自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
第二十二話 「これが国王の役割よ」
俺達は宿に荷物を預けて王城へ向かう事にした。
リントレアでの異変解決についてとか、魔女の墓場についてとか、気になる事が多すぎるからな。
この手の内輪揉めは国のトップに訊いてみるのが手っ取り早い。
あの王様なら権謀術数も指先一つで解決しそうだし。
万一王様が黒幕だったとして、俺達を暗殺したら条約違反になるだろう。多分。
アポ無し突撃は元の世界だと門前払いだが、こっちの世界じゃ勇者という肩書きのお陰で完全に顔パスだもんな。
ちなみにアンジェリカにどこで材料を買ったのかを報告したら、片っ端から駄目出しされた。
やれこっちのほうが安いだの、こっちのほうがいい素材だの、俺は覚悟はしていたので耳には痛くなかった。
「じゃ、次作るときは教えてくれよ」
「親方さんが作ってくれるから、いいじゃない別に」
「ファルドはホットケーキ以外も食べてみたいよな?」
「えっと、ああ。黒焦げじゃなければ何でもいいよ」
「可愛げのねー連中」
と言いながらも、俺を含めて全員が笑顔だ。
たとえ下手くそでも、きっと売り物にはならなくても。
自分が頑張って作った物を、身近な誰かに喜んで貰える……それって幸せな事じゃないか。
確信した。
やっぱり俺、物作りが好きだ!
「また小説、書いてみようかな」
「小説家をやっていらっしゃるのですか?」
「趣味し、過去形だけどな」
「あら、勿体ないじゃない」
「そうですよ」
「ねー」
いいんだよ。食えなくても、本人がそれで満足出来るなら。
あの現代日本の一億二千万人の中に、どれだけ小説家をやってる人が居ると思ってるんだ。
「俺の国じゃこれで食っていこうなんて、そうそう出来ないよ」
「シンなら、きっといい作品を書くよ。俺、小説の事は解らないけど」
「簡単に言ってくれるなよ……」
「どんな作品を書いてるの?」
「内緒だよ」
「まさか、えっちな作品ですか!」
俺は思いきりむせた。アンジェリカはと言えば、ルチアをジト目で睨んでいた。
やっぱり下ネタは苦手なんだろうな。ウブな奴め。
「あのさあ……仮にも僧侶がそんな事を言うものじゃないと思うのよ。それ性別逆だったら完全にセクハラだからね?」
「あ! す、すみません……」
ルチアが俺に頭を下げる。よしよし、アンジェリカよく言ったぞ。
だがちょっと足りないな。俺が補足してやろう。
「逆じゃなくてもセクハラだぞ」
「そうなの?」
「まあ、あんまり表沙汰にはならないがな。痴女なんてそうそう居るもんじゃないし」
痴女といえば、あの案内人は大丈夫なのかな。
魔女の墓場に後れを取る奴じゃあないとは思うんだが、ちょっと心配だ。
もう一つ心配なのは俺の頭だけどな。
痴女って単語であいつを思い出すって、結構ヒドイ。
* * *
そうして俺達は、王城に辿り着いた。
王様は昼食を早々に済ませ、謁見に快く応じてくれた。
「突然の訪問をお許し下さい」
「問題無い。城下町に戻ってきたとの報告は先日の内に受け取った。用件を述べられよ」
俺達の行動は筒抜けかよ。
情報共有が行き届いてるな……。意識高い系の役人が多いから、当然なのか?
「先日の城下町での、えっと……」
道中で何度か復唱して練習してたのに、ファルドめ。情けないな。
アンジェリカが、言い淀むファルドを手で制す。
「城下町で起きた騒ぎについてお伺いしたく、こうして参りました」
「魔女の墓場か?」
「そうです!」
「貴公等になら、良いやもしれぬ。大臣、部屋を借りるぞ」
「御意に」
王様に案内された部屋は玉座の奥にある、窓の無い小部屋だった。質素な円卓だ。
こんな部屋があったなんて。秘密の会議とかをここでやるのかな。
俺達は王様に促され、着席する。何故か王様は一番奥の席には座らず、一番入り口に近い席を選んだ。
「普通、逆では?」
ルチアが怪訝そうな顔で尋ねると、王様は不敵な笑みを浮かべて首を振った。
「これで良いのだ。聞き耳を立てられても儂なら判る。それに、不作法を咎める者も居るまい」
この爺さん、若い頃は相当やんちゃしたな。
座り方も、玉座の時みたいに王様らしい座り方じゃなくて、足を組んで猫背だ。
円卓に肘を突いて、どこか荒くれ者っぽい雰囲気がある。
「聖杯の異変解決、誠に大儀であった」
やっぱり謁見の間では言わず、此処で言ったというのはワケありって事か。
隙を覗って、踏み込んだ話に持ち込んで貰うぞ。このタヌキジジイめ。
「茶を振る舞う事も出来ぬが、貴公等も毒を盛られるのは不本意であろう?」
「いッ!? あ、はい!」
「長話をすれば怪しまれる。ある程度は儂の方で口利きしてやれるがな。さて、魔女の墓場か」
ルチアが目で合図する。任せろって事みたいだ。
ファルドは話の内容を追っていく事で精一杯だな。俺も黙って、事の成り行きを見守っておくか。
