自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第二十一話 「悪いが余所で買ってきな」


「ふわ……ねむ」

 雪の翼亭の一階、食堂で俺達は集合した。
 結局、ファルドとアンジェリカは午前回るまで話し込んでたらしい。
 特にアンジェリカは両目充血してるし、クマをがっつり作ってる。
 熟睡できなかったようだ。

「アンジェリカさん、リゲインかけておきますか?」
「ありがと……ちょっと、頭が回らないのよね」

 ショッキングな話を聞かされたら、俺だって眠れなくなる。
 俺の場合、今まで命に関わる話は無かったけど。
 せいぜい、俺が連載してた別の小説のキーワードを気まぐれに検索してみたら、ネタも展開もだだ被りだったくらいだ。
 アンジェリカの状況に比べれば途方も無い軽さだが、俺はその当時、ショックで飯も喉を通らなかった。
 贅沢な悩みだよな。

「後で頭痛薬も買いましょう」
「酔い止め、胃薬、頭痛薬、喘息のお薬……この歳で薬漬けって。嫌な人生よね」
「どうしたお嬢ちゃん。生理か」

 店主のおっさんは全く、デリカシーが無いな!
 そんなんだから嫁さんの一人も貰えないんだよ。
 アンジェリカはキッと店主を睨んだ後、蝿でも追い払うかのように手を払う。

「冗談だよ。飯は喰っていくだろ? まけといてやるよ」
「宜しいのですか?」
「油モノを少なめにしつつ、体力付くメニューがあるんだが、定番メニューより安いんだよ。今時の連中には人気が無くて、すっかりご無沙汰だけどな。ハハハ……」
「ではおじさま、ご厚意に甘えさせて頂きます」
「おう! 冒険はいつでも体力勝負。ガッツリ食って、しっかりやってこい!」

 一体どんなメニューなんだろうな。


「へい、お待ち!」

 トマトのソースをかけた煮豆と肉、それに鳥のササミ。
 付け合わせは、詳細不明の茎みたいな野菜だ。
 確かに体力は付きそうだな。
 俺達は早速、食事に手を付ける。

「いただきます」

 うーん。塩っ気が足りないが、味はまあまあ。
 グルメ小説なんて書いたことが無いから、俺の貧弱な語彙では説明しきれない。

 どっちにしても、昔はかなりの贅沢品だったんだろうな。
 こんなメニュー、駆け出し冒険者には豪華すぎる。
 店主のおっさんめ、憎いサービスしやがる。

「たっぷり喰って大きくなるんだぞ。特に勇者殿以外はみんな揃って栄養が足りてな――ぶわっ! 危ねッ!」

 アンジェリカが火球を飛ばし、店主のおっさんがフライパンでそれを防ぐ。

「ごちそうさまっ!」

 野菜だけ食べて、アンジェリカが席を立つ。

「え、おい! アンジェリカ! 何処行くんだよ!」

 ファルドも慌てて立ち上がる。

「忘れ物! ついでに二度寝する!」
「まだ料理残ってる!」
「ダイエット中なのよ!」

 ファルドは仕方なく、アンジェリカの残した料理を自分の所に寄せた。
 ルチアも流石に雰囲気に呑まれたのか、黙々と食べている。

 くっそ、気まずいぞ。朝からなんていう気分だ。
 思ったんだが、俺が平和に飯を食えたのはリントレアの時くらいじゃないか?
 それ以外は大抵、誰かが喧嘩してたじゃん。
 物を食べる時は救われてなきゃ駄目だろうが!

 憤慨しながらも俺は完食した。
 というか、とっとと食い終わって気まずい空間から抜け出したかった。
 暫くすると、店主のおっさんが遠慮がちに俺の肩を叩く。

「……なあ、坊主、ちょっと倉庫の片付け手伝ってくれねーか?」
「え!」
「明後日は宿屋組合の定例会があってよ、俺ン所を使うらしいのよ」
「いや別にゆっくりやりゃいいんじゃ――」

 俺が言い掛けた所で、亭主のおっさんが俺に肩を組んできた。暑苦しい!

