この異世界は小説でできています

りょう

Page.25 合宿で流れるは汗と涙と①

真夏の合宿当日。

「部長、おはようございます!」

『おはようございます!』

部長という立場でありながら、見事に遅刻して一番最後に学園にやって来た僕は、全員の挨拶で出迎えられる。

(何か一番偉そうな人間に見られそうだけど……)

その部長が一番下手とは口を出しても言えない。

「ごめんメル、私だけ遅刻しちゃって。もう準備とかはできているの?」

「勿論です、いつでも練習できますから、部長も準備してきてください」

「あ、うん」

僕はメルに言われるがままにロッカールームに着替えに向かう。最初はなかなか慣れなかったこの着替えも、時間が経つ毎に手馴れたものになってきた。
ただ慣れてきたものは着替えだけであり、相変わらず部長という立場には似合わない実力のままだ。

(この合宿でせめて普通以上の力をつけないと……)

二週間毎の大会は悲惨なものになってしまう。それだけはどうしても避けたい。

(でもこの合宿のイベント、小説には書いていなかったはずなのにどうして……)

本来の話ではユーリティアとなったその主人公も、運動の資質があって大会でも大活躍するという内容になっていた。だから合宿そのものもなかったのに、そのイベントが今こうして起きている。

(小説の通りの事が起きていないとなると、やっぱり怖いのは……)

予期せぬ事が起きてしまう可能性だ。


着替えより考え事の方に時間がかかってしまった僕は、練習に合流するのがすっかり遅くなってしまった。

「部長、随分と長い着替えでしたね」

「ごめん、ちょっと色々考えていて」

「やはり気になりますよね、二週間後の大会の事」

「え、あ、うん、勿論そうだけど」

それとは違う事を考えていたとは言えないので、話を合わせる。

(そういえばこの大会、色々と事件があったような……)

小説の内容を少し思い出してみる。けどそれを思い出した僕は、思わずゾッとしてしまった。

(そうだ、確か……)

「出場校は平年とほぼ変わらないんですが、一校だけ私気になる学校があるんです」

「気になる学校?」

「昨年まで全く無名だったナルディア学園です。どうやら優勝候補と言われていた学校を圧倒して這い上がってきたらしくて」

ナルディア学園
僕が作った設定では、今メルが言っていた通り去年まで全く無名の学園だった。けど今年急激に力を伸ばして、今回の大会に参加する事になった。
その力となった選手が一人いるのだけれど……。

「ナルディア学園、確かに聞いた事のない名前ね」

「やはり部長も知りませんよね。私も情報収集をしようと思ったんですが、どこを探しても情報がなくて」

「情報がない?」

「はい。ただそれは、無名の学園だったからだと思ったのですが、それ以前に学園自体の情報がないんですよ」

確かにナルディア学園については、世間にも情報が出ていない設定を付けた記憶がある。

「それはちょっと怖いわね」

「そうですよね」

僕が本当に怖いのはそんな設定を付けてしまった自分なのだけど、ここは僕が思い出せばある程度攻略に焼く立つはずなのだけど……。

思い出せれば……。

(あれ?)

ナルディア学園の細かな設定が思い出せない。

「どうかしましたか? 部長」

「あ、ごめんなさい。とにかくその学園に勝つためにも今日から合宿頑張らないとね」

「はい!」

ただの物忘れ、だよねきっと。

◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
合宿は約二週間後の大会に向けての最後の詰めの練習が主な内容になっている。これは部長である僕が(キリハにアドバイスをもらいながら)考えたのだけど、ようやく人並み位の実力になった僕にとっては、詰めも何もあったものじゃない。

「部長、私ずっと聞きたかった事があるのですが、いいですか?」

「何?」

「部長、今年の春から急にグリニッツ下手になっていませんか?」

だからいつ部員から不満が出てもおかしくない状況なのも分かっていた。

「あ、それ私も思っていた。なんと言うかユーリティア、初心者並みの腕前になっていない?」

メルの意見に乗っかるように、この部のエースの存在のクレハが言った。彼女はこの三ヶ月近く僕に対して怪しむような目を向け続けていたことは知っていた。ただこうして直接言葉にしたのは初めてだった。

「そ、そんなに私下手になったかな」

「はい」

「うん。ずっと口にはしていなかったけど」

僕は明らかな動揺を隠すことがてきない。避けては通れない道だったとはいえ、いざ直面するとどうすればいいか分からない。

ーー本当のことを話すべきか?

ーーそれとも無理矢理でも隠すべきなのか?

どちらがこのチームの未来に大事なことなのか、究極の選択を迫られる。

「ねえユーリティア、もしかして何か隠し事をしていたりしない?」

「別に隠し事なんて」

「ずっとおかしいって思ってたの。ここ数ヶ月どう見てもあなたがおかしいの」

「……」

「ねえ答えて」

もはや逃げることができなのは明白だ。もう自分の事を、この二人、このチームに話すしかない。

「分かった、ちゃんと話すよ」

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