自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第九十一話 「くたばれ、メアリー・スー!」


「お前と同じ絶望……!? アンジェリカをどうするつもりだ!
 ――どけ! どいてくれよ!」

 交わされる剣戟はあまりにも激しく、俺はどうするべきか悩んだ。
 加勢すべきか? いや、それともレイレオスは任せてアンジェリカを助けに行くべきか?
 和平交渉なんて今更、通じるような相手でもないだろ……。

 ここはやっぱり、アンジェリカを助けに行くべきだ。
 ヴェルシェ、頼むから持ちこたえてくれよ!

「ジラルドさん、ビリーさん、援護は頼みます!」

「もちろんさ」

「了解した!」

 灰色連中はいくら訓練しているとはいえ、本職の兵士達に比べればそんなに強くない。
 だから、竜巻でふっ飛ばしてやれば楽なもんだ。

 ただし殺さない。
 殺せば、一線を越えてしまう。
 奴等と同類の、修羅に堕ちる事になる。

「待ちなよ」

 灰色連中の一人が、立ちふさがった。
 声からすると、女だ。
 どこかで聞いた声なんだが、誰だ?

「――!」

 ヘルメット付きマスクを外すと、褐色の顔の、見覚えのあるお姉さんだった。
 ……そうか、親方は説得に失敗したのか。

 脳天気お姉さん、リーファだった。
 さすがのジラルドも面食らったのか、発動しかけた雷魔術を停止させた。

「本当に、こんな事をしていいと思ってるの?」

「リーファさんが魔女に恨みを持っているのは、知ってます。だが、全ての魔女が悪い奴とは限らない」

「……甘い、甘いよ、坊主くん! 魔女はみんな奪っていくんだ! おれの旦那も! 村の作物も! いろんな人達の幸せも!」

「相手が、悪かったんだ。今からでも遅くない。考えなおして下さい! リーファさんは、アンジェリカに何の恨みがあるんだ!」

「誘惑に負けて魔女になっちまった事だよ! だったら返してくれよ。おれの旦那をサ!」

 そんなの、無理だ……。
 旦那さんは、モードマンの言葉を借りるなら、運命を変える事を怠ったんだ。
 そして、リーファ。お前も!

 奪われたのは、そりゃあ辛いだろうよ。
 だが、魔女への復讐心に負けちゃ駄目なんだ!

 ……どうやって、伝えたらいいんだ?
 俺の出来事に置き換えて伝えたって、理解してくれるとは思えない。


 その時だった。
 アンジェリカの近くでのろしが上がった。


「最期の言葉を聞かせてやろう」

 ふと、その声の主――レイレオスを見る。
 レイレオスが手を挙げると、アンジェリカの轡が外された。

「ファルド、生きて……――」

 言葉は最後まで聞けなかった。
 磔にしていた柱へと、燃え盛る巨大な岩が落とされたのだ。
 メテオストライク。
 その単発版だ。

 メテオは爆発し、大きな火柱を上げて爆発した。


 アンジェリカが、死んだ……!

「アンジェリカあああああああああッ!!」

 悲痛に叫ぶファルド。
 俺達は、間に合わなかった。
 今までやってきた準備は、何もかもが無駄になっちまった!

「その顔が見たかった」

「ぐ、うおおおお、おおおオオオオオ!」

 ファルドの剣が禍々しく赤い光を発した。
 変化はそれだけじゃない。
 ファルドの両目もまた、青から赤へと染まっていく!

 ――まるで、魔女みたいに……。

 こんなの、俺は知らない。
 アンジェリカを失った絶望が、ファルドを変えちまったのか!?

「魔女の血を引く子だと!?」

 広場へと駆けつけたジェヴェンが、ファルドを見て驚愕する。
 ああ、遅いよ。遅すぎるんだよ、お前は!

「ジェヴェンさん……いや、ジェヴェン! こうなる前に、全力で抵抗するべきだった!
 魔王を倒せるのは勇者だけなんだぞ!」

「残念ながら、その仮説は否定された。私も、信じたかったが、群衆に対して一人の武人というのはあまりにも無力だった」

 ……なんで、そうなっちまうんだよ!