「――いいからいいから。な! 俺とお前さんとの仲じゃねェか!」
「どういう仲なんですかねえ……」
「そりゃあお前、皿洗い手伝って貰ったよしみだよハッハッハ!」
「完全にクソ野郎だー!」
「きゃ! シンさん、不潔です! 倉庫で二人きりだなんて!」
「ルチアは黙ってろ! 話がややこしくなるから!」

 こうして俺は厨房奥の下り階段へと連れ去られるのだった。
 俺、今後もこの店に立ち寄るたびにこういうイベントに遭遇するのか。


 *  *  *


 ランタンの薄明かりの中、俺とおっさんは適当な空の樽に腰掛けた。
 片付けなんて言った割には、倉庫は綺麗だ。埃一つ無い。

「なあ坊主。女ってめんどくせぇな……」

 密室で男二人でそのセリフって……いや、毒されすぎだな。
 おっさんも疲れ気味だし、これは片付けを建前に愚痴りたいだけっぽいな。

「喋らなけりゃ美人って人、一杯いますからね」
「はァ……俺の実家からも毎月手紙が来るんだよ。内容は決まって、結婚の催促だ」

 俺の知る限りじゃ独身だしな、このおっさん。

「今日が丁度、その手紙の日でよ。村長の末っ子が旅に出た、好きな人が居るらしいって。で、俺もさっさといい相手を見付けろって。
 余計なお世話だって話だよ……悪いな、変な話に付き合わせちまってよ。
 吐き出す相手も居なくてな。城下町で店を開いてからもう五年もするが、ちっとも馴染めねーんだ」
「そういえば親方の出身って?」
「リントレアだよ。ホラ、アレ。雪の都って呼ばれてるとこ」
「ええ解ります。解りますけど……」

 ……マジか。
 つまり雪の翼亭という店名は、そこから来たって事になってるのか。
 適当に付けた名前なのに、無難な落とし処を持ってくるよな。

「じゃあ村長の末っ子ってジラルドって名前じゃありません?」
「よく知ってるな」
「知ってるも何も、リントレアの異変を解決したのはわたくし達ですよ」
「異変!? マジか!? 新聞には何も書いてなかったぞ!」

 新聞あるんだ!?
 ていうツッコミは置いとくとして。

「新聞って、事が起きてからだいたいどれくらいで記事に載りますか?」
「夕刊だったらその日のうちに載る。まして勇者関係となりゃあ、どこの新聞もこぞって載せたがる筈なんだが。何かあるのかもしれん」

 リントレアで俺達が報告に呼ばれなかったのって、余計なトラブルを防ぐ為ってザイトン司祭は言ってたしなあ。
 ザイトン司祭に気を付けろという手紙は、もしかしてこの事を指してたのか?

 こんがらがってきた。
 適当に切り上げて整理するか。

「たまには世間話もしてみるもんですね」
「ホントだよ。たまには実家に帰ろうかな」
「たぶん、嫁はどうしたって言われますよ」

 店主のおっさんはスキンヘッドをぽりぽりと掻きながら黙り込んだ。それから、パイプ煙草に火を付ける。
 煙は部屋の何処かに吸い込まれていったから、換気は出来てるみたいだ。
 部屋の隅に鉢植えの植物があるのは、匂い消しの役目でもあるのかな。

「じゃあ、俺はもう少ししてから戻るから、お前さんは先に戻ってくれ。付き合ってくれてありがとな」
「とんでもない。お力になれたなら幸いです」


 *  *  *


 食堂に戻ると、ファルドもルチアも食事を終えていた。
 アンジェリカは結構な量を残していった筈だが、ファルドは全部平らげたみたいだな。

「意外と早かったね」
「だろ? 後片付けは得意なんだよ」

 嘘ですごめんなさい。本当は伏線の回収とか苦手です。
 原作は、そもそも伏線らしい伏線なんて無かったが。

「今度俺の家もお願いしようかな。散らかしたまんま出掛けちゃったからさ」
「なんでだよ。多分もう、君の親がやってるだろ」
「どうかな……自分の事は自分でやらせる主義だからね。親父も、お袋も」

 そういえば、詳しく設定していなかったな。
 父親のニール・ウェリウスは武器鍛冶屋で、母親のエマ・ウェリウスは専業主婦。それだけだ。
 これといって特徴を描写する必要も、その当時は別に無いと思ったし。
 親子関係の話はアンジェリカとルチアのほうで書きたかったから、そうするとごく普通の親子ってどうしても霞んじゃうんだよな。

