自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第三十六話 「ああ、最高の眺めだぜ」


 夜明けと共に到着した、港町ボラーロ。
 大陸南部のデコット湾の東側に存在する。

 その規模は城下町の半分以下だが、領主は領民達から厚く信頼されている。
 北に聳え立つ岬、そこにある大きな屋敷が領主の館。

 教会、ショッピングモール、大きな宿屋、その地下のクラブ。
 歓楽街としても有名なボラーロは、旅人達の中継地点としても役立っている。

 西には船の発着場。
 戦争が終結した今、そこに訪れるのは漁師達と帝国の商船だ。
 陸路で王国に赴くには険しい山脈と、そこに挟まれた黒い森と呼ばれる樹海を通らねばならない。
 あるいはそこを迂回するには、ゴーレム達が徘徊する古戦場を経由する事になる。
 大荷物を安全に届けるならば、海を通るのが確実という事だ。


 ――原作でファルド達が訪れた時に、そのような解説がある。
 もちろん当時の俺が書いた文章だから、内容は穴だらけだし、文章もヘタクソだ。

 そして、この世界でのボラーロは多分、それだけじゃないのだろう。
 原作者としての予備知識が無いワケじゃないが、今までと同様、何らかの後付けがあると見ていい。

 ああそうだ。
 もう一つ、ボラーロには名物がある。

 それが、ボラーロに到着した俺達を出迎えてくれた、二人組の道化師だ。
 赤い服を着た男は“赤銅の道化師”ビフロクス。
 黄色い服を着た男は“黄衣の道化師”ロカン。
 大道芸をしながら旅をして、路銀を稼いでいる。
 詳しい設定は何一つない。
 なぜなら彼らは、出オチ担当だから。

 ビフロクスが上空にカードをバラ撒き、それをロカンが地面に落ちる前に全て掴む。
 そして、扇状に開いて俺達に見せてきた。数字はめちゃくちゃだ。

「旅人よ、如何であろうか。我らが師匠より受け継ぎし奥義“蒼天階段”は」

「まあ凄いとは思うけど、数字がバラバラじゃない。階段なら順番通りにしなきゃ」

「むむッ! これは……兄者」

 ロカンはカードを見て、顔をしかめる。
 ビフロクスもそれをのぞき込み、そして天を仰ぎながら大袈裟に尻餅を突いた。

「無念なり! 失敗であったか!」

「兄者、やはり師匠のようには参りませぬな」

「ああ。だが必ずや、あの境地へと辿り着いてみせるぞ」

「精進せねば!」

「応よ!」

「ホッホォー!」

「ハッハァー!」

 肩を怒らせ大股開きでぴょんぴょんと跳ねながら、フェルノイエ方面へと去って行く道化師兄弟。
 俺達の誰もが、呆気に取られた顔でそれを見送っていた。
 ……この表現は正確じゃないな。
 俺以外の全員が、と言うべきか。

「……なんだったんだろう、あの人達」

 ファルドは遠い目をして、歩みを進めた。
 俺はと言えば、さっきから変な汗がだらだらと流れている。
 初めてこの世界に来た時の、あの感じと似ている。
 どうしようもない恥ずかしさだ。

「さ、さあな。俺はあんな連中、見た事無いな」

「なんでアンタが焦るのよ」

 だってあいつら、当時の俺が出オチ担当で登場させただけの一発屋だもん。
 原作では出番これだけ。セリフも一連のやりとりも原作通り、そのまんまだ。
 何を考えてあんなの作ったのか、当時の俺に小一時間問い詰めてやりたい。

「昔、ちょっとやんちゃしてた頃を思い出して恥ずかしくなってきた」

「黒歴史ッスか」

「そうそう、それだよ。歩く黒歴史のヴェルシェ君」

「やだなあ、照れるッスよ~」

「褒めてねーよ」

 ……ん? なんでその単語を知ってるんだ?
 まあ、ファルドが知らなかっただけって可能性もあるか。
 何せ世紀末ゴブリン&オークがヒャッハーしてるからな。
 それを束ねる魔王なんてマフィアのボスみたいな服装って設定だし。こっちはまだ会ってないが。
 原作でパロディした部分が、この世界の住人に影響を与えてるって可能性も無いとは言い切れない。


