自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第六十九話 「アンタに言われたかないわよ!」


 ファルド達が駆けつけてきた時、俺は既にルーザラカとの決着をつけていた。
 というより……。
 俺が部屋に入るなり、ルーザラカは窓から飛び降りた。
 と思いきや、ヴェルシェの仕掛けた罠に引っかかって、またこの小部屋へと放り込まれたのだ。
 しかも失禁してべそかきはじめた。

「大丈夫です、大丈夫ですから! 私達は、お話をしに来ただけです」

「そうッス! OHANASHI! 痛くないから我慢するッスよ」

「アンタは話がこじれるから黙ってなさい!」

 などとグダグダになったせいで、落ち着くまでに数分を要した。
 ルチアの必死な説得の甲斐あって、ようやくルーザラカはまともに言葉が話せるようになった。

「ふぅ……降参じゃ。まさか防魔の扉をこうもやすやすと破られるとは」

 あ、やっぱりそういう特殊効果あったんだ?

「俺のスキル、破壊的突撃訪問シャイニングドアノッカーの前には、いかなる防御も無意味だ」

「どう見ても物理だった件について」

 メイが苦笑交じりにツッコミを入れる。
 俺は無視してボケ倒すことに決めた。
 いい加減、この世界観のズレたセンスにツッコミを入れるのに疲れたんだよ。

「こういう系統は物理で叩き割れって、俺の石版が言ってたからな」

「ふん。面白くないのう。どいつもこいつも石版、石版と。ならば問おう。
 冬の聖杯の守人を蘇らせる秘術も、その石版とやらには記されておるのか?」

「残念ながら、その手の禁術は取り扱ってない」

「はあ……存外、役に立たん石版じゃの」

「アンタに言われたかないわよ!」

「なんでアンジェリカが怒るのかが不思議だよ」

 アレか。幼馴染の親友がディスられて、ちょっと頭にきた感じか?
 まあルーザラカに至っては、役に立たないどころか迷惑かけまくってるからな。

「それより、守人を蘇らせたいだって? 外のゾンビはそれと関係があるって事か?」

「然様。わらわは不死使いの術を研究し、この地に眠る死者を次々と実験台にした。
 結果はまあ、貴様らも目の当たりにしたであろう?」

「なんて迷惑な奴ッスか! 亜熱帯だったらオイニーがドイヒーだったッスよ!」

「うるせえクソエルフ。ホラーとグロが苦手な二人に謝れ」

「どいひーッスぅううう!」

 ピーピー喚くヴェルシェをよそに、ルーザラカは続ける。

「わらわに魔術の才能は無いようじゃ。貴様らから逃げ出して、あれ以来ずっと研究に費やしてきた」

「たかだか一ヶ月ちょっとだろ。諦めるの早すぎだろ」

「うるさいわ! なかなか安定せぬ魔力供給の中で、守人……ゲルディンの冷凍封印が解けぬよう気を使いながら死者蘇生の秘術を研究しておったのじゃ!
 封印が解けてしまえば、死体は腐っていくかもしれぬ。
 そうなれば、蘇ってもあの出来損ない共と同じ末路を辿るであろう。その恐ろしさが、貴様らにわかるか!?」

 ルーザラカが涙目になって、ものすごい勢いでまくし立てる。
 悲壮さは伝わってくるが、いかんせんやってることが迷惑すぎるんだよな……。

「あのね。私は、そもそも蘇らせようっていうアンタの考えがわからないわよ」

「ケッ。小娘が。胸だけでなく、脳味噌も矮小であったか」

 ビキビキという音が聞こえてきた、ような気がする。
 これはヤバい奴だ。アンジェリカは額に青筋を浮かべ、吠えた。

「アンタに言われたかないわよ!」

「アンジェリカ、抑えて!」

「うっさい! 燃やす! 絶対燃やす!」

 ジタバタと暴れるアンジェリカを、ファルドが羽交い締めにする。
 まあ気持ちは解る。
 こんなろくでなしの魔女にコンプレックスを刺激されたら、俺だって平静を保てるかどうか。
 いや、最初の戦いではむしろ俺のほうから存分に煽ったが。

「こやつらは、付き合っておるのかの? 羨ましいのう」

「付き合ってないって!」
「付き合ってないわよ!」

 ファルドとアンジェリカが、こりゃまた綺麗にハモった。
 幼馴染なだけあって、見事な連携と言わざるをえない。

「なあ、石版の。本当にこの二人は付き合っておらぬのか?」

「いや俺に訊かれても。それより冬の聖杯はどうしたんだよ? 欠片、持ってるんだろ」

「あるぞ。肌身離さずな」

 そう言って、ルーザラカはドレスの胸元からあざとく欠片を抜き取った。
 見た目が幼女だから、恍惚とした表情はやめてほしいな。

「お色気モーションは、あたしの専売特許なのに」

「その理屈はおかしい」

 メイのキャラ的に似合うのは間違いないんだろうが。
 いかん。想像したらちょっと気分が。
 だが俺の妄想も長くは続かなかった。

「――貴方達は!」

 というルチアの声に驚いて振り向くと、ぞろぞろと現れる灰色装束達の姿があった。
 そして、それを率いるジェヴェン・フレイグリフも。
 ジェヴェンは抜き身のままのロングソードを、ルーザラカへと構える。

「魔女の墓場だ。ルーザラカ。貴様を処分する」

「好きにせい。わらわは、もう疲れた」

 対するルーザラカは、完全に諦めている。
 リントレアで見せた往生際の悪さはどこに行ったんだ!