「ええ、先日の行商街道で発生した乱闘事件にて、魔女の墓場という名を耳に致しました。
彼らの事については何も存じ上げていないのが、私達の現状です。多分、国民も」
「貴公等は、魔女について何処まで存じて居るかな?」
「一般的に知りうる情報の殆どは」
ルチアが俺達に目配せする。もちろん、みんな頷いた。
「ならば、魔女の血が魔術や錬金術に応用できる事も?」
「それは……」
アンジェリカとファルドが首を振る。知らない、と。俺も同じだ。
そんな事は設定していない。折角だからその情報も仕入れておきたいな。
王様は暫くルチアの顔を眺める。それから頷いた。
「存ぜぬも道理よ。秘匿された情報である。そして、我が国の暗部でもある」
「陛下は容認なさっているのですか?」
「魔女が人類に仇を為すならば、それを逆に利用してやるまで。斯様な取り決めで、魔女の墓場は設立されたのだ。連合騎士団は太陽であり、魔女の墓場は月である。謂わば公然の秘密として、魔女の墓場は存在している」
「連合騎士団だけでは、いけなかったのですか?」
「勇者と冒険者と連合騎士団だけでは国を……大陸を守りきれぬ。即戦力となり、各地に突如として現る魔女に対抗する為には、十万の兵力だけでは足りぬのだ。そして、儂一人の一存で決められる事でもない」
それを勝手に決めるのはいいが、こっちは勇者としての名声も必要だ。
このままだと勇者不要論も罷り通っちまうかもしれないだろ。俺は挙手して、王様を睨む。
「じゃあ冬の聖杯の異変を隠したのも、魔女に対抗する為ですか?」
王様は無言で頷いた。口元は微笑んだままだ。
「無論。人を殺すのは、同じ人でなしの仕事よ。まして、聖杯を破壊した事実は公にすべきではない。守人の件もな。機を見て、儂が責を負う」
その口ぶりからすると、もうリントレアの村長からの報告書は届いているみたいだな。
何もかも知った上で、王様は何らかの考えがあって事実の隠蔽の片棒を担いだと。
「儂のような人でなしの王に、言えた義理では無かろうがな。貴公にも思うところはあるのだろう? 石版の予言者よ」
「――!」
そんな情報まで! いや、これは寧ろチャンスなのか?
ファルド、アンジェリカ、ルチアは口を閉ざしたまま俺を見る。
なるほど、此処から先は俺のターンってか。
交渉は俺の得意分野じゃないんだが、此処は一肌脱がなきゃな。
「流石は陛下。よくご存じで」
「さて。予言の的中率は如何程かな?」
「それは、その……」
「順を追って話すが良い」
げッ! 王様の、この品定めするような眼差しは……間違いない。
この世界が原作とは違う展開を歩み始めている事を、王様は知っている!
どうやって知った? 俺の顔に書いてあったのか?
いや、書いてあったんだろうな。俺って、顔に出やすい性格みたいだし。
ファルドは……そんな怯えた顔をするんじゃない。しゃきっとしろ!
アンジェリカ……駄目だ、お手上げってポーズをしてやがる。
頼みの綱のルチア! ……俯いてる。
「それが――」
正直に白状するか。
多分、王様に嘘は通じない。
天性の勘みたいなものがあるんだろう。喰えない爺さんだな、本当に。
仕方が無いので、俺は此処までの冒険を片っ端から話した。
ついでに、夏の聖杯の守人は行方をくらませた皇帝であるという事も。
これについては次の四ヶ国会議で、帝国側の現在の代表である執政と協議を進めると約束してくれた。
そして俺は、幾つかの事柄が予言とは大きく異なっている事も話した。
「……魔女の墓場が表沙汰になるのが予言よりも早く、また規模も桁違いに多くて。
この先がどうなるのか、石版を以てしても見通しが立たないといった有様です」
王様は俺の暗澹たる胸中を知ってか知らずか、随分と涼しい顔をしている。
まるで、何もかもお見通しだったかのように。
「そうだろうと思っておった。古来より、予言者というものは、その予言通りに事を運ぶように裏で何かと取り計らってきたものよ。
大勢の口利きを利用してな。だが、貴公にそれだけの力が有るとは思えぬ」
「くッ……仰る通りです」
「逆に言えば不吉な予言であろうが、努力次第では如何様にもなるという証左よ」
そして王様は、アンジェリカがハッとしたのを見逃さなかった。
「アンジェリカ・ルドフィートよ。儂は予言を事細かに知るつもりは無い。
貴公に心当たりがあるのなら、後は為すべき事を為すのみよ」
「……はい」
「シンよ。どの予言に従うかは、貴公の判断に委ねられておる。どれに従えば未来に如何様な影響を及ぼすかを、しかと考えよ」
「やってみます。絶対に」
作者公認のIfシナリオって考えればまあ、悪い気はしない。
他人事みたいな言い方で良心の呵責があるって事を除けば。
俺はあと何回、この世界に生きてる人にとっては現実だって自分に言い聞かせなきゃならないんだろうな?
