自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第四十四話 「やるじゃない、シン!」


「なるほどねえ……するってえと、そのレイレオスって奴が殺してたのは魔女かい?」

 ジラルドは壁に寄り掛りながら腕を組んで、難しい顔で頷いた。

 あの後俺達は、春の聖杯が安置されていたという祭壇へと向かった。
 ジェヴェンの言う通り聖杯は影も形も無く、守人のレジーナも居なかった。
 何度レジーナを呼んでも、出て来る気配すら無かった。

 そこまでのいきさつを含め、俺達はジラルドに話した。
 俺が炎の壁を突き破ったのに、軽い火傷で済んだ事とか。
 ファルドの剣を持った時に、メダルが青く光った事も含めてだ。

 結局、もう一度持ってみたが、何も起きなかった。
 あれっきりの、謎の超常現象だ。

 そうして、今に至る。


 俺達は来た時と同じ、高速船のバルコニーのような構造の高台に備えられたデッキに集まっている。
 ここは今、ジラルドを除いて外部の人間は誰も居ない。

「様子がおかしかったのはそれだけじゃないんです。魔女の墓場は、俺達の事を何も詮索してこなかった」

 ファルドは、憂鬱さの滲み出る声でそう言った。
 考えてみれば、確かに変な話だ。
 まるで俺達がフォボシア島に来る事を、初めから知ってたみたいじゃないか。
 しかもだよ。

「奴等は飛行船を使いましたね」

「飛行船かい! 連中、どうやって辿り着いたんだろうな? 空からじゃ辿り着けないって話だったろうに」

「訊いときゃよかった……」

 春の聖杯が消えて、フォボシア島を守る結界が無くなったとかだろうか?
 そう考えたら、魔物があれだけ多かったのも合点が行く。
 魔女の墓場は、フォボシア島に魔女が出現したという事でレイレオス達を差し向けたのかもしれない。
 だが俺の、この推測が正しいかどうかは……。

「どーせ藪蛇よ。黙っといて正解だわ」

「そうッスよ。ここは一つ――勇者ファルド一行の、領主様に訊く! って事でどうッスか?」

「……もしかしたら領主様が全部知ってて、裏で魔女の墓場に依頼を出して、俺達に先回りする形で動かした可能性は?」

 ファルドが、俯きながら尋ねる。
 アンジェリカはその問いに、首を振った。

「あの手の狸ジジイは大概、信用第一主義でしょ。メリットが無いわ。やるとしたら、もっと姑息に利用すると思う」

「アンジェリカちゃんの言う通りだ」

 ジラルドが肯定するも、アンジェリカは眉を顰めた。

「ちゃん付け、やめてくれます?」

「駄目かい?」

「見下されてるみたいで、気分が悪いんです」

「そういう言い方って無いだろ、アンジェリカ」
「ファルドは黙ってて」
「う、ごめん」

「そういえば自分も、さっきから気分が……」
「ヴェルシェは寝なさい」
「えー……」

「まだお昼ですよ」
「ルチアはヴェルシェの治療でもしてあげなさい」
「はい」

 うーんこの……。
 ジラルドはといえば、アンジェリカのツッコミ乱舞に苦笑していた。

「わかったよ、アンジェリカさん。それで、引き続き予言に従って動いてみるのかい?」

「予言通りでしたら夏の聖杯を探すのですよね? そちらは確か、国王陛下が動いて下さっている筈ですけど」

 夏の聖杯はルチアの言う通り、国の会議で議題を出したあと、国を挙げて探すという事を王様が計画している。

 原作だとその隙に、北方連邦の小国が歌い竜カグナ・ジャタの手に落ちるんだよな。
 で、逃げ延びた先のゼルカニア共和国で、魔女を討伐する。
 だがこの世界では、原作より三ヶ月くらい先んじてフォボシア島へと到着している。

