自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百九話 「起きるといいですね。奇跡」

 生存報告も兼ねて申し上げます。
 私、ルチア・ドレッタは生きています。

 現在、私はフェルノイエにて治療活動中です。
 なんでも、魔女の襲撃があったとの事。

 それと、テオドラグナさんの足取りは掴めずじまいでした。
 あの人が、王様を暗殺する理由が思い当たりません。
 きっと何かの間違いです。
 国賊として処刑されるところを、命からがら抜けだしたそうですけれど……。

 無事で良かったと素直に喜べたら、どんなに良かったか。
 王国はテオドラグナさんを指名手配しており、見つけ次第捕縛せよと通達しました。
 生死は問わないそうです。

 早く助けたい。
 私ごときにそのような大役が務まるかというと、自信は皆無ですけどね。

「あうっ」

 ふと、背中に痛みが。
 地面からコロコロと音がしたので、石でも投げられたのでしょうか。
 恐る恐る振り向くと、見覚えのあるおばさまが、すさまじい剣幕で怒鳴り散らしていました。

「とっとと出ておいき! アンタ達のせいで、魔女に目をつけられちまったじゃないか!」

 モゼラさん……!?
 どうしましょう。
 今の私の服装では、言い訳のしようがありません。

「えっと、その……私を忘れてしまわれましたか?」

「知らないよ、アンタみたいな奴は!」

「そうですか……」

 私がお子さんを治療した事、覚えておいでではない模様。
 ショックです。
 いえ、もっとショックな事は幾らでも思い当たるので、まだ軽いほうですけどね……。

「まったく! こんな女の子まで出張らせて、いい顔したいだけだろうに!」

 そうなのです。
 私は魔女の墓場にとって、格好の宣伝材料なのです。

 悪い勇者と魔女に騙されてこき使われた、可哀想な僧侶ルチア・ドレッタ!
 それを魔女の墓場が助け出した!
 感激したルチアは恩返しの為に、魔女に襲われた人達を治療して回る!

 ……わあ、すごーい!
 吐き気がするほど片手落ちなストーリーですねー!
 私、大感激! 感無量ですー!

 ……誰が感激するか!

 物語というのは、誰かを貶める為に使ってはいけないものでしょう。
 確かに古今東西、そういった用途の物語は幾つもありますけれども。
 過去にやられているから自分もやるとか、最低ではありませんか。

 これを考えた阿呆の頭を、土に埋めてやりたいですねー。
 ねえ! 枢機卿のクロムウェルさん?
 貴方のせいで、感激どころか感傷に浸ることと相成りました。

 心が痛いです。
 痛いですよ……。


 だって。
 ファルドさんのご両親が、死んでしまったのですよ?
 魔女に襲われたそうです。

 私にはわかります。
 嘘でしょう?
 魔女の仕業だというのなら何故、わざわざ柱に括りつける必要があるのですか。

 これで、ファルドさんはアンジェリカさんとご両親を失いました。
 次は何を奪おうというのですか。
 これ以上、誰を傷つけようとしているのですか……?

 シンさんでしょうか。
 私でしょうか。

 それと、この街にはアンジェリカさんのご両親もお住まいです。
 もしかしたら、お二人が次の生け贄かもしれない。
 絶対に、やらせません。

「……アデリアさんと、アウロスさんはご無事でしょうか」

 ヴェルシェさんには、何も知らないふりをして尋ねてみましょう。
 流れを考えると、そのほうが自然でしょうから。

「今、キリオさんが事情聴取の最中ッスよ」

「私の兄が、ですか?」

 興味はあります。
 見に行くついでに、あのバカ兄にも協力してもらわねば。

「……では、兄が何かやらかしていないか、見張ってきます」

「大丈夫だと思うッスけど」

「と思うではありませんか。肝心な時に抜けているのが、私の兄なのです」

「どいひーッス……」

 酷くて結構。
 魔女の墓場がこんなになるまで放っておいて、人類の恥さらしでしょうに。

 このような事態であるにもかかわらず、魔女の墓場は私に治療活動をさせています。
 みんなのためにがんばってまーす!
 などといったアピールなのでしょう。
 正直、焼け石に水です。

