俺が少女になる時に

山外大河

15 状況考察

「……あんたよく無事だったわね」

 てっきり怒られると思ったのだが、藤宮から帰ってきたのは安堵の声だった。

「多分その子、ハンターね」

「……ハンター?」

 何か嫌なイメージしかできないんだが。

「別名、魔法具狩り。大体意味は理解できるでしょ?」

 まあ大体意味は理解できるが。

「本当に無事でよかったわ。ハンターはギルドが精霊から勝ち取った魔法具を、横槍で奪っていく人達。その木葉って子が一般的なハンターの感性を持ち合わせていたら、宮代君は口封じとかそういう理由で殺されていたわ」

 それを聞いてホッと息を撫で下ろす。
 出くわしたのがアイツだったのが、不幸中の幸いって所か。

「それにしても……どうしてここにあの特級精霊が現れる事を知ってたのかしら」

 藤宮が顎に手を掛け、唸り始める。

「特級精霊が来る事が分かってたんじゃなくて、あの熊の魔法具を取りに来て、たまたまあの特級精霊と出会えたんじゃねーの?」

 俺は悩む藤宮に仮説を唱えたが、その仮説を藤宮は否定する。

「いや、それは無いと思う。下級精霊が落とす魔法具はたいした価値が無いから、特級精霊が暴れている近くで平然と生き残っているような実力者が、狩りに来るわけが無いと思うの」

 そういう……ものなのか?
 この業界の事は殆ど無知に近いから全く分からないけど、藤宮がそう言うのだからそうなんだろう。

「じゃあやっぱり……偶然なのかな?」

「それも無いとは言い切れないわ。でもまあ、半分目的を達成したって事は、此処に来た理由が明確に有るって事だと思うのよねえ……とにかく今此処で考えていても何も分からないわ」

 確かに、何の情報も無しに考えを巡らせていても不毛なだけだ。

「でも、これだけは言っておく」

 藤宮はゆっくりと二、三歩歩きながらそう言って、こちらに振り向く。

「もしウチの誰かに手を出す様な事があれば……全力で潰すわ。たとえ相手がどんな素晴らしい目的を持って行動していても、絶対に潰す」

 藤宮の目は……本気だ。
 そうなったらマジで潰す……そういう目だ。

「さ、とりあえず此処から出ましょうか。二人が待ってるわ」
 いつもの調子に戻ってそう言って、藤宮は黒煙の中を歩きだす。

「あ、ちょ、待ってくれよ!」

 前が全く見えない所に、一人で置いて行かれるのは勘弁だった。


「初陣お疲れさん」

 駆けつけた雨宮さんが運転する車の中で、改めて折村さんにそう言われた。

「それにしても……すげえプロポーションだったな、お前」

「……そういうことはあんまり言わないで欲しいんですけど。色々と複雑な気持ちになるんで」

 腹が立つのと恥ずかしいのが一緒に来て、思わず殴りそうになるんで、止めてほしい。

「でも確かに大きかったわね……」

 後部座席で、俺と折村さんに挟まれるように座って、眠そうに眼を擦っていた藤宮がそう呟き、思い出すように天井を見上げた後、両手で自分の胸元に触れる。
 そして――

「ふべらっつ!」

 右隣に座っていた俺にビンタが放たれた。

「な、何すんだよ!」

「いや……負けた気がしたから」

「だからってビンタする必要なくね?」

「だって宮代君と比べたら、私の胸が小さい様に見えるじゃない! 結構辛いのよ!」

 そう言った藤宮を、折村さんは指差しながら笑う。

「見えるじゃないって、実際に小さブハッ!」

 言いかけた折村さんに、またしても手が出た。

 俺の時とは違い、今度は拳だったが。

「おい藤宮。折村さん怪我人なんだから、ほどほどにしとけよ」

「乙女心を平然と踏みにじった折村君が悪い」

 まあ……それは否定しないが。

「とりあえず少年を連れて行って正解だったな。少年が魔法少女になってなかったら、どうなっていたか分からないぞ」

 そう言って雨宮さんは薄っすらと笑みを浮かべる。
 そんな事になれば、恐らくは全滅していたのでは無いだろうか。
 ちなみにこういう時、藤宮の連絡が無くてもギルドの連中は駆け着けるんじゃないかと、車に乗り込む直前あたりになって思っていたのだが、そこはなんというか、あまりにも予想外で対応が遅れた……まあ悪くいうなら、準備不足という事らしい。まあ特に誰も責める事は無かったが。
 それにしても、少年が魔法少女になる……か。
 改めて効くと無茶苦茶な言草だよな。少年が魔法少女って。
 まあ少年ってのは俺の呼び名だから、ちゃんと意味を見据えて考えれば違和感な……いやいや! あるだろ!
 なんで俺なら違和感無いなとか思っちまってんだよ。冷静に考えると違和感しかねえよ!

「それにしても特級精霊……か」

 雨宮さんは、ハンドル片手に唸りだした。

「今回のような現象は、自然に起こり得る現象ではない。つまり、誰かが何らかの方法……まあ何らかの方法と言っても、魔法具や魔装具を使ってなのだろうが、それを使って負の感情を送りこんだという解釈が正しいと思う」

「誰かが送りこんだって……そんなの誰が何の目的なんでしょうか」

「考えられるとしたら、ハンターの仕業ね」

 藤宮が苦しい顔でそう言う。

「もし負の感情を送りこめたとしたら、本来出てくるはずの無い精霊が、霊界からこちらの世界へやってくる。精霊が落としていく魔法具を狙っている連中からしたら、沢山精霊が出てくるに越したことは無いでしょ」

「でも、特級精霊なんて強い精霊が出てきたら、リスクが高すぎないか?」

「前に言ったでしょ? 精霊を倒しても、我に帰って霊界に戻っていっても、どちらの場合でも魔法具は落とすって。私たちみたいに、精霊を討伐しに来ているんじゃないから、リスクはそれほど高くは無いでしょ」

 遠くで精霊がいなくなるのを待っていればいいだけだもんな。確かにリスクは少ない。

「じゃあ今回は、あの木葉って子が負の感情を送りこんで、暴走精霊を呼び出したのか?」

「そう考えるのが妥当だけど……何か引っかかるのよね」

「引っかかるって……その目的を半分しか成し得ていないって奴か?」

 折村さんが、殴られた頬を摩りながら、藤宮に問う。

「まあそれもあるんだけど……精霊の消滅を待って魔法具を入手する方法なら、なんで態々魔法具の取り合い相手になりかねない、ギルドが居る場所で負の感情を送りこんだのか。それが気になってね」

 藤宮は、手を顎に添えて唸りだす。

「まあ明確な根拠も無しにあれこれ考えるのもアレだろう。近いうちに情報屋にでも依頼しておいたらどうだ?」

 そう提案する雨宮さんに、藤宮は頷いてから答える。

「そうしておくわ。ギルドに戻ったら、早速依頼しておく」

 にしても情報屋ね。
 そんな怪しい職業の人と関わる職に付くなんて思ってもみなかったな。

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