 実際、かなりのハイペースだ。
 カグナ・ジャタ出現よりは余裕があるかもしれない……というのは油断だな。
 この場合、俺が採るべき行動は……。


 *  *  *


 俺達はボラーロの領主、ゲルヒの屋敷へと帰ってきた。
 今度はジラルドと、ビリーも一緒だ。

 応接室でフォボシア島での報告を済ませ、船の仲介料を支払う。
 このうちの何割かが、あの高速船の持ち主である帝国軍残党の人達に支払われるらしい。

「王様に春の聖杯の件を報告してから、ゼルカニア共和国に向かおうと思います。
 魔女が牛耳るあの場所なら、魔王軍の情報も集めやすいかもしれない」

「なるほど、それでしたら都合が良い。残念ながら、まずグレンツェ帝国にご足労頂く形になりますがな」

 早速、船の中で立てた計画から外れた。
 一体どういう事だろうと思っていると、ゲルヒが書類を机に並べる。
 その書類は、国王アリウスのサインが記されていた。

「先程、王城より言伝を賜りましてな。今より一週間後、大陸同盟の首脳会談に同行して欲しいとの事です。
 帝国側の代表であるペゼル・ラルボス宰相から、予言者の顔を一目みたいと」

「やるじゃない、シン!」

 アンジェリカが背中をバシッと叩く。
 ちょっと痛いんですが。これ絶対、背中に赤い跡が残るんですが……。

「国家元首から、直々のご指名よ! これってファルドが勇者に選ばれた事の次に、名誉な事じゃない?」

「なんかあんまり嬉しくない言い方だな」

「何よ。褒めてあげたのに」

「詳細は聞かされなんだが、何やら王国側に協力する条件らしいですな」

 十中八九、夏の聖杯に関する事だろう。
 帝国側もどうなっているか把握していない以上、一度この目で現状を見ておいたほうがいい。
 春の聖杯についても、何らかの形で協力してくれるかもしれないしな。

 それにしても。
 王様に謁見してからそんなに日が経っていないが、この世界の郵便物はどうやって届けられているのだろう?
 アレか。もしかして、飛竜に速達便でも運ばせてるのか。

「ちなみに、今回は陛下と共に、飛行船に乗って頂きます」

「飛行船!」

 ファルドが目を輝かせる。

「いやさ、別にお前の所有物になるワケじゃないからね? もはや飛行船に乗る事が目的化してるよね?」

「だって乗りたいだろ!?」

「そりゃ、そうかもしれないが……」

「うぅうううおっほん!」

 あ、はい。黙ります。
 何もそんな大袈裟な咳払いをしてくれなくたっていいじゃん。

「では、同意という事でよろしいですな?」

「もちろんです! そうだよな、みんな!」

 ファルドは全員に同意を求め、それにみんなが頷く。
 こうして俺達は、王様の会議に同行する事になった。

 ゲルヒが便りを速達で送って、翌日に返事の手紙がやってきた。
 なんつー早さだ。
 いや、考えてみたらリントレアやヴァン・タラーナから受け取った報告書を、王様はその翌日には手にしていたんだよな……。
 何か独自の速達ネットワークが構築されているに違いない。
 魔方陣に手紙を置くと、相手側の魔方陣にプリントアウトされるとか、そういう感じの。

 それで内容は、

『王城にて待つ。四日以内に到着されたし』

 といったものだった。
 俺達が便りを受け取るのが遅かったらどうするつもりだったかも、しっかり書かれていた。
 どうやらギリギリで返事をした場合、直接迎えに来ていたらしい。


 *  *  *


 城下町に近付くや、俺達は兵士に何も無い草原の所まで案内された。

「こちらです」

 王様と乗った飛行船は、魔女の墓場が使っていたものより大きかった。
 ついでに言うと、装備も物々しい上に護衛の飛行船が二隻も付いてきた。
 どれも、とにかくごつい。
 天空の城を目指す某ゴリアテみたいだ。

