自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
間話v 形骸を掠めて
「やった! やってやった! ざまあみろ!」
夏目倫人は歓喜に打ち震えていた。
ついに、あの作者から物語を奪いとったのだ。
魔王を倒すのは勇者ではなく、名も知らぬ兵士達。
一騎当千の個人を、数の暴力が成り代わる。
この世界は、ついに塗り替えられたのだ。
その事実を、倫人は喜ばずにはいられなかった。
「見たか、サレンダー! あいつの、あの顔を!」
《してやったね》
「クソの役にも立たない、打ち捨てられた世界を、俺達は再利用してやったんだ……!」
実際、倫人とサレンダーは長い道のりを歩んできた。
常人の発想では到底成し得ない事を、良心の呵責など一切なしにやり遂げてきた。
まずは綿密に計画を練り、歴史が変化しない程度に戦争を激化させるべく裏工作を開始。
作者によって設定された世界観において、勘の鋭い手合いがいる。
あくまで目立たぬようにやっていく必要があった。
この頃はまだ、複数の仮想身体を使い分けていた。
しかし仮想身体での世界介入はリソースを大きく消費しすぎるため、やがては一本化された。
それが通名ヴェルシェ・ロイメだった。
“過去を葬る”という意味を持つ英熟語Shelve memoryのアナグラムであり、そしてエージェントRの正体でもある。
ヴェルシェは身体能力こそ高いが、それが却って倫人に忌避感を抱かせた。
扱いに慣れが必要であるという欠点が無ければ、新たに作っていたかもしれない程だった。
こうして複数の仮想身体を使い分け、諸国の重鎮を欺いてきた。
結果として、各国は程よく疲弊した。
幾度にもわたるシミュレーションを経て、魔女の墓場を確実に発生させ、そして強化しやすい土壌を生み出した。
原作の通り、戦争末期に魔王が介入した。
同時期に、大陸各地にて魔女が発生。
貴族夫人も何人かは魔女と化し、領地に異変が起きた。
これにより各国は停戦を余儀なくされ、魔王討伐へと動いた。
次なる策は、王国に幾つかの予言を与える事だった。
他国に比べ国力の消耗が少なかった王国の主導により、魔女の墓場が結成される。
魔王討伐の足枷となりうる魔女を、民兵を中心に編成された魔女の墓場によって誅伐するというものだ。
原作でも殆どが民兵で構成されていたからか、この案はすんなりと王国側に受け入れられた。
結成した時期が早かった為に、魔女の墓場はその時勢もあってか、瞬く間に規模を増した。
戦争で疲弊し、治安も悪化した各国の町村に住まう人々。
恨みをぶつけるべき政府が魔王討伐に動いているさなか、暴動を起こす事も許されなかった。
そうして鬱屈した感情を抱えた彼らに、捌け口を与えたのだ。
ジェヴェン・フレイグリフを教官に添える事で、練度を強化。
またドレッタ商会とのコネクションを作り、当時は制服と盾を購入。
これらにより、人員の消耗率を大幅に軽減できた。
いずれは勇者に取って代わって魔王を討伐するのだから、これくらいはせねばならなかった。
商売にうるさい難攻不落のドレッタ商会を攻め落とすのは、実に簡単だった。
当主ドナートの妻、ローザを暗殺するだけだ。
……魔女を誘導して。
ここまでで、サレンダーの計らいによりレイレオスとその肉親や関係者がゲストとして世界にねじ込まれていたのには、倫人も驚きを隠せなかった。
実際これは上手く機能し、魔女という要素が絡みあう事でレイレオスの悲惨な背景に説得力を与えた。
更には、後に魔女の墓場へ加わる布石も打てた。
後に議会四柱枢機卿となるジャンヌ、クロムウェル、アイザック、エリーザベトも、この頃から手柄を立てさせた。
そういう工作をしたのだ。
唯一エリーザベトだけは当時5歳であった為、後から参戦させざるを得なかった。
この四人を選んだのは、原作に登場していたというだけの理由だ。
あの作者に、魔女の墓場が原作など足元にも及ばない程の脅威と化している事を思い知らせる為だ。
無論、対立勢力への牽制も怠らなかった。
サレンダーはお告げと偽って原作の内容を恣意的に切り抜いた話を、教会の司祭ザイトンらに伝えた。
後に不和を起こさせる為でもある。
果たしてこれは実を結び、またアンジェリカの大司教暗殺にも説得力を持たせる事ができた。
次に共和国では奴隷魔女制度を発足。
原作では魔女に牛耳られていた共和国も、徹底した裏工作によって事前に魔女との関係を築いていた貴族達を一斉に摘発。
七伯爵家の筆頭であるエスペンズィール家が代表して、これらを取りまとめた。
対立勢力はまだ他にも存在する。
