自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第八十八話 「これが最後だ! 二度とここには帰らん!」


 帝国はとんでもない物を残して行きました。
 このデカブツです。

 砲台を全て潰されたと見るや、ギルゲス・ガンツァは格闘の構えを見せた。
 三百もある砲台を搭載していてなお、格闘戦にまで対応しているとは。
 一体どういう術式を組んだのか、当時の技術者連中に問い詰めたいな。

 挙句、地上からはマガク・ガンツァが援護射撃してくるし。
 ギルゲス・ガンツァの主砲に比べりゃ豆鉄砲なんだろうが、それでも当たるとヤバいことに違いはない。

 既に何発か貰った。
 ルチアがその度にヒールをかけるが、患部に直接じゃないから治りが遅い。
 思ったより、ジリ貧だな。

「ヴェルシェ、借りるぞ」

 泡吹いて伸びているヴェルシェの手からライフルを取り、二丁で構える。
 この銃、反動があんまり来ないんだよ。
 だからこうやって、二丁銃なんて芸当も可能だ。

 魔術が通じないにしても、こういう攻略法があるなんてな。
 一昔前は大砲で壊そうというのも試したらしい。
 もっとも、ギルゲス・ガンツァが砲弾を片っ端から撃ち落としたらしいが。
 雑魚ガンツァに近付いて銃で撃つというのは、それを考えれば仕様の穴を突いた上手い攻略だろう。

 ちなみにこの銃、量産はできないそうだ。
 いわゆるブラックボックスらしくて、解析できないとキリオが残念そうにしていた。

 まあ、そんなホイホイ作られたら戦争の形が変わっちまうしな。
 ファンタジーなんだから、そこは上手く線引きしないと。
 魔王の奴も、なかなか考えたな。

 さあ、デカブツの足元も雑魚がだいぶ片付いたぞ。

「ミランダさん、今です!」

《はい! カグナ・ジャタ、聞こえましたね》

《無論だ》

 急降下、それから足元を狙って、渾身のドロップキック。
 カグナ・ジャタの全体重を乗せたドロップキックは、ギルゲス・ガンツァの足を容赦なく踏み砕いた。

 飛び去るカグナのすぐ横で、ぐらりと仰向けに崩れるギルゲス・ガンツァ。
 後は俺達の出番だ。

「最後の一撃は、俺達が」

《待てい》

「へ?」

《腕も潰す。それと、首もだ》

 あー、動力部に辿り着く前にはたき落とされたらたまったもんじゃないからな。
 妥当な判断だ。

「お願いします」

 一方的な蹂躙が始まった。
 まるでサバンナの荒野で、手負いの草食動物をついばむ猛禽の如く。

 石造りの装甲はコンガリと炙られた。
 そうして弱ったギルゲス・ガンツァの首は、いとも容易く噛み砕かれてゴトリと落ちた。
 付け根から、おそらく魔力を循環させていたであろう液体が噴水のように飛び散る。

 両腕も、残った足も、すぐにボロボロになった。

《……良いぞ》

「あ、はい」

 つくづく、カグナ・ジャタが味方になってくれて良かった。
 こんなの勝てる気がしない。
 とはいえ、後にも先にも今回限りだな。
 コイツのドラゴンブレスは範囲が大きすぎて、乱戦だと確実に味方を巻き込むだろう。


 もはや身じろぎ一つしないギルゲス・ガンツァの残骸。
 ひーちゃんに乗りながら、俺達はその心臓部付近に着地する。
 手紙に添付されていた設計図が正しければ、聖杯はこの近くだ。

「ヴェルシェ、銃に続いてスコップも借りるぞ」

 まだ気絶しているヴェルシェの背中から、俺は古びたスコップを取った。
 ……軽いな、このスコップ。
 アルミ製か? よく今までポッキリ行かなかったな。

 俺はそのまま心臓部の所へと歩き、スコップで地道に胸回りを掘っていく。
 流石にこの作業は、カグナ・ジャタにやらせちゃマズい。
 聖杯ごとぶっ壊されたら、目も当てられないからな。

 見えてきた。
 夏の聖杯は、直径10センチほどのコードがスパゲティみたいに絡みついた状態で、そこにあった。

 後はこれを、抜き取れば……!
 ところがぎっちょん、結界でコーティングされてやがった。

 しかも!

