悠久のアトランティス

夙多史

第06話 試練

 アトランティスの総合意識体――ウラノスは語る。
【現在は《アトランティス》が各世界の滅びを抑制している状態です。抑制が解かれれば、君たちの世界は急速に崩壊が始まることでしょう。これをご覧ください】
 宙に浮かぶそれぞれの『顔』の手前に、長方形をした半透明の枠が出現する。そこにはどこかの山脈と麓にある大きな街が映っていた。
 次の瞬間、街が唐突に巨大な地割れに呑み込まれた。
 山脈も割れ、真っ赤な溶岩が止めどなく噴き出し流れていく。青かった空も気づいたらどす黒く染まっており、先程までの長閑な風景とは一変してしまった。
「一体、なにが……?」
 ディオは呆然とするしかなかった。
「信じられないかもしれませんが、これは先程《アトランティス》を追放された王様候補生たちの世界です。もちろん、リアルタイムの映像となります」
 そのまま映像は何度か切り替わる。海が干上がっていく世界、逆に全てが水に呑まれていく世界、日の光が遮られて氷結していく世界、やむことなく雷が降り続ける世界、一面が劫火に包まれる世界。
 様々な『世界の終わり』を見せられ、誰もが絶望的な表情で固唾を呑んだ。
「どういうこと、ですの?」
 震える声で呟いたのはレギーナだ。
【抑制力は君たちが『繋ぎ』となり《アトランティス》に留まることで維持されます。つまり、失格となった候補生が送還された世界は《アトランティス》との縁が断ち切れ、このように滅亡するのです】

 …………。

 皆が沈黙した。自分たちがこの場に存在することで、自分たちの世界が首の皮一枚で繋がった状態だとウラノスは言ったのだ。
 ディオの世界は平和だった。あのように滅亡レベルの大災害が起こる予兆なんてなにもない。だが、たった今見せられた世界崩壊の映像は全て突然だった。まるで失格となった王様候補生が帰った瞬間に、今まで溜まっていたものが爆発したように……。
「評議会のジジイどもはこのことを知っていたな。どうりで不必要に必死だったわけだ」
 ヴァイスハイトは舌打ちする。
「世界の命運がオレにかかってんのか。王になれりゃあまさに英雄だな。面白え」
 アビシオンは楽しげに唇を斜に構える。
「これが真実ならば、王になれなくてもいいなどと甘いことは言ってられませんわね」
 レギーナは悔しげに親指の爪を噛んでいる。
「……」
 イラハだけは無言でなお流れ続けている映像を眺めている。
「俺は……」
 元の世界に帰りたい。家族や恋人が待つ世界に。だが、帰ってしまえば世界が滅んでしまう。それが真実かどうかはわからない。あれはウラノスが見せた作り物の映像だったのかもしれない。でも、作り物という証拠もない。
 どうすればいいのだろう?
 王様になるしかないのだろうか?
「……王様を目指そう」
 逡巡を重ねた末に、ディオは決意した。だが、王様は目指すと言っても、ディオの目的は王様になることではなかった。
「王様に近づけば、あいつウラノスに近づけるはずだ。そうすれば、なんとか説得して無事に帰してもらえるかもしれない」
 甘い考えだとは自分でも思う。しかし、世界の崩壊を見せられても、ディオは王様になりたいとはなぜか思えなかったのだ。先の映像が真実か否かを知るためにも、やはりウラノスには接触するべきだろう。
【どうやら、現状をわかっていただけたようですね。そこで、第二の試練について説明したいと思います】
 映像が消え、皆の視線が再び『顔』に集中する。
【現在、五十二人の王様候補生たちは《白紙の都》全域に散らばっております。そして、今からこの都市を十の区画に分けます。君たちは他の区画に侵攻したり、または自分の区画を守りながら三日間を過ごしてください。三日後、最も多くの区画を領土にしていた候補生たちが合格となります】
 陣取りゲームだ。
 ディオは昔よくフェリテや他の友達と遊んだ記憶を思い起こした。その名の通り、互いの陣地を奪い合うゲームのことだ。特定の柱かなにかを拠点として、先にそこにタッチした方が勝ちというシンプルなルールである。
【ルールは簡単です。それぞれの区画に設置されたフラッグを、奪うか破壊すればよいだけです。そうすれば、その区画はフラッグを奪い破壊した側の領土となります。そのためにはなにをしても構いません。また、奪った区画にいた王様候補生たちの処分は奪った側が決めてください。失格としてもいいですし、王位取得権を剥奪した上で手駒にしてもよいでしょう】
 淡々とルールを語っていくウラノス。
 手駒にしてもいい。それは一つの救いだとディオは察した。陣取りゲームに負けたとしても《アトランティス》に留まれる。自分の世界を滅ぼさずに済む。
「フラッグとやらはどこにありますの?」
 辺りを見回すレギーナにディオも倣うが、それらしいものは見当たらない。
 すると、『顔』の真上に先程の映像と同じ長方形の枠が出現した。そこに映し出されているものは、世界が崩壊する動画ではなく――
「地図?」
 だった。
【これは《白紙の都》のタウンマップです】
 中心にある塔は『帝城』と記されており、そこから円形に街が広がっている。建物の位置なども事細かに記されていて、都市全体が赤・青・黄・緑・紫・橙・藍・灰・白・黒の十色で均等に分けられている。これがウラノスの言う区画だとわかるが、そこに書かれてある『4』とか『7』といった数字はなにを意味するのだろうか?
【各区画はこのように色分けされています。君たちがどこの区画に属するかわかりますか?】
 ディオたちは中心の塔――『帝城』に割と近い広場にいる。区画の色は……白だ。数字は『6』。ということは……
【各区画に記されている数字に疑問を持たれた方も、既に悟っている方もいることでしょう。そうです。この数字は同じ区画に属する王様候補生の人数を表しています】
 やはり。ディオの予想は当たっていた。
【では、試練開始は明日の朝日が昇った時です。フラッグもその時に各区画の中心に出現します。それまで自由にお過ごしください。そして最後に一つ、死亡した王様候補生は失格となります。お気をつけてください】
 そう言い残すと、『顔』の群れは一斉に空気に溶けて消え去った。

