終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第66話 『知恵(コクマー)』VS『峻厳(ゲブラー)』


「…………」

 なかなかに物騒な発言をして微笑む琴羽に対して、三田はかける言葉が出てこない。

「……背骨が好きなのか?」
「まあ、それなりには」

 そんな中でようやく絞り出した三田の疑問の声を、琴羽は適当な言葉で返してきた。
 まともに取り合ってくれる気はないらしい。

 三田は触手を最後まで食べきると、自身の右腕の調子を確かめる。
 いまだに骨は出たままだが、とりあえず出血は収まった。
 さすがにこの状態で何ができるとも思えないが、致命傷をそのままにしておくよりは遥かにマシだ。



 ……それよりも問題なのは、琴羽の能力がいまだによくわからないことだ。



 おそらく琴羽には、直接相手に触れる、もしくは触れるほど近づくことで敵を傷つけることのできる能力がある。

 先ほどまで感じていた右手の違和感の正体は、おそらく琴羽の能力によるものだ。
 その違和感を感じたのは、決まって右手が琴羽に接近した時だった。
 そして、先ほどの強烈な一撃を受けたのも、琴羽に接近した時だ。

 ……しかし、それだけでは漠然としすぎている。
 あるいはもっと限定的な能力なのかもしれないが、現状ではなんとも言えない。

 だが、仮に琴羽の『峻厳ゲブラー』がそんな能力なのだとしたら、彼女が三田の攻撃を避け続けていたのは不可解だ。
 触れただけであそこまで強烈に人体を破壊できるのなら、琴羽の方からこちらに攻めてきたほうがいい。
 琴羽は琴羽で三田のことを舐めていた、もしくは接近戦を挑むのは不利だと思ったからなのかもしれないが……それをしなかったのは、それができない理由があったからなのではないか。

「……ふむ」

 『峻厳ゲブラー』の能力にはいまだに謎が多いが、ある程度距離を取っていれば、その能力は発動できない可能性が高い。
 現に今、こうして距離を置いている分には、琴羽は特に何のアクションも示さない。
 三田の身体の一部分が、違和感を感じ始めるということもない。



 ――それならば長物を使うか、遠距離攻撃が有効なはずだ。



「……おっと。なかなか物騒なもの持ってるんですね」

 三田が懐から拳銃を取り出すと、琴羽は警戒したようにその鉄の塊を睨んだ。
 セフィラを持つ人間とはいえ、わかりやすい遠距離攻撃のできる武器には危機感を抱くらしい。

 この銃は、この間三田が『知恵コクマー』に一撃を浴びせた時に使ったものだ。
 そんな代物を、今は三田自身が『セフィロトの樹』の『知恵コクマー』となって使っているのは、一体なんの因果なのだろうか。

 銃を握っているのは左手だ。
 右手が使い物にならない以上、利き腕でもない左手だけで撃つしかない。

 「撃てるのか?」と、三田の中の内なる自分が囁いたような気がした。

「……俺は」

 仲間を裏切り、憎むべき敵に尻尾を振っている。
 だが、敵に尻尾を振る従順な犬に成り下がっても、一つだけ譲れないものがあるのだ。
 それだけは、たとえ何を犠牲にしても守らなければならないのだ。



 三田は、再び茜に会うために、悪魔に魂を売ったのだから。



「――ッ!!」

 三田は引き金を引いた。
 辺りに銃声が響き、圧倒的な破壊力を秘めた弾丸が琴羽に迫る。
 命中すれば、いくら『峻厳ゲブラー』を持つ琴羽と言えど無事では済まないであろう暴力の発露。

