自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第五十七話 「ラブコメって何だ?」


 宙吊り野郎を倒してから下に降りるまでに、俺とメイはちょっとだけ話をした。
 俺達が聖杯を依り代にしているという事を、みんなに打ち明けるべきかどうかだ。

 結果、メイが二つ分の聖杯をその身に宿しているっていう“設定”をでっち上げるという結論に落ち着いた。
 全部を打ち明けたら、俺が原作者である事まで必然的にバレるだろうという配慮からだった。
 騙し続けるのは気が引けるが、馬鹿正直にやって上手く行く保証も無いからな。

 メイという名前は以前から使っているが、ヒルダとレジーナの前でしか名乗らなかったそうだ。
 だから、名前バレから身元が割れるなんて事は無いらしい。


 あとは、魔女と見なされているメイが受け入れられるかどうかだったが……。
 これに関しては完全に杞憂だった。

 すっかり、仲間として溶け込んでいる。
 むしろ溶け込みすぎているというか。

「でもアンタ、いきなり、その……キスってどうなのよ!」

「見なかった事に、できないかな?」

「あんなラブロマンス見逃せませんよっ!
 ファルドさんとシンさんの初キスが見たかったのに!」

「この世界にも腐女子っているんだ……」

「何よその腐女子っていうの! ルチアも気色悪い妄想やめなさいよ!」

「あら。アンジェリカさんは私とファルドさんを勘違いして濃厚ディープキス――」

「――やーめーなーさーい! 叩き落とすわよ!」

 アンジェリカが、戦利品である宙吊り野郎の杖でルチアをポコポコと叩く。

 何というか、馴染みすぎじゃないですかねえ……。
 しかも俺を争点に、やいのやいのと言い合うこの光景。
 まさか、俺がその当事者になるとは思わなかった。

「これがラブコメかあ……」

「多分、違うと思うッス」

「ラブコメって何だ?」

 ナチュラルに飛竜をしっかり操っているファルドが、前方を見ながら問い掛ける。
 馬の時もそうだったが、乗り物全般に強いのか?

「ラブ&コメディの事ッスよ。帰ったら詳しく説明するッス」

「いや、遠慮しとくよ……シンは本当に、恋愛の事ばっかりだなあ」

「うるせえ。お前は少しはアンジェリカの事を意識しやがれ」

「今は、聖杯について報告する事を考えなきゃだよ。残すは夏の聖杯だけだろ?」

 全く、鈍感すぎるのも考え物だ。
 アンジェリカもあの件以来、悩ましげな視線をファルドに送っては目を逸らし、そして俺の視線に気付いては目を逸らし……まだるっこしい。
 それを考えれば、メイのあのキスは発破を掛けるには充分な威力があるのかもな。

 俺は、まだあの感覚の抜けない右手を握っては開くのを繰り返した。
 ……確かな温もりが、あの手にはあった。
 他の誰からも感じなかったのに。
 やっぱりアレか?
 元居た世界が一緒という共通点のお陰か?

 くそ、何か今度は違う意味で案内人メイが気になってきたぞ!


 *  *  *


 悶々としているうちに、俺達はヴァン・タラーナに到着してしまった。

「――って何でヴァン・タラーナ?」

「飛竜を借りたのがここだからだよ」

 そういう事なら仕方が無い。
 借りたらしっかり返さないとな。


 俺達はモードマンの屋敷にて、メイの紹介も兼ねてここまでの事情を洗いざらい話した。
 モードマンは元が亡命者という身分もあったのか、魔女扱いされている筈のメイを邪険に扱うなんて事はしなかった。

 そして屋敷にはもう一人、重要人物が待っていた。

「――メイ・レッドベルさん……申し訳ございませんでした。貴女にはどうお詫びすべきか」

 重要人物、それはキリオだ。
 彼は神妙な表情で、頭を下げる。
 コイツの葛藤は冷静に考えりゃご尤もだと思う。
 素直に頭を下げたのは、キリオなりの矜持もあるんだろうな。

「い、いいよ。あたしは、自分自身がやりたい事をやっただけだから」

「いえ。落とし前を付けさせて下さい」

「うーん、そう言われても……だって、議会四柱枢機卿の拠点を教えてって言われても困るでしょ?
 死ねって言うようなもんだよ?」

「……お望みとあらば、死力を尽くしましょう」

 冗談交じりのメイの口調にも、キリオは真面目な顔で応じた。
 いやいや。頑張るなら死なない範囲にしてくれよ。
 すぐそこにルチアもいるんだぞ。

 ていうかお前それ、魔女の墓場との繋がりを暗に認めたようなもんじゃないか。
 もうバラしたのか?