ムーサ村へ魔女の墓場から使節を送り、自作自演にて村を壊滅させる作戦は見事に成就した。
彼らも狩猟や商売で細々と暮らす生活への不満があり、補助金をちらつかせる事で合意。
鉱山村ヴァン・タラーナの領主が帝国出身の者に代わったというのも、重要なファクターだった。
それが原因で彼らはヴァン・タラーナと対立していた。
現在でもそれを理由にヴァン・タラーナ側からの支援の甘さを糾弾している。
壊滅したムーサ村を目の当たりにした作者は、ファルドと喧嘩をする程に焦燥していた。
ここまでが第一目標。
その達成条件は、作者に原作と大きく異なる展開を見せる事だった。
ここでレジーナおよびヒルダ・ヴィッカネンハイム率いる魔女同盟が、にわかに頭角を現しはじめた。
――いわゆる創作物でありがちな、悪役にされやすい種族でありながら人間側に味方する連中だ。
彼女らはザイトンと手を組み、魔女の墓場に対する大規模な反攻作戦を企てる。
倫人は焦ったが、サレンダーがすかさず計略を実行。
統率に難のある魔王軍をけしかけ、魔女の内通者を派遣したのだ。
メイ・レッドベルが城下町にて陽動作戦を展開するのも、サレンダーは予想済みであった。
事前に内通者による偽情報を用いてフォボシア島に魔王軍を呼び込み、占拠させた。
同時に倫人は、第二目標を進行させた。
まず作者と行動を共にし、パーティメンバーの死別を目撃させる事。
その傍らで、勇者が魔王討伐に必須でないと周囲に認識させる事。
それが第二目標だ。
仮想身体ヴェルシェを用いて、機を見計らって接触した。
グリーナ村に追い込んだ魔女の死骸を苗床に井戸潜みを発生させ、フォボシア島への時間稼ぎを行う。
ファルドはその性格上、認知したトラブルを見過ごせない傾向にある。
これまでのモニタリングで証明されており、実際これも上手く機能した。
協力者への報酬支払いも、滞り無く進んだ。
大飯食らいというイメージを与える事で、金遣いの荒さは見過ごされた。
そして、結果は彼女らの知る通りだ。
瓦解した魔女同盟は、程なくして姿を消した。
魔王軍も勝手に動いて、レジーナを石化させた。
ザイトンがそれを利用してガーゴイルにし、ブレイヴメイカーを狙撃した。
メイは魔王軍に捕らえられ、磔刑の塔へと幽閉される。
倫人からすれば、彼らが勝手に自壊していく様は抱腹絶倒そのものだった。
とはいえ、作者が偶然居合わせて一緒に捕らえられた挙句、予想以上に早く救い出され、行動を共にするというのは予想外だった。
サレンダーと倫人はいつでも彼らを監視できるようにはなっていない。
だからどうしても見落としはあった。
そして、メイと作者の接触を偶然にも全て見落としていたのだ。
しかも世界設定の介入者はレジーナであり、メイはレジーナと親友関係にあった。
だがしかし、それにもサレンダーは動じなかった。
ヴィッカネンハイムの屋敷は結界で隠れているが、これも遠からぬ内に焼き討ちにしてやるつもりだと、サレンダーは言葉少なに語った。
その策の具体的な内容を倫人は知らされていないが、ここまで上手く回ったのだ。
次もどうにかなるだろうと考えている。
事実、第二目標は達成した。
アンジェリカのクラスメートを利用した分断作戦をはじめとする数々の裏工作の末、アンジェリカは魔女になった。
そして、死んだ。
残るメンバーも、今となってはすっかり倫人とサレンダーの手の平の上だった。
ブレイヴメイカーの実力も、一騎当千には程遠い。
いざとなればリンチしてやるだけで、簡単に倒せるだろう。
もとより、そんな元気があるとは到底思えなかった。
メイの身体からは春と秋の聖杯と共に力を奪い、もはや身体能力は凡人と何ら変わらない。
これで聖杯は四つとも、手中に収めたのだ。
改変されたシナリオは、既に歩みを進めている。
魔王討伐は勇者という特定の個人ではなく、数の暴力によってのみ為される。
そしてファルドはその後に、国家への反逆者として処断されるか、勇者として祭り上げられた犠牲者という名の神輿として祭り上げられるか、いずれか一方を選ぶ事となろう。
ルチアは、倫人はルチアだけは気に入っていた。
控えめに見せかけつつも陰のある人物像。
原作設定とはおよそ相容れない裏設定が、この世界のルチアには存在する。
手元に置いておくのは、悪くない選択肢だ。
それにあのブレイヴメイカーが歯向かってきたとしても、人質として活用できなくもない。
「あとは魔王を倒すだけか。あいつら、エンディングには呼んでやるべきかな?」
《見せつけてやろう。第三目標だ》
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