勝利と敗北　

　あいちゃんは見えなくなるほど、遠くに飛ばされて、残りは仮面の男だけになった。
　加藤の日本刀に対して、ナイフで一合、二合と打ち合っている。
　加藤に切り落とされた仮面は元通り、頭部の装着されており表情は計り知れない。
　しかし、その立ち振る舞いは焦りを感じさせず、ある種の優雅さすら思わせる。
　その落ち着きぶりは、ブラフやハッタリの可能性もあるが、この状況でその行為の意味はわからない。
　仮面の男にしてみたら、絶体絶名である。この状況からすら想定内なのだろうか？

　「うむ、当初の目的は果たした。頃合か」

　その一言で僕らは、警戒心を強める。
　今は、仮面の男を囲む状態になっている。どやって、この包囲網を突破しようというのか？
　仮面の男は、手に持ったナイフを加藤へ投擲。
　加藤はナイフを日本刀で弾くが、その隙を突き、仮面の男は後方で大きく飛んだ。

　「さて、アイを回収しないとな。では失礼」

　仮面の男は片手を上げ、フィンガースナップ。パッチンと大きな音で指が鳴る。

　「おめおめ、逃がすかよ」加藤が追撃を狙い前み飛び出そうとする。
　だが、加藤は足を止める。その直前で異変に気付いたようだった。
　不自然に地面が盛り上がっていく。そのまま、地面は破裂して、中からゾンビが大量に現れた。
　途中、不自然なくらいゾンビが現れなかったのは、この設置をしていたからか。
　ゾンビ達の肉壁に阻まれ、仮面の男は遠ざかっていった。
　あくまで、優雅に華麗に、そんな演出を魅せられてるようで悔しかった。

　夜が明け、太陽の光によってゾンビ達が消えていったは、すぐ後の事だった。

　苦い戦いだった。
　僕らと仮面の男。確かに撤退したのは仮面の男の方だったが、その損害から敗戦したのは僕らと言ってもいい。
　艶子さんは、意識のコントロールを取り戻している。
　しかし、それは香さんのスキルによるものだ。香さんがスキルの発動を続ける事によって、状態を維持してるに過ぎない。
　それに艶子さんの意識はともかく、体はモンスターと判別されるらしい。つまり、艶子さんの周囲は結界が展開されているということだ。このままでは、日常生活の復帰は不可能。香さんもそれに付き添い続けねばならない。この街を代表するハイレベルの２人が封印されたようなもの。
　唯一の解決方法はあいちゃんの心臓に杭を差し込むことのみだ。
　僕は仮面の男の言葉を思い出す。

　『うむ、当初の目的は果たした。頃合か』

　この状況こそが仮面の男が最初に描いたシナリオ通りだとしたら・・・・・・。
　僕達は、これから仮面の男と、どう戦っていくのだろうか？

　「おい、ここにいてもしゃあない。とりあえず、俺らは帰らしてもらうで」

　そう、晴人が声をかけてきた。
　そうだ、帰ろう。とりあえずは、僕らの日常へ。



　・・・・・・。

　帰る直前、佐々木さんに肩を借りている正平さんをみた。
　この戦いで肉体的には、一番大ダメージを受けた人かもしれない。
　あいちゃんを相手にしたのが佐々木さんだからこそ、戦えたのだろう。
　普通の人があいちゃんの一撃を受けたならば、少なくとも戦闘不能に追い込まれるほどの威力なのだ。
　だが、たぶん、おろらく、これは、あくまで僕の想像だけど、

　仮面の男が用意したシナリオで、重視してたのは正平さんの無効化じゃないだろうか？
　最後の撤退。あれは対ゾンビのスペシャリストである正平さんがいないからこそ可能だった手だ。
　どこまで、仮面の男の手の平で躍らせていたのか？想像するだけで気持ち悪くなってきた。