「――んおわ! 何だ!?」

 再起動だと!?
 あり得るのか、こんな事が!
 ギルゲス・ガンツァは両腕から真っ黒な触手みたいなのを生やして、ブリッジの姿勢で立ち上がる。

「シン! 戻れ!」

「戻れっつっても、こう揺れちゃ、わあっ!?」

 戻れなかった。
 ブリッジから急に、膝立ちになったのだ。

 俺は足を滑らせそうになるが、これは突き立てたスコップにしがみついたからセーフ。
 だが、問題はひーちゃんと仲間達だ。
 デカブツが寝返りを打った時、触手に薙ぎ払われて吹き飛んじまった!

「やりやがったな、畜生! うわ! 痛ぇ!」

 ……揺れで転落するかと思った。
 上手く砲台の残骸に引っ掛かったから良かったものの、この高さじゃ下まで落ちたら即死だ。
 まったく! このデカブツ、往生際が悪いぞ!

 まずは安否の確認だ!
 俺は、ヒトデ型通信機を使う。

「ミランダさん! ファルド達は!」

《今やっています! カグナ・ジャタ、急いで!》

 えっと、どこ行った?
 ――いたぞ。

 派手に吹っ飛ばされたな……。
 みんな、無事だといいんだが。

 あ、カグナ・ジャタがキャッチした。
 ナイスキャッチ。

 しばらくして、通信機から怒号が響く。

《だから俺は反対だったんだ! また無理をして! シンの馬鹿!》

「ごめんな、ファルド。後でみんなに土下座する」

《そういう問題じゃない! お前は死にたいのか!》

「名案の神様がそっぽ向きやがったんだよ!」

 俺だってな!
 予言も無しにゼロから色々考えるのに、無い知恵をどれだけ絞ってると思ってるんだ!
 危うく知恵熱が出るところだったんだぞ!

 みんなごめんね!
 後でたっぷり奢るから許してくれ!

「……気を取り直して」

 とにかく、しつこいデカブツを早いところ黙らせないと。
 よく考えろ、俺。
 総動員するんだ。
 ここまでの旅路で使ってきたアイテムと、培ってきた経験を。

「……閃いた」

 華麗なる逆転劇を。
 それは、リントレアでザイトンと初めて会った時の、アンジェリカの言葉がヒントだ。

『魔法学校では基礎教養の項目ですよ。春が風、夏が雷、秋が火、冬が水に対応しているって教わりました』

 夏の聖杯は、雷属性を纏っている。
 マガク・ガンツァは各種属性を、相手によって使い分ける。

 ジラルドは雷属性を得意としている。
 マガク・ガンツァに雷属性の魔術を使って、対抗属性である土の状態にさせる。

 そこから俺を狙わせる。
 ルチアに、ホーミング・エンチャントを使ってもらう。

 うん、完璧だ。
 あいつらがこの作戦を見越していたら詰むが。

 と、いうワケで。
 かくかくしかじか四角いムー(諸事情により最後の一文字は検閲されました)。

《……わかった、やってみるよ。ジラルドさん、頼みます》

 次々と飛来する雷の塊。
 ただ、飛距離が足りないな。
 途中で霧散している。
 霧の中だから通りがいいと思ったんだが、ジラルドの魔術はやっぱり近距離専門か。

「もうちょっと近付いて」

 マガク・ガンツァは相変わらず俺を狙っている。
 次から次へと飛んでくる、色とりどりの魔術。
 俺は、これを風属性の魔術で防いだ。

 デカブツは肩を壊したのか、可動域が狭いみたいだな。
 俺を摘んで放り投げようとはしてこない。
 戦時中の突貫工事もあるんだろうがな。
 コイツが生み出された頃には、戦局が逼迫してただろうから。

 お、マガク・ガンツァの放つ光がみんなオレンジ色だ。
 あれは土属性、だったな。

 ファルドがいつかに言っていた、初めて戦う相手はよく観察しろって言葉が役に立つ。
 ……あの言葉も、オフィーリアが言ってたんだよな。

 こうして考えると、なんだか感慨深いよな。
 敵との出会いや関係が、巡り巡って物語を解く鍵になるなんて。

 投石、というより岩石投げか。
 幾つもの岩が、ストレートな軌道を描いて飛んできた。
 だが、途中でその全てが俺ではなくその遥か頭上へと逸れていく。

 ルチアがやってくれたんだ。
 ここまでの戦いでルチアは、ホーミング・エンチャントをより正確に、より素早く、より多くの相手に掛けられるようになっていた。
 しかも二度掛けで障害物を避けさせるという、小技まで覚えてたのだ!