「言い訳はそれだけか!」

 俺は、ジラルドとビリーに目配せした。
 三人がかりなら、俺達にも勝算はある。

 せめて、この馬鹿野郎の目を覚まさせてやる。
 アンジェリカのような悲劇を二度と産まないように、魔女の墓場主力陣を殲滅してやるんだ。

 ファルド、レイレオスは頼んだぞ。


「悪いねえ、付き合ってもらうぜ! 大将さんよ!」

「ジラルド、早まるな」

「黙れよ。もうトサカにきちまったのさ。お前さん達の、筋の通らないやり方に!」

 ジラルドの両手から、雷鳴が轟く。
 ビリーもまた、騎兵槍に紫電を纏わせた。
 俺もそこに便乗して、氷の塊を掃射する。

「くッ……!」

 兵法も何も、あったもんじゃないだろう。
 怒りに任せてゴリ押しだ。
 なんて見せかけつつ冷静なんだよな、実際は。

 戦い方が変わっても、クセとかはそうそう変わらない。
 俺は急所を狙おうとするし、ジラルドは周りに雷を撒き散らして相手の動きを封じる。
 ビリーは蛇行しながらの突撃だ。


 悔しいが、パワーバランスは三体一でようやく互角だ。
 本気を出したジェヴェンは、粘り強い。

 ジェヴェンは後方を確認したかと思えば、俺達に背を向けて逃げ出した。

「さ、せ、る、か、よ!」

 大勢の灰色連中を見捨てて、テメーだけ逃げたって無駄だぞ。
 ジャンヌだっているんだ。
 まずはジェヴェンを縄にかけて、それからジャンヌには土下座して詫てもらう!

 レイレオスは、ぶっ殺す!


 ふと、足に違和感があった。
 動けない。
 どうなってやがるんだ!?

 前へと踏み出そうとして、俺はそのまま石畳にずっこけた。

「く、う!」

「……すまない」

 ジェヴェンは俺達を見下ろしながら、そうつぶやく。
 俺は咄嗟にジラルドとビリーを見た。

 二人は、意識を失っていた。
 ……これは、一体どういう事だ?

 マズい、ヴェルシェを呼ばないと!
 そういや、ヴェルシェは無事なのか!?
 まさかアイツも、俺達みたいに捕まっちまったか……?


 いや、ヴェルシェはいた。
 逃げるジェヴェンに背を向けて、俺達を見て、悠々と立っていた。
 俺達を助けようともしないし、ジェヴェンを追う素振りも見せない。

「――ヴェルシェ?」

「いやあ、申し訳ないッスね。本当はもうちょっと、心が折れたタイミングで仲間として取り入った後にしようかと思ったんスけど」

「何を、言ってるんだ」

 心臓がひっくり返りそうになる。
 背中に、嫌な脂汗が浮き出てくる。
 喉はカラカラに乾くし、頭は血と酸素を失ったかのように、重く沈んだような感覚がある。

「魔王は別のやつが倒す。あわれ、かつて勇者として祭り上げられた一行は、魔女にたぶらかされて道を外し、群衆に石を投げられ指名手配!」

「だから、何を言ってるんだ!」

「まだ解らないのか。この脳味噌カース・マルツゥは」

「わ、わかった。お前もレジーナみたいに操られてるんだな? 悪いが、ここは引かせてもらう。方法を見付けたら――」

「――ば~~~~~っかじゃねぇの!?」

 ヴェルシェは初めて、両目を開いた。
 獣のようにギラついた、薄黄緑色の瞳……
 ニヤついた、嘲笑するような眼差しを向けている。


「さっすが、テンプレにもなれない小説もどきの底辺作品しか書けない低脳は読解力がダンチだな。説明回でまるまる一話使わないと解らないでちゅか? う~ん?」

 ようやく理解できた。
 困惑で埋め尽くされた俺の心に、再び怒りが盛り返してくる。

「てめえ、裏切ったのか!」

「最初に言ったよね? 罠が得意って」

「――!」

 つまり。
 コイツは最初から、俺の事を。
 罠にハメようとしていたと。

 いや、違う。
 ハメていたんだ。実際に!

「最初からお前は、俺達の手の上で踊らされてた。この世界はとっくのとうに、お前のモノじゃなくなってたんだよ。ナハト・ブレイヴメイカー」

「なッ……――!?」

 どうしてその名前を知ってるんだ。
 お前も、俺と同じ世界から来たのか?
 じゃあなんで、体温を感じなかったんだ!?

