俺が少女になる時に

山外大河

7 木葉の誘い

 随分と慣れてしまった物で、亀との戦いは特筆すべき点がまるで無い位無難に終了した。

「よし、終了。……しかし本当にすげえなコレ」

 そう言いながら変身を解く。
 魔法少女は、男の俺が使っている魔装具や、藤宮達が使っている魔装具とは格が違う。そんな感じだ。
 なんでこの魔装具だけこんなに強いんだろう。
 俺はそんな事を考えながら変身を解き、十メートル程先に転がっている、亀が落としていった魔法具を拾いに向かう。

「待って宮代君!」

 藤宮に突然制止を呼びかけられ、言われるがままに立ち止まる。
 俺が振り返って理由を問おうとした時、俺達のどちらでも無い声が場に広がった。

「やっぱり凄いなー魔法少女って。折角人数が少ない時を狙ってるのに、これじゃ意味ないか」

「……時雨木葉」

「やっほー。ギルドのリーダーと、男の魔法少女さん」

 工場の内部から出てきた木葉の名を藤宮が呼んだ。

「……何しに来たの?」

 藤宮が木葉に問う。

「何って……何だろうね。木葉はこの場でアナタを殺してもいいんだけど。そっちの切り札の男の魔法少女さんは、もう今日は変身できないみたいだし」

 と、笑みを浮かべながら語る木葉を見て、俺達は魔装具を構える。

「その様子だと木葉の読みは当たっているみたいね。まあ今日は別に殺すなんて事はしないって。木葉が此処に来たのは、ちょっとしたお誘いの約束をしに来ただけだよ」

 お誘い。まるで友達を遊びに誘う様な……そんな言草だな。

「……言ってみなさいよ」

「あ、別に様があるのはアンタじゃないから、別にアンタは聞かなくていいよー」

 と、藤宮に向かって言う木葉。
 って事は何……俺に用があるってのか?

「ねえ、男の魔法少女さん」

 俺の方に、魔装具を出現させるように紙飛行機を出現させ、俺に向かって飛ばす。
 その飛行機は進路を謝る事無く、俺の手まで飛んできた。

「その中に地図と日時が書いてある。君はそこに一人で来てくれないかな?」

 ……俺?
 なんでハンターが、俺を呼び出す必要があるんだ。

「ちょっとアンタ! なに勝手にそんな――」

「うるさいな。今は男の魔法少女さんと話しているんだから黙っててよ。じゃないと、その紙飛行機をぱーんってしちゃうよ? 変身していない今だったら爆死だろうね」

「……ッ」

 笑いながらそう言った木葉に、藤宮が声にならない声をあげ、俺の背筋も凍る。
 パーン……言葉こそ軽いが、そんな軽く済む筈が無い。本当に爆死するんじゃないだろうか。
 考えれば考える程、体が動かなくなる。

「……じゃ、木葉はもう行くね。あ、別に魔法具はそっちが持って行って良いよ。私はハンターだけど、他のハンターみたいに目的はお金じゃないから」

 木葉がそう言うと、その体がだんだんと透き通っていく。
 あれも……魔法具か魔装具の力か。

「あ、そうだ」

 半透明になった木葉が付けくわえる様に、

「絶対に一人で来てね。仲間なんか連れてきたらどうなるか分からないよ?」

 と、言ってこの場から居なくなる。

「宮代君!」

 藤宮がこちらに駆け寄ってきた。

「ちょっとそれ見せて」

 藤宮にそう言われ、手に持った紙飛行機を手渡す。
 藤宮はそれを開くと、静かに読み上げる。

「三日後の午後五時。指定のポイントに一人で来てね、ハート。……怪しすぎるわねコレ」

「そもそもなんで呼ばれたのが俺なんだよ。仮に何かの交渉をするんだとしたら、リーダーであるお前が呼ばれるのが普通じゃないのか?」

「のはずなんだけど……何考えてんのか全く分かんないわ」

 俺も……さっぱりわからない。

「まあとりあえず……ギルドに戻りましょ? こんな所で立ち話していても話は進まないわ」

「そうだな……俺も一旦村上さんのコーヒーでも飲みながら落ち着きたい」

 まあ村上さんがパチンコから帰ってきているかは不明だが。


「それ怪しすぎませんかね?」

「俺達を狙っている発言している奴に呼び出されるとか、嫌な予感しかしねーんだけど」

 ギルド……っていうより喫茶店の中で、パチンコに大敗した村上さんが入れるコーヒーを呑みながら、近くに居た中村さんと折村さんにさっきの事を話すと、二人揃ってそう返された。

「確かに怪しすぎなんだけど……宮代君はどう思う?」

 カウンター席でマグカップ片手に、藤宮が俺に振る。

「どうって言われてもな……確かに怪しくて行くのが怖いけど、行かなかったら行かなかったで、嫌な予感しかしない……でも」

 俺はそう言って、こう付けくわえる。

「逆に言えば、一連の騒ぎを終わらせられるかもしれない」

 俺があの場に出向き、穏便に会話で決着を付ける。それが無理でもなんとか武力行使で止められるかもしれない。
 馬鹿みたいに単純な考えだが、間違っては無いと思う。
 指定した場所に現れるなんてのは、チャンスでしかないからな。

