御田くんと、お花見

ノベルバユーザー172401

御田くんと、お花見



寒かった冬が終わりをつげて、新しい季節がやってくる。桜が咲いた。そうすると、もう、春なんだなあと思うのだ。
蕾だったものが、ふわりと花開く。薄紅色のやわらかな花が空に向かって咲いて、見上げるたびに儚さと美しさにほおと感嘆の息がもれるくらい美しい。小さなころから何度も見ているけれど、桜は毎年欠かさず見にいきたくなる。それは、きっと、同じものを二度とは見れないからかもしれない。
生きている桜だからこそ、もしかしたら来年は切られてしまうかも。見に行けないかも。そんなことを思う。そして、同じように花は咲かない。
春らしい穏やかな天気の下で、咲き誇る桜の木の下で私はそんなことを思う。

「北野、おはよう」
「御田くん!今日は日直だったっけ、お疲れさま」

下駄箱で靴を履き替えていたら、御田くんと出逢った。御田くんは日直だとかで早く学校についていたのだ。私が靴を履き替えるのを待っていてくれた御田くんと一緒に教室まで向かう。
御田くんと私は幼馴染だ。クラスも一緒。仲だって、結構いいと思っている。小さなころから知っているから、余計に。二人で並んで歩くと、御田くんは本当に背が高いなあと思ってしまう。見上げなければ顔が見えない。それでも私が離しかけるたびにきちんと顔を向けて耳を傾けてくれるから、うれしい。彼は私に嬉しい事ばかりしてくれるのだ。それはきっと私たちがとびきり仲のよい証拠のように思えて、私はとても誇らしい。
御田くんは、身長も高くて優しくて、穏やかだ。顔だって良い。御田くんにはファンがいっぱいいるし、応援団(風の噂で聞いたのだけれど、御田くんを応援し隊というのが最近結成されたらしい。内容までは教えてもらえなかったけれど、御田くんが剣道をやっていることを知ったファンの人たちが結成したのだと思う)まであるくらいだ。それでも私にとっては可愛い人である。御田くんは無類の甘党。甘いものを食べるときの顔がとびきり可愛らしい。そして自分で作ろうとして失敗してしまう、そんな彼の可愛さを、どうやら私だけが知っている。

「桜、咲いたね」
「今年も見事だな。北野、お花見にはいったか?」

御田くんが目元を和らげながら私に問いかけた。私は首を横に振って、まだ見ていないよと言う。これもまた、毎年の恒例みたいなもの。

「まだだよ!御田くん、お花見に行かなきゃだね」
「そうだな。明後日の日曜日はどうだ?」
「もちろん、空けてあるよ。何があっても御田くんとのお花見は流したく無いもん。ちゃんと前もって予定開けておいたんだから」
「うん、北野さん、偉い偉い」

御田くんはそう言うなり、口をへんてこな形に曲げて私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。きゃあと口から悲鳴を上げながら御田くんから離れようとしても、大きな手が私の髪の毛をかき回すのをやめない。しかも北野さんって、最近の彼はたまにロボットみたいに片言になる。へんなの、と笑うけれど、そういうと周りの人たちに苦笑されてしまうから不思議だ。

「もう、御田くん!髪の毛ぐしゃぐしゃだよ」
「これは北野が悪い。北野がわるい」
「二回も言わなくても…!何が悪かったの」
「あんまり可愛いこと言うから」

次は私がぴゃっと飛び上る番だった。髪の毛を直すふりをしながら頬に手を当てて御田くんを見上げる。御田くんは、至極真面目な顔で、私を見下ろしていた。穏やかな彼の表情が真直ぐに私を射抜いている。こういうとき、私はどうしようもなく落ち着かない気持ちになるのだ。それは、私が他の友達に向ける感情とは違う様で、なんだかくすぐったいような心臓の柔らかい所をきゅうと握られるような感覚。なんだろうと首をかしげる前に、私はほんのり熱を持った頬を隠すように覆い隠した。