 船の発着場へと辿り着く。
 朝早くだからか、ちょうどデコット湾で漁をする為の船が次々と出航していく所だった。
 見るとカソックを着込んだ一団が、船を見送りながら祈りを捧げている。

「船旅の無事を、ああして神に祈るのです」

 ルチアが俺に気付いて、そう付け加えた。
 まあビルネイン教は原作設定によれば国を問わず信仰されてる、一番メジャーな宗教だしな。
 それこそ、勇者の選定係に抜擢されるくらいの。

「お祈りが終わったようですので、少しお話をしてきます」

 ルチアはそう言って、さっきの一団のほうへと歩いて行った。
 お伺いを立てず「してくる」ときっぱり言うのは、ビルネイン教だからかな。
 最初の印象に比べると、随分と積極的だ。

「じゃあ俺、ちょっと船を貸して貰えないか、漁師さん達に話を付けてみるよ」

「解った。俺は此処に残る。待ち合わせの目印にでもしてくれ」

 ファルドはアンジェリカとヴェルシェを連れて、櫓のような小屋へと歩いて行った。
 たぶん、あそこが事務所か何かなのだろう。

 俺は桟橋の一つに腰掛け、海を眺めた。
 残念ながら朝日は水平線の反対側だが、この透き通るような青い海は背後からの光をキラキラと反射させている。
 夕方なら、さぞかし綺麗な夕日が見えるんだろうな。

「いい景色だなあ」

 そこに、ファルドとは違う別の声が、

「ああ、最高の眺めだぜ」

 と続く。

「――ウェッ!?」

 俺はぎょっとして、声のほうへと振り向く。
 すると、そこには銀髪の伊達男が桟橋の杭みたいな物(小舟とかつなぎ止めておく出っ張り)に片足を乗せて、水平線を眺めていた。
 そう、ジラルド・フォン・リントライアだ。

「よう。久しぶり」

 ジラルドはそのポーズのまま、俺に顔を向けた。
 それからチョキを閉じたような指の形で挨拶してくる。チャラい。

「ど、どうも。冒険は順調ですか?」

「南は魔物が弱いな。ゼルコバ高原でたむろしてる連中のが、まだ骨がある」

 ゼルコバ高原。また俺の知らない単語だ。
 が、ジラルドはリントレアで自警団をやってたし、あの辺のどこかだろう。
 ひょっとして、ヴァン・タラーナとリントレアの間かね。

「そうなんですねえ。まあ、わたくしは戦いが苦手ですので、どれを相手取っても苦戦しますが」

「なあに、そのうち強くなるだろ。俺だって昔は女の子扱いされたくらいだ」

 中性的な顔立ちだもんな。
 今でも女装させたらサマになるんじゃなかろうか。
 ……何を考えてるんだ、俺は。
 やめよう、話を変えよう。

「それで、ジラルドさんはどうしてこっちに?」

「海賊退治の依頼を請けたんだよ」

「ははあ、海賊……」

 もちろん、知ってる。
 原作ではファルド達がフォボシア島へ向かう最中、この海賊達に襲われる。
 そして、クラーケンの住処へと誘導されてしまうのだ。
 ファルド達は死に物狂いでクラーケンを倒し、クラーケンを操る魔女を追い詰める。
 そして、魔女と共に海賊団の本拠地へと向かう。

 ……何もかもが予言通りに事が運べば、だが。
 魔女ある所に魔女の墓場あり。
 そんなこの世界だと、俺達が動くでもなく魔女は倒されるかもしれない。

 いや、待てよ?
 ジラルドは何処から依頼を請けた?

