自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
第六十話 「メイは悪くねえ! 全部、リーファさんが悪いんだ!」
「うう……まだ両手がふやけてる」
ゆうべは凄まじい目に遭った。
正気を失ったメイに、夜通しハグされ続けた。
ヤバいってもんじゃなかった。
濃厚なディープキスも並行してだったからな。
メイは途中から、しれっとパンツ一枚になってた。
タイツの上に穿いていたのはどうやら見せパンらしく、ちゃんと下にももう一枚穿いていたのだ。
薄紫色のレース付で、ちょっと大人なやつだった。
それも脱ごうとしていたから、俺は逆に抱き返す事でそれを止めた。
辛うじてネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は大いなる宇宙に射出されなかったが、実際は俺の抵抗の末に何とか守りきった形だ。
だって明らかに正気の状態じゃなかったし。
あの先まで行ってたら、メイは絶対後悔するだろう。
メイが正気を取り戻したのは朝が来てからだ。
あの瞬間、メイは両目を見開いてベッドから転げ落ちたのだ。
それまで完全に意識がどっかに飛んでたらしい。
「ごめんね、シン君……」
「メイは悪くねえ! 全部、リーファさんが悪いんだ!」
媚薬なんてブチ込みやがって!
できちゃったらどうしてくれるんだ!
こうなったら容赦なくとっちめてやるぞ。
目の前で俺がアイツのベイビーちゃんを抱き抱えて、そのまま授乳シーンを再現してやる。
そして「お前の畑は枯れている」と言ってやるのだ!
「待ってろ、リーファ!」
階段を駆け下り、そして朝飯中のファルド達を横切る。
そしてリーファのいるであろう厨房へと足を進め――、
ようとして、後ろから襟首を掴まれた。
「ちょっと。アンタどういう事か説明しなさいよ」
あれ?
アンジェリカさん、この展開は前にもありませんでしたか?
「どういう事って、何がだよ」
「と、隣の部屋から、変な声が聞こえて、ろくに眠れなかったんだからね!」
などと言うアンジェリカの顔は、真っ赤だ。
気持ちは解らないでもない。
「今からその真犯人をとっちめてやろうという所だ。ドリンクに媚薬を混ぜたアホがいる」
「媚薬ぅ!? じゃあ、昨日のって……あ、う」
「は、恥ずかしがるアンジェリカも可愛いよ」
ファルドがボソリと呟く。
馬鹿野郎。このタイミングじゃねえ。
「アンタは何を言ってるのよっ! 馬鹿ファルド!」
「痛っ、殴ること無いだろ!」
「あー! もしかして、またシンに何か吹き込まれたでしょ。
ゆうべ、飲み物取りに行くの時間掛かってたもん」
「シンは関係無い!」
……やっぱりファルドには無理だったか。
バレバレの反応、ありがとう。
きっと俺の見てないところで、二人でこういうやりとりが何度もあったんだろうな。
「じゃ、そういう事だから」
「逃げるな!」
さーて、あの脳天気お姉さんはっと。
いたいた。厨房で鼻歌交じりにトーストなんぞ焼いてる。
「おはようございます、リーファさん」
「やあ坊主くん。朝から賑やかだね」
白々しいんじゃ、ボケが。
誰のせいで賑やかになったと思ってるんだ。
「で、連れ合いの子は元気になってくれた?」
「元気になりすぎて困りましたよ。見て下さい、この両手。ずっと握られてふやけましたよ」
「……」
その場で固まるリーファ。
日焼けした浅黒い肌でも、目に見えて青ざめているのが判った。
目が泳いでるぞ。どういう事か説明して貰おうか。
「あー、その、何て言うか……おれ、やらかしちまった?」
「クソやらかしましたよ! 何なんですかアレは!」
「ご、ごめんよ! まさかそこまで効き目があるなんて!
一滴だけじゃ足りないと思って、入れ過ぎちゃった!」
テヘペロで誤魔化してるんじゃねーよ!
分量を間違えると望まない結果になるのは万物において共通なんだよ!
何事も程々にって言葉を、お前は知らないのか!
「親方! あなたの所の従業員は教育がなってませんよ!」
「親方なら今、うちのおちびちゃんにミルクあげてるね」
なるほど、育メンですか?
