自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第七十六話 「果たして、そう上手く行くかな」


 ミランダのコンサートは無事に終了した。
 観客達も、さっきの騒動は忘れてじっくり楽しんでくれたようだ。
 結局、レジーナも現れなかったし。

 水平線に沈む夕日が、コンサートを幻想的な雰囲気にしてくれた。
 いいね、ああいうのは。


 さて。
 みんながそれぞれ所用で出掛けている中、俺は部屋にてリュックサックの荷物整理だ。

 明日には出発しなきゃならない。
 行き先は、帝都ゲールザナク。
 予言によれば、スナファ・メルヴァンが現れる場所がそこだ。

 正直もう予言なんて、アテにならないと思う。
 だが、原作がエタるのはこの辺だ。

 気になるのは、魔王が一度も現れない事だが……。
 まさか、実はもう魔王は死んでるとか無いよな?

 ……無いな。
 側近があれだけ元気に馬鹿やってるんだ。
 まして、ライフル銃なんて武器が出回るんだから、間違いなく魔王の仕業だろ。

 もうすぐ出てくると思う。
 原作と違って、こっちの仲間は多い。
 俺と、ヴェルシェと、メイと、ジラルド、ビリー。

 いや、待った。
 本来は仲間になる筈だった連中が、軒並み魔女として敵対するんだよな?
 結局、原作以上に辛い戦いになりそうだ。


 ましてや未解決の問題もある。
 ザイトン司祭の裏切り。
 操られたレジーナ。
 規模を増した魔女の墓場。
 奴隷魔女の待遇改善。
 そして、謎の剣士レイレオス。

 他にも優先度は低くなるが……。
 アンジェリカとルチアの家庭の問題とか。
 ヴェルシェの故郷、エルフの里とか。
 割と山盛りだ。

「畜生! 魔王のやつ、許さねえ!」


 などと憤慨する俺を、ドアのノックが止めた。
 ガチャリと開かれたドアから現れた銀髪の男、ジラルドだ。

「よう。出かける前に、人魚の魔女でも拝みに行こうぜ」

 そう言って親指でどこかを指し示すジラルド。
 相変わらず暢気な奴だ。
 左目をやった相手を許せるだけの度量があるし、俺とは根本的に考え方が違うんだろうが。

 だがな、ジラルド。
 今回はメイの友人が操られてるって事で、事情もあの時とは色々と違ってくる。
 ファルドじゃないが、急いだほうがいいってのが俺の見解なんだが――。

「納得行かないかい? だがそろそろ見えてくる頃さ。
 冒険のヒントは、いつだって身近な場所に転がってる。お前さんにとって、それは大切なものだと思うぜ」

 えー、今まさに歩いています。
 結局は抵抗虚しく、こうしてミランダの私室へと向かわされています。

 ところで、そこに何のヒントがあるんですかねえ……。


 部屋に到着。
 どでかい水槽が、台車の上に載せられている。
 俺は、その水槽の中で泳いでいる奴を凝視した。

 へえ、コイツが人魚か……。

 ぬるっとした質感の、グレーの体表。
 少し尖った鼻と、立派なヒレ。
 彼女は、クケケと甲高い美声を響かせる。

 ……。

「――イルカじゃねーかッ!!」

「そちらの方は護衛です。魔術の心得もありますのよ」

 ミランダが部屋の奥から現れ、解説してくれた。
 その隣には、亜麻色の髪をした女性。

「お初にお目にかかります。わたしは、セレジーと申します」

「悪いね、どうしても顔合わせを済ませておきたかったのさ」

「……色々と手配をして下さったことは感謝しております」

 悠然としたジラルドとは対照的に、セレジーは複雑な表情をしている。
 まあ言ってみれば、ジラルドの雇い主はセレジーを分解しようとしてたからな。
 ジラルド自身にそのつもりは無くとも、バックで繋がってると思うとちょっと素直になれないってのは解る気がするな。

