俺が少女になる時に

山外大河

11 宮代椎名――覚醒

 時刻は午後0時。
 俺達はギルド近くのラーメン屋にやってきていた。
 漫画雑誌を読み更けている所を、一緒に食べに行きましょうと藤宮に誘われたからだ。
 藤宮の誘いで集まったのは、俺と折村さんと中村さん。
 とりあえず全員で楽しくメニューを見ていたわけだが、

「あ、なんか面白い新メニューが出てるわね」

 と、藤宮が激辛ラーメンを指差したところで、藤宮以外の形相が大きく揺らいだ。
 藤宮の指差すメニューは、いわゆるチャレンジ的なラーメン
 しかも、間食したらタダ。できなかったら罰金取られるタイプの奴。

「じゃんけんで負けた人、これ行きましょうか」

 うん、予想はしてたよ。こんな事になるんじゃないかなって。
 周囲を見渡すと折村さんも中村さんも、やっちまったなーというような表情で、目が虚ろになっている。

「じゃあ、始めるわよ……最初はグー。じゃんけん――」

 ポン。
 結果は、藤宮パー。後は全員グーという結果。

「いよっしゃああああああああああああああああああっ!」

 勢いよくガッツポーズを取る藤宮。
 俺達はそんな藤宮とは真逆のテンションで、

「ああ、どうせやるなら藤宮に食わせてやろうと思ってたのに……一人勝ちしやがった」

「奇遇ですね、折村さん。俺も全く同じ事を考えてました」

 お互いそんな事を呟きため息を付く。
 ちなみにもう一人の敗北者。中村さんはと言うと、

「激辛ラーメンに大量の角砂糖放りこんだら甘くなりますかね」

「多分……食べ物じゃなくなると思うよ」

「じゃあ二回戦始めようか」

 そうやって笑う藤宮の顔は、悪意の塊としか言いようが無かった。
 一応いい奴ってのは知ってるけど……やっぱり藤宮は鬼だ。

「じゃあ、誰が負けても恨みっこ無しで……OK?」

 折村さんの問いに、俺達二人は黙って頷く。

「じゃあ始めるか。最初はグー。じゃんけん――」

 ポン。
 折村さんがパーを出し、俺と中村さんが出したのはチョキ。つまりだ。

「負け……だと?」

 結果は折村さんの一人負け。
 可哀想な事に折村さんの昼食は、激辛ラーメンに決定した。

「すいません、折村さん。俺は味噌ラーメン頂きます」

「あ、私は塩で……」

「そんな可哀想な目で見つめるの止めてくれ!」

 そんなこと言ったってしょうがないじゃないか……本当に可哀そうなんだから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 あまり繁盛していないのか客は殆どおらず、注文してから五分程でラーメンが運ばれてきた。
 ていうかこれは本当にラーメン……いや、食べ物と呼んでいいのだろうか。

「真っ赤ですね……」

「これ……食品に対する冒涜じゃねーのか?」

「ごめん、流石にこれはやりすぎたと思うわ」

 藤宮が素直に謝る程にヤバかった。
 なんかスープは血の海と言って良い位に赤い。そんでもってメニューの説明文によると、麺にもトウガラシや、様々な香辛料を練り込んであるらしい。

「た、食べるぞ……いいか?」

 折村さんが震えた声でそう言って、俺達三人はそれに頷く。

「よし……行くぞ!」

 覚悟を決めた折村さんが一口。

「か、辛……ムフォアッ!」

 よくわからない声を上げて折村さんが畳の上に倒れた。

「ちょ、ちょっと! 折村さん!」

 必死に叩く……へんじがない。ただのしかばねのようだ。

「お、折村さん逝ったああああああああッ!」

 さっきの行くぞってそういう意味だったの!? 意識の方が逝っちゃってるんですけど!

「ど、どうするんだよ藤宮……完全に昏倒してるんだけど」

「これ……素直に罰金払った方が良いかも知れないわね……」

 藤宮らしくない弱音を吐く。
 罰金か……仮にワリカンとかになったら面倒だな。
 携帯の機種変とかもあるし……誰かが完食するしかないよな……。
 生き残ったメンツ二名は女の子。正直これを食べさせてはいけない気がする。
 俺はため息を付きながら、殆ど手がつけられてない激辛ラーメンに手を伸ばす。

「ちょ、ちょっと宮代君! それ食べる気なの!?」

「ぜ、絶対に止めた方が良いですよ!」

 必死に二人が止めてくるが、やると決めたからはやらないと気が治まらない。

「……大丈夫。生きて帰ってくるから」

 そう言った後に、倒れて白目をむいている折村さんに視線を向ける。
 ……仇は……取りますよ。

「じゃ、何かあったら頼む」

 真っ赤な面を箸で掴み、口に運ぶ。

「ボフェアッ!」

 か、辛い……いや……痛い!