 信吾流ピタゴ○ラスイッチは見事に決まった。


 結界がブチ破られ、今度こそデカブツは動きを完全に止めた。
 デカブツが斜めに仰け反ったので、俺はそれをよじ登る。

 あるぞ、あるぞ!
 夏の聖杯、ゲットだぜ!

「これが最後だ! 二度とここには帰らん!」

 完 全 勝 利 !

 俺は聖杯を手に、ひーちゃんの背負った馬車へと飛び移る。
 そこでもみくちゃにされた。

「やりましたね!」
「どうなるかと思ったぜ」
「お前さんのド根性には、毎度痺れるね」
「全くだ!」
「シンさん、本当にお疲れ様です!」

 長い道のりだった。
 残る懸念はアンジェリカだけだ。

 迷子の女の子を助けるのは、ファルド。
 お前の役目だ。

「シン! 霧が……」

「おお、マジか」

 霧が、晴れていく。
 見えてきた空は、俺達の勝利を祝福してくれるかのような、爽やかな夏の晴れ模様だった。






 ――突如。

 雑魚ガンツァ達が爆発していった。
 真っ赤な火柱を上げて、粉々に飛び散っていく。

「な、なんだ!?」

 ボスがやられたから、自爆装置でも作動したのか?
 いや、違う!

 よたよたと歩き回る人影。
 それがガンツァに触れた途端に爆発していく。

 ファルドの指示で、ひーちゃんは高度を落としていく。
 人影に近づくにつれ、鮮明になっていった。

 ……アンジェリカだった。
 数多の魔女に同じく、その両目の虹彩は赤く変色していた。
 アンジェリカが魔女になったのは紛れも無い事実であると、何よりも雄弁に指し示しているようでもあった。

「ああ~! やっぱりいた!」

 魔女になったあの日と同じ、素っ頓狂で調子外れな声音だ。
 服装は前にもましてボロボロで、下着はほぼ丸見えになっていた。
 なのに、アンジェリカはそれを恥じる様子もない。

「アンジェリカ! アンジェリカ、無事だったか!」

 ファルドは、いの一番に飛び降りてアンジェリカを抱きしめようとする。
 ここまでなら、感動的な再会だった。

 だが、アンジェリカはファルドを押し倒す。
 そして、その上に馬乗りになった。

 俺も、ルチアも、ジラルドも、ビリーも、呆然とそれを眺めるしかなかった。
 今まで見てきたどの魔女よりも、アンジェリカは……狂っていた。

「ファルド、寂しかったわ。ずっとずっと、待ってたのよ?
 いつか助けに来てくれるって、私、もう待ちきれなくて……」

 妖艶な手付きで、アンジェリカはファルドの顔を撫で回す。

「あ、アン、ジェリ、カ……?」

「待ちきれなくて沢山殺しちゃった! だって嫌いなんだもん!
 でも食べると美味しいのよ! 私じゃないと食べられないけど!
 もう心配いらないわ! コイツを壊せばいいのね?」

 ファルドはアンジェリカを押しのけようとするが、逆に両手を地面に押さえつけられた。
 魔女になる前までは考えられない、人間離れした馬鹿力だった。

「アンジェリカ、いいんだ。もう、いいんだよ。
 動力には夏の聖杯が使われてたんだ。抜き取ったから、もう動かないよ」

「へぇ~聖杯!」

 ポンッと、己の頬の横で両手を合わせる。
 満面の笑みだった。

「誰から聞いたの? それ」

 だが、声のトーンが落ちる。
 それは、危険なサインだった。

「……ねえ、誰から?」



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