「もう、かわいいとか、言わないで」
「…どうして、って聞いてもいいか?」
「だって…、なんだか、どきどきしてしまうから」

おずおずと見上げながら、思っていることを正直に話す。自分の気持ちはいくら恥ずかしくたって正直に伝えろとこと御田くんに関して、私はクラスメイトから言い含められているのだ。だから思っていることをそのまま告げただけなのに、ぴしっと動きを止めた御田くんが両手を私の方に伸ばしかけたままで石化してしまった。最近御田くん、挙動不審な気がする。

「御田くん、どうしたの、御田くーん」
「…もう、北野のせいだ…」
「ええ?!どうして、甘いもの不足?」

あああ、とか、ううう、とか言葉になり切れないうめき声を上げた御田くんが今度は廊下の柱に体をぶつけるようにして額をくっつけている。思わず見ていれば、がんがんと額をぶつけ始めるので私は慌てた。いくら体を鍛えていると言っても、それはちょっと体に優しくないんじゃないかな。

「御田くんまって、早まらないで!大事な御田くんの身体に傷がついたら私悲しい!」

腕にとりすがって言えば、奇行していた御田くんがそろそろと私を見下ろしてきた。額赤くなってしまっていて、痛そうなんだけれどなんだか可愛い。
鞄からセロファンに包まれたキャラメルを取り出して、御田くんの手に乗せた。壁に手をついていたから少しひんやりしていて、無防備に私の動きを見ている御田くんは、すこしだけ気恥ずかしそうに私の手をキャラメルごと握った。

「御田くん、手大きいね」
「まあ、北野は女の子だからな」
「…キャラメル溶けちゃわないかな」
「大丈夫だから、こうしてていいか」

すこしだけ強く握られた手に、私は全神経を集中させている。ねえ御田くん、こうして手を握るのは初めてではないし子供の時はよくやっていたことなのに、こんなに心臓が早く脈打つのはなんでだろうね。私は問いかけたい言葉を飲み込んで、キャラメルと一緒に御田くんの大きな手を同じよう握った。
教室まで行く途中で手を握るのなんて初めてだよ、と誤魔化すように笑いかければ、御田くんは至極真面目な顔をしてそうかと頷いた。

「そうか、じゃあ、北野の初めては俺がちゃんともらえてるんだな」
「う、うん…? あ、でもそうだね。確かに、私が初めて何かをするとき、ほとんどの初めては御田くんだよ!」

例えばそれは、初めてお菓子を作ってあげる日とか。お友達のお家に行くときとか。初めての放課後の寄り道とか、休みの日に一緒に出掛けて甘いものを食べあうとか。学校の行き帰りで手をつないだのだって、数えればきりがないくらい、私は御田くんに初めてをもらっていた。御田くんと一緒ならいつだって嬉しくて、暖かい。だからこの人の傍はずっと居心地がいいんだろうなと思う。
握った手を振りながら、私はうれしくなって御田くんに笑いかけた。もう教室はすぐそこで、私達は手をつなぎながらドアから喧噪であふれている教室へと足を踏み入れた。

「これからも御田くんが私の初めてを貰ってね」

内緒話をするようにちょっと近くに寄りながら笑いかければ、御田くんは今日何度目かわからない真面目な顔で私と手を離して肩に手を置いた。がし。捕まれるという言い方の方が正しいかもしれないけれど、そこはさすが御田くん、手加減が絶妙である。このまま肩をもんでもらったら気持ちいいかもしれない。私、結構凝り性なのだ。

「貰っていいんですか」
「…なぜ、敬語…?」
「返事」
「は、はい」
「良し」

思わず私も敬語になったのだけれど、御田くんは真面目な顔をしていたから頷くより他なかった。一言だけ返して私たちは体を離した。なんだか暗号みたいな会話だなあと思ったのは内緒だ。ちょうど近くにいた増田くんが、とんでもないものを見るような目で私を見ていた。どういう事なの。
そうして御田くんは手の中に在ったキャラメルをぽいと口の中に放り込んでもごもごと食べ始める。それセロファン着いたままだけどと言いたい私を放っておくかのように、彼は机に腰を下ろすと机の上で手を組んでそこに額を乗せた。
やっぱりどこか疲れていたのかもしれない。私は鞄の中に入れていたキャラメルの箱を取り出して、とりあえず御田くんの机の上にお供えよろしく献上しておくことにした。他の子にも食べる?と聞いたら、みんなものすごく甘いジュースを飲んだみたいな顔をして、「胸焼けしてるからいい」と応えるので残念である。このキャラメル新発売でおいしいのに。食べてくれたのは御田くんだけだった。

