終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第79話 二度目の勧誘


「は?」

 一瞬、何を言われたのか理解が追いつかなかった。
 やがてその言葉の意味を咀嚼したトバリは、困惑した表情を浮かべる。

「……お前は、自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
「当たり前じゃない。わたしを誰だと思ってるの」

 亜樹は相変わらず、微笑をその顔に貼り付けたままだ。
 トバリには、そんな彼女の考えが全くわからない。

 そして同じような状態にあるのは、トバリだけではなかった。

「な、にを……なにをいってるんですか『美(ティファレト)』!?」

 『勝利(ネツァク)』の日向(ひなた)の身体が、プルプルと震えている。
 それは紛れもなく、心の内に潜む激情が発露せんとしている証だ。

「……『勝利(ネツァク)』。落ち着いて」
「さっきその男があなたになにをしたのか、もうわすれたんですか!? そいつはあなたをころそうとした!! あなたはあと少しでころされるところだったんですよ!?」
「『勝利(ネツァク)』。落ち着きなさい」
「ッ……」

 亜樹がスッと目を細めると、日向は大人しくなった。
 それはさながら、蛇に睨まれた蛙のようだ。

「ごめんなさいね。彼、まだ子どもだから」
「あ、ああ……」

 亜樹の言葉を聞いた日向は、ブスッとした表情を浮かべている。
 子ども扱いされたのが気に食わなかったのだろうか。

「普通に考えれば、日向の言うことは間違ってないと思うけどな」
「あら、どうして?」
「どうして、って……僕は前の『知恵(コクマー)』や、『慈悲(ケセド)』だった春日井を殺したんだぞ? それにさっきも、あやうくお前を絞め殺すところだった。お前らにとって僕は敵だろ?」

 トバリはスーパーを襲撃した『知恵(コクマー)』や、トバリたちを嬲っていた『慈悲(ケセド)』を殺した。
 それは間違いない事実で、『セフィロトの樹』にとってトバリは明確な敵として認識されているはずだ。
 つい先ほど亜樹の首を絞めたのも、敵対行為以外の何物でもない。

 そういえば、亜樹はトバリが『慈悲(ケセド)』の春日井を殺したのを知らなかったのではないだろうか。
 それを知らないのを踏まえても、亜樹の提案はトバリの感覚からすれば少しズレているように思えてならないのだが。

「『知恵(コクマー)』と『慈悲(ケセド)』を殺した件は不問にするわ。状況的に仕方なかったでしょうし。あと、わたしに襲いかかった件もね」

 しかしトバリの予想とは裏腹に、亜樹は『慈悲(ケセド)』が死んだ事実は認めているようだった。
 トバリが今こうしている以上、トバリを管理下に置いていた『慈悲(ケセド)』が死んだことは想定していたということだろうか。

 状況的に仕方なかったと言われれば、たしかにそうかもしれない。
 『知恵(コクマー)』に関しては、最初は比較的友好的な態度だったような気もするが。
 が、ひたすら殺戮を繰り返すその行動に、共感と理解を示すなど到底無理だった。

 『慈悲(ケセド)』の春日井に関して言えば、情状酌量の余地など全くないだろう。
 トバリが『王冠(ケテル)』として覚醒していなければ、春日井は何の感慨を抱くこともなく、虫ケラのようにトバリを殺していたに違いない。

「それに、トバリはもう敵とは言えない。『王冠(ケテル)』に選ばれている時点で、トバリはわたしたちと同じ生き物なの。いわば同胞ね」
「……同じ生き物、ね」

 トバリ自身、自分が化け物になってしまった自覚はある。
 しかしなぜか、改めて同じ生き物だと言われると、どこかにほんの僅かに引っかかる部分があるのもまた事実だった。

「起きてしまったことは仕方がない。それならせめて、トバリにはわたしたちの仲間になってもらいたいのよ」
「なるほど」

 トバリにとっても、理屈としては理解できないこともない。
 だが、心情としては理解できない部分も多い。

 普通なら、仲間が殺されているのに、その仲間を殺した人間を自分たちの組織に勧誘するなど考えられない。
 トバリを勧誘することに関してだけ言えば、トバリが『王冠(ケテル)』に選ばれている同胞だから、という理屈が通らないこともないだろう。

 トバリが心情的に理解できないのは、亜樹の仲間がトバリに殺されているのに、亜樹からそういった負の感情をまったく感じないことだ。
 おそらく亜樹は、自分の仲間に仲間意識など持っていない。
 それどころか、何の関心もないのではないだろうか。
 そう思わずにはいられなかった。

