自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第四十三話 「俺の親友に、手を出すな!」


 右腕がビリビリと痺れるような痛みを発している。

「う、ぐ、あああああ!」

 熱い!
 熱い、けど!

 やる前に、出来る筈が無いなんて諦めるのか?
 そうやって、俺はまた後悔しなきゃいけないのか?
 闘技場の死体の山に、ファルドが加わるかもしれない瀬戸際なんだ!

「……!」

 剣士が目を見開く。
 ざまーみろ。俺だって、やりゃ出来るんだ。

「初めから、こうすりゃ良かったんだ」

 俺はファルドのロングソードを拾って、構える。

「な――!」

 メダルが青白く輝いた……?
 こんな現象、初めてだ。
 確かにマジックアイテムそのものだったが、どういう理屈なんだ?

 いや、そんなの今はいい。
 ファルドを助けるんだ!

「覚悟しろ!」

 と俺が宣言するも、剣士は全く動じていない。
 それどころか、大剣を振り下ろし、剣圧だけで俺を吹き飛ばす。

「ま、待てよ……!」

 こんな所で終わらせるかよ!
 ファルドでも勝てない相手だから、俺一人なら尚更無理だろう。
 それでも、それでも二人なら何とかなるかもしれないんだ。

 がむしゃらに駆け寄って、今度は剣圧を切り飛ばそうと試みる。
 ダメ元だと諦めてたが、実際それは可能だった。

「しつこい奴だ」

「俺の親友に、手を出すな!」

 パソコンを投げつける。
 剣士は咄嗟に大剣で防ごうとするが、僅差で俺のパソコンが勝った。
 見事、パソコンは剣士の顔面に命中。
 ファルドがその衝撃で手放される。

「くっ、殺してやる!」

 いやいや。“くっ殺”はそういうジャンルじゃねーからな!
 それに、こっちの台詞だ!
 さんざっぱらいたぶりやがって、もう許さねえ!

「さっさと! こっから! 出て行けぇ!」

 何度も何度も俺は剣を振り下ろす。
 途中で斧を左手に持って、二刀流で振り回す。

 だが、なかなか当たらない。
 当たれば一撃かもしれないのに!

 一向に挽回できないまま、その時は来た。
 剣士がファルドを掴み、盾にしたのだ。
 俺は攻撃をやめた。
 人質なんて卑怯な真似しやがって、クソ野郎め!

「終わりだ……」

 剣士が大剣を構えると、その刃が赤黒い炎を纏う。
 まずい。何かしらの大技を繰り出すつもりだ!
 俺は見ていることしかできないのか!?


「レイレオス、そこまでだ!」

 だが、鋭い声音に遮られる。
 声の主はあの偉丈夫、ジェヴェン・フレイグリフだった。
 つまり、魔女の墓場がこの島へと到着していたのだ。
 さっきの黒髪の少女は、魔女だったって事なのか?

「チッ……」

 レイレオスと呼ばれた剣士は、舌打ち交じりにファルドを床に投げ捨てる。

「ッ――ファルド!」

 俺は急いで駆け寄り、ファルドを抱き起こす。

「シ、ン……」

 良かった、まだ息はある!
 だが、口からは血を吐いている。呼吸も弱々しい。
 放っておくと、命に関わるだろう。

「あ、の壁……どう、やって」

「喋るな! 死ぬぞ!」

 少し遅れて僧侶が三人ほどファルドの所へ駆け付け、の治療を行ない始める。
 俺も、あちこち焼け焦げた箇所があるらしい。
 僧侶がもう一人やってきて、俺の治療を始めた。

「レイレオス! どういうつもりだ!
 勇者に手出しをしたと知れれば、貴様の首も危ういのだぞ!」

「単なる腕試しだろ」

「貴様という奴は! 今すぐ結界を解除しろ!」

「大袈裟だな」

 レイレオスが吐き捨てるように言うと同時に、炎の壁が消滅する。
 アンジェリカが真っ先に駆け付けて来て、ルチアとアンジェリカも追い縋る。

「ファルドさぁああああん、シンさぁああああん!」

「怖かったッスうううう!」

「あ、やめ、まだ痛むから!」

「はいはい、離れなさいアンタ達」

 アンジェリカは一見すると冷静なようだが、泣きそうな顔をしていた。
 幼馴染みが死ぬかもしれないって状況だったもんな。

「シン。ファルドを守ってくれてありがと」

「親友だからな」

 治療をしていた僧侶が、立ち上がって俺達に敬礼する。

「ご迷惑をおかけしました。しかし、すごい回復力ですね……」

 などと白々しい事を抜かしやがったが、こいつらブッ飛ばそうかな。
 俺が剣を構えると、ルチアが俺の袖を引っ張って止めた。


 それにしても、レイレオスは今まであの炎の壁を維持しながら戦っていたのか?
 だとしたら、とんでもない怪物と戦わされたって事だ。

「レイレオス、貴様は事の重大さを理解していないのか!」

「……」

「――待ちなさいよ」

 ジェヴェンがレイレオスに掴み掛かろうとする所へ、アンジェリカが駆け寄る。

「レイレオスって言ったわね」

「ん」

 パァンと、乾いた音が鳴り響いた。
 アンジェリカがレイレオスの頬を叩いたのだ。

「謝りなさい。ファルドに! 勝手に喧嘩を売って、ファルドをこんなにして……!
 謝りなさいよ! 理由を説明しなさいよ! なんで、こんな!」

「よく吠えるメス犬だ」

 涙交じりに捲し立てるアンジェリカを、レイレオスはたった一言でそれを潰した。
 あいつは、筋金入りのクソ野郎だ……。
 いきなり襲い掛かってきた時点で予想はしてたが、それの遥か斜め上を行くクソ野郎だ。