これじゃあ、俺の授乳シーンは無理っぽいな。
まあいいだろう。
「今度から気を付けて下さいね。下手すりゃ取り返しの付かない事になるんですから」
「ていうと、あの子、まだなんだ?」
「まだって何が」
「……いや、うん。ごめん。おれが悪かったよ」
「そういやリーファさんって、元々は料理があまり得意じゃなかったよね」
などとファルドは食器を片付けながら言う。
ちくしょう! もっと早くにその情報を得ていれば!
まったく、朝から余計なトラブル増やしやがって。
これから謁見なんだから勘弁してくれよ。
こりゃしばらくはムラムラしてろくに眠れない日が続くぞ。
* * *
謁見は、やっぱりアポ無しで大丈夫だった。
前回同様、王様は俺達が戻った事を衛兵ネットワークで把握済だ。
ただ一つ違うのは、謁見で相手をしてくれるのが王様じゃなくて第二王子だという事だ。
「父上の時と同様、楽にしてくれ。そのほうが、私も話しやすい」
ロカデール・エランド・アレクライル。
それが第二王子の名だった。
その目付きは怜悧にして険呑。
口調こそ砕けているが、あくまでアリウス王と同様の荒くれ者のような性質によるものだろう。
「しかし、その者が春と秋の聖杯とはな。守人が石化した現状、証明手段が無いのは心苦しいが……」
「石化はビルネイン教でも治療方法が発見されておりません。何か、良い方法はありませんか?」
あー、やっぱり知らないんだ。
俺もそこを設定してなかったし、敵の秘密兵器である可能性を考えるべきか。
人間側に伝わってない技術だろうから、おそらく魔王軍だな。
「石版の予言者よ。貴公は何も?」
「予言には一言も。メイ、石化させた奴が誰だか覚えているか?」
俺がメイを見るとほぼ同時に、互いの目が合う。
メイは仮面越しだったが、それでも判った。
こっちに、顔を向けていたから。
何となくゆうべの事を思い出して、俺はさっと目を逸らした。
……駄目だ。意識しちまう。
「ううん。昨日もちょっと話したけど、魔王軍の誰かって事だけしかわからない」
「とまあ、殿下。そんな感じです」
「心得た。せめて、守人レジーナの血がどこかに残っていれば……」
冬の聖杯がそうであったように、聖杯というのは守人の血を垂らすと光るのだ。
だからメイも、レジーナの血に一滴でも触れれば何らかの反応がある筈だ。
そして、実際には秋の聖杯を依り代にしている、俺も。
――そういえば秋の聖杯って、誰が守人をやってるんだ?
まず冬の聖杯担当は、村長の兄だろ。
春の聖杯にはレジーナ。
夏の聖杯はグレンツェ帝国の皇帝だ。
秋って誰だよ?
原作ではそれを描写する前にエタったから、情報が無い。
……だが迂闊にそれを訊いて、実は秋の聖杯はメイじゃなくて俺でしたー!
なんて事が露呈したら、それはそれで信用を失いそうな気がする。
くそ、やっぱり嘘は良くないな。
即興で考えた設定っていうのは、必ずどこかで穴が出来る。
「あ、自分思ったんスけど、秋の聖杯の守人さんの血を使うのはどうッスか?」
「その手は、一瞬であるが考えた。だが、秋の守人もまた、行方が判らぬのだ」
安心は、できないな。
俺とメイの嘘がバレなくなった代わりに、魔王の拠点に踏み込む力をすぐには得られないという事だ。
そこから先は、細かい所の報告だけだ。
途中で雑談も挟んだりしたが、やっぱりこの王子はアリウス王の子だな。
ジョークのセンスがそっくりだった。
メイが魔女と思われている事に関しては、伝えないでおいた。
この先、どう転ぶか判らないからな。
「……どうだろうか、父上。やれたか? 私は」
「上々だ。その調子で励め」
「心得た」
謁見はとりあえずここまでだ。
それにしても第二王子、口調はアレだがそのやりとりは完全に「パパ、ぼくうまくできた?」って奴じゃねーか。
そういうのは俺達が出て行った後にやれば、もう少し格好が付いただろうに。
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