自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第八十一話 「こんなの、無傷で突破してやるわよ」


 数日待ち続けてもメイは姿を見せなかった。
 アイツのテレポートの特性上、一度見た場所なら一瞬で来れると思うんだがな。
 仕方がないから、メイを待たずに王国へと戻る事にした。

 レジーナも、あれっきり目を覚まさない。
 どうにかしないとな。ザイトンに尋問したが、何も知らないらしい。

 この畜生司祭め。
 殺せばレジーナが再び石化状態に戻るから、見逃してやってるが……。
 コイツがやってきた仕打ちが真実なら、俺はコイツを絶対に許さない。


 余談だが、ひーちゃんの傷は治すのに三日を要した。
 数人がかりのヒールも、図体がでかけりゃそれだけ時間がかかるって事だな。

 問題はそこだけじゃない。

「この時期は、霧がすごいのか」

「そうなんだよ! 毎年、黒い森の上空は凄まじい霧が出ていてね!」

 揚々と話すビリーだが、暢気すぎませんかねえ……。

「シン、ごめん。集めてきた情報をまとめると、ここを通るのが一番みたいなんだ」

 御者を務めるファルドが、振り向いて言う。
 まあ仕方ないっちゃ仕方ないんだろうが……。
 流石に三ヶ月も待って、霧とか沖の大嵐が消えるのを待ってからじゃ何が起きるか判らんからな。

「時期が悪かったが、仕方ないさ。護衛の連中に頑張ってもらおうぜ」

「そうとも! ネモが付いてくれるから、大丈夫だ!」

 根茂教介ねも きょうすけ
 帝国製の黒い快速船で出会った、飛竜兵の男だ。
 まさか彼を筆頭とする飛竜爆撃部隊が、引き続き護衛で付いてくれるとは思わなかった。

 なんでも、俺を気にしてくれていたらしい。
 世話焼きな性格だもんな。根茂は。

「それに、霧の中だから敵の襲撃も滅多に無いッスね」

「なあ、そうやってフラグをホイホイと建築するのそろそろやめてくれねーかな?」

 ただでさえ回収率がダントツで高いんだから。

 そこに、真っ赤に光る炎の塊が、ひーちゃんをかすめて行く。

「ほら言わんこっちゃない! なんだよ、アレは!」

 避けたのに熱いし、めちゃくちゃ揺れた。
 脳味噌の血流がフワッと抜けて、目眩までしてくる。

「知らないわよ! 何なの、一体!?」

「しっかり掴まれよ!」

 どこの差金だ?
 魔王軍が飛竜を飼ってるのか、それとも野良か!?
 そもそもあの火球は飛竜のものか?
 もしかしてレイレオスの仕業とかじゃねえだろうな!?

 ヒトデがピーピーと音を出す。

《三時方向より砲弾! 総員、緊急回避! 緊急回避!》

「ま、に――合わない!」

「うおわああッ!?」
「きゃあ!?」

 ああもう、ふざけんなよ!
 マジでふざけんなよ!
 きりもみ回転しながら転落してるし、これ死ぬだろ!

「ひーちゃん、頑張りなさい!」

 アンジェリカは目を回しながらワケわからない事を叫んでるし。
 もうこれ、最終回でいいんじゃないかな!

 嘘! 嘘!
 生きろ!


 *  *  *


「い、痛ってぇ……」

 ……生きてました。
 全く、一体どうなってるんだ。
 リュックサックと、湿気った地面がクッションになってくれたから助かったが……。

 割と満身創痍だぞ。
 こんな状態で敵と遭遇してみろ。
 間違いなく、ピンチだ。


 辺りを見回す。
 ここらは多分、黒い森だな。
 真っ黒な葉っぱを付けた木々が、鬱蒼と生い茂っている。

 だが木の密度が少ないな。
 相変わらず視界は悪いが、それは霧が濃いからだ。

 森の奥まで入れば、それこそ太陽の光すら阻まれるだろう。
 参ったな。
 もしかして、知らず知らずのうちに、メルツホルン線のほうにズレてたか?

 元々この“黒い森”は、帝国製の自律人形ガンツァが闊歩するメルツホルン線を迂回するルートとして、アレクライル王国が使っていた。
 森の中では陽の光が届かず、闇討ちなんかもし放題。

 だから、ここは多分なんだが、その境界線だろう。
 厄介な場所に来ちまった。

 メルツホルン線は湿地帯だから、ぬかるみに足を取られる。
 こんな状態で敵と遭遇してみろ。
 間違いなく、ピンチだ。

 大事なことなので二回言いました。

「おーい! 近くに誰かいるかー!」

「ごめん、シン、そこにいる?」

 アンジェリカだ!
 声のする方角へと走ると、案外近くだった。
 てるてる坊主みたいに、上着が枝に吊るされてる。

「……一応、無事って事でいいよな?」

「何とかね。悪いんだけど、降ろしてくれない? 木に引っかかっちゃって」

「オーケーだ」

 なるほど、なるほど。

 木登りなんて経験は無い。
 だが俺は幸運にも、手元に杖がある。

 そこに大木があるじゃろ?

