悠久のアトランティス

夙多史

第07話 魔王の子

 ヴァイスハイトに導かれてやってきた場所は、ドーム状の建物だった。内部は宿のようになっており、いくつかの個室が中央のロビーを囲むように並んでいる。壁も床も机も椅子も扉も白一色で統一されているせいで目が痛くなりそうである。
 ディオたちはここを根城とすることを決め、それぞれが思いのままに自分の部屋を決めてからロビーに集まった。
 そこで円卓を囲み、明日開始の試練に向けて作戦会議を行うことになったのだ。そして会議の前に改めて簡単な自己紹介を交わしていたのだが――
「あの、その、わたしは……ルイン、と言います。えっと……魔王の娘、です」
 最後に、常になにかに怯えているような青髪の少女がオドオドとたどたどしい口調でそう名乗った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 一瞬で静まり返るロビー。青髪の少女――ルインだけがオロオロと慌てている。『魔王の娘』とか言ったが、本人が過剰にビクついているから威厳もなにもあったものではない。この場にいる誰よりも年下だと思われることも迫力のなさを助長している。
 ただ、よく見ると頭から小さな角が二本、生えていた。『魔王』なんてものはお伽噺の中でしか聞いたことないが、服装とその角だけ見るとそれらしく思えないこともない。
「おいおい、こいつ役に立つのかよ。格好だけじゃねえのか?」
 隣に座っていたアビシオンが呆れた顔でルインの小さな体を猫のように摘み上げる。
「ひゃう! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
 ポウ。
 突き出されたルインの手が淡く輝いた。次の瞬間、その掌から光弾が射出されてアビシオンの顔面を直撃、爆音を立てて彼の巨体を吹き飛ばした。アビシオンはロビーの壁を貫通してその向こうの廊下に投げ出される。
「杖も詠唱もなしで魔法だと!? なんて魔力だ!?」
 ガタンと椅子を倒してヴァイスハイトが立ち上げる。そのまま杖を構え――
「我解き放つは灼熱の災禍、彼の力、火霊の意を宿し焼原を駆けろ」
 ヴァイスハイトの前方に出現した赤い魔法陣から、凄まじい火炎が飛び出しルインに流れた。一瞬で火達磨と化す臆病な少女を見たディオは――
「お前! なにやってんだよ!」
 ヴァイスハイトの胸座を掴んでいた。
「吠えるな偽善者」
「なんだと?」
「僕に掴みかかるなら、なぜ筋肉馬鹿がぶっ飛ばされた時に魔王の娘にもそうしなかった?」
「それは……」
 なにが起こったのかわからず動くことができなかった、では言い訳にもならない。時間は充分にあったのだ。動こうと思えば動けたはずだった。
「それと、僕は試しただけだ。見ろ」
 言われてディオはヴァイスハイトを放し、炎上する魔王の娘――ルインに視線をやる。
「!」
 炎が弾け飛ぶ。
 その中から現れたルインは、一切の火傷も負っていなかった。ただひたすらに頭を下げて『ごめんなさい』を連呼している。たった今攻撃されたことにすら気づいてない風だ。
 レギーナは驚きに開いた口を手で隠していた。イラハも僅かに瞠目している。
「ありえない強度の魔法障壁だ。どうやら魔王の娘というのは本当らしい。力の強さだけで言うなら、彼女が僕たちの中で最強だろうな」
 ヴァイスハイトの頬を冷や汗が伝った。ディオも、ヴァイスハイトに対する怒りが吹き飛ぶほどの驚きだった。
 ふう、と息をつき、椅子に座り直したヴァイスハイトは皆を見回す。
「予期せぬ脱落者が出てしまったが、このまま話を続けるぞ」
「待てやコラ。勝手にオレを殺すな」
 穿たれた大穴からのっそりとアビシオンが顔を出した。擦り傷や切り傷だらけだが、大怪我をしている様子はない。
「大丈夫なのか、アビシオン」
 一応ディオが訊いてみると、アビシオンはこきりと首を鳴らす。
「あんな程度でくたばるほど柔な鍛え方はしてねえんだ」
「壁貫通してるんだけど……」
 彼も立派に怪物だ、とディオは心の中で苦笑した。
「ちょっとその傷、見せてくださいませんか?」
 席を立ったレギーナが体の汚れをはたいているアビシオンに歩み寄る。
「傷の手当を」
「あん? 必要ねえよ。時間の無駄だろうが」
「ご心配なく。時間はかかりませんわ」
 レギーナは純白の手袋をはめた手を胸の前で組み、祈るように目を閉じた。
 その直後、アビシオンの体が淡い白光に包まれる。
「こいつは……?」
 目に見える速度でアビシオンの傷が治っていく。数秒後にはルインに吹っ飛ばされる前の状態に戻っていた。へえ、と手をグーパーさせてアビシオンは感心している。
「レギーナも魔法を?」
 ディオが問うと、レギーナは静かに首を振って否定した。
「魔法とは違いますわ。これは法力と呼ばれる『祈り』により現象を招く力です。わたくしは皇族の習わしで神官の修行もしたことがありますの」
 法力という言葉は聞いたことがない。ディオは魔法との違いがイマイチ理解できなかった。どちらも不思議現象を引き起こすことには変わらないのだから。
「さあ、彼の傷も完治しましたわ。皆さん席について、作戦会議に入りましょう」
 パンパンと手を叩いてレギーナが仕切る。今思えば、ちょこんと座ったまま動いていないイラハを除く全員が立ち上がっていた。
「待て、皇女。二人ほど手の内を晒してない奴がいる。作戦を立てるにはまずそいつらの力も知っておく必要がある」
 ヴァイスハイトに探るような視線を向けられたのは、ディオとイラハだった。自然とレギーナ、アビシオン、ルインの注目も浴びる。
「貴様らはなにができる? 僕たちはいずれ敵となる。言いたくなければそれも構わんが、そのせいで次の試練で失格するのは御免だろう?」
「なら、言わないわ。言ってあなたたちに理解できるとは思えないから」
 イラハは即答だった。彼女はまだ、ここにいるディオ以外を信頼していない目をしていた。彼らは今こそ『味方』であるが、必ず『敵』になる。だからだろう。
「俺は……」
 ディオは言葉に詰まった。剣は扱えるが、アビシオンには遠く及ばない。ルインのような強大な魔力も持っていないし、魔法も使えない。頭だって平凡で、ヴァイスハイトには到底敵わない。かといってレギーナがやったように傷を癒す力もなければ、皆を纏めるリーダーとしての才能もない。ないないだらけだ。
「俺は、なにができるんだろう?」
 は? という皆の声が重なったのは言うまでもなかった。

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