「ファルドの両親って、どんな人なんだ?」
「優しい人だよ。駄目なときは駄目って、きちんと叱ってくれた。いいことをすれば、ちゃんと褒めてくれた」

 ボキャブラリーの足りない説明だが……まあ親子関係は良くても、教養のある親じゃあなかったんだろう。アンジェリカとは対照的だ。

「仕事は何を?」
「親父は武器の鍛冶屋をやってる。俺の剣は爺ちゃんの形見なんだ」
「だからずっと買い換えないのか」

 ファルドは原作でも武器を買い換えなかった。
 ボスが近くに居ると柄のメダルが赤く光る便利な剣(これはこの世界で新たに追加された機能だ)だが、いまいち、こう……地味なんだよな。
 だが、そういう理由があるのなら納得だ。

「ガキの頃からずっと使ってきたし、俺はこれが一番馴染むんだ」
「武器を変えたからって突然強くなるもんでも無いもんな」

 ゲームじゃあるまいしな。

「お袋は家のことを全部任されてる。でも、どっちも忙しい中で俺を育ててくれた。誰かを助ける、誰かの役に立つ事の嬉しさを教えてくれた」

 その達観ぶりは恐れ入るわ……反抗期なんて無かったんだろう。

 ふとルチアを見やると、暗い顔で俯いている。
 ――そういえば、こいつの母親ってどんな設定だったか。父親のドナート・ドレッタは俺が設定した通りの、死の商人みたいな碌でなしだったようだが。
 ファルドもルチアの様子に気付いて、慌てて頭を下げる。

「ごめんルチア、俺……」
「いえ。大丈夫です。ちょっと、羨ましいって思っただけですから」

 言葉とは裏腹に、声のトーンが暗いな。
 励ましの言葉をかけてあげるべきか。

「ルチアも苦労してるんだな。お父さんがあんなだと、お母さんも大変だろ?」
「……ええ、そうですね。父は、母を愛していたようですけど」

 ルチアは無表情で言い放つ。
 なんで過去形なんだ? 

「離婚しちゃったのか?」
「母は死にました。私が幼い頃に」
「えッ」
「父が商売に対して無節操になったのは昔からでしたけど、母の死を境に一層ひどくなって。
 私が旅立つ時も、小切手を手渡して一言。いい取引先を見付けたら教えろと、それだけでした」

 とんでもない地雷を踏み抜いちまった!
 こんなの、謝り倒すしか無い!
 誠心誠意謝って、それからガラリと別の話題にして忘れて貰おう。

「ルチア、悪かった。ホント、すまん! その……」
「どうしてシンさんが謝るのでしょうか。因果な商売をする父が悪いのです。
 この話は、これでおしまいという事で! よろしいですね?」
「あ、はい……」

 締めくくりに、ルチアがにっこりと笑う。やめろ、怖い。
 何が怖いって、目が全く笑ってない所だ。

 俺は覚えたぞ。
 ファルド以外は家族の話は地雷。この話はもうやめだ。
 くっそ、原作を書いてた当時の俺は親に何の恨みがあったんだ!?

 口直しをしなきゃな。
 そう、俺は閃いたんだ!

「なあファルド。甘い物が食べたいな」
「そうかな?」
「俺は食べたい。みんなで一緒に食べたい」

 そうすりゃアンジェリカもルチアも、機嫌が直るかもしれない。
 何よりな、近頃全く甘い物を口にした記憶が無いんだよ。
 パンだけじゃ糖分補給なんて出来ないだろ。頭を使うにゃ糖分補給が一番いいのよ!

「悪いが余所で買ってきな」
「うおわ!?」
「ちょ!?」
「きゃ!?」

 カウンターからスキンヘッドがぬっと現れたので、俺達三人はみんなして飛び退いた。
 傑作だったのはファルドが驚きすぎて椅子ごとひっくり返った事だ。
 魔物にも臆さず突っ込んでいく度胸があるのに、おっさんの禿頭でひっくり返るとは。

「余所でって、また、どうして」
「ウチにそんなメニューは無ェ」
「無い? 作れないんじゃなくてですか」
「作れたとしても、メニューには乗せねぇ。甘い物が苦手なんだ」

 なんだよそれ! そんなんじゃあ客が寄りつかないだろうが!
 事実、勇者が使う宿なのに、俺達以外の客が皆無だぞ!