 これ(杖から発生させたビーム)をこうして(大木の幹に切れ込みを入れて)。
 こうじゃ!(幹を蹴飛ばす)。

 メリメリと音を立てて、木が折れる。
 後は引っかかった上着をほどくだけの、簡単な仕事だ。

 ううむ。
 本日はお日柄もよろしゅうござんす。
 スカートから垣間見えたデルタゾーンは、この森に立ち込める濃霧と同じ白色だった。

「どこ見てんのよ、馬鹿」

「あ、はい。すみませんでした」

 見えちまったもんはしょうがないと思うんだが。
 よーし、眼福眼福。
 気合も入ったし、頑張って探すぞ。

 ……余裕ぶっこいてる暇なんて無いんだ。
 しっかりしろ、俺。

 もしもこの襲撃が、またしてもザイトンの仕組んだ罠だとしたら。
 ファルド達はもちろん、俺やアンジェリカも危ないんだ。

 早く合流しないと。


 しかし、合流したのは期待した相手じゃなかった。

「あれ! アン、久しぶり~!」

 いたな、こいつら。
 確かフェルノイエのパン屋でたむろしていた、スイーツ(笑)集団だ。

 今、俺の正直な見解をここに述べるとしよう。
 呪! 忌々しき再会!

 何が忌々しいって、出くわしたのがこのスイーツギャルだけじゃない事だ。

「ねえ聞いてよ、学校の課題で魔物の討伐をやってたんだけど、先生から離れちゃ駄目って言われてたのにね?」

 軽薄なる女生徒が指差したその先にいるのは。

「久しぶりじゃーん、ええ?」
「ちっとも嬉しくないですよねえ」
「俺っち、てっきり助けに来た人かと思ったんだけどな」
「ヒャー! このままじゃ留年確定ジャーン!?」
「っるせェんだよ、カキメザ。お前ェな、単位一番ヤベェの解ってんの?」

「ちょっと男子~、元はといえばそっちが調子こいて奥まで行くっつったからでしょ~?」
「大丈夫だって。あんなデカい火の玉、空でも飛んでなきゃ喰らわねえからっ!」

 ユヴォルなんちゃらと不愉快な仲間達も一緒なのだ。
 不肖、信吾。
 この生涯において、かつてこれほどの遺憾はあっただろうか。
 嗚呼、如何にしてこの激情を鎮めるべきかや。

「アンジェリカ……早く帰ろう」

「同意だわ」

「ねえねえ! ファルド君は!? 一緒だったんでしょ!?」

 尻軽の一人がアンジェリカに詰め寄る。
 こんな状況だってのに、何を抜かすかと思えば。

「まあね……」

「ホント!? やった! 助けてもらおうよ!」
「ファルドって、あの金髪のガキだろ。あんなのより、俺達と付き合えよ」
「いーやーでーすぅー」
「アンジェリカに言ったんだよ。誰がおめーらみてえなブスと付き合うか」

 別にブスじゃねえだろ。
 むしろ好きな人は好きな部類の造形だと思うがな。
 こういう顔立ち……肉食系の、なんというか。

 だいたいな!
 なんで!
 あの学校は!
 こういう畜生がのさばってるんですかねえ!

 いや、俺も中学校時代にこういう手合いを山ほど見かけたな。
 机に座ったりとか、自由帳を勝手に奪って朗読したりな。

「アンジェリカ、胃薬あるか」

「そのリュックサックの中よ。多分、泥で駄目になってるわね」

「神様、今だけでいいから俺の胃を強化してくれ……」

 大体、お前らがそんなに騒いだら、何が出てくるか判ったもんじゃねーだろ。

「きゃー! 何アレ!」

 ほら、言わんこっちゃない。
 奴等が指差すその先にあるのは、頭の無い鎧みたいな物体だ。

 ただ、本来兜が乗っかっているべき場所にはトゲトゲの球体が浮かんでいる。
 それに、胴体はえらくズングリしているのに、両足はやけに細い。
 どえらいアンバランスな造形だ。
 そしてその表面は、岩のようにゴツゴツしている。

 十中八九、アレだな。

「錬金術の基礎テキストにも載ってたけど、マガク・ガンツァね。魔術を使う厄介な奴よ」

「さっすがアンジェリカ、くっわしーい!」

「授業をちゃんと受けていれば、余裕でしょ。あんなの一年生の中間テストの範囲よ」

「ちぇ、せっかく褒めたのに可愛げがないんだー」

 生々しい会話をやめてくれねーかな?

「奴は一体とは限らないぞ。油断するなよ」

「ハッ! 余裕だろこんなドンガメ! オメーは後ろで休んでりゃいいんだよ!」

 ユヴォルさんは頼もしいですねえ……。


 *  *  *


 初めのほうこそ和気藹々と会話してたが、それがマズかった。
 ぶっちゃけ、ナメていた。

 いや、俺は傷もあるから気を引き締めてたんだが、不良共がな……。
 遊びながら余裕かまして、リンチとかしてたんだ。

 だが、このマガク・ガンツァは予想以上に強いのだ。
 マガク・ガンツァは胴体部分に浮き出た魔法陣の色によって、使用する魔術や耐性を持つ属性が変わる。
 それも、不定期かつ、複数体が上手くバラけるようになっているのだ。

 複数体。
 つまり今、俺達が相手にしているマガク・ガンツァは単体ではない。
 数にして十体は余裕でいる。

 連中が遊んでるうちに、わらわらと集まってきたのだ。

「無理! 逃げよ!」

「ざけやがってよォ!」

 次々と悪態をついて散り散りになっていく生徒達。
 お前らマジで何しに来やがったんだ。

「残されたのはアンジェリカと俺だけか」

「あんまり頑張り過ぎないでね。アンタの怪我を私は治せないんだから」

「お前も怪我すんなよ。ファルドに合わせる顔がない」

「こんなの、無傷で突破してやるわよ」

 俺達は杖を構えて、見据える。
 ゆっくりと寄って来る、石造りの自動人形達を。



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