「その海賊退治の依頼主は、何処ですか?」

「ん」

 ジラルドは岬を指差した。
 正確には、領主の屋敷だ。

「商売の邪魔をされて大層ご立腹なんだとさ。戦争で船が幾つも沈んだから、海賊のほうに騎士団を回す余裕も無いらしいぜ」

「そうなんですねえ」

 バックに魔女が付いてて、なおかつその魔女が魔物を操ってるって話は、知らないだろうなあ。
 一応、情報交換とかしたほうがいいな。

「石版の予言にも、ファルド達が海賊と戦うとあります」

「情報交換してもいいかい?」

「もちろん。助けて頂いた恩もあります」

 俺は予言の事を話した。
 加えて、ジラルドは魔女に身内を殺されているが、全ての魔女が悪人ではなく、中には騙されている奴も居るという事も付け足した。

「なあに……俺が恨むのは、ルーザラカだけさ。お前さんが言うのなら、手出しはしないと約束してやる」

「助かります」

「じゃあ俺のほうからだな」

 対価としてジラルドから得られた情報は、原作で抜けていた描写の穴をしっかりと埋めてくれた。
 連合騎士団は大陸戦争中に数多くが戦死した為、海の戦力は絶望的である事。
 海賊団はかなりの広範囲に展開しているが、漁船であれば収穫の一割を献上すれば見逃して貰える事。

 冒険者達の一部は、漁船に隠れるようにして海を渡っている事。
 海賊船の目撃報告をまとめて、罠を張るなどして一応の抵抗はしている事。
 向こう半年以内には海賊団を殲滅する予定である事。

「以上だ。他言するのは勇者ご一行様だけな?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 情報交換を終える頃に、水平線の向こうから白い煙を上げる何かが近付いてきた。

「お迎えがやってきた」

「あれは……船ですか」

「帝国が総力を挙げて作った、最新式さ」

 ジラルドは頷く。

 それは海原を掻き分けて、凄まじい速度でやってきた。
 ……尖った形の、真っ黒な船。
 物々しい武装がそこかしこに取り付けられ、あからさまに軍艦という雰囲気だった。
 俺の世界にある軍艦とは違うが、港町の領主が手配できる領分を超えている気がしないでもない。

 ちょっと離れて見上げると、甲板の端には飛竜が何匹も待機しているようだ。
 その佇まいは、さながら艦載機だ。

 いいなあ。
 あれならフォボシア島まで三日もあれば到着できるんじゃないか?

「帝国って確か、お金、無かったんじゃ?」

「最新式っつっても、戦争していた当時のものだからな」

 こんな所でトンチを利かせんでもよろしい。
 まあ飛行船よりは安いんだろうが、こんなもんなんだろう。
 軍艦は水飛沫を上げて、桟橋に横付けした。
 折りたたまれていたらしい板きれが、屏風? 蛇腹? みたいに下ろされ、カチャカチャと音を立てて階段のような形になる。

 ……マジか。
 今より最低でも二十年は昔で、これかよ。

 ファンタジーっていうよりSFの領分だろ、折り畳み階段とか。
 王国側も、当時の戦争で苦戦するワケだ。
 こんな連中と戦ったんだから。
 例えるなら、頭一つ切り落としたら別の頭が二つ生えてくるような科学力を持った連中と。

 そして、そこから降りてくるのは連合騎士団の鎧を纏った屈強な男。
 傷だらけの顔は、歴戦の猛者といった雰囲気を漂わせている。
 その後ろには、弓矢を持った兵士が六人も並んでいた。
 こりゃ熱烈な歓迎ですこと。
 傷顔の男が俺とジラルドを交互に見比べ、やがてジラルドを睨んだ。

「隻眼の虎、ラリー・ライトニングというのは貴様か」

 は? ラリー・ライトニング?
 ちょっと待て。
 人違いじゃありませんか?