 ……お前は、何者なんだ!?


「俺が、ゲームマスターだ」

 親指で自身を指し示しながら、意味不明な事を言う。

「シナリオを回すのも俺。NPCを動かすのも俺! お前はあくまでプレイヤーとして動くべきだった! そうすりゃお前のシナリオがどれだけ幼稚だったのかを再確認して、世の中には上がいるって事を思い知る! 創作者ヅラして下らない感想をあちこちに書いていくなんて馬鹿な真似、恥ずかしくってできなくな――」

 大演説をかましているヴェルシェの足元に、カードが幾つも刺さった。

「ようやくお出ましか。メイ・レッドベルさん」

「――……ひと足、遅かったかな」

 メイとヴェルシェ。
 両者が切り結ぶ。

「お前も、ずっと前から邪魔で邪魔で仕方がなかったんだ。
 事ある毎に邪魔しやがって。ジラルドとかいう痛い銀髪を差し向けたの、お前だろ? クロスオーバーやらスターシステムやら、下らない真似しやがってさあ!」

「さあ、何の話? ていうか馬脚を現すの、早すぎない?
 せめて、楽しかったぜ、お前との友情ごっこ――とか言ってみなよ。こんだけ騙してくれたんだからさ」

「何、それ」

「大人も子供も楽しめるカードゲームのアニメに出てきたゲス野郎のセリフ。丁度、君みたいなポジションだったんだよ?」

 この緊迫した場面でも、メイは相変わらずだ。
 鍔迫り合いのさなかに長台詞というのは、互いに余力がある証拠だろうか。

「あいにくアニメはまとめサイトで追っていく主義なんだよ」

「つまんない奴。あたしを遠ざけたのも、好き放題やりたいから?」

「そうだよ。チート能力使って、目立って、どこまで主役のお株を奪うつもりだ?」

「だから最初はコソコソしてたじゃん」

「言い訳がましいな! とにかくお前のやってきた事はぜ~んぶ無駄! 無駄、無駄!」

 ヴェルシェのスコップが俺の首筋に当てられる。
 メイは急いで肉薄した。

 ――その、刹那。
 幾つもの矢がメイに突き刺さる。

「お前もここで死ぬんだよ! この作り物の世界で!」

 顔を歪めてたたらを踏むメイの胸を、ヴェルシェの左手が貫いた。


「くたばれ、メアリー・スー!」


「あぐっ……!?」

 ズブズブと沈み込んだヴェルシェの左手は、やがて何かを掴んで引っこ抜いた。
 それは、聖杯だった。

 メイは両目を見開いてそれを見て、程なくしてその場に倒れこむ。

「だから脇が甘いんだって、どいつもこいつも。連携を意識した設定をしないから、こうなるんだ。
 描写も甘々。時代考証とかしっかり考えたら、ちゃんとできるだろ?
 こんなんだからブクマが10止まりなんだよ、ブぅレイブメぇイカーくぅん」

「ふざ、けるな……!」

「ともあれ、お前の世界は完全に裏返った。誰も味方なんていないんだよ」

 俺は髪を掴み上げられ、視線を強制的に変えられた。

「見ろ! あの優男モドキのファルドなんて、今じゃあのザマだ!」

 荒れ狂ったファルドは、剣に黒い煙を纏わせていた。
 振り回すたびに、ドス黒い粒子が灰色連中をズタズタに引き裂いていく。
 俺は、何も言えなかった。
 呼びかける事も、叫ぶ事も。

 ファルドは敵が見える限り、どこまでも離れていった。
 俺が初めから視界に無かったかのように、次の敵へと走っていく。

 ……あっという間に、見えなくなった。

「ふはは、はーっはっは! どうよ? 悲惨だろ? 悲劇だろ?
 お前の物語なんてな、これなんかよりよっぽどクソだ。カスだ! 読む価値すら無い!
 アレンジを加えてやった、この俺に、土下座して感謝の気持ちを伝えてくれなきゃなあ!」

 脳天をスコップで殴られ、俺はゆっくりと気を失っていく。
 ヴェルシェの耳障りな高笑いだけが、俺の聴覚を支配していた。

「せいぜい、観客として楽しめよ? お前のよりも数百倍楽しい物語を!」



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