「手配に関しちゃ礼には及ばないぜ。この黒髪のイカした親友から、そうするように頼まれたんだよ」

「ありがとうございます、えっと……」

「シンといいます」

「――! では貴方が! シンさん、ミランダが歌姫として成功したのは、貴方のお陰だと聞いています。本当に、ありがとう」

「いやいや、僕はモノ作りに携わる人達に、例外なくエールを送ってるだけですよ」

 その後、どうしても何かしらの礼をしたいと言ったので、レジーナについて何か知らないかを訊いてみた。
 直接的な情報は殆ど無かったが、身を隠して移動する上でのセオリーはしっかりと勉強できた。
 まあ、隠遁生活も長いだろうからな。
 色々と腕に覚えがあるんだろう。


 *  *  *


「ふぅん。黒い森と、谷を抜けるルートなのね」

 俺が机に広げた地図に線を引いている最中、次々と仲間達が戻ってきていた。

「ああ。スナファもといレジーナが帝都に向かうなら、空からの監視が届かない場所に潜伏するだろうからな」

 ソースはセレジーの情報と、原作でのレジーナの立ち回り。
 とはいえ、どうにもスナファになってからは間抜けなんだよな。

「俺とビリーは別のルートで漁ってみるよ」

「どうしてですか? 一緒に行けばいいじゃないですか」

 出発するジラルドに対し、ファルドが不安そうな顔で問いかける。

「だが、お前さん達の運び屋さんは、御者含めて定員七名だろう?」

 ファルド、アンジェリカ、ルチア、ヴェルシェ、メイ、そして俺。
 帰りにレジーナも乗せる事を考えると、ちょうど定員だ。
 流石に無理してジラルドとビリーを乗せたら、何かあった時に動きが重くなる。

 よって、ルーザラカもお留守番。

 ただでさえ人数が多すぎて、頭の処理が追い付かないんだからな。
 これで色々と混みあった状況下になれば、いよいよお手上げだ。

 パーティの人数を限定したり複数のチームに分けるのも、そういう理由だ。
 決して作者が書ききれないとか、そういう理由じゃなくてだな。

 ……何を言ってるんだ、俺は。

「そういえば、メイは?」

「姿を見ないわね」

 こういう時だいたい真っ先に戻ってくるんだが、今日に限ってやけに遅い。
 まさかどこかで道草を食ってるなんて事は……あるいはその逆か?
 いや、まさかな。

「ルチアとヴェルシェもだ」

 なんでだよ。

「た、大変じゃ! わらわの部屋に、こんな置き手紙が!」

 ルーザラカが血相を変えて走ってくる。
 今度は何だよ。
 だいたい想像はつくが。
 アンジェリカが手紙をひったくる。

「なになに……」


『話は聞かせてもらったよ。
 先に行ってます。
 大切な友人なの。
 できれば自力でケリを付けたい。
 駄目だったらごめんね。

 追伸:
 クロスボウ、返すね!
 部屋の戸棚に置いてくから、誰か使ってください!

 メイ・レッドベル』


「うぐぐぐぐぬぬぬ……!」

 まさかどころか、予想の斜め上だ。
 馬鹿じゃねーの!?
 あれだけ視界ジャックで酷い目に遭ったのに、なぁーにが自力でケリだ。
 しかもルチアとヴェルシェを連れて行ったんじゃ、自力もクソもねーだろうが!

 そういうのを世間じゃ何て言うか知ってるか!?
 死亡フラグって言うんだよ!

「本日中に、しゅっぱァーつッ!!」

 力を取り戻した途端にこれだ!
 ファルド、お前の気持ちがよく解ったよ。

「俺達全員で取り戻してやるんだ、絶対に……!」

 俺のシナリオを、俺の世界を!


「果たして、そう上手く行くかな」

「――誰だッ!!」

 全く聞き覚えのない声だった。
 底冷えするような、氷点下の悪意がその声音には含まれていた。
 ……だが、この場の誰もが俺を見て、目が点になっている。
 またこのパターンだ。

「ど、どうしたんだ? シン」

「おかしいな。確かに誰かが、俺のパッションに水を差しやがった気がしたんだが」

 ファルドの剣レーダーも反応無し。
 今までと違うのは、俺が“誰かが喋った”という認識も無いのに声が聞こえてきた事だ。

 嫌な予感がするのは、これで何度目だろうな。



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