はご存知ないのですね」
見下した目をしないでくださいよ。
非常に不愉快です。
「各地の魔女を裏から操る、言うなれば大魔女です。我々の奮闘が功を奏し、今では奴の命運も風前の灯ですが」
「それと、アンジェリカさんの亡霊もその人が原因らしいッスよ。なんでも、死霊術を使う魔女を味方に引き入れたとか」
「なん、ですって……!」
驚いたふりをしておきましょう。
亡霊が出たから死霊術を使う魔女の仕業。
なんて短絡的な考え方なのでしょう。
魔王を差し置いて、自分達の憎しみをぶつける相手にばかり目が行く。
女のくせに、自分達の努力の到達点を軽々越えていくからと。
多くの方々にとって、魔女を蹂躙する理由はそれだけで充分でした。
私が今まで聞いてきた話は、そのような話ばかりです。
けれど、魔女ではできない事は沢山ある。
やむを得ず魔女になってしまった人も沢山いる。
どうしてその事実から、目を背けてしまうのですか。
……と、ここへ灰色装束が駆けつけました。
「伝令! グレンツェ帝国が大陸連合を脱退! 大陸各地から魔女を徴用している模様!」
「え! マジッスか!」
ガタンと立ち上がるヴェルシェを、ジャンヌは座らせます。
「落ち着きなさい。これは罠です」
もしかして、テオドラグナさんが帝国に働きかけたのでしょうか?
反骨精神あふれるあの人なら考えそうです。
国賊などと言われて、処刑されそうになったのを逃げたそうですから。
意趣返しに帝国側に付いてもおかしくはありません。
……いえ、本当にそうなのでしょうか。
わかりません。
ですから、この件は上手く情報収集していきましょう。
頼みましたよ、クレスタさん。
魔女の墓場の本部は王国にありますので、連絡手段は簡単です。
紙飛行機と呼ばれる折り紙を、ホーミング・エンチャントで軌道を変えながら教会に飛ばしていくだけです。
これに、新たに覚えた加護スペル・シェアリングでクレスタさんにも使わせる。
あっという間に密書の往復便です。
周りの方々には、外の空気を吸っていると伝えてあります。
まさかこのような連絡手段、誰も考えつかないでしょう。
シンさん、本当にありがとうございます。
貴方の折り紙、役に立っていますよ!
そこに更なる伝令が。
「で、伝令ええぇッ!! ジェヴェン・フレイグリフ、離反! 枢機卿クロムウェルが捕虜になりましたああぁッ!!」
いえーい!
やりましたね!
ジャンヌさんも内心穏やかではなかったようで、次の伝令に両肩をビクリとさせました。
「……!? お、おおお、落ち着きなさい、こっ、これも、わ、罠です……! きっと、罠!」
クロムウェルさんが捕虜になったという事は、ヴィッカネンハイム邸は防衛に成功したという事ですね。
転生者と思しきヴェルシェさん、今どんな気持ちですか!?
「……」
「だ、大丈夫ですか……? ヴェルシェさん」
「うぇ!? 大丈夫ッス! ほら、両肩もグイーングインと動くッスよ!」
またまたぁ。
嘘でしょう。
思い切りうろたえていましたよね?
「よしよし。落ち着きましょうね」
「は、はいッス……」
いいこいいこ。
もっとうろたえて、楽しませてくださいよ。
「でっ、伝令ッ!!」
またですか。
「な、なんですか、騒々しいッ!!」
「魔王襲来ッ!! すぐ近くに――ぎゃあッ!?」
馬のない馬車が、炎の轍を作って現れる。
言い伝えの通りでした。
魔王と思しき大男は、右手を上げて皆さんに微笑みます。
「……よう」
「魔王! 何をしに来た!」
武器を構える、魔女の墓場達。
魔王は全く動じません。
「いやあ、ちょっと力を求める声が聞こえてな? そこのお嬢さんに用がある」
そう言って魔王が指差した先は――、
「私、ですか」
「おお、そうとも。今すぐそんなシケた組織なんざ抜けて、俺の所に来ないか? 力をやるぜ」
何を言い出すかと思えば。
そんな事ですか。
「貴方は、私の父によく似ています」
「そいつぁ嬉しいねえ! パパって呼んでもいいぜ! で? どこが似てるんだ?」
「人の弱みに付け込んで、力を餌にして、大事な何かを奪う所ですよ」
「ますます嬉しいな! 魔王冥利に尽きるぜ!」
「私の求める強さは、貴方の考える短絡的なものではありません」
命は惜しくはありません。
ただ、やることをやってから死にたいので、もう少し先延ばしにしたい。
……とはいえ、来てしまったものは仕方ありません。
精一杯の笑顔で、宣戦布告して差し上げましょう。
「――帰れ」
首を掻き切る仕草を添えて。
これには魔王も苦笑い。
魔王は肩をすくめて、従者に向き直りました。
「こりゃ随分、こっぴどくふられちまった。どうする、ドゥーナーク」
「必要とあらば、処断いたしますが」
「いや、いい。骨のある奴は大好きだ。この調子でもっと俺を憎んでくれて構わんさ。いずれ、相手になるんだからな」
魔王は馬車から降り、両手を広げながらくるりと一回りしました。
大歓迎とでも言いたいのでしょうか?
「今の俺は機嫌がいいぞ! ほら、やるか? 殺すんだろ、俺をよ」
……いやいやいやいや。
いざ、やれと言われましても。
倒せなければ、良くて半殺しでしょう?
流石に、それはちょっと。
皆様もそのようにお考えなのか、いつもの蛮勇じみた勇敢さは鳴りを潜めています。
魔王も、来ない事を知りながら、わざと煽っているのでしょうね。
不愉快です。
「腰抜け共が。行くぞ」
「御意」
「まあせいぜい頑張れや! 待ってるぜ! 勇者共は勢揃いじゃないと意味が無ぇ! フハハハハハッ!!」
慌ただしいですね。
……魔王が去った後、私は両膝から崩れました。
呆然とした表情でも作っておけば、あとは周りが勝手に心配してくれるでしょう。
私はか弱い乙女(笑)なのですから。
それにしても、勢揃い?
アンジェリカさんが死んだ事を、魔王はご存じないのでしょうか?
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