救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)
二章 帝都侵攻(7)
帝国最高の兵器が無残にも破られた光景に、陽炎は驚愕するどころか嘲笑すら浮かべていた。
「まあ、そうなるよな。あの程度の魔力でくたばる魔王は雑魚の雑魚だ」
「いかにも。それらを俺と同列の『魔王』と呼ぶことすら烏滸がましい」
独り言のつもりで呟いた陽炎の言葉に、意外にも応答があった。
浮遊魔術で飛び上がった陽炎は、眼前に聳える壁――もとい、『超巨大な巨人』という二重表現がしっくりくる存在の顔の前で停止した。
通常の人間サイズである陽炎など、『巨峰の魔王』ゴライアスに比べたら指の先ほどの大きさもない。
「俺みたいな羽虫の声が聞こえるとは、なかなか耳がいいんだな」
陽炎は皮肉めいた笑みを張りつける。対するゴライアスも似たように鼻で笑った。
「小さき者の恐怖の声を聞き洩らしてはつまらんからな」
直立不動。岩山のようなゴツゴツとした筋肉質の巨体は絶対的な存在感と威圧感に満ち溢れている。並みの勇者であればよくても腰を抜かすであろう強者の気を浴びせられたが、陽炎は一瞬たりとも怯んだ様子を見せない。
そこに満足したように、ゴライアスは分厚い胸板の前で巨腕を組んだ。
「知っているだろうが、礼儀として名乗ろう。俺は『巨峰の魔王』ゴライアス。貴様の名は?」
「雑魚に名乗る名はねえ……ってさっきも言ったが、まあ、親玉には名乗ってもいいだろ。――逢坂陽炎。てめえらの業界じゃ『魔王喰いの魔王』って呼ばれてる」
ゴライアスの目が僅かに見開かれた。
「……なるほど、では向こうは『極光の勇者』か。嬉しいぞ。久々に骨のある敵だ」
驚きも一瞬、すぐに余裕と喜悦の混じり合った表情に変わる。
「自分優位は揺るがねえって面だな。気に食わねえ」
「お互い様だ」
両者が同時に抑えていた魔力の一部を開放する。魔王同士の莫大な魔力に空気が悲鳴を上げるがごとく振動し、周辺の細かな瓦礫が圧力で吹き飛んだ。
「そんじゃあ、早速喰わせてもらうぞ」
「やってみろ、『魔王喰い』!」
行動は同時だった。陽炎は拳を握って突撃し、ゴライアスもその巨腕を振り翳す。
拳と拳が激突する。普通であれば圧倒的に体の小さい陽炎が爆ぜ飛んでいるだろうが、力は拮抗し、二人を中心にキロメートル単位のクレーターが生じる。
世界を滅ぼす力を持った魔王と魔王の衝突だ。世界の方が耐えられないことは自明の理である。
「――ハッ!」
ニマリと陽炎は嗤う。両腕に魔力を纏わせ、ゴライアスの拳を掴む。そのまま『巨峰』と称される巨体を軽々と持ち上げ――背負い投げをするかのように背中から地面に叩きつけた。
「ぐおっ!?」
呻くゴライアス。痛みというより、自分が投げ飛ばされたことに対する驚愕の呻き声だった。
間髪入れず陽炎は両手の指を広げる。指先一つ一つに魔力が収斂し、紫色の輝きを放つ。高密度に圧縮された極細の魔力砲が合計十本。空中で直角に曲がるという不自然な軌道を描いてゴライアスに殺到した。
一本一本が帝国の収束魔力砲を軽く凌駕する威力。回避は不可能と判断したらしいゴライアスは腕をクロスさせて全ての魔力砲を受け止めた。
爆発が連続する。一撃ごとにゴライアスの巨体が地面に沈んでいく。
「面白い!」
全てを受け切ったゴライアスは――ダン! 両手で地面を叩いて飛び跳ねた。それだけで大地が大きく揺れ、帝都を飲み込むように蜘蛛の巣状の地割れが走る。
薙ぎ払われる腕。突き出される拳。振り上げられる蹴り。
山のごとき巨大さから連続して繰り出される高速の打撃を、陽炎は空気の流れに身を任せるようにしてかわしていく。
「どうした木偶の棒、止まって見えるぜ?」
「ふん!」
陽炎に直接的な攻撃をしても当たらないと判断したのか、ゴライアスは拳を地面に叩きつけた。大地が砕け、土埃のように地面の塊が天へと巻き上がる。
「チッ」
流石にこれはかわせない。陽炎は自分の周囲に魔力の膜を張り巡らせる。魔力は強固な障壁となって『下から上へと降り注ぐ地面の雨』を防いだ。
