救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)
二章 帝都侵攻(6)
千人いた魔術師の内、収束魔力砲の初撃後に立っていたのは六百人ほどだった。
魔力の弱い者から負荷に堪えられず倒れていった。意識を失っているだけの者もいれば、全生命力を魔力に変換し尽くして事切れた者もいる。
「……ごめんなさい」
誰にも聞こえないほどの小声で謝罪を呟くと、オーレリア・アズールは魔術師たちに向き直った。
「休んでいる暇はありません。さらに魔力を装填し、次こそゴライアス軍を殲滅します」
鬨の声が上がる。しかし恐怖はある。誰もが今にも逃げ出したい気持ちだろう。
それでも国のために、世界のために、倒れた友人知人の屍を、涙を堪えて乗り越え、命を捨てる覚悟を持って彼らはこの場に臨んでいる。
無駄にはできない。初撃の威力を目の当たりにして希望も芽生えている。
世界を救える。
救う力がここにある。たとえ自分たちの命が代償となろうとも、ここで魔王を撃ち滅ぼさなければ世界が終わる。
「魔力充填率三十パーセント…………四十パーセント…………」
急がなければ。魔王はすぐそこまで来ている。吸収率を上げたため先程より充填スピードは速いが、その分だけ魔術師たちが一人また一人と倒れていくペースも上がってしまう。
「非情かもしれません。私を恨んでくださって結構です」
五十パーセント。
六十パーセント。
七十パーセント。
「皆さんの命を私にください。必ずや、世界を救ってみせます」
オーレリア自身も大量の魔力と生命力を削っている。目が霞んできたが、指揮官が、帝国最高峰の宮廷魔術師が先に倒れるわけにはいかない。
「はい、そこまででございます」
リィイイイン、と。
金属の楽器を弾いたような澄んだ音色が響いた。
「これは……」
オーレリアは急に足腰に力が入らなくなってへたり込んだ。頭がぐらぐらする。魔力を絞り過ぎたためかと思ったが、違う。見れば魔術師だけでなく一般兵士たちまで脱力していた。
今の音……恐らくそれがオーレリアたちの三半規管を狂わせて立っていられなくしたのだ。
「ムユウ様、なにを?」
オーレリアは音を奏でた犯人――異世界より召喚した勇者の一人である美ヶ野原夢優を睨んだ。格子状の柱の隙間から優雅な仕草で歩いてくる彼女は、慈悲深い女神のような微笑みを浮かべていた。
「これ以上、皆様が命を削る必要はございません。残りの魔王軍はわたくしたち勇者が殲滅いたしますわ」
ありがたい申し出だが、オーレリアの立場では素直に頷くことはできない。
「以前にも申し上げました。この世界のことはなるべく我々で解決する、と。勇者様は収束魔力砲の充填が完了するまで時間を稼いで――」
「それはつまり、わたくしたちの力を信じてくださっていない、ということでございますね」
「いえ、そんなことは決して」
「ここに魔王を滅ぼせる力があるのに使わない、つまりそういうことでございます。自分たちで解決しようとする心がけは大変素敵でございますが、結果としてわたくしたちが動くより多くの犠牲が出てしまうのであれば、それは勇者として看過できない問題でございます」
「……」
無論、勇者を信じていないなどということはない。なにせ召喚したのはオーレリア自身なのだ。自分で呼び出した彼女たちを信じないほど失礼なことはないだろう。
寧ろ、信じていないのは自分自身だ。
収束魔力砲で魔王を倒せるという確信がない。勇者たちは信じているからこそ、安心してその後を託すことができる。
だったら最初から任せればいいではないか?