「もちろん、なんの見返りもなく勧誘してるわけじゃないわ」
「……中西と佐々木の居場所、か」
「理解が早くて助かるわね」

 黒曜石のように澄んだ瞳が、トバリの目を見つめている。
 見えない力に吸い寄せられるかのように、トバリの目も亜樹の瞳を見つめた。

「トバリがわたしたちに協力することを約束して『セフィロトの樹』に入ってくれたら、中西くんと佐々木くんの居場所を教えるわ。もちろん、入ってもらった以上はそれなりに働いてもらうことになるけど」

 まるで雇用契約の話でもしているかのような口ぶりだが、亜樹にとっては似たようなものなのだろう。
 もしかすると、三田を買収した時も同じような方法を使ったのかもしれない。

「断るって言ったら?」
「たぶん、トバリは中西くんと佐々木くんを見つけられないと思うわ」
「……よくわからないな。別に死んでるわけじゃないだろう?」
「そうね。普通に生きてるみたいだけど」

 トバリは亜樹の表情を観察するが、特に変わった様子は見られない。
 しかし、それだけで嘘を言っていないと決めるのはあまりにも早計だ。

 いくつか不安要素はある。
 そもそも、亜樹が本当に中西と佐々木の居場所を知っているという保証などない。
 疑い始めたらキリがないのは百も承知だが、盲目的に亜樹の言葉を信用するのは危険だろう。
 先ほど、何か能力のようなものを使って奴らの居場所を調べていたようにも見えたが、亜樹の能力がいまだに未知数なのもそれに拍車をかける。

「正直、僕はお前の言っていることを完全には信用できない。口から出まかせを言ってる可能性も捨てきれない」
「それは、たしかにそうでしょうね。でも、トバリは信じるしかないわ。わたしのことを」

 亜樹はあくまで毅然とした態度でトバリに接している。
 トバリとしても、亜樹が本当に中西と佐々木の居場所を知っているのなら、少しぐらい譲歩してでも情報を引き出しておきたいところではある。
 だが、仮に亜樹の情報が正しいものだとしても、それを教える条件が「トバリが『セフィロトの樹』に所属する」というのは割に合っているとは言いがたい。

「そもそも、なんで僕がお前たちの仲間になんかならなくちゃいけないんだ? 僕としてはお前を脅して、無理やり中西と佐々木の居場所を聞き出してもいいんだぞ?」
「そう。じゃあトバリは、これから先ずっと一人で生きていくのね」
「は? なんだそりゃ」
「だってそうでしょう? トバリはもう人間じゃない。人間じゃないトバリが、他の人間と一緒に生きていくことなんてできない。それでわたしたちと来ないっていうなら、もう一人で生きていくしかないじゃない」

 たしかに、亜樹の言うことは正しい。
 だが、それがなんだというのか。
 トバリは今までだってずっと、一人で――。

「……いや、一人ではなかったか」

 両親とも疎遠で、友達もいなかったが、刹那はトバリのことを気にかけてくれていた。
 パンデミックが起きた後も、刹那は彼女の意思ではなかったにせよトバリのそばにいたし、その後はユリも加わってしばらくは行動を共にしていた。
 トバリは一人ではなかった。

 なら、また刹那やユリと行動を共にすればいいのではないか。
 トバリとしても、『セフィロトの樹』に入るよりはマシな気がする。

 だが、ユリも刹那もどこかへ消えてしまった。
 この世界で、なんの手がかりもなく人間を二人探すというのはなかなか骨が折れるだろう。
 生きているという保証もない。

「……そうね。わかったわ。17番、アレを持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」

 亜樹が近くに控えていたメイドの一人にそう声をかけると、彼女はなにかを持ってきた。
 随分と古ぼけている、灰色のラジカセだ。
 メイドはそれをテーブルの上に置き、慣れた手つきでコードを電源に繋いでいた。

「こんなガラクタを持ってきて、なにを……」
「いいから聴いて。お昼だし、ちょうどいい時間だわ」

 メイドがラジカセを少し弄ると、それはすぐに音を出し始める。
 最初はなんの意味もない雑音だったものが、意味のある言葉を紡ぎ始めるのに、そう時間はかからなかった。

『……こんにちは、高橋加代子です。10月24日土曜日、正午を回りました。ここからは……』

 そこから流れてきたのは、何の変哲も無いラジオの音声だった。
 そして、何の変哲も無いそれが、今は明らかに異常だった。

「これは、まさか……」
「ええ。今、生放送で流れているラジオよ」

 亜樹はなんてことない風に言うが、トバリにとっては衝撃的だった。
 それはトバリが今まで確認できていなかった、他の多くの人間たちが生き残っている、動かぬ証拠だからだ。