「お兄様は、命と引き替えにご自身の罪を償うおつもりですか」

「……生きては帰る」

「そうやって、いつも私だけ置き去りにされ……いえ、ごめんなさい」

「すまない。不器用で」

 と、そこにヴェルシェが空気を読まずキリオの背中をバシッと叩く。
 いや、叩いたのは背中じゃない! ケツだ!

「何をしけた顔してるッスか! キリオさん!」

「え!? あ、はあ」

「こういう時は、伯爵様! 例のあのセリフを言うんスよね?」

 唐突な無茶ぶり。
 ていうかお前、そもそもモードマンと面識無かっただろ!
 初対面でのその距離感、コミュ障はすげー反応に困るんだぞ!

「興味深い。続けたまえ」

 あ、大丈夫だった。
 ヴェルシェはソファの影に隠れて天に拳を掲げ、親指を立てる。
 そして少しずつ身を屈めていく事で沈み込むように見せた。


「……アイルビーバック」


 ……。

「ば~~~~~っかじゃねぇの!?」

「ファッ!? 自分はいつだって真面目ッスよ!?」

「その渾身のギャグを説明させてやるから原稿用紙一枚以内で言ってみろ!」

「理不尽な運命なんて今までさんざん蹴飛ばしてきたんだから、悲観する事は無いでしょって事を言いたかったんスよ!」

「初めからそう言えばいいだろ! なんで空気を読まずにギャグを挟むんだお前は! しかもそれ一度死ぬじゃねーか!」

 そもそもなんでそのネタを知ってるんだって話だよ!
 ――あっ。
 お前も同じ世界の人間って事か?

「え、ちょっ、シンさん?」

「きっと、熱でも出してるんだ。じゃなきゃ人の生き死にが関わる話にギャグを挟むとかありえない」

 なんて言い訳しながら、俺はヴェルシェの額に手を当てていた。
 だが、体温は少しも感じられなかった。
 他のみんなと同じ、温かくも冷たくもない感覚だ。

 じゃあやっぱり、そういうキャラなのかな。

「……な、なんだよお前等、なんで俺を見るんだよ」

 みんな、今にも吹き出しそうな顔だ。
 程なくして、まずはルチアが我慢の限界を迎えた。

「ぷ、くく、ふふふっ! だって、シンさんが言っても、説得力が無くて……!」

 知らないうちに俺もコントに出演していたらしい。
 みんなして笑いを堪えきれないでいる。
 信じられるか? あの仏頂面のクラウディアさんまでだぞ!

 俺だけが取り残されて、ポカンとしていた。

 どうしよう……。
 この世界の笑いのツボが解らない。

「そうですね、何度も死地を超えたであろうシンさんの御加護に、私もあやかると致しましょう」

 などと、眼鏡を外して涙を拭いながらキリオが言う。

「ンな大袈裟な」

 こんな御都合展開の連続、単に俺がラッキーボーイだっただけじゃねーか。
 俺は主人公補正とか絶対に信じないからな。
 ……いや、これまでの事を考えると信じたほうがいいのかな。


 *  *  *


「……で。魔女の墓場と繋がってたのは、俺を助ける前に知ったのか」

「はい。突然の事でしたので、気持ちが整理できていませんけれど」

 中庭でクロスボウの射的を練習しながら、俺はルチアと二人きりで話をしていた。
 捕まったとき、武器を奪われちまったからな。
 だから今はこうして、ルチアから借りている。

 まさか宙吊り野郎の杖を、俺が使える筈もないし。
 俺は魔法が使えないからな。

「必然だったのでしょうね。父が、ああいった人でしたから」

 遠くを見るような目で、ルチアはぽつりと呟く。

『善良さを装って弱者に接近し、最後は根こそぎ奪っていく。
 そうして私の母が毒牙に掛けられた!』

 キリオの言葉を思い返す。
 ……復讐、か。
 同じ立場だったら、俺もそうしていたかもわからない。

 レイレオスとかいう奴も、あれだけファルドに憎悪の視線を向けていた。
 もしかしたら、あいつも何かに復讐しているのかもしれないな。
 魔女の墓場は、復讐したい奴らには持って来いな組織なんだろう。

 ヘイトにヘイトで返すなんて、終わりが見えないから、どこかで手打ちにしなきゃいけない。
 その境目が見えなくなった奴、或いは見たくない奴の為の組織。
 それか、はたまた或いはヘイトしたい奴の為の組織。

 だとしたら、メイが城下町で連中を挑発した理由も何となく解る。

「狙うの、上達されましたね」

「そうか?」

 的を見ると、中心点への命中はそれほどでもない。
 確かに的から外した太矢は無いが。

「メイさんという新しい仲間も増えましたし、私も、もっと頑張らないといけませんね」

 ギリギリ聞こえる範囲の声で、ルチアは小さく呟いた。



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