「…哀れなり御田、まあアレを言われたら、なあ」
「うるさい増田お前に俺の気持ちが分かってたまるか。でも北野はやらん」
「分かりたくもないし、体験したいとも思わないな。生殺しもいいところだ」
「やっぱり大事にするから、って言った方が良かっただろうか」
「そういうのは段階踏んでから言うもんだろうが馬鹿野郎!」

御田くんと増田くんごそごそ言い合っていた内容までは聞き取れなかったけれど、ノートの角でごつんとやられていた御田くんがちょっとだけ面白かったのは内緒だ。増田くんと御田くんはやっぱり仲が良い。ちなみに、キャラメルをすすめたけれど増田くんにも断られてしまった。
曰く。
「僕は最近辛党になりつつあるんだ」
とのこと。
でも私は増田くんが御田くんには負けるけれど甘いものが食べられることを知っている。

「俺が食べるからいいだろう。というか北野から貰ったものは増田だろうとやるつもりはない」

黙ってキャラメルをもぐもぐしていた御田くんがそんなことをいうから、私の頬は自分では意識していないみたいに熱を持ってしまった。多分きっと、暖かくなってきたから教室の温度が上がっているんだと思う。机に突っ伏した私を不思議そうに見ている御田くんの視線と、増田くんの深い深いため息が私の耳に届いていた。



◇◇◇


日曜日。天気は快晴、温かな気候、風はなし。お花見日和である。
私がうきうきと朝から準備を始めるのを見て、お兄ちゃんが号泣しながら餡子の味見をしたり苺をつまみ食いして、お母さんに怒られていた。ちゃんと家族の分も作るのに、たくさん食べたかったのかもしれない。
私は午前中いっぱいを使ってお菓子を用意するのが仕事だ。御田くんは稽古があるから、それが終わってから迎えに来てくれる。変わらない私たちの行事は、お互いの家族が知っていること。
お花見に行き始めたのは小学生の頃だ。剣道教室が終わった御田くんが私を呼びに来て、私は用意していたお茶とお菓子の詰まったバスケットをもって、二人で出かける。そんな積み重ねてきた特別が、当たり前に変わったのはそう遠くない過去のことだ。
何時だって桜が咲いたら御田くんが私を呼びに来た。一緒に見よう、と笑って。そして私はそれを受け入れる。美味しいお菓子を持っていくね、と変わらない返事をしながら。
歳をとるごとに、お菓子も変わっていった。初めは家にあったビスケット。それからどんどん手を加えるようになって、私のお菓子スキルは御田くんによって磨かれたと言ってもいい。
稽古終わりの疲れを全く感じさせない御田くんがやって来て、私に笑いかけた。お兄ちゃんが柱の陰からガン見している気配がしたけれど、どうやらお父さんに引きずられていったようだった。家様にちゃんとお菓子は残してあるのに何が不満だったんだろう。御田くんはそちらを見て少し顔色を悪くしていたけれど、謎は解けないままだった。

「北野、すまない。待たせた」
「ううん、お疲れさまでした。今日は桜餅といちご大福に挑戦してみたよ」
「すごいな、手作りか?」
「うん。御田くんにはぜひとも私の手作りを食べてもらいたくて。練習したの。上手にできたから楽しみにしていてね」
「北野の作ったものが一番だって言うのは俺が保証する。いつもありがとう」

ううん、と首をふるだけで応える。なんだか胸がいっぱいで、温かな気持ちと胸を押し付けるような切なさに言葉が出なかったのだ。
バスケットは私が持って、御田くんは水筒とレジャーシートを持つ。それで私たちのお花見の準備は完了だ。場所はいつもと同じ。少し奥まったところにある小さな神社の境内。和尚さんは私たちを昔から知っているから、毎年にこにこした笑顔でお花見を快く許してくれる。決して有名な場所ではないけれど、二人でゆっくり落ち着いて見れるそこが私は大好きだったし、御田くんも言葉にはしないけれど気に入ってくれているはずだ。
今日も人がいないそこで、桜の木の下を陣取って二人でシートを敷いて座り込んだ。
穏やかな春の日差しが降り注ぐ、桜の花びらの下で、私達はまるでこの世界に二人でいるみたいに静かな空間を独占している。