「勿体ないとは思わないんですか!」
「苦手なもんの味の良し悪しが解らねェのに、どうしてそれをやろうって思うんだ?
 客に失敗作を振る舞って、二度と来なくなるのは嫌だぜ俺ァ」
「ええい、この意気地無しめ! やる前から失敗を恐れて、何が冒険者の店だ! 冒険は何より度胸でしょうが、親方!」
「誰が親方だ! そんなに言うならテメーで作ってみろ、坊主! 俺に美味いと言わせたら坊主の勝ちだ」

 強情なおっさんだな。
 だが忘れちゃいけない。
 俺が、検索サイトによる知識チートを使える事を。
 材料と調理器具と、料理のwebサイトさえあれば大抵のモノは作れるんだよ!
 こちとら色んな情報の奔流の中を生き延びてきた現代っ子だ! 情報社会なめんな!

「やってやろうじゃありませんか」
「シン! 俺達にそんな暇は……」
「ファルド。仲間のピンチも救えない奴が、世界を救えると思うか?」
「……解った、頼むよ」

 ごめんな、ファルド。

「っつーわけで。その勝負、乗った!」
「ふふん。坊主に料理の才能なんてあるのかね?」
「才能が無いと駄目ですかね?」

 そうじゃねーだろ? 作りたいと思うから作るんだろ!?
 その場にいる奴が誰も作らないなら、作りたい奴が作らなきゃ、本当にいい物は生まれないだろ!?

 見てろよおっさん。此処から先は、俺の復活大逆転だ。
 俺はファルドから小遣いを頂戴し、城下町の喧噪へと飛び出した。


 *  *  *


 俺はしゃにむに走った。
 材料は既に料理サイトをググって把握済だ。
 テキストファイルにその材料一覧をコピー&貼り付けして、購入した材料には印を付けた。
 一応、購入した店の名前も隣に書き込んだ。
 覚えてないと、後でアンジェリカに何を言われるか解ったもんじゃないからな。

 それにしても、王国の小麦粉は馬鹿みたいに安い。
 お陰で、俺は予定よりも多めの材料を買う事が出来た。
 材料を買い揃えた俺は、雪の翼亭の扉を開く。

「シン、おかえり」
「おかえりなさい」

 ファルドとルチアはお話中だったみたいだ。
 おっさんは……厨房の奥で一服してるな。
 アンジェリカは不貞寝だろう。姿を見掛けない。

「親方、厨房借ります」
「おう坊主。戻ったか。随分買い込んだな」
「練習分も込みで、予算ギリギリまでやりました」

 料理の経験さえあればそんな必要も無いんだろうが、生憎と俺はド素人。
 いきなり作れるワケが無い。

「まあ、やってみな」

 今回のメニューはホットケーキだ。
 クッキーとかのオーブンを使った焼き菓子だと時間が掛かりすぎるし、失敗したら悲惨だ。


 それから一時間ちょっとが経過した。
 俺は何枚かの黒焦げや生焼けの得体の知れない焼き菓子を生み出しながらも、どうにか人数分のホットケーキを作る事が出来た。

「お待たせ。ファルドはアンジェリカを呼んできてくれ。みんな揃ったら食べよう」
「ああ!」
「シンさん、お疲れ様です」
「ありがとう」
「坊主にしちゃあ、頑張ったじゃねェか。失敗作はどうする?」
「責任を持って食べます」

 俺が豪語すると、店主のおっさんは日焼けした顔を青くして首を振った。

「……やめときな、腹を壊しちまう。俺が再利用してやるよ」
「すいません、助かります」

 暫くして、ファルドがアンジェリカを連れて降りてきた。
 アンジェリカは寝ぼけ眼を擦りながら、不機嫌な顔をしている。
 寝癖も付いてるな。

「シンが作ってくれたんだ。アンジェリカ、一緒に食べよう」

 アンジェリカが露骨に嫌そうな顔をする。
 やめろ、傷付くだろ。予想はしてたが。
 ファルドはそんなアンジェリカの様子を見て、苦笑した。

「俺が先に食べるから。アンジェリカはその後に食べてみて」
「さっすがファルド、アンジェリカの扱いをよく知って――って、おい! それってつまり毒味じゃねーかコノヤロー!」

 さらっとファルドも酷い事を言いやがって!