 石の上にも三年と申しますけど、焼け石に三年も座れば骨まで焦げる大火傷ですよ。
 兄は火傷の自覚がないのです。

 魔女の墓場は嫌われ者です。
 ファルドさん達が関わってきた人達からは、確実に反感を買っています。
 事実、私の背中に石が投げられたのですし。

 私も好きでこのような真似をしているのではないので、石なら他の方々に投げていただきたかったのですけれど。
 例えば、ヴェルシェさんとか。

「付いて行くッスか?」

「いえ、大丈夫です。ヴェルシェさんは、ご自身の仕事を優先して下さい」

「申し訳ねーッス」

 ふう。危ない危ない。
 アンジェリカさんのご両親に、指一本でも触れて御覧なさい。
 貴女の指をねじ切ってくれましょう。


 *  *  *


 この家に足を運ぶのは二度目ですね。
 久々に敷居をまたぎましたけど、随分と雰囲気が違って見えます。
 なんというか、薄ら寒い。

 邸内の皆様は私の侵入にお気付きではないご様子。
 “風通しの良い”家なので、仕方がないのでしょう。
 好都合です。
 このまま聞き耳を立てますか。

「――強い未練を残しているそうです。もし見掛けたら、我々にお伝え下さい。しっかり、供養し、成仏させます」

 はて。
 供養とか、成仏とか、何の話をしているのでしょう?

「娘を売った私に、こんな事を頼む資格があるかはわからないけど……せめて、私達の手でどうにかできないかしら」

 ――売った?

「大変危険ですので、どうかお任せ頂けると……」

 ええい。
 もう辛抱たまりません。
 皆様の前に、私、ダイナミックエントリーします。

「“兄上”、何かありましたか」

「ルチアか。事情を説明している所だったのだ」

「成仏とは、何の話でしょうか。教えて頂けませんか。私の身に危険が及ぶかもしれません」

「貴女、なんて言い草!? お友達だったんでしょう!?」

 アデリアさんは、私の言葉尻を捕まえてまくし立てます。
 だって、仕方ないではありませんか。
 こうでも言わねば、兄は話してくれそうにないのです。

「ハッ……どの口が仰るのでしょうね? アデリアさん。
 貴女は、売ったのでしょう? 実の娘である、アンジェリカさんを」

 はて。
 おかしいですね。
 私はこんな事を言うつもりなど無かったというのに。
 つい口をついて出てしまいました。

「ご安心下さい。恨まれるのは魔女の墓場。お二人が祟られる事はありません。
 元教会所属にして、現在は魔女の墓場に所属する私、ルチア・ドレッタが保証します」

「……貴女、本当にルチアなの? その、雰囲気が少し違うような」

「違うと断言できるほど、私と貴女はお会いしていましたか?」

「ルチア。一体、どうした」

「で? 成仏だの供養だの、素人が立派に意見しておいでですけれど、どなたが悪霊になったのでしょうか」

 お前の。
 その口から。
 教えて頂けませんか。

「アンジェリカだ」

「……化けて出るような殺し方をするから、そうなるのでは?」

「ま、待て! 私じゃない、殺したのは、レイレオスだ!」

 それは存じ上げておりますよ。
 兄上。

「情けない。やはり家を捨てて出奔すべきでした。もしかしたら、私の代わりに助けられたかもしれません」

「そんな事を言うな! お前を助けるだけで精一杯だった! あの場では、ああするしか他に方法が――」

「――でしたら何故、もっと待って下さらなかったのですか!」

「ルチア……本当に、すまない」

「謝ればアンジェリカさんが帰ってくるというのですか。返して下さいよ」

 情けない兄は、何も言えない。
 代わりに口を開いたのは、アデリアさんでした。

「――っ! どの口が言うのよ! そもそも連れ出したのは、あなた達じゃない!」

「あぐっ!」

 頬を冷たい痛みが奔る。
 平手打ちなんて、久しぶりですね。
 幼い頃、母に。それ以来です。

 アデリアさんは私に掴みかかろうとして、旦那さん――アウロスさんに羽交い締めにされたまま、私を詰ります。

「私だって、帰ってきてほしいわよ! もしも奇跡が起きるなら、もう一度やり直したい! あの子に、謝りたいのよ……!」

 ……ふーん。

「起きるといいですね。奇跡」

 ああっ、なんて未練がましい!
 親に苦労する娘の気持ちを今になって理解したとて、もはや手遅れだ!
 アンジェリカは帰ってこない!
 もう、永遠に!

 アデリア!
 私達に同じく、お前もアンジェリカを殺したのだ!
 どうして信じて見守ってやれなかった!
 それができなかったなら! 娘と縁を切ったならば!
 せめて、知らぬ顔で放っておく事だってできただろうに!

 ……という言葉が喉から出かかっていました。
 けれど、言えませんでした。

「おい、ルチア! 待て!」

「お邪魔しました。お仕事の続きをどうぞ」

 涙は不思議と出ませんでした。
 けれど、心臓が鉛のように重くなって、私は何度も息が詰まりそうになりました。



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