自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
間話i 蹂躙者の回答
「こちら“オブリビオン”」
夏目倫人。
それが暗号名オブリビオンの本名だ。
「“サレンダー”に報告する。第一目標クリア」
彼の目に映る景色は、破壊し尽くされた家屋。
そして、それを目の当たりにして愕然とする青年と、登場人物達。
それらが、真っ暗な空間の中に浮かぶモニターに表示されている。
第一目標とは、物語の節目で『原作』と大きな違いを見せ付けてやる事だ。
そこに至るまでの仕掛けを作り上げるのには随分と苦労したが、ようやくそれが実を結んだ形となる。
《おつかれ》
視界の端に、無愛想な文字のメッセージが表示される。
いつものことながら、倫人はサレンダーのぶっきらぼう過ぎる言葉遣いに閉口させられる。
文字だけで表示される為に全く感情が読み取れないというのも、その原因の一端を担っていると言えた。
《仮想身体は上手く活用してるか?》
「お陰様で。体格が違いすぎて、慣れないけど」
倫人は数年前に自殺して以来、こうしてサレンダーに提供された真っ暗な空間で、他人の作品の世界に干渉するという実験に付き合わされている。
此処での彼は、ガス状の身体をした“青白い何者か”だった。
だから作品世界に潜り込む時には、コミュニケーション用の仮想身体が必要だった。
……死して神に近しい存在の目に留まり、異世界へと召喚される。
それだけを見れば、倫人の嫌う小説ジャンル『異世界転生』そのものだ。
だが大きく違うのは、寧ろ倫人がそういったジャンルに嫌悪感を持っているからこそ呼ばれたという点。
サレンダーはこのように述べた。
《作品の世界に作者を召喚して、改竄済のシナリオを辿らせる》
《作者の心を折り、何も作れなくする》
《駄作ばかりを生み出す雑魚を一掃、良い作品だけをこの世に残す》
その実験第一号の被験者として呼ばれたのが、あの黒髪の青年という事らしい。
あの青年がこの世界の創造者だという事を聞かされ、そして作品がモニターに提示された。
読み進めると、そういえば見た事がある作品だと思った。
確か、最後に感想文を書いたのがこの作品だった。内容は流し読みであった為、ろくに覚えていないが。
しかし、倫人は訝しんだ。
どうしてこんな、見向きもされない未完小説の作者を選んだのか。
それに対し、サレンダーは答えた。
《影響力の低い奴で実験すれば、失敗しても問題が無い》
《実験が上手く行けば、影響力の大きい大手作家を被験者として選ぶ》
《現実世界のあらゆる創作者、特に漫画と小説を手掛ける者達を意のままに操る》
はじめ、それを倫人は何と馬鹿らしい計画だろうと一笑に付した。
だがサレンダーは失笑など意に介さず、倫人の状況を淡々と説明した。
倫人が趣味で書いていた小説が、二百近い話数であるにもかかわらず誰の目にも留まらず、感想は皆無だった事。
心が折れて、その作品を削除した事。
腹癒せとして他人の小説に非難じみた感想を書き続けていたが、やりすぎてアカウントを消すはめになった事。
就職活動で失敗し、何をやっても上手く行かないと日頃から零していた事。
やがて、この世の全てを恨みながら、首吊り自殺をした事。
それらの条件は、サレンダーにとってまたとない逸材であるという事。
その話を聞いた倫人は、サレンダーから超常的な何かを感じる他なかった。
つぶさに日常生活を覗き見ていなければ、そこまでの情報など得られまい。
まして、確かにこの世を去った筈の自分自身が、何故か人間離れした身体で真っ暗な空間に居るという事実は、倫人がサレンダーに対する期待感を抱くには充分すぎる材料だった。
こいつなら、面白い事をしてくれるかもしれない。
コールタールの如く淀んだ精神に、何らかの快楽をもたらしてくれる存在だというのならば。
倫人はもう、サレンダーを嘲笑しなくなった。
それに自分より実力の劣る、数の増えすぎた作家気取りを根こそぎ消し去れば、少しは自分のような境遇の人間を減らせる。
そういった点で利害が一致してもいる。
もはや、手を組まない理由など無いだろう。
《第二目標では仮想身体が必要になる》
《有効に使うように》
《何かあれば質問どうぞ》
「いや、特には」
《はい》
メッセージウィンドウが消える。
倫人はガス状の口元を歪ませた。
「待ってろ、ナハト。お前が折れてくれさえすれば、次の段階に行ける」
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