 だがそれは、命中すればの話だ。

「……どうやら、そんなに上手く扱えるわけではないようですね」

 少し安心したような様子の琴羽が、そう呟く。
 弾丸は、琴羽のいる場所から大きく下に逸れた場所に着弾していた。

 ――外した。

 三田がそう認識した時には、もう琴羽は動いていた。

「それじゃあ、次はこちらからいきますね」

 微笑を浮かべる琴羽が、三田のほうへと迫ってくる。
 爛々と輝くその瞳に映っているのは、彼女の獲物に定められた痩身の男だけだ。

 琴羽の突然の行動に三田は反応しようとするが、その速度は彼女のそれよりも遅い。
 反動のせいで軽く痺れた左手に、一瞬だけ意識を向けてしまったからだ。

 そんな僅かな隙を突いて、琴羽は三田に肉薄する。
 琴羽の白く細長い指が、三田の左手に迫り、

「チッ!!」

 左手の違和感が明確な痛みに変わる寸前のところで、なんとか回避することに成功した。
 ……三田は咄嗟とっさにそう思ったが、それは間違いだった。



「おいで」



「――ぐっ!?」

 そんな琴羽の囁きを耳にした瞬間、強烈な痛みが三田を襲う。

 三田の右手から飛び出した骨が、琴羽のほうへと伸びていた。 
 慈しみの表情を浮かべる琴羽を求めるようなその骨の動きに、さすがの三田も目を見張る。

 それはおぞましい感覚だった。
 自分の意思に反して、三田の右手の骨は琴羽のもとへ行こうともがいている。
 一応血を塞いでいたかさぶたは再び開き、腕から溢れる大量の鮮血が床を赤く染め上げた。

「――う、うぅっ!!」

 だから、三田が腕の激痛に耐え、床を転がって琴羽から距離を取ったのは、まさに英断と言わざるを得ない。
 異常な激痛を伝えてくる右手の感覚を強靭な精神力で無視し、三田は左手の銃で再び琴羽を狙う。

 今度は琴羽との距離が近い。
 普段の三田であれば、十分に標的への着弾が狙える距離だが、

「……!」

 しかし、それは万全の状態での話だ。
 そしてこんな状態での一撃が、まともに当たるはずもない。
 弾丸は琴羽がいる場所の、はるか左側に着弾した。

「まったく、そんなものを振り回したら危ないじゃないですか!」

 琴羽は焦ったような顔で、三田に文句をぶつける。
 いつの間にか、彼女の右手には白く長い棒のようなものが握られていた。
 先端は鋭く尖っているが……三田にはそれが、人間の骨のように見えた。

「……くっ!」

 転がって体勢を崩したままの三田は、すぐに立ち上がることができない。
 いまだに血を垂れ流したままの右手は、もはやなんの役にも立っていなかった。

「はぁ。ようやく捕まえました!」

 嬉しそうな顔で、琴羽がしみじみと漏らす。
 床に這いつくばった三田のすぐそばに、無傷の琴羽がやってきた。

 彼女はその場にしゃがみこんで、手に持った白い棒の先端で、三田の右膝あたりをつつく。
 それはまるで、何かの調子を確かめるかのような挙動で。

「これ以上抵抗されたら大変なので、折らせてくださいね」
「な、なに――をっ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、三田は新たに自身を襲う強烈な痛みを実感する。
 彼女の白い棒がつついた部分から、三田の足の骨が突き出していた。
 おびただしい量の血が、三田の周りを赤く濡らしていく。

 それはあまりに異常すぎる感覚だった。
 焼けるような激痛ももちろんだが、自分の身体をまるでおもちゃのように弄ばれているという嫌悪感と恐怖が、三田の胸の中に渦巻いている。
 だが、それだけでは終わらなかった。

「こっちも出しましょうねー」
「や、やめ……っづ!」

 三田の嫌な予感は的中する。
 琴羽の握る白い棒が、今度は三田の左足に標的を定めていた。

「はいはい、大人しくしてくださいねー」

 そんな三田の儚い抵抗もむなしく、琴羽の持つ白い棒の先端が、三田の左足の膝をつつく。
 次の瞬間、三田の左足の骨が、膝の皮膚を突き破って外気に晒された。
 噴き出した血の量が少しだけ少ないように見えるのは、三田の体内の血が失われすぎたせいなのだろうか。

「すごい綺麗……! やっぱり鍛えている男の人は違いますねー!」

 空気に露出した脚の骨を眺めて、琴羽はうっとりとしている。
 そんな姿を見て、三田は朦朧とした意識の中、ある一つの結論に達する。



 ――こいつも少し、頭がおかしい。



 そして、琴羽の能力の正体にも、思い至った。
 嬉しそうな顔で露出した骨をつついている琴羽に向かって、三田は尋ねる。

「……お前のそれは……骨を操る能力、か?」
「そうですね。だいたいそんな感じです」

 露出した骨をつつきながらも、琴羽は三田の言葉を肯定したのだった。



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