そんな単純に話を放り投げられるならどんなに楽だっただろう。勇者たちだけで勝てるかと言われればやはり不安ではあるし、なにより――
「……これは、責任の問題なのです」
「やはり、そうでございましたか」
得心したように夢優は瞑目する。
「あなたは、『守護者』から力を授かったこの世界の本来の勇者でござますね?」
「……」
オーレリアは黙った。
その沈黙が肯定となる。隠していたわけではない。なぜなら既に、この世界の『守護者』から与えられた力はオーレリアには残っていないからだ。
勇者となった者はオーレリアも含め、四人いた。だが、世界中から集結する前に三人が魔王の手によって殺されてしまったのだ。
残されたオーレリア単騎で彼の魔王を滅ぼすことは不可能。故に、『守護者』の力を媒介に異世界から勇者を――夢優たちを召喚した。
「……仰る通りです。私が喚んだとはいえ、私の責任を勇者様方に擦りつけるわけにはいきません。収束魔力砲は撃たせていただきます。そうでなければ――」
オーレリアは収束魔力砲のコアたるクリスタルを見据える。
「そこに集めた魔力が、無駄になってしまいますので」
充填率九十パーセント。
百パーセント。
こうしている間も魔力充填機能は稼働していた。今もなお意識のある魔術師たちは数えるほどしかいない。だが完全に充填の完了した収束魔力砲ならば、魔王軍に致命的なダメージを与えられるはずである。
「その魔力を皆様に戻すことは?」
「できません。仮に戻せたとしても、既に個人の魔力ではなくなっています。拒絶反応が起こるでしょう」
「……そうでございますか。撃つしかないようでございますね。ただ――」
チラリ、と夢優が外の様子を見た。
「そうであれば、すぐに発射するべきだと存じ上げます」
「え?」
オーレリアも釣られるように視線をそちらに向ける。そこには先程までなかった――いや、充填に集中していて気づけなかった超巨大な人影があった。
その雲を衝くようなあまりの大きさに、意識のある者たちが絶句する。
「『巨峰の魔王』ゴライアスが射程内に入りました。収束魔力砲を発射してください!」
オーレリアは慌てて指示を飛ばす。すぐに兵士たちが我に返って動き、収束魔力砲を起動に取りかかった。
機械仕掛けの音がけたたましく響き渡る。壁が開き、青白いクリスタルが外から丸見えになる。
「三――二――一――収束魔力砲、発射します!!」
兵士が最後の起動スイッチを力強く押す。クリスタルが眩く発光し、青白い光線が無数の軌道を描いて射出される。
数も太さも先程の倍以上。
光線が一つに収束し、いくつもの巨人巨獣を薙ぎ払いながら超巨大な人影へと真っ直ぐに伸びていく。誰もが数瞬後に光線が魔王を貫く希望に胸を躍らせた。
が――
「つまらん。こんな玩具の鉄砲で俺を討ち取れると考えていたとはな」
重たい声が重力のように圧し掛かった途端、超巨大な人影が前に翳した掌で収束魔力砲を受け止めた。
まるで水道の水を手で堰き止めるかのように、光線は巨体を貫くことなく四方八方へと零れて霧散する。
誰もが声を失った。
オーレリアも、倒せないまでもダメージは与えられると思っていた。
だが実際は、蚊に刺された程度の痛みすらなかったように、収束魔力砲を受け止め切った巨体が翳した手を引いている光景だ。
「無意味……だったのでしょうか……?」
希望が黒く塗り潰された。千人の魔術師の命を使っても、傷一つつけられなかった。
「だから申し上げたのですが――」
夢優が無念そうに目を閉じて告げる。
「とにかく、ここからはわたくしたちの出番でございますね」
魔力の弱い者から負荷に堪えられず倒れていった。意識を失っているだけの者もいれば、全生命力を魔力に変換し尽くして事切れた者もいる。
「……ごめんなさい」
誰にも聞こえないほどの小声で謝罪を呟くと、オーレリア・アズールは魔術師たちに向き直った。
「休んでいる暇はありません。さらに魔力を装填し、次こそゴライアス軍を殲滅します」
鬨の声が上がる。しかし恐怖はある。誰もが今にも逃げ出したい気持ちだろう。
それでも国のために、世界のために、倒れた友人知人の屍を、涙を堪えて乗り越え、命を捨てる覚悟を持って彼らはこの場に臨んでいる。
無駄にはできない。初撃の威力を目の当たりにして希望も芽生えている。
世界を救える。
救う力がここにある。たとえ自分たちの命が代償となろうとも、ここで魔王を撃ち滅ぼさなければ世界が終わる。
「魔力充填率三十パーセント…………四十パーセント…………」
急がなければ。魔王はすぐそこまで来ている。吸収率を上げたため先程より充填スピードは速いが、その分だけ魔術師たちが一人また一人と倒れていくペースも上がってしまう。
「非情かもしれません。私を恨んでくださって結構です」
五十パーセント。
六十パーセント。
七十パーセント。
「皆さんの命を私にください。必ずや、世界を救ってみせます」
オーレリア自身も大量の魔力と生命力を削っている。目が霞んできたが、指揮官が、帝国最高峰の宮廷魔術師が先に倒れるわけにはいかない。
「はい、そこまででございます」
リィイイイン、と。
金属の楽器を弾いたような澄んだ音色が響いた。
「これは……」
オーレリアは急に足腰に力が入らなくなってへたり込んだ。頭がぐらぐらする。魔力を絞り過ぎたためかと思ったが、違う。見れば魔術師だけでなく一般兵士たちまで脱力していた。
今の音……恐らくそれがオーレリアたちの三半規管を狂わせて立っていられなくしたのだ。
「ムユウ様、なにを?」
オーレリアは音を奏でた犯人――異世界より召喚した勇者の一人である美ヶ野原夢優を睨んだ。格子状の柱の隙間から優雅な仕草で歩いてくる彼女は、慈悲深い女神のような微笑みを浮かべていた。
「これ以上、皆様が命を削る必要はございません。残りの魔王軍はわたくしたち勇者が殲滅いたしますわ」
ありがたい申し出だが、オーレリアの立場では素直に頷くことはできない。
「以前にも申し上げました。この世界のことはなるべく我々で解決する、と。勇者様は収束魔力砲の充填が完了するまで時間を稼いで――」
「それはつまり、わたくしたちの力を信じてくださっていない、ということでございますね」
「いえ、そんなことは決して」
「ここに魔王を滅ぼせる力があるのに使わない、つまりそういうことでございます。自分たちで解決しようとする心がけは大変素敵でございますが、結果としてわたくしたちが動くより多くの犠牲が出てしまうのであれば、それは勇者として看過できない問題でございます」
「……」
無論、勇者を信じていないなどということはない。なにせ召喚したのはオーレリア自身なのだ。自分で呼び出した彼女たちを信じないほど失礼なことはないだろう。
寧ろ、信じていないのは自分自身だ。
収束魔力砲で魔王を倒せるという確信がない。勇者たちは信じているからこそ、安心してその後を託すことができる。
だったら最初から任せればいいではないか?