「毎年見てるけど、また次も絶対見たいなって思うよ」
「そうだな。俺も来年も再来年も見たいと思う」
「去年も見たけれど、同じ場所で見てるはずなのに毎年同じようには見えないんだよね」

ひらりひらり、ゆるやかな風と一緒に花びらが舞い降りてくる。座り込んだ私と御田くんは言葉を忘れたように見上げていた。ぴったり肩を並べて。
でもきっと、同じように見上げていても御田くんの目には私とは違うように映っているんだろう。どうやったら御田くんと同じように見えるだろうか。見てみたいなと思う。

「ねえ、御田くん。御田くんにはどんなふうに見えてる?」
「…?」
「こうして見ていても私と御田くんとは見えているものが違うのかな、って思って」

予想以上に近い場所にいた御田くんが少しだけ目元を緩ませてから、手を後ろについて体をそらした。そうだなあ、と穏やかな声が私の耳をくすぐった。

「綺麗だよ。年々綺麗になってく」

私をじっとみて、というよりはきっと、私を通り越して桜を見ていっているのだと思うのだけれど、なんだか熱い視線を感じて目を伏せた。どうしてだろう、どうしてこんなに、落ち着かない気持ちになるんだろう。
まるで知らない男の人、みたいな。そっと私の手を握る御田くんの指先がやけに熱かった。手くらい握り慣れているはずなのに。

「御田くん、お菓子食べよう!」

落ち着かない気持ちを誤魔化すようにバスケットを開ければ、自信作の桜餅といちご大福がお目見えする。桜餅は長命寺風、いちご大福は中に抹茶のクリームを入れてみた。御田くんが先ほどまでのなんだか知らない人みたいな雰囲気は消えて、その代わりに私の手をきゅっと一度しっかり指先をからめて握る。空いている片手で一ついちご大福を掴んだ御田くんは、目を細めて頬張った。
この人が私の作ったものを美味しそうに食べてくれるのが好きだ。ずっと一緒に居るのに嫌なところがない。むしろずっと居たっていいのにと思ってしまう。

「美味しいよ、北野。ありがとう」
「ううん、良かった」

手をつないだままの不格好な手つきで私たちはお菓子を食べてお茶を飲んだ。肌寒くなるのを感じるまで、夕暮れが近づいてくるまで、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら。
近づいた距離が私たちの変わったところだ。去年は手は繋いでいなくて、一昨年はもう少し離れていた。

「御田くん、来年は何が食べたい?」
「じゃあ来年は一緒に作るか。俺も失敗ばかりじゃいたたまれないし」

嬉しくなって私は何度もうなづいた。こうして次の約束を当たり前のようにできること。そして、私達が来年も変わらずに一緒に居られる予感に。
御田くんとつないだ手は、片づけをするときに離れてしまったけれど、帰る時にまたそっと握ってくれた。温かな手。私の手をすっぽり包み込む、大きくなってしまった指先。
御田くん、と呼べば御田くんは私を見下ろした。決して賑やかではないけれど、この人が私の事をよく見ていてくれることを知っている。

「御田くんと一緒だから、特別じゃないことも特別だと思うのかもしれないなって思うんだよ」
「…北野は、もうちょっと言葉に気をつけた方が良いと思うぞ」

はあ、とため息を吐きだした御田くんが私の頬をむぎゅっと抓ってから嬉しそうに微笑んだ。

――同じ桜を見ることは二度とない。だからこそ、それでも。私はこれから先も御田くんと一緒に見たい。
御田くんも同じように思っていてくれたらいいのにな。そう思いながら、私達はことさらゆっくり帰り道を歩いた。




コメント

  • ノベルバユーザー603850

    お互いに惹かれあっての愛され方に胸がキュンキュン。
    そして作者さんのテクニックに惚れ惚れしました。

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  • ノベルバユーザー601499

    本当に良い作品に出会えました。
    読むとほっこり癒されます。
    高校生の頃にこんな素敵な恋愛してみたかった。

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