 どうやらアンジェリカもそれには同意見らしく、両手を握り締めてわなわなと震えていた。
 ファルド達も、レイレオスを睨んでいる。
 嫌な奴が相手だが、どう口を挟んでいいか解らない。そういう顔だ。

 やがてアンジェリカが痺れを切らす。

「こ、の……――!」

「ッ――待て! その件については私から謝罪する。すまなかった!」

 今にも殴り掛かりそうなアンジェリカを、ジェヴェンが止めた。
 アンジェリカは訝しげに、ジェヴェンを睨んだ。

「誰よ、アンタ?」

「連合騎士団軍事顧問、ジェヴェン・フレイグリフだ。本件においては、貴殿ら勇者一行に無礼を働いた事、誠に申し訳なく思う。
 当方からは勇者殿の治療と、言い値で支払う賠償金で償う。どうか、これで手打ちにして頂きたい」

「……本人の謝罪は、無いんですね」

「奴は見ての通り問題児だが、腕利きゆえ当方でも無碍に扱えないでいる。
 今後はこうならないよう、しっかり教育すると誓おう」

「だってさ。どうする? ファルド」

 アンジェリカはファルドを見やる。
 だが、ファルドは首を横に振った。

「金まで受け取るつもりは無い。治療だけで充分だ」

「それでは私の気持ちが収まらん」

 ジェヴェンは腰から袋を取り出し、中身を手の平の上で並べた。
 ――金貨だ。1枚でも1000ガレットの価値がある。
 数にして10枚……合計10000ガレット。王様の援助金よりずっと高い。

 さすが、高給取りのポケットマネーは桁が違うな。
 伊達に帝国騎士団の元団長じゃないって事か。

「は、初めて見たッス! 銅貨でも銀貨でもないッスよ!?」

「ヴェルシェ、うっさい」

 暫くして、ジェヴェンは金貨を袋に戻してファルドに手渡す。

「心ばかりの金額だが、どうか受け取ってくれ。頼む、この通りだ!」

「これで許せって事ですか」

 ファルドはジェヴェンに金貨袋を突き返そうとしては止めてというのを繰り返し、やがて諦めた顔で受け取った。

「……だったら、もう俺達に関わらないよう伝えて下さい」

「心得た」

 と言い終えて、ジェヴェンはやっと俺の存在に気付いたらしい。
 俺をじっと見つめてくる。

「何処かで会ったか?」

「う~ん、たぶん初対面では?」

 案内人との関係性(それこそ顔見知りでしかないが)を知られると厄介だ。
 ここはシラを切っておくとしよう。

「そうか。迷惑を掛けたな」

 それきりジェヴェンは踵を返し、灰色装束達に死体の処理とかの指示を出すだけで俺達には見向きもしなくなった。
 完全に居ないものとして扱うって言うと聞こえは悪いが、ファルドは「関わるな」と言った。
 きっと、こうする事がジェヴェンなりの筋の通し方なんだろう。

 少しして、俺達は邪魔にならないよう隅っこに移動した。
 俺は夥しい数の死体について尋ねようかとも思ったが、誰もそうしようとしないからやめておいた。

「何なのあの殺戮レタス野郎! ほんっと感じ悪いんだから! 死ねばいいのよあんな奴!」

「アンジェリカ、聞こえちゃうよ」

「ふーん! 知らないわ! もう関わらないんでしょ?」

 やっぱり、心配だな。
 聖杯やレジーナの安否について、訊いておくべきか?

 殺戮レタス野郎もといレイレオスの事だ。
 あいつが勢い余ってレジーナを殺してたとしても、何ら不自然じゃない。
 レジーナは猫耳と桜色の髪が特徴だが、もしかしたら黒焦げ死体の中に混じってた可能性もある。

 だがなあ……。
 藪蛇だったらと思うと、迂闊に名前を出せない。
 猫耳少女なんてあいつしか生き残ってないだろうから、特定された挙げ句に魔女認定の上で処刑なんて事になりかねない。

 などと迷っている所に、ジェヴェンがやってきた。

「これにて失礼する。邪魔をしたな」

「待って下さい」

 立ち去ろうとするジェヴェンを、ファルドが呼び止める。

「む?」

「春の聖杯、見ませんでしたか?」

 この馬鹿は!
 藪に飛び込むような真似しやがって!

「なるほど、貴殿らが立ち寄ったのはそれが目的だったか」

「何か知ってるんですか!?」

 だが、ジェヴェンは首を振った。

「それらしい物品は見当たらなかった。祭壇から持ち出されて、かなりの日数が経過したように見受けられる」

「……信用出来るとでも?」

「後で確かめてみるといい。祭壇は我々が来たほうの通路を辿れば、すぐに見付かる」

 嘘を言っているようにも見えない。
 ジェヴェンは今度こそ本当に、立ち去っていった。
 あれほど大きかった死体の山は、すっかり消し炭になっていた。

 そろそろ動くべきだろうか。そう思ったが、みんなは違った。

「なあ、みんな。あれ……」

「何よ、ファルド。雨はまだ止んでな――え?」

 みんなが呆気に取られた表情で空を見つめた。
 俺も、みんなの視線を辿った。

「は……?」

 空にあるのは、飛行船だった。

 行方不明になるとか言って禁忌になった筈の飛行船が、俺達の上空を悠々と飛び去っていった。
 なあ、一体これはどういう事なんだ?
 あの地獄耳に定評のあるゲルヒですら与り知らない何かを、魔女の墓場が持っているって事なのか?

 俺は、身体の奥底から得体の知れない寒気を感じた。
 もしかして、この世界は根本的な部分でねじ曲がってるんじゃないか……そんな予感が、俺の胸中を埋め尽くした。



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