が――
「その状態では動けまい」
左右から平手が襲いかかる。それは人間が蚊を潰す時のように陽炎を魔力障壁ごと捉え、挟み込み、押し潰した。
鮮血が雨のように周囲に飛び散る。
だが、それは陽炎の血ではない。
陽炎を押し潰した両手を、無数の棘が貫いていた。
「ぐがっ!?」
ゴライアスは堪らず手を放す。そこにあったのは魔力障壁ではなく、鋭く長い棘を持った茨が幾重にも絡み合った球体だった。
茨の中には誰もいない。ゴライアスの背後に霧が集結し、潰れたはずの陽炎の姿へと変わる。
「〈無限茨〉――悪いな。こいつは昔喰った『茨の魔王』って奴の力だ」
何年前だったかは覚えていない。純粋な強さはゴライアスほどではないが、無限に増殖し変幻自在に絡みつく茨はかなり厄介だった。弱い力は捨て、強い力、便利な力だけを選択し残していくのが陽炎のスタイル。『茨の魔王』はそれに見合うだけはあった。
「貴様、過去に喰らった魔王の力が使えるのか!」
吠えるゴライアスに足元から生えた茨が巻きついていく。棘が刺さり、血が噴き出すが、ゴライアスは手足を振るってぶちぶちと絡みつく茨を薙ぎ払った。
穴の開いた体が信じられない治癒力で修復されていく。
「こちらこそ悪いな。この程度は掠り傷にもならんぞ」
不遜な笑みを返すゴライアスだったが、そこには先程までの余裕が消えていた。
当然だろう。『魔王喰い』は喰らった魔王の力を扱える。故にゴライアスにとって陽炎が他にどのような能力を秘めているのか未知数になったからだ。
「俺も力を使わねば貴様は倒せんか」
ゴライアスの魔力が爆発的に膨れ上がる。両手を翳し、その先の空間がぐにゃりと歪む。凄まじい魔力がそこに収斂し、滞留しているが故の歪みだ。
人間が触れれば一瞬で塵も残らず消し飛ばされるだろう魔力は、次第に形を変え、伸張し、巨大な二本の槍と化す。
後ろの景色が歪んで見える半透明の魔力の槍。
ゴライアスは両手で一本ずつ掴むと、右手の方の穂先を陽炎に向け――
「――〈巨神の槍〉!!」
豪腕を振るい、投擲した。
「まあ、そうなるよな。あの程度の魔力でくたばる魔王は雑魚の雑魚だ」
「いかにも。それらを俺と同列の『魔王』と呼ぶことすら烏滸がましい」
独り言のつもりで呟いた陽炎の言葉に、意外にも応答があった。
浮遊魔術で飛び上がった陽炎は、眼前に聳える壁――もとい、『超巨大な巨人』という二重表現がしっくりくる存在の顔の前で停止した。
通常の人間サイズである陽炎など、『巨峰の魔王』ゴライアスに比べたら指の先ほどの大きさもない。
「俺みたいな羽虫の声が聞こえるとは、なかなか耳がいいんだな」
陽炎は皮肉めいた笑みを張りつける。対するゴライアスも似たように鼻で笑った。
「小さき者の恐怖の声を聞き洩らしてはつまらんからな」
直立不動。岩山のようなゴツゴツとした筋肉質の巨体は絶対的な存在感と威圧感に満ち溢れている。並みの勇者であればよくても腰を抜かすであろう強者の気を浴びせられたが、陽炎は一瞬たりとも怯んだ様子を見せない。
そこに満足したように、ゴライアスは分厚い胸板の前で巨腕を組んだ。
「知っているだろうが、礼儀として名乗ろう。俺は『巨峰の魔王』ゴライアス。貴様の名は?」
「雑魚に名乗る名はねえ……ってさっきも言ったが、まあ、親玉には名乗ってもいいだろ。――逢坂陽炎。てめえらの業界じゃ『魔王喰いの魔王』って呼ばれてる」
ゴライアスの目が僅かに見開かれた。
「……なるほど、では向こうは『極光の勇者』か。嬉しいぞ。久々に骨のある敵だ」
驚きも一瞬、すぐに余裕と喜悦の混じり合った表情に変わる。
「自分優位は揺るがねえって面だな。気に食わねえ」
「お互い様だ」
両者が同時に抑えていた魔力の一部を開放する。魔王同士の莫大な魔力に空気が悲鳴を上げるがごとく振動し、周辺の細かな瓦礫が圧力で吹き飛んだ。
「そんじゃあ、早速喰わせてもらうぞ」
「やってみろ、『魔王喰い』!」
行動は同時だった。陽炎は拳を握って突撃し、ゴライアスもその巨腕を振り翳す。
