終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―
第48話 新生活の幕開け
「……ん」
陽の光を受けて、トバリは目を覚ました。
隣の席では、ユリがかすかな寝息を立てている。
刹那は、後部座席で静かに座っていた。
どうやら、疲れてそのまま車の中で寝てしまっていたようだ。
固まっていた身体を鳴らしながら、トバリは身体を起こす。
あまり快適な睡眠とは言えなかったが、動くのに支障はない。
半ゾンビ化した肉体は、体力の回復速度も常人の比ではなかった。
「おーい、ユリー。起きろー」
そう言いながら、隣にいるユリの身体を揺さぶる。
しかし、僅かに反応はするものの、起きる気配はない。
「まったく、しょうがないな」
仕方ないので、もう少しだけ寝かせておくことにした。
スヤスヤと眠るユリを見ていると、彼女が過酷な運命を背負った少女であることを忘れてしまいそうになる。
「……厳しくなりそうだな」
これから、大学病院での生活が始まる。
再び訪れるであろう波乱の気配を、トバリは感じずにはいられなかった。
「おお、帰ったか夜月」
眠そうに目元を擦るユリの手を引いて、病院に向かって歩いていると、前から城谷が歩いてきた。
その手には、護身用の金属バットが握られている。
大学病院の一階部分の掃除は終わり、簡易なバリケードを設置しているとはいえ、いつどこでゾンビに襲われるかわかったものではない。
城谷の警戒も当然のものと言えた。
「ああ。なんとか、な」
「ん? 何かあったのか?」
トバリの表情を見て、城谷が訝しげな声を上げる。
「……いや、なんでもない」
他の人間に、トバリの家で起こったことを話すのは躊躇われた。
特に、城谷と辻には。
おそらく、トバリの家に書き置きを残していったのは亜樹、もしくはその関係者と見て間違いない。
あのとき刹那には、人間を襲うなとは命令していなかった。
ゆえに、あの家に何者かが侵入すれば、刹那に襲われたはずなのだ。
だが、あの家で争いがあった形跡はなかったし、刹那にも特に変わった様子はなかった。
ということは、あの書き置きを残していったのは、少なくともセフィラをその身に宿した人間であるということだ。
そしてそれはつまり、
……亜樹は、『セフィロトの樹』側の人間である可能性が高いということだ。
そして城谷や辻の前で亜樹の名前を出せば、元々亜樹の取り巻きだった城谷と辻は、亜樹を探そうとしかねない。
今は三田のおかげで安定しているとはいえ、人間の本質はそう簡単には変わらない。
亜樹との繋がりが戻った途端、かつてのような悪辣な性格に逆戻りする可能性は十分にある。
……城谷と辻には、話さない方がいい。
結局トバリはそう判断した。
「そっちの首尾はどうだ?」
「まあまあ、かな。最低限生活できるだけのスペースは確保できたと思うけど、まだ上の階は手付かずだから油断はできない」
やはり、まだ二階より上には手をつけていないらしい。
一階だけでも相当な広さなので、仕方ないと言えば仕方ない。
だが、できるだけ早く二階より上の掃除もやっておきたいところだ。
何がいるのかわからないという不安は、トバリにもある。
ゾンビには襲われないトバリでさえそんな状態なのだから、他の避難民たちならなおさらだろう。
「で、車出してたみたいだけど、何か持って帰ってきたのか?」
「僕の家にあった物資を取れるだけ取ってきた。好きに持っていくといいよ」
「おっ、マジか。サンキューな!」
とはいえ、そのほとんどが缶詰めやレトルト食品などの、長期保存ができ、トバリなら街を探せばいくらでも手に入るようなものばかりだ。
このコミュニティーの人間たちと良好な関係を築くために捨てるのは、そこまで惜しくはなかった。
「んじゃ、ありがたくいただきますわ」
そう言って、城谷は車の方へと足を向けた。
「……トバリ」
「ん? どうした、ユリ」
いまだに半分ぐらいしか目が開いていないユリが、突然トバリを呼んだ。
その目は、トバリ達が乗ってきた車の方へと向けられている。
「セツナ、あの人にみられてもだいじょうぶなの?」
「……あ」
まずい。すっかり忘れていた。
あの車の中には、まだ刹那がいる。
外傷がないとはいえ、刹那は基本的に他のゾンビと大差ない。
城谷と対面させるのは問題が多すぎる。
それにトバリ自身、今の刹那をユリ以外の人間に見せるのは忌避感があった。
できることならば、秘密裏に匿っておきたい。
そんな考えがトバリの中に渦巻いていた。
「刹那、そいつを襲うな」
小声でそう命令し、トバリは城谷に制止の声をかけようとする。
しかし、城谷は既に車のドアを開けてしまっていた。
「あっ……」
城谷の視線の先には、無表情の刹那の姿があった。
どう考えても、城谷の視界には、刹那が入ってしまっている。
「あー、えっとな、城谷……」
咄嗟に何か言葉を発しようとするが、うまく考えがまとまらない。
そして、
「お! コンビーフじゃねえか! な、なぁ、これちょっとだけつまんでもいい……?」
城谷は、刹那の真後ろにある缶詰めを凝視しながら、そんなことを言い出したのだった。
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