 やっぱりVIP待遇となると全然違うな。
 ファルドはもちろん、他のみんな(ジラルドとビリーまで!)も目を輝かせてあちこち見てた。
 が、途中で我に返ったアンジェリカの「目的、忘れてない?」という一言で艦内見学は終了した。

 ちなみに、王様はいつも通りの調子だった。
 俺達が春の聖杯とレジーナについて報告すると、それの捜索も協力すると言ってくれた。

 国家権力に気兼ねなく頼れるっていうのは、勇者の特権なのかもな。
 そういう意味では、ファルドを冒険者じゃなく勇者って設定にしておいたのは正解だったかもしれない。
 まあ、金銭面の援助は受けられないし、飛行船もたぶん今回みたいなケースに限定されるんだろうが。


 空の旅は快適そのものだった。揺れも無し。魔物も無し。
 曰く、大陸の制空権は飛竜兵達の必死のドッグファイトによって守られているらしい。
 もっとも端っことかになると目が届かない所も多いから、緊急発進もあるとの事だが。

 青空と、窓越しに眺める風景。それらを楽しむだけの余裕があった。
 眼下に広がる景色は緑と青が広がっていて、アマゾン川流域やニュージーランドとかの森の航空写真みたいに綺麗だった。
 もちろん、現代風のビルは一つも無い。

 帝国領は赤茶けた大地が広がっていた。
 魔物はちらほらいたが、速攻で蹴散らした。

 そして頑丈そうな数々の砦に囲まれた、帝都ゲールザナクの飛行船発着場へと辿り着く。
 城壁だらけの景色に目を奪われながら、俺達は会議場へと向かった。


 *  *  *


 会議は無事に終わった。
 俺達も会議に参加したが、名目上だけで発言権までは無かった。
 何か質問された時に、俺が代表して原作知識をお披露目したくらいだ。

「ふむ。アリウス殿ならびに大司教のご慧眼は、お見事と言う他ありません」

 俺の予言を聞いて、ペゼル・ラルボス宰相が満足げに頷いた。
 宰相のオールバックの銀髪、薄茶色のレンズをはめた丸眼鏡は、どことなく油断させない雰囲気があった。

 共和国代表のケドーレ・エスペンズィール伯爵は、何処か温和そうな顔立ち。
 北方連邦代表のイェスティン・オズコフは険しい顔立ちで、ペゼル宰相をじっと睨んでいた。
 この対照的な二人については、とりあえず置いとこう。
 特に重要な発言も無かったし。


 内容を纏める。

 王国側から春の聖杯ならびに夏の聖杯捜索の協力要請が、まず一つ。
 これに関してもなるべく最低限の人数で、尚且つ情報が広まりすぎないようにするといった形で協議された。
 妥当だな。情報が漏れれば、魔王軍が先回りして動くかもしれない。
 冬の聖杯だって、防備が後回しになった結果として魔女の手に落ちたワケだし。

 二つ目は、希少な鉱物であるミスリル原石の流通制限を緩和するという話だ。
 王国南部のサザンギア鉱山から採掘されるそれは、現在は王城に直送されて厳重に保管されている。
 魔物に占拠されるといけないから要塞を構え、防衛戦力も厚めに配置しているという。

 重要っぽいのは、これくらいか。
 後は国民の経済状況に関する情報交換とかそういった、俺達には直接の関係が無い話ばかりだ。

 魔女の墓場について全く言及されなかったのが、少し歯痒い。
 レジーナを狙うとしたら、まずそいつらだってのに。

 俺はそこまでの内容をテキストファイルに記録して、パソコンを閉じた。
 ここは、帝都ゲールザナクの中心部にある城。

 俺は、その一室にいる。
 例によって俺達は、男子部屋と女子部屋に別れた。
 男子部屋には俺とファルドとジラルドとラリー。
 女子部屋にはアンジェリカとルチアとヴェルシェ。

 ……明日にはまた、飛行船で王国へと戻る。
 だが、そう思って眠りに就こうとしていた俺は、真夜中に起こされた。

 それは、新たな災厄の前触れだった。



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