「……普通にラジオ放送ができる程度には、生存者がいるんだな」
「そうよ。かなり多いわ。日本に関して言えば、たぶん半分ぐらいはまだ生き残っているんじゃないかしら」

 ――半分。
 それを多いと見るか少ないと見るべきかは人によるだろうが、トバリとしてはそんなに大量の生き残りがいることに驚きを隠せない。

「このあたりは、生き残りなんてほとんどいないだろうに。地域によってそんなに差があるのか?」
「みたいね。このあたりはかなりひどいけど、都市部に行けば普通に人はいっぱいいるらしいわ。わたしも直接この目で確かめたわけじゃないんだけどね」

 「都市部だと感染が広がるのも早いけど、その分自衛隊が鎮圧するのも早かったんじゃないかしら」などと語る亜樹を放置して、トバリは思考を巡らせる。
 そもそもラジオが生きていたなら、どうして今まで気付かなかったのか。

 いや、もしかしたらパンデミックの当初は、ラジオ局もそれどころではなく止まっていたのかもしれない。
 トバリ達が気付かない間に放送が復活していたということだろうか。

「人間たちはまだまだ生き残っている。彼らにとって、わたしたちは突如として現れた侵略者に他ならない。紛うことのない敵なのよ」
「……それは」

 人間たちにとって、ゾンビたちを統べる『セフィロトの樹』の構成員は、間違いなく淘汰すべき害悪だ。
 それは間違いない。

「他の旧人類を差し置いて、今の人類がどうやって現代まで生き残ってきたか知ってるでしょう? 他の旧人類をすべて殺し尽くしたのよ」

 ……それと同じようなことが、まさに今、現代で起ころうとしているということか。
 潰さなければ潰される。当然の理屈ではある。
 トバリにも、それぐらいのことはわかる。

「ああ、そうか」

 ――だから、ここで。
 生き残り側か、亜樹側か、どちらにつくのか。それともそのどちらにもつかないのか。
 それを、今この場で決めろということか。
 『セフィロトの樹』の勧誘に応じるか応じないかというのは、つまりそういうことだ。

「似たような姿だけど『違う』ものは気持ちが悪いの。それは彼らにとっても、わたしたちにとっても同じ。共に手を取り合って生きていくことなんてできない。どちらがこの星の生態系の頂点に立つ者なのか、白黒はっきりつけなきゃいけないのよ」
「――――」

 凛とした表情で語る亜樹の目には、曇りひとつない。
 この女は、亜樹は、本気で新しい種族として、この星の生態系の頂点に立とうとしている。
 それがどれほど困難で、険しい道のりなのか、トバリには想像することすら難しい。

「――は」

 それでも、この女ならそれぐらいやってもおかしくないなと思ってしまった。
 圧倒されてしまった。

「……お前の話はわかった」

 トバリの目的を考えれば、亜樹の考えなど考慮せず、さっさと亜樹を始末して中西と佐々木を探し始めたほうがいい。
 だが、亜樹の性格上、トバリがどんなことをしても口を割ることはないだろう。
 そうなると、中西と佐々木に繋がる情報は完全に絶たれてしまう。

 亜樹の話を聞いた後では、人間側に戻ることも考えられなかった。
 彼女の言うとおり、トバリたちはもう人間とは異なる生き物に変質してしまっている。
 外見では人間にしか見えないだろうが、何が原因でバレるかわからない。

 もし国に捕らえられたら、何をされるかわかったものではない。
 こんな状況で、彼らの倫理観を頼りにするほどトバリは楽天的ではない。
 殺される可能性も十分にある。

「たしかに納得できる部分も多い。中西と佐々木を殺すまでは、とりあえず協力してやってもいい」

 ……それに。
 こいつがどこへ向かうのか、少しだけ興味が湧いたのだ。

 トバリの返事を聞いて、亜樹は柔らかく微笑んだ。

「しばらくはそれでいいわ。トバリの目的が果たせたら、また答えを聞かせて頂戴」
「――ああ」

 こうして、トバリは『セフィロトの樹』の一員になった。

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