「ルチア・ドレッタよ。魔女は人から生まれ出るものだ。人の業を解し、可能ならば魔女にも救いの手を差し伸べよ」
「はい!」
「ファルド・ウェリウスよ。貴公は人の中に潜む悪意から、守るべき者達を守り通すのだ。さすれば自ずと、魔王の所には辿り着けよう」
「……それでも俺は、人が悪だとは思いたくはありません」
「ちょ、待てファルド!」
反逆罪、不敬罪だぞそれ!
俺は慌ててファルドの口を塞ごうとするが、
「はうっ」
王様が杖から何かを飛ばして俺の手に当てた。
くっそ痛え。
王様は円卓に身を乗り出したポーズのまま、杖を片手でくるくると回す。
「此処に不作法を咎める者は居らぬ。そうであろう? シンよ」
「いつつ……陛下の寛大な御心には感謝しかありませんね。
だったら無礼を承知でお聞きしますが、どうしてそんなにお詳しいのですか?」
「フフフ。これよ」
王様が自慢げに、懐から書類の束を取り出した。なるほど、それは報告書か!
俺達が立ち寄った所から届けられたんだろう。
よく見ると、見覚えのある名前がサインされていた。
サインだけは英字表記なんだな。
だが、主要人物のアルファベット表記をしっかり設定した俺に、隙など無いのだ。
Julis Mordmanはモードマン伯爵だし、Gustav Von Rintleierっていうのは俺自身は名前を設定してなかったが多分リントレアの村長だ。
それからZiton Goatburnってのは、ザイトン司祭だろう。
「覚えておくが良い。儂は貴公等の力にはなれぬが、こうして見守る事は出来る。そして、貴公等の身に不幸が及んだ時、その責任を負う事も」
王の器って奴か? 頼もしいな。
だが……王様、あんたは確か隠居するんじゃなかったかな?
モードマンがそう言っていたのを、俺はまだ覚えているぞ。
「近々隠居なさるとの噂を耳にしましたが、その後は、どのようにして責任を取るおつもりで?」
「儂自身が言った事よ。身を退いた後も、それは変わらぬ」
「証拠を下さい」
「話は此処までにしよう。謁見の間に戻り、その証拠をご覧に入れるとしよう。シンは疑り深いな。昔の儂を見ているようだ」
「言われちゃったわよ」
「いいだろ別に。無礼講って言ってるし……」
* * *
謁見の間へと戻ってくるや、王様は大臣を呼びつけ、耳打ちする。
大臣は血相を変えて走り去り、少ししてから宝箱みたいな物を抱えて戻ってきた。
「大儀であった。さて、貴公等にこれを見せるのは初めてだったな」
そう言って、王様は箱を開いて、中身を取り出す。透明なガラスに包まれた書類と、サインだ。
そこには……。
『勇者一行が致命的な不利益を被った際、各国の主はその理由如何にかかわらず全責任を負うものとする。
またこの宣誓書は、要求に応じて即座に開示するものとする。
以上の二項目は、当代の主が死した後も有効である。
――アリウス・ブラムバイツ・アレクライル(Arius Blambites Arecryle)』
と、確かに書かれていた。王様は涼しい顔で髭を撫でる。
「これが国王の役割よ」
「えっと、ちなみに書類を包み込んでる、この透明のは……?」
「クリスタルだ。これで包めば叩けど割れず、燃やせど焼けぬ」
反則だ。こんなのこさえられちゃ、ぐうの音も出ないだろ。
勇者が活躍する作品では、この手の高性能な味方サブキャラは歓迎されない。
あんまり高性能なのを出しちゃうと、主人公側の活躍が食われちまうんだよ。
まあいいけどな。
元々政治ネタには手を付けないつもりだったし。何より、此処は小説の世界じゃないし。
精々、敵に回ったりしない事を祈っとこ。いや、祈るのもやめよう。
変なところでフラグを建てすぎると、マジでそうなりかねん。
なんたって、魔女の墓場は大陸同盟の傘下にあるんだから。
騎士団に護衛されながら、俺達は城下町へと戻ってきた。
ほんの三十分程度しか話をしていない筈なのに、一日中話してたような気分だ。
が、いざ終わってみるともっと訊いておくべきだった事があったんじゃないかと思える。
ザイトン司祭の件についてとか、魔女の墓場に後ろ盾は他にもあるのかとか、議会四柱枢機卿とか……。
手短にって事だったし、此処までが限界だったのかな。
それから俺達は、筆跡鑑定の結果が出るまでの残り二日をどう過ごすかについて話し合った。
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