拳と拳が激突する。普通であれば圧倒的に体の小さい陽炎が爆ぜ飛んでいるだろうが、力は拮抗し、二人を中心にキロメートル単位のクレーターが生じる。
世界を滅ぼす力を持った魔王と魔王の衝突だ。世界の方が耐えられないことは自明の理である。
「――ハッ!」
ニマリと陽炎は嗤う。両腕に魔力を纏わせ、ゴライアスの拳を掴む。そのまま『巨峰』と称される巨体を軽々と持ち上げ――背負い投げをするかのように背中から地面に叩きつけた。
「ぐおっ!?」
呻くゴライアス。痛みというより、自分が投げ飛ばされたことに対する驚愕の呻き声だった。
間髪入れず陽炎は両手の指を広げる。指先一つ一つに魔力が収斂し、紫色の輝きを放つ。高密度に圧縮された極細の魔力砲が合計十本。空中で直角に曲がるという不自然な軌道を描いてゴライアスに殺到した。
一本一本が帝国の収束魔力砲を軽く凌駕する威力。回避は不可能と判断したらしいゴライアスは腕をクロスさせて全ての魔力砲を受け止めた。
爆発が連続する。一撃ごとにゴライアスの巨体が地面に沈んでいく。
「面白い!」
全てを受け切ったゴライアスは――ダン! 両手で地面を叩いて飛び跳ねた。それだけで大地が大きく揺れ、帝都を飲み込むように蜘蛛の巣状の地割れが走る。
薙ぎ払われる腕。突き出される拳。振り上げられる蹴り。
山のごとき巨大さから連続して繰り出される高速の打撃を、陽炎は空気の流れに身を任せるようにしてかわしていく。
「どうした木偶の棒、止まって見えるぜ?」
「ふん!」
陽炎に直接的な攻撃をしても当たらないと判断したのか、ゴライアスは拳を地面に叩きつけた。大地が砕け、土埃のように地面の塊が天へと巻き上がる。
「チッ」
流石にこれはかわせない。陽炎は自分の周囲に魔力の膜を張り巡らせる。魔力は強固な障壁となって『下から上へと降り注ぐ地面の雨』を防いだ。
が――
「その状態では動けまい」
左右から平手が襲いかかる。それは人間が蚊を潰す時のように陽炎を魔力障壁ごと捉え、挟み込み、押し潰した。
鮮血が雨のように周囲に飛び散る。
だが、それは陽炎の血ではない。
陽炎を押し潰した両手を、無数の棘が貫いていた。
「ぐがっ!?」
ゴライアスは堪らず手を放す。そこにあったのは魔力障壁ではなく、鋭く長い棘を持った茨が幾重にも絡み合った球体だった。
茨の中には誰もいない。ゴライアスの背後に霧が集結し、潰れたはずの陽炎の姿へと変わる。
「〈無限茨〉――悪いな。こいつは昔喰った『茨の魔王』って奴の力だ」
何年前だったかは覚えていない。純粋な強さはゴライアスほどではないが、無限に増殖し変幻自在に絡みつく茨はかなり厄介だった。弱い力は捨て、強い力、便利な力だけを選択し残していくのが陽炎のスタイル。『茨の魔王』はそれに見合うだけはあった。
「貴様、過去に喰らった魔王の力が使えるのか!」
吠えるゴライアスに足元から生えた茨が巻きついていく。棘が刺さり、血が噴き出すが、ゴライアスは手足を振るってぶちぶちと絡みつく茨を薙ぎ払った。
穴の開いた体が信じられない治癒力で修復されていく。
「こちらこそ悪いな。この程度は掠り傷にもならんぞ」
不遜な笑みを返すゴライアスだったが、そこには先程までの余裕が消えていた。
当然だろう。『魔王喰い』は喰らった魔王の力を扱える。故にゴライアスにとって陽炎が他にどのような能力を秘めているのか未知数になったからだ。
「俺も力を使わねば貴様は倒せんか」
ゴライアスの魔力が爆発的に膨れ上がる。両手を翳し、その先の空間がぐにゃりと歪む。凄まじい魔力がそこに収斂し、滞留しているが故の歪みだ。
人間が触れれば一瞬で塵も残らず消し飛ばされるだろう魔力は、次第に形を変え、伸張し、巨大な二本の槍と化す。
後ろの景色が歪んで見える半透明の魔力の槍。
ゴライアスは両手で一本ずつ掴むと、右手の方の穂先を陽炎に向け――
「――〈巨神の槍〉!!」
豪腕を振るい、投擲した。
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