「でも仮に宮代さんが、そのハンターと戦う事にでもなったら……まだギルドに入って二週間足らずの宮代さんがどうにか出来るんですか?」

「あ、それなんだけどよ……別に一人で行かなくてもよくね?」

 問いかけてきた中村さんに、俺は話しの根底を覆す様な答えを返した。

「アンタ……時雨木葉の話しを聞いてたの? 仲間連れてきたら、どうなるか分からないって言ってたでしょ」

「どうなるか分からないのは一人の時でも同じだろ? それだったら、どっかに隠れてスタンバってもらっていた方が助かるんだけど」

 仮に一人で行って戦闘になったら、恐らく高い確率で負ける。
 何事も、経験の差って奴は重要だからな。
 魔法少女になれさえすれば、恐らく俺は勝利を収める事が出来ると思うが、今回それは出来ない。
 何故ならその日の前日に、時雨木葉が何も手を加えなくても特級精霊が出てくるという、実に面倒くさいイベントが控えているからだ。
 その時間帯は夜十時。
 つまり呼び出された時間に再使用することは不可能だということだ。

「確かに……それが一番いいかもしれないわね」

「って事はお前、行くつもりなのか?」

 と、折村さんが心配そうに尋ねてくる。

「まあ……そのつもりです。出来る事なら、時雨木葉の件はさっさと解決してしまいたいですし、それに断ってもどうなるか分かりませんからね。闇討ちなんかされたらたまりませんから」

 夜道を歩いていたら後ろからザクッ! ……考えただけでも寒気がする。

「まあこちらとしても、万全な対策を組んで、時雨木葉の接触できる数少ないチャンスだからね。逃すのには惜しいわ……でも」

 と、マグカップを置いて、俺の方に視線を向ける。

「宮代君はそれで良いの? 何が起こるか分からないのよ?」

 藤宮が心配そうに尋ねた。

「その何かが起こった時、皆が何とかしてくれるんだろ?」

 じゃねえとそんな危ねえ事出来るわけねえだろ。
 俺がそう言うと、藤宮は少しだけ悩む様な仕草を見せ、

「……そうね。分かったわ。今回の時雨木葉の一件。ギルド総出で迎え撃つわ。その為に宮代君。一番危険な役回りになるけど、お願いできるかしら」

「おう。任せとけ」

 俺は薄っすらと笑みを浮かべてそう返した。
 なんだかんだで俺もギルドの一員だ。俺にしかできない事ならやってやるさ。

「……決まりね。じゃあ集められるだけ人を集めて、早速作戦会議を――」

「優子!」

 藤宮がそう言いかけたのを、ギルドから喫茶店に飛びこんできた雨宮さんがかき消した。
 酷く慌てた様子だ。
 まるで二週間前の特級精霊の一件の時の様……いや、それ以上かもしれない。

「どうしたの、雨宮さん。そんなに慌てて」

 藤宮が尋ねると、尚も慌てた様子で、

「優子、落ち着いて聞いてほしい」

 と、今の自分と対照的な事を言う。

「一ヶ月後、この町に――」

 雨宮さんは叫ぶように、俺達に事柄を伝えた。
 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
 それは藤宮や折村さん、中村さん。そして酷く落ち込んでいた村上さんも同じ様だった。
 だってそうだろ? こんなの聞き間違えであってほしかった。

「嘘……でしょ?」

 藤宮がそう漏らした。
 嘘であってほしい。それは雨宮さんを含め、皆が思っている事だ。
 ――一ヶ月後、この町にアポカリプスが出現する。
 こんなの、そう簡単に受けとめられる筈がながった。

「なんで……同じ精霊がそう短期間で再出現するわけが無い!」

 特神精霊なんて馬鹿でかい精霊に、そう簡単に負の感情は溜まらないと、藤宮は訴えかける。

「普通なら……な」

 と、呟くように漏らす雨宮さん。
 そうだよ……今は明らかに普通な状況じゃないんだ。

「今は……時雨木葉が負の感情を送りこんでいる……その所為か?」

 だから起こり得ない事が起きた。もしくは――、

「もしかしたら、負の感情を送りこんでいた目的って……この事が目的?」

 中村さんが言う通り、時雨木葉の策略なのか。

「……確かにアポカリプスなんかが出現したら、私達だけじゃなくいたる所のギルドが、被害を最小限に抑えるために出向かなくちゃいけなくなる……彼女の目的を果たすためには最高の手段じゃない」

 なんらかの方法で……多分魔法具や魔装具の力で、この町にアポカリプスが出現する事が分かっていたから、この町で負の感情を霊界に送り続けていた。
 ……無茶苦茶だ。いくらなんでもそこまでするか?
 藤宮は携帯を取り出して、

「松本君! 多分調べたのはアタナだと思うから、用件だけ手短に話すわ! すぐに他のギルドに伝達! ウチのギルドで集まれる人はすぐに集まるよう指示をお願い!」

 と、松本さんに伝える。
 携帯を切った藤宮は、俺達に向かって伝える。

「じゃ、私達も行くわよ」
 そう言って、会議室に足取りを向けた藤宮に、俺達は付いて行く。
 なんか……とんでもない事になってきたな。

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