        †

「んだよ、六人ってこたぁ、ここにいる奴らで全員じゃねえか。こんなモヤシみてえな奴らとオレ様が手を組めってか?」
 大剣を背負った傭兵風の少年――アビシオンが不満げに口火を切った。
「一人で動きたければ勝手にするといい。ウラノスも同区画となった者たちがチームだとは一言も言っていない」
 みすぼらしい黒ローブを纏った少年――ヴァイスハイトが吐き捨てる。
「そう言いたいところだが、残念ながらこのゲームは協力プレイをしないと勝ちはない。脳細胞まで筋肉でできていそうな貴様でも、そのくらいわかるだろう?」
「ほう、人を小馬鹿にするのが上手いな。だがな、オレ様はそんなことでブチ切れるほどザコじゃねえんだ」
「おやめなさい! わたくしたちは同じ区画に割り振られた仲間です! 仲間同士で争う意味はありませんわ!」
 眉を吊り上げた王女レギーナが言い争いに発展しそうな二人を仲裁する。
「仲間、か。違うな」
 ヴァイスハイトは鼻で笑った。
「僕たちは味方ではあるが仲間ではない。いずれは僕たちも王となるために争わねばならないんだ。下手な情を持ってしまえば、その時に支障が出る。先に言っておく。僕は貴様らを利用する。不要と判断すれば切り捨てる。だから貴様らも、同じように僕という存在を扱うことだ」
 彼の無情な言葉を聞いて、クカッとアビシオンが笑声を漏らす。
「なるほど、利用か。そりゃあいい。ヴァイスハイトと言ったか? やっぱてめえは頭がいいらしいな」
 素直に称賛するアビシオンに、ヴァイスハイトはフンと顔をそむけた。否定されたレギーナはぷくぅと膨れっ面をしていた。
「わかったぜ。オレはこの力を貸す。そんでてめえの頭脳を利用する」
「それでいい。僕も貴様のパワーだけは一目置いている」
「あのさ」
 さっきから蚊帳の外だったディオが挙手した。気がついたら彼ら三人だけのフィールドが確立されていて話しかけづらかったのだ。
 三人の『なんだ?』という視線が突き刺さる。
「こんなところで話すのもなんだからさ、どっか落ち着けるとこに移動しない?」
 ディオの言ったことがあまりに間抜けだったのか、三人はきょとんとしていた。でもその沈黙は肯定として受け取らさせてもらう。
「イラハも、それでいい?」
「私はどこでも構わないわ」
 コクリと頷く銀髪の少女。彼女は場所を変えても自分からはなにも喋りそうにないな、とディオは苦笑した。
「丁度いい場所を知っている。ついてこい」
 黒ローブを翻し、ヴァイスハイトが歩み出した。アビシオンが黙って彼に続く。
「あなたは、面白い人のようですわね」
 レギーナは可憐な微笑みをディオに向け、次に広場の片隅に視線を送る。
「そこのあなた」
「ひぅ!?」
 広場の片隅で縮こまって震えていた青髪の少女が、レギーナに呼ばれてビクリと跳ねる。胸部を覆うプレートアーマーに、燃えるような深紅のマントを地面に引きずるほど小柄な少女だ。鎧の下は黒のインナーにミニスカートを穿いている。
「あなたも、わたくしたちと一緒に来てもらいますわよ」
 一体なににそれほど怯えているのか、青髪の少女は涙目でコクコクと何度も頷くのだった。

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