そんな単純に話を放り投げられるならどんなに楽だっただろう。勇者たちだけで勝てるかと言われればやはり不安ではあるし、なにより――
「……これは、責任の問題なのです」
「やはり、そうでございましたか」
得心したように夢優は瞑目する。
「あなたは、『守護者』から力を授かったこの世界の本来の勇者でござますね?」
「……」
オーレリアは黙った。
その沈黙が肯定となる。隠していたわけではない。なぜなら既に、この世界の『守護者』から与えられた力はオーレリアには残っていないからだ。
勇者となった者はオーレリアも含め、四人いた。だが、世界中から集結する前に三人が魔王の手によって殺されてしまったのだ。
残されたオーレリア単騎で彼の魔王を滅ぼすことは不可能。故に、『守護者』の力を媒介に異世界から勇者を――夢優たちを召喚した。
「……仰る通りです。私が喚んだとはいえ、私の責任を勇者様方に擦りつけるわけにはいきません。収束魔力砲は撃たせていただきます。そうでなければ――」
オーレリアは収束魔力砲のコアたるクリスタルを見据える。
「そこに集めた魔力が、無駄になってしまいますので」
充填率九十パーセント。
百パーセント。
こうしている間も魔力充填機能は稼働していた。今もなお意識のある魔術師たちは数えるほどしかいない。だが完全に充填の完了した収束魔力砲ならば、魔王軍に致命的なダメージを与えられるはずである。
「その魔力を皆様に戻すことは?」
「できません。仮に戻せたとしても、既に個人の魔力ではなくなっています。拒絶反応が起こるでしょう」
「……そうでございますか。撃つしかないようでございますね。ただ――」
チラリ、と夢優が外の様子を見た。
「そうであれば、すぐに発射するべきだと存じ上げます」
「え?」
オーレリアも釣られるように視線をそちらに向ける。そこには先程までなかった――いや、充填に集中していて気づけなかった超巨大な人影があった。
その雲を衝くようなあまりの大きさに、意識のある者たちが絶句する。
「『巨峰の魔王』ゴライアスが射程内に入りました。収束魔力砲を発射してください!」
オーレリアは慌てて指示を飛ばす。すぐに兵士たちが我に返って動き、収束魔力砲を起動に取りかかった。
機械仕掛けの音がけたたましく響き渡る。壁が開き、青白いクリスタルが外から丸見えになる。
「三――二――一――収束魔力砲、発射します!!」
兵士が最後の起動スイッチを力強く押す。クリスタルが眩く発光し、青白い光線が無数の軌道を描いて射出される。
数も太さも先程の倍以上。
光線が一つに収束し、いくつもの巨人巨獣を薙ぎ払いながら超巨大な人影へと真っ直ぐに伸びていく。誰もが数瞬後に光線が魔王を貫く希望に胸を躍らせた。
が――
「つまらん。こんな玩具の鉄砲で俺を討ち取れると考えていたとはな」
重たい声が重力のように圧し掛かった途端、超巨大な人影が前に翳した掌で収束魔力砲を受け止めた。
まるで水道の水を手で堰き止めるかのように、光線は巨体を貫くことなく四方八方へと零れて霧散する。
誰もが声を失った。
オーレリアも、倒せないまでもダメージは与えられると思っていた。
だが実際は、蚊に刺された程度の痛みすらなかったように、収束魔力砲を受け止め切った巨体が翳した手を引いている光景だ。
「無意味……だったのでしょうか……?」
希望が黒く塗り潰された。千人の魔術師の命を使っても、傷一つつけられなかった。
「だから申し上げたのですが――」
夢優が無念そうに目を閉じて告げる。
「とにかく、ここからはわたくしたちの出番でございますね」
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