終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第33話 少女たちの憂鬱


「――ユリちゃん? どうしたの?」

 ふと気がつくと、目の前に女の子の顔があった。

「っ!? ……あ。ごめん。ちょっと、ボーッと、してた」
「だいじょうぶ? ちょっと疲れちゃったかな? 日陰に行って休もうか」
「うん……」

 女の子に手を引かれて、ユリは屋上にある日陰へとやってきた。
 ユリが自動ドアの横に腰掛けると、女の子もユリの隣に座った。

 昨晩は雨が降っていたようだが、今は日がかんかんに照っている。
 屋上はかなりの蒸し暑さで、ユリはどうしても、長時間そこにいようとは思えなかった。

 他の子どもたちは、笑いながら鬼ごっこをしていた。
 遊んでいる最中でも、菜園を荒らさないように気をつけている。
 それをどこか冷めた目線で見ている自分がいることに、ユリは薄々ながら気付いていた。

「……やっぱり、つまらなかった?」
「えっ……?」

 少し影のある表情で、女の子がユリにそう問いかける。

「どう、して?」
「んー……。わたしも、あんまり楽しくないから、かな」

 彼女は、ユリよりも少しだけ背が高い。
 歳も、ユリより一つ上だと聞いた。
 そんな少女が、自分と同じような気持ちになっていることに、ユリは僅かな共感を覚える。

 自身の胸の中の気持ちを整理しながら、ユリはポツポツと話し始めた。

「……つまらない、というか。……不安? なのかな、これは……」
「不安?」
「うん……。トバリが、どこか、とおいところへ、行っちゃうような、気がして……」

 トバリと初めて会ったときのことを、ユリは決して忘れないだろう。
 それは、自身の中の何かが歓喜しているかのような、まるで運命の人に出会ったかのような、そんな不思議な感覚だった。

 母親の仇である安藤を殺して、トバリの家に着いて行ってからも、その感覚は変わらなかった。
 出会ったばかりの相手にあんなことをしたり、あんなことをしたり……普通に考えると異常だ。

 でも、ユリはそれが異常なことだとは思わなかった。
 むしろ、トバリのことを慕うのはひどく自然なことのように思えた。

 ……しかし、昨日のトバリを見て、少しだけ不安になったのだ。

 おそらくトバリは、ユリが想像している以上に心の中に闇を抱えている。
 昨日の夜に爆発したのは、そのほんの一部に過ぎないのだろう。
 それでユリは、トバリがどこか遠いところへ行ってしまうのではないかと、そう思ったのだ。

「でも、ユリは、ずっと、トバリの、そばにいたい」

 トバリの側にいると安心する。
 トバリと手をつなぐと、いつも温かくて安心する。

 トバリが抱っこしてくれると、いつも心臓がドキドキする。
 一緒に寝ているときも、その寝顔を見るとドキドキする。

 すでにユリは、トバリに依存しきっている。
 ユリにはもう、トバリしかいないのだ。

「なら、ユリちゃんがトバリさんのことをしっかりと掴んでおかなくちゃ」
「つかむ……?」
「うん。この人と絶対に離れないぞー! って強く想っていれば、きっと大丈夫」

 少女の言葉が、ユリにはよくわからなかった。
 でも、なんとなく、この少女も無理をしているのが、ユリにはわかってしまった。

「あなたも、不安なの……?」

 ユリがそう尋ねると、少女は目を見開いた。

「……うん、そうだね。わたしも、不安なんだ」

 少女は、ギュッと口元を結び、

「お父さんが、昨日出て行ったっきり帰ってこなくて……お母さんも、すごく辛そうな顔してた……」
「……そう、なんだ」

 その言葉を聞いて、ユリはどう答えたらいいのかわからなかった。
 自分の不安など、まだ漠然としたものでしかない。
 トバリはまだ、普通にユリの近くにいるのだから。

「女の子を不安にさせるなんて、ひどいよね……」
「そう、だね」

 そう言って、少女はユリの手に自身の手を被せた。
 ユリの手に触れる瞬間、少女の手がピクリと震える。

「ユリちゃん、すごく手が冷たいよ? ほんとに大丈夫?」
「だいじょうぶ。いつも、体温は、ひくいから」
「へー。そうなんだ」

 半ゾンビ化の影響を色濃く受けているユリは、普通の人間と比べてかなり体温が低い。
 これはもう、一生変わらないだろう。

 少女とユリが、そんな話をしていた、そのときだった。



「うわっ! びっくりした!」



「……? どうしたのかな?」
「わからない、けど……」

 なにかを真ん中に囲うようにして、男の子たちが騒いでいる。
 少女とユリも、男の子たちのところへと足を向けた。

「どうしたの?」
「あ、白井さん。見てよこれ。なんか空から落ちてきたんだ」
「空から……?」

 男の子のうちの一人が、少女に目を向けた。
 その男の子が場所を譲り、その輪の中心にあるものを少女とユリに見せる。

「……なに、これ?」

 ユリには最初、それが何なのかわからなかった。

 全身は黒っぽい布で覆われており、その隙間から僅かに赤黒い肉のようなものが見え隠れしている。
 そしてそれは、もぞもぞと動いていた。



 ……それを見た瞬間、ユリの本能が激しく警鐘を鳴らした。



「にげて!」
「え?」
「にげて! はやく!」

 突然叫び始めたユリに、他の子供たちは困惑の表情を隠せない。
 しかし、そんなことをしている間にも、事態は進行していた。

「ひっ……!?」

 男の子たちの足が、フードの下から伸びた何本もの触手に絡め取られた。
 赤黒いそれは、少年たちの足にしっかりと絡みついている。
 少年たちはそれを慌てて引き剥がそうとするが、触手の巻き付きは思いのほか強く、全く外れる気配がない。

「や、やだ! やだやだやだやだやだぁぁあああ!!」

 そのまま彼は、ずるずると黒っぽい布を被った何かのところまで引きずられていき、

「やめ――――――――」

 男の子が黒っぽい布の中に消えると、突然、男の子の悲鳴が止んだ。
 代わりに、肉と骨がすり潰されるような耳障りな音が、辺りに響き始めた。
 黒っぽい布の下から流れる赤黒い液体が、地面を濡らしていく。

 もう誰も、笑う者はいなかった。



 屋上は一瞬にして、捕食の現場と化した。

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