 だってラリー・ライトニングが出て来る『送還士奮闘記』の舞台は現代日本だ。
 その作品は様々な異世界から現実世界にやってきた人を、主人公である送還士が、その名の通りに送還させるって話だぞ。
 原作のラリー・ライトニングは最初、主人公のライバルとして出て来る。
 異世界からやってきた人達に「電撃的に住まいを提供する、元傭兵のシビれる不動産屋(原文ママ)」として。
 そこから紆余曲折を経て友人となり、腕っ節のトラブルを電撃で解決しちゃう凄腕の用心棒として活躍するのだ。
 そんなラリー先生が、なんで異世界から異世界へと転生してるんですか!

 もしかして:クロスオーバー

 いやいや。そんな。
 クロスオーバーっつっても、どっちも俺の作品だからね?
 スーパー放置作品大戦でもやっちゃうの?
 ギャザーでビートな戦いが始まっちゃうの?
 おかしいですよ、ジラルドさん!

「ああ、俺だ」

 なんとジラルドはラリー・ライトニングだった!
 ……俺の狼狽なんて知った事じゃないらしい。
 ジラルドは立ち上がり、傷顔の男に握手を求める。
 だが傷顔の男はそれに応じなかった。

「挨拶は抜きだ。乗れ」

「戦果を以て挨拶に代えさせて頂く、って事かい。いかにもな帝国軍のやり方だな。親父から聞いた通りだぜ」

「……ふん」

 仮にも、帝国領だったリントレアの村長の息子だぞ。
 そんな扱いでいいのだろうか。
 確かに帝国を実力主義として設定したのは俺だが、こういう形で反映されるなんて。
 っていう後悔をしたのは、これで何度目だろうな。
 まあいいか……いい加減、慣れよう。

「無事を祈ります」

「三日で帰ってくる。土産に期待しときな!」

 船に乗り込みながら、肩越しに手を振るジラルドさん。
 ……男前だなあ。
 見とれている間に、船は慌ただしく出航していった。

「シン、さっきの船、すごかったな!」

「ジラルドさん来てたのね。挨拶しとけば良かったわ」

 ファルドとアンジェリカが、そう言って俺のところまで来た。
 少し遅れてヴェルシェも。

「ついつい釣り場を探しちゃったッス」

「アンタってホント食い意地張ってるわね」

「いやぁ~それほどでも」

「褒めてないと思うよ」

「仲良しだな君達は」

「うっさい。ところでルチアは?」

「まだ戻ってない」

 ルチアは、多分また遅くなるんだろうな。
 ビルネイン教の巡礼者とかは、教会に辿り着く度に報告書とかを書かなきゃいけないらしいから。
 これはちょっと前にルチアから聞いた話だが、そうする事で旅の途中で死んでも家族や関係者が場所を特定しやすいって理由らしい。

 家族と不仲なルチアにとっては疎ましい風習だろうが、義務化されてるなら仕方が無い。
 ゲームに例えるのはちょっと気が引けるが、ようするにセーブをこまめにしろって事なんだろう。

 ……セーブポイントに戻されるのは死体と遺品だがな!
 ショッギョムッジョ!

 そうでなくとも、教会のお偉方との話は長くなるだろう。
 何せただの巡礼者とは事情が違う。勇者のお供だからな。

「で? どうだったよ、交渉の成果は」

「微妙だったッス……」

「誰かさんはアンタのこと、世渡り上手って言ったのにねえ」

「まあほら! 弘法も一夜の過ちと言うッスからね!」

 空気が途端に冷え込んだ。
 アンジェリカは、薄笑いを浮かべている。
 俺はこの表情の裏に何が潜んでいるかを知っている。
 激おこですね、解ります。

「……それを言うなら筆の誤りね? 鮫の餌になりたい?」

「ひぇええええええ!? も、申し訳ねえッス!」

 相変わらず下ネタ耐性が低いな、うちのお嬢様は。
 そのくせ一夜の過ちで意味が解っちゃうんだから、耳年増というか何というか……。
 つーか、弘法って名前がこのファンタジー世界で通用するのが恐ろしいわ。
 いんのかよ。弘法先生。
 ……深く考えないようにしよう。



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