「待ってくれ! 話を聞いてくれ!」

 ファルドも全力で割り込み、ジェヴェンの前に立ちふさがる。

「……悪いが、我々の管轄だ」

 ジェヴェンの表情は苦々しいが、頼まれてくれない雰囲気だな。
 後ろに控える灰色装束も、俺達が射線上にいるのが邪魔で仕方がない様子だ。

 やれやれ。
 血気盛んなのは結構だが、そんな体たらくだから敵を作るんだ。
 ルーザラカを攻撃しちゃいけない理由を教えてやるとしよう。

「聖杯の守人、たぶんこいつが引き継いじまってるよな?」

「なんだって!?」

 灰色連中の半分くらいがざわざわしだす。
 残り半分も、周りの雰囲気に呑まれて落ち着きが無い。

「おい、ルーザラカ。聖杯に、血を垂らしてみろ」

「……こうか」

 ルーザラカは人差し指をかじり、血を一滴だけ聖杯の欠片に垂らす。
 すると。

「聖杯が……!」
「光ったッス……!」

 いよいよ周りは騒然となった。
 そりゃあそうだろうな。
 魔を祓う聖遺物である筈の聖杯が、魔女の手に落ちているという事が証明されてしまっているのだから。

「何にせよ、これでルーザラカを殺す理由は無くなっただろ。もし殺したとして、聖杯の守人が再びリントレア側に戻されるかどうか……」

「ま、待て! 状況が理解できん」

 予想外の状況に、さすがのジェヴェンもたじたじらしい。

「ルーザラカ? せっかくだし、一から説明してくれるか?」

「よかろう……」

 ルーザラカの口から語られる衝撃の事実。
 いや、俺にとっては衝撃も何も、当然の帰結としか思えないがな。
 ざっとまとめると。

 かつての聖杯の守人ゲルディンとルーザラカは相思相愛であった。
 そしてゲルディンは己の死期を悟り、ルーザラカに全ての力と今後を託した。

 ゲルディンにとって聖杯を守るという使命はどうでもよく、その力を有効活用できないかどうかを考えたそうだ。

 聖杯に含まれた力はゲルディンの死後、ルーザラカが吸収する事になった。
 だがルーザラカが力を受け取った瞬間、聖杯は暴走。

 リントレアは瞬く間に、雪に包まれた。

 そのあと調査隊と戦い、俺達の到着によって敗れる。
 ルーザラカは聖杯の欠片とゲルディンの死体を手に、長距離テレポートで北の最果てへと飛んだ。

 力を蓄えながらも寂しさに打ちひしがれていた彼女は、かねてより計画していた死者蘇生の研究に着手する。
 魔王軍による北方連邦支配が進む中で、ルーザラカは黙々と死者蘇生の研究に勤しんだ。

 やっとある程度の知能を持つゾンビを作り出せるようになり、魔女会サバトを開いて気分転換をしようとした。
 ――その矢先に、俺達が現れたというワケだ。

「以上じゃ」

「では、この魔女を殺すのは……」

「やめといたほうがいいです。マジで」

 ざわめきが更に大きくなる。
 灰色連中が次々と動いた。
 一体何が始まるんです?

 人混みを割って出てきたのは、丸メガネを掛けた青髪縦ロールの女性だった。
 赤い服に金色の装飾が施された豪奢な上着といい、白い乗馬ズボンといい、いかにも上流階級っぽい雰囲気がある。

 このタイミングで、こういうあからさまな奴が出てくるってことは確実にジェヴェンの上司なんだろうな。
 ジェヴェンが顔色を変えて、目を見開いているし。

「……! エリーザベト枢機卿!」

 ほらー、やっぱりー!
 この悪役令嬢風味の縦ロール女はエリーザベトだった!

「枢機卿、貴女は本部で対策会議をしていた筈では!」

「目処が付いたから、こうして様子を見に来て差し上げましたのよ。さあ、トドメを刺しておやりなさい」

「しかし、彼女は今、聖杯の守人です! 迂闊に殺せば、それこそ何が起きるか!」

「聖杯? 斯様なゴミが、我らが神と同列視されるなど心外ですわ!」

「く……!」

 エリーザベトの見下したような眼差しは、ルーザラカだけでなく俺達にも向けられた。
 根本的に相容れないのだろう。俺だって無理だ。

 さて、念願の枢機卿の一人と対面したメイの様子は。
 ……張り付いたような笑みを保った、ポーカーフェイス。
 だがよく見ると口元は少し歪んでいるし、クロスボウを握る手は僅かに震えている。

 本当は殺したくてたまらないだろう。
 だが、勇者一行として活動する以上、それが叶わないのも彼女もきっと知っている。
 やりきれないな。

「貴方はよく働いて下さっていますけれど、肝心なところで仕留め損なうのは頂けませんわね。やはりレイレオスを出すべきかしら?」

「あれを動かせば、勇者に危害が及びます!」

「でしたら憂慮は不要ですわ。その魔女を、聖杯を理由に守ろうとするのですもの。もろとも殺してしまっても別に良いでしょう?」

 ……え?

「ジェヴェン。勇者殺しの罪は明るみになど出ません。真実を知るわたくし達が黙っているだけでいい」

 エリーザベトの口から発せられたその言葉は、事実上の宣戦布告だった。
 ふざけんなよ、この残念脳筋縦ロールが!



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