「テメーにくれてやるホットケーキは無え!」

 俺は自分の分のホットケーキ――を放置して、ファルドの分だった筈のホットケーキをひったくり、そこに市販品のシロップをかけて勢い良く頬張った。
 うーん、これは完全に失敗だ。
 ふっくら感は足りないどころかぼそぼそとしてるし、中身はちょっとどろっとしてるし。

 だが、美味い。
 小麦粉が美味いのか、シロップのお陰か。
 そして俺は飲み込もうとするが――。

「んぐッ……!」

 こ、呼吸が苦しい! こんなベタなオチがあるか!
 くそ、飲み物! 誰か飲み物を!

「坊主っ! 淹れたてのコーヒーだ! 飲め!」

 こいつはありがたい!
 俺は余裕を演出する為に角砂糖をコーヒーにブチ込み、それを一気に飲み干す!

「――! んぐ、げっほ! げほ!」

 あっつ! あつッ!
 ホットコーヒーだって事を忘れてた!
 こんなベタな二段構えのオチがあるか!

「ふぅ……死ぬかと思った」
「その、何だ。ムキになるのは解るが、一口に全部頬張るのは頑張りすぎだ」
「ホント。味わって食べなさいよ」
「まあでも、お嬢ちゃんよ。これで毒入りじゃない事は証明されたな?」

 ファルドはアンジェリカと顔を見合わせる。アンジェリカは、肩を竦めた。
 参ったって感じだな。こうして誰かの心を動かせるのは、作り手冥利に尽きるってもんだ。
 ちょっと宣伝方法に問題があるけどな。

「俺は味わって食べるよ。折角だから。うん……美味い」
「あむ……ん、ホントだ。美味しい。私のほうが上手く作れるけど」
「おじさまも、冷めない内に召し上がってみて下さい。甘さも控えめですよ」
「どれどれ……悪くねェ味だな。これくらいなら俺でも何とか」

 ふふふ、恐れ入ったか!

「親方、この勝負はわたくしの勝ちですね」

 しかし勝ち誇った俺を見て、おっさんはきょとんとしていた。
 なんで勝負なんて知らねーみたいな顔してんの?

「悪くねェ味とは言っただけだが」
「そんな汚い遣り口があってたまるか!」

 あまりにも卑怯すぎるでしょう!?
 これだからぼっちをこじらせた大人は……。

「ウハハ、残念だったな坊主! だから坊主のホットケーキのメニュー追加は無しだ」
「そんなんだから女も客も寄りつかないんだ!」
「うるせェやい! 俺の勝ちだから、レシピを寄越せ!」
「……え?」
「もっと美味いホットケーキをメニューに追加すると言ってんだ」

 ……何そのテンプレツンデレセリフ。
 そのセリフで俺が感動すると思ったのかよ?

「親方、めんどくさい人だって言われません?」
「言われた事ねェよ。友達居ねェし」
「五年間もぼっちしてたんですか!」
「この歳になると、そうホイホイと友達作りも出来ねェのよ……」

 店主のおっさんは苦笑いしながら両手の平を上に向け、肩を竦める。
 そんなおっさんの右手を、ファルドが掴んだ。

「これからは俺達が友達じゃあ、駄目ですか?」

 上目遣いにそんな事を言われちゃあ、ぼっちの中年にとっては劇薬だな。
 こんな仕草とセリフ、同性でもきゅんと来ちゃうだろ。

 ほら見ろ。
 ルチアが目を輝かせてるし、おっさんが呆気に取られて……、

「ッハハハ! ご厚意はありがたいんだが、遠慮しとくよ。年が離れすぎてる」

 あれ?

「そうですか、残念だな……」
「最高のお得意様としては待遇するがな。お前さん達男連中をいいようにこき使う代わりに、色々と代金をサービスしてやる」
「それってもう殆ど友達みたいなものじゃないか」
「素直じゃないんだよ、このおっさんは」

 まったく、世話が焼けるよ。



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