「ちょ、これは……無……」

 体がふらつき、畳が近づいてきた。

「……まだだ!」

 俺は畳に掌を叩きつけ、なんとか踏みとどまった。

「宮代君、大丈夫?」

「ああ……当然だろう」

 心配そうにこちらを見る二人に、俺はそう言う。
 だってそうだろ? 俺は倒れるわけにはいかないんだ。

「なんとしても勝たなければ……俺が此処で気を失えば、制御する者がいなくなった右腕が全てを破壊しつくしてしまう!」

「宮代君本当に大丈夫!」

 柄にも合わず、藤宮がツッコミを入れる。
 大丈夫って……何がだ?

「だから大丈夫だと言っているだろう。さあ、二人も早く逃げるんだ。このままここに居ると、二人とも俺の右腕に食いつくされてしまうかもしれない」

「食いつくされてんのアンタの理性でしょ!?」

「すごいです……ボケとツッコミのポジションが入れ替わってる。これを私が食べれば……誰かにツッコまれるような人になれるのかな?」

「それだけは駄目よ、渚ちゃん! あの通り取り返しのつかない方向におかしくなるから!」

「そうだ、下手に常人が手を出すと漆黒の闇に引きずり込まれるぞ!」

「ちょっと黙って、この厨二病の塊!」

「そうだな。喋っている場合ではない……今は目の前の敵を殲滅するのが目的だったな」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど!」

「口を挟むな藤宮。これは男と男の戦いだ……加戦はいらない」

「いや、加戦しないから! それにそれ男じゃなくて麺類!」

「戯言は……もういいか?」

「もうなんでもいいから、早く逝って元の宮代君に戻って!」

 元の? さっきから藤宮は何を言っているんだ?
 俺は俺だ。その理は誰にも覆すことは出来ない。
 さあ、決着をつけようか……宿敵よ。
 そうだな……まずはその生き血から攻めさせてもらう。
 俺は宿敵の生き血を啜った。

「ブフェラッ!」

 なんだ……意識が遠のいていく気がする。
 そうか、挑むにはまだ早すぎたのか。
 まずい……このままでは右腕が……ッ!
 薄れゆく意識の中で右腕を押えながら、俺は畳に倒れ伏せた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 目が覚めると、ラーメン屋の天井が視界に映った。
 なんだろう。なんで俺眠ってるんだ?
 たしか折村さんが速攻で逝ってしまって……そうだ。麺を一口啜っただけで倒れたんだっけ。

「お、起きたか」

 折村さんが俺を見下ろしてそう言った。
 どうやら先に復活していたらしい。

「……おはようございます」

 そう呟き体を起す。
 体を起すことで視界に入った時計は、十二時半を指していた。
 大体二十分ほど眠っていたわけか。
 もうどんな味かよく覚えてないや。
 ていうか覚えていないのは味だけではなく、前後の記憶も曖昧だ。
 確信を持って言えるのは、俺があのラーメンの様な何かを口にした事だけだ。

「なあ、俺折村さんみたいに、変な声とか上げてなかったよな?」

 俺が藤宮にそう聞くと、

「変? 俺なんか言ってたの?」

 と、折村さんが首を傾げる。
 ああ、覚えていないんだ……凄かったよ、折村さん。

「で、どうだったんだ? 藤宮、中村さん」

 改めて俺がそう聞くと、藤宮と中村さんが揃って視線を逸らす。

「無理に知る必要は……無いんじゃないかしら……」

「……世の中……知っちゃいけない事も沢山あるんですよ」

「俺一体どんな奇声上げたの!」

「奇声っていいますか……なんか……」

「私達は……何も見なかったし、聞かなかった」

「マジで何やってたのあの時の俺ええええええええええ!」

 ヤバい、気になる。超気になるんだが!

「で、俺のはどんなだったの、俺のは」

 折村さんも相当気になってるらしく、女子二人に問い詰める。

「なんか、宮代君のが凄すぎて……ごめん、よく覚えてない」

「何やってたのか知らないけど、あの二人から俺の過ちの記憶を消してください!」

 ……なんかよく分かんないけど……軽く死にたい。

「ち、ちなみにあのラーメンどうなったの?」

 俺がそう聞くと、改めて藤宮が視線を逸らす。

「たまたま知り合いが来店したから……食べさせた」

「その人……大丈夫だった?」

「ヒント……救急車」

「全然大丈夫じゃねえええええええええッ!」

 なに? 病院沙汰になってんの?

「そんな病院沙汰になるようなメニュー店的に大丈夫なのか!? 保健所に潰されるぞ!」

「だろうけど、あの店長……」

 藤宮は、たった今来店してきたロングヘアーのメガネっ子を、カウンター席まで誘導しているごっついおっさんの店長に視線を向ける。

「……救急車で運ばれる姿を見て……心なしか勝ち誇っていたわ」

「一体何と戦ってんだあの店長!」

「宮代さんも……一体誰と戦ってたんですか?」

「俺誰と戦ってたの!?」

 ここにきて新事実。俺はどうやら戦っていたらしい。

「お、まさか一日に二人も激辛ラーメンを注文する人がいるとは……今日は面白い日だな」

 店長がガハハと笑いながらそう言ったのを聞き、この場に居た全員が店長の方を凝視する。
 激辛ラーメンを注文?
 今この店には俺達とあのメガネっ子しか居ないから……あの子が注文したのか?

「本当にいいのかい? さっき一人運ばれたばかりだから、お嬢ちゃんもそうなっちゃうかも知れないよ?」

 ニコニコとした笑みを浮かべながらそう言う店長。物凄く嬉しそうだ。

「なんであの人嬉しそうなの、流石の私でも引くわ」

 ……お前が引くって、相当だな。

「はい、木葉は辛いの大丈夫なので」

 店長の問いに、そう答える木葉という女の子。

「って、なんで病院送られた人が居るってのに普通に注文できるんでしょうか」

「異常な程の辛党なんじゃないかしら。でも……手位合わせておきましょう」

「そうだな……あ、俺浄土真宗のお経覚えているけど唱える?」

「なんで覚えているんですか。あと唱えないでください。あの子がキリスト教徒だったらどうするんですか」

「なんかツッコむ所がおかしいわね……まださっきのラーメンの余韻が残っているのかしら」

 俺達は木葉って子に聞えない様にヒソヒソと話しながら様子を伺う。
 そうして五分ほど経って、例のアレが登場する。

「来たわね……」

「来ましたね……」

「我建超世願、必至無上道」

「止めてください、折村さん」

 とりあえずお経を止めさせ、木葉さんの行方を伺う。

「頂きます!」

 手を合わせ、割り箸を割り、ラーメンをゆっくりと口に運ぶ。
 なんだこれ……赤の他人なのに凄く心配なんだが。

「……おいしい」

 ラーメンを一口食べて口にしたのは奇声ではなく普通の感想。

「お、おいしい……痛いじゃ無くてか?」

「俺、あの子への心配のベクトルが一気に変わったんですけど。あの木葉って子の味覚大丈夫なんですか?」

 そうやって俺達がアタフタとしている内に、木葉さんはあっという間に間食。
 あ、ありえねえ……。

「ごちそうさまでした。えーっと、食べきったからタダでいいんですよね?」

「あ、ああ……」

 なんか店長の顔がゲッソリしている。
 自信満々で提供しているらしい激辛ラーメンが、意図も簡単に攻略されたんだ。無理もない。

「じゃあまた来ますね」

 そんな軽い言葉を残し、軽い足取りで店から出て行く木葉さん。

「さっきの客はノックアウト出来たから良しとして……クソ、完敗じゃねーかよ」

 ノックアウト出来たから良しって、それ飲食店の店主の言うセリフじゃねーだろ!

「仕方ない。次は麺をブート・ジョロキア九十九パーセント。スープをソレのしぼり汁だけで作って対抗するか」

「それラーメンじゃねーから! もうそれただの世界一辛いトウガラシだから!」

 思わず店長にも聞えるようにツッコんだ。

「黙れ小僧。作り手がラーメンと言えば、うどんだってラーメンになる……そんなもんなんだ!」

「そんなもんじゃねーよ! うどんはどう頑張ってもうどんだから!」

 決めた……俺もうこの店来ない。何があっても絶対来ない。

「じゃあ、私達もそろそろ行きましょうか」

 そう言って藤宮が立ち上がった。

「ちなみに、あのラーメン完食出来たのか?」

 立ち上がりながら藤宮にそう聞いた。

「完食出来たから……救急車が呼ばれたのよ」

 ああ、誰だか知らないけど……頑張ったよ、うん。
 それにしても……意識が戻った頃には味噌ラーメンが下げられてたし、何も食べてないな。
 そう、何も食べていない。俺はアレを食べ物として認めない。
 俺はそう考えながら、食べてもいない味噌ラーメンの代金六百円を支払い、二度と来ないと決めたラーメン屋を後にした。

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