悪夢の道化師

　ピエロは笑い声を止めない。

　「あーあー。その仮面スキルはステータス異常の耐久ありましたね。できれば夢のまま、楽しく殺してあげたかったのになぁ。アハッッハハハ」

　笑い声に狂気が含まれている。
　コイツは、何なんだ？モンスターなのか？
　人間の言葉を使うモンスターと言うのに、幾度か対峙はしたことある。
　しかし、そのほとんどがイレギュラー的な存在であって、強かった。
　僕はショートソードを召喚すると、やや体の重心を後方に動かした構えを取る。
　いつでも後退して、一定の距離を保てるようにする。
　真っ向勝負なら打ち負ける可能性があるからだ。

　「ん？んんん？あーどうやら、逃げるの前提のスタイルですか？脱兎の如く？脱兎の如く？ねぇ？脱兎の如く？アハッハハハハハハ」
　「――――――ッッッ！？」

　考えを読まれた。やはり、高い知能を持っていやがる。
　それにあの笑い。人間の笑い声は、戦闘での雄叫びが進化したものだという説を聞いたことがあるが、目の前のピエロは威圧するために笑い声を上げているみたいだ。
　あの笑いが特殊攻撃なら、やつが言う通りに仮面スキルが遮断する。
　ならば、あの笑い声は特殊攻撃ではなく、生物が本来持っている闘志の現れ。
　読み取った情報から、相手の強さが十分すぎるほどわかってしまう。
　どうするか？

　「あれれ？怯えちゃいました？怖がらせすぎちゃいました？笑って、笑って。もっと楽しく遊びましょうよ！」

　笑い声と共にピエロが消えた。瞬きする時間もなかったはずが、僕の正面に陣取っていたはずのピエロが消えた。
　驚きが走り、次に悪寒が走る。

　鼻が日常では嗅ぎ取れるはずのない、僅かな生物の体臭に反応する。

　耳が日常では聞き取れるはずのない、生物が発する心臓の鼓動などに反応する。

　皮膚が日常では感じ取れるはずのない、空気の流れ。背後に何かが現れた事によって生じた、僅かな気流の乱れに反応する。

　それらを感覚と呼ぶには、あまりにも頼りないものではある。　

　しかし、僕は直感的にピエロが背後にいる事を理解する。
　理解と同時にしゃがみこんだ。
　一瞬後、僕の頭上に何かが通過する。
　振り返る間もなく、四つん這いになった僕は前に飛び込み、強引に距離を上げる。
　またも背後に何かが通過している感覚。
　地面に着地と同時に前転。体勢と立て直し、立ち上がるとピエロの方を見る。
　その手にはナイフ。禍々しいさを感じられる装飾を施され、一層の恐怖感を演出している。
　アレを僕に向かって振るっていたのかと・・・・・・。

　「アッハハハハ。逃げるのは上手なんだね。本当に脱兎の如くだよ、子うさぎちゃん」

　再びピエロが目前から消える。
　やはり、現れたのは背後。
　僕は恥も外聞もなく、悲鳴を上げて逃げ出していた。
　ここに至って、ようやく自分のスキルを思いだし、加速スキルを発動させる。
　僕、自慢の加速スキルであれ